第四話 Steel Body,Iron Heart 第二章
あけましておめでとうございます。
とりあえず頑張ります。
なんか微妙に恥ずかしい。
「ん? どうした?」
全長二メートルの「原因」が他人事のように聞いてくる。
まぁ、確かにあたしにも原因がないわけじゃない。でもあたしは統計的にはそんなに極端な位置にはいないはず。
「いやさ、なんか珍しい組み合わせだな、てね。」
どこか遠い目をしてボヤく。
「お、なんか美味そうな臭いがするぜ。」
乙女の悩みもどこ吹く風。どこからから漂ってきた焼き物の臭いに大男があたしの遙か頭上に視線をさまよわせる。
……まぁ、どういう状況かは概ね分かってもらえたかと思うが、とりあえず説明しておくか。あたしラシェルは、チーム・グリフォンの仕事で街中を歩いていた。連れはいつもの変態科学者じゃなく、何故か(おそらく)脳まで筋肉のカイルだったりする。
まぁ、あたしはどっちかというと小柄で、こいつが人類の限界をはみ出した大男なので一緒に歩いていると目立つ目立つ。身長差もそうだが、どんな関係なんだろ? って色々想像されているんだろう。
まぁ、正解する人はいないだろうけど。
今、三つ目のホットドックにかぶりついている大男と、この可憐な(あたしよあたし!)少女が犯罪捜査の真っ最中はどうやって想像できる事やら。
あたしたちGUPA級捜査官チーム・グリフォンはサイバーダイン社から逃げ出した人間そっくりのアンドロイドを探すという仕事を受けている。AIが暴走して逃げ出した、ってことになっているんだけど、ジェル曰くそれはおかしいし、その上そのアンドロイドの制作者がジェルの古い知り合い――幸運なことにまともな人だった――ということで、建前と本音を分けながら調査に入ったわけだ。
ちなみにジェル、っていうのはさっきもいった変態科学者――本当はジェラード=ミルビットっていうだけど――で、調べたいことがあるって研究所にこもってしまった。サボっていたら後でパンチだ。
それと後二人、ハンサムガイのヒューイとリーナちゃん――アイリーナ=コーシャルダンって可愛い女の子――が本来の捜査官として、サイバーダイン社に行って捜査している。向こうとしては後ろ暗い事があるのか、捜査に非協力的だろう、ってジェルの予想通りなのだが、それはそれ、下手したら惑星統治者よりも強い権限を持つことがあるA級捜査官である。迂闊なことは仕掛けてこないだろうし、多少の荒事なら「戦力」はそれだけじゃないのでどうとでもなる……はず。
それであたしたちはきっとサイバーダイン社から追跡者が来ているだろうからそれを調査。可能ならとっつかまえて紳士的な手段で情報を収集。運良くそのアンドロイドを見つけたら安全に確保、とやることは大変そうな上に空振りに終わりそうな予感もヒシヒシとするわけで。
「でもあたしにそんな荒事は合わないでしょーに。」
「ん? あんまり期待していないんだろ?」
うわ、いきなりなこと言われちゃったよ。
確かに捜査に向かない大男と小娘なのは認めるが…… ホントにそうなんだろうか?
「まぁ、ジェラードのこった。何か考えているんだろ。」
そうかなぁ……
なんか思いつきで適当に人を動かして、最後良ければ後でこじつける感じがするんですけど。
「でもラシェルはなんでこんな事してるんだ?」
「へ?」
「嫌なら別に無理に付き合わなくてもいいだろ? 義務も理由だってあるわけじゃないだろうし。」
「あ……」
確かにそうだ。素人のあたしがいたって役立たずどころか足手まといにしかならない。
「……ねぇ、カイルは何で今の仕事してるの?」
「ん? 俺か……」
さっきまで持っていたはずのホットドッグを全て消滅させると、ん~と首を捻る。笑わないか? と前置きしてから口を開く。
「この図体だろ? 昔から力が余っててな。人を殴りたい、銃をバカスカ撃ちたい、戦車で大暴れしたい、ってどんどん考えが物騒になってな。」
……いや、それは笑えないんですけど。
「軍人にもなったことあるが、あれはいかんな。軍には正義も悪もない。命令があったらガキでも撃たなきゃならん。」
ちょっと遠い目をする。やっぱ色々あったのかな?
「その点、今の仕事はちょっと面倒だったりするが、いくら殴っても撃っても感謝されることの方が多いからな。」
楽しいぜ、とガッハッハと笑うカイル。途中まではよさげな話だったのに……
「……ま、そういう意味じゃ俺はジェラードに感謝しているかな。」
ちょっと真面目な顔になる。
「すげぇ武器は用意してくれるし、なにより気持ちよく殴れる『敵』を用意してくれるからな。」
まぁ、ジェルに言わせれば『あんな怪力、無駄に転がしておくのも勿体ない』とかなるんだろうけど…… やっぱり色々考えてるのかな?
あたしは、本当になんでここにいるの?
「考えても仕方がないか。」
「ま、そうだな。後は適当にブラブラ歩いて…… 悪い、ラシェル。ちょっと腹ごなしの運動だ。」
不意にカイルの顔が厳しくなる。
……え?
そしていきなりカイルの姿が風と共に消える。いや、あの巨体が軽やか、というのは口にしづらいんだけど、まさにそんな感じで動いたのだ。
あ、そういやぁ前にジェルが言ってたっけ。タダでも身長があるから、歩幅もその分違うって。だから普段は意識して歩く速度を遅くしているらしい。そしてあの巨体の半分は怪力のための筋肉だけど、敏捷さを備えた筋肉もしっかり備えている。
……正直、あのデカいのがさっきまでの数倍の速度で動かれたら、そりゃ見失うって。
ちなみにヒューイは純粋に速いし、ジェルの場合は…… あれはきっと手品か、さもなくば魔法の一つでも使っているんだろ。
まぁ、そんなわけで速い動きも一応は見慣れているせいか、すぐに目で追うことが出来た。大きさからすれば猛獣なんだろうけど、しなやかな猫のように……
って、ちょっと待て。腹ごなしの運動って何始める気だ?
『ラシェル、今俺の見ている男分かるか?』
あたしたち、チームグリフォンの共通装備(って言うほど色々あるわけじゃないが)の耳にかける通信機越しにカイルの声が聞こえてくる。
……えっと、誰だ?
あ、いたいた。こー カイルと比べるとだいぶ見劣りする大男。雰囲気はそう…… 若者が闊歩するこの街と比べてギリギリ?
ベンチで休んでいるが、少々周りから浮いて、というか避けられていてポッカリ空間が出来ているようだ。
で、あの人は何?
『ん~ 色んな意味で俺たちの同業者?』
お巡りさんにはとても見えないなぁ。どっちかってゆーと、逆?
『ごく普通の非合法工作員だな。武器も持ってる。……あのふくらみ方は大型の銃ってとこだな。』
どこが同業者なのよ。
さすがに気になって気づかれないように観察する。携帯でどこかと話をしているらしい。
『ジェラードがいたら何話してるか分かるんだけどなぁ……』
ま、いいか。と微妙に嫌な予感がするフレーズが通信機から聞こえてくる。
『悪い、ラシェル。あいつに話しかけてくれ。ナンパする必要はないぞ。』
は?
いや、何をしたいかは何となく見当付きますけど、工作員とかそーゆー人なんでしょ? 銃持っているんでしょ? それにこう顔とかも雰囲気あって、有り体に言うと怖いように思えるんですけど……
『大丈夫だ。……何とかなる。』
ううっ、帰ろうかな。できればジェルみたいに「何とかする」って言ってくれないかなぁ。気休め程度には楽になるんですが。
まぁ、こんな街中でいきなり撃たれたりはしないだろ。……なんか発想が物騒になっちゃったなぁ、あたし。
どこか汚れた気分になりながらも、精一杯普通さを装って、ベンチの周りに不穏な空気をまとわりつかせている大男に近づく。
電話中なのだろうが、あたしの足音に気づいたのか、剣呑な目で見上げてくる。
ううっ、怖い……
「あ、あのぉ、」
ギロリ。
声をかけたら睨まれた。視線強度当社比200%って感じだ。
えーと、えーと、声かけたけど、これからどうすれば……
「よぉ! 久しぶりだな!」
バシン!
鳴り響いた音を裏切らないだろう威力の平手が男の背中に炸裂する。見たいとは思わないがきっと見事な手の跡が出来ているだろう。相手は相当鍛えているらしいのか、吹き飛びそうになるのをどうにか堪えたが、さすがの衝撃に動きが止まる。
……ちなみにあたしが喰らったら間違いなく七メートルは飛んでる。というか、背骨が砕けてる。車にはねられるのとどちらが軽傷で済むのやら。
男が動きを止めたのはほぼ一瞬で、次の瞬間には背後からの襲撃者に銃を突きつける。ちなみに「抜く手を見せない」という言葉の意味を実感するとは思わなかった。
が、それよりも速くカイルの腕が男の首に回る。軽く捻って意識を強制的に放棄させると、まるで旧友に会ったかのように親しげに肩を組んで……るように見せかけて不自然な体勢なのだが片手で男を持ち上げる。
「あ、その荷物……」
ベンチの下にあったズタ袋を見つけたカイル。あたしに持たせようとしたんだろうけど、持ってみたら嫌な金属音がしたので、そのまま反対側の肩にかけてズンズン歩き出す。
「……結局、あたしは何かの役にたったわけ?」
ちなみに「理不尽」という言葉の意味は最近実感することが多い。……特に某変態白衣科学者のせいで。
懐かしの旧友二人組は片方の希望で路地裏へと連れ立っていく。
なんとなくだけど「尋問」って言葉が脳裏を過ぎる。……あ、いや、その、もしかして「拷問」て言葉もありですか?
「素直になってくれるなら、お互い幸せになるんだろうけどな。」
あたしの顔色を読んだのか、カイルがどこか軽めな口調でペチペチと気を失っている男の頬を叩く。
ペチペチって音を二十回くらい数えたところでやっと男が目を覚ます。すぐに状況を察して手を動かそうとするが、それよりも先にカイルの手が男の喉を掴む。
「まぁ、わざわざ解説するのも面倒だけど、お前さんが何かするよりも先に俺の手が喉を握りつぶす方が速い。試してみるか?」
こっちからは背中しか見えないが、雰囲気でカイルが本気の顔をしているのが分かったような気がする。
「ちなみに、」
カイルの殺気なのか怒気なのか分からないが、何かが膨れあがる。
「後ろのアレをどうこうしてこの場を切り抜けよう、なんて考えるのは俺が怖いから勘弁してくれな。」
……おい。
なんか良いことを言ってるような気がするんだけど、その「気」しかしない。真実はもっと深いところにあるのかも知れないけど…… 考えたら負けのような気もする。
あたしの葛藤も空しく、交渉は円満に終わったようでカイルが男から情報を聞き出していた。仁義とかプライドとか評判とかあるらしく口を濁しているようだけど、こっちはこっちでサイバーダイン社やミスティって名のアンドロイド(?)の情報を握っているからカマかけから断定に推論を交えて追いつめていく。なんて、実際にやっているのはカイルだから偉そうな事は言えないんだけど。
というか、今まで銃とか大砲とかバカスカ撃ってる印象しか無かったんだけど、こうやって尋問している姿はちょっと凄い。
弁舌巧み、って訳でも無いが威して宥め賺して相手から話を聞き出す姿はなんというか手慣れた感じがする。
色々考えていると(一応見張り、って仕事があったんだけど)、また痛そうな音が聞こえてきて、カイルがズカズカと足音を立ててやって来た。どうやら終わったらしい。
「無駄な運動して腹減ったな。」
その巨体の向こうを見るのにはちょっと勇気が必要だったが、ちらっと見た感じではそう大変な感じではなかった……と信じたい。
「あんたはそれしかないんか。」
「お、なんかいいねぇ。ジェラードになった気分だ。」
そーですか。
あたしが脱力している間に大男は食べ物を求めて歩き出す。行動原理は分かりやすいのだが、ここまで徹底されるとやっぱり対応に困る。……いや、でもあたしに何かの対応を求められても困るわけだが。
今回はクリームたっぷりのクレープを両手に一杯だ。ちなみに一つもらったけど、このペースで数日過ごしたら、つられて乙女にとってデンジャラスな数字が不名誉なことになってしまいそうだ。
「いやぁ、一仕事した後は甘い物だな、うんうん。」
いつぞやはその「甘い物」が肉だったり酒だったりしなかったか? いや、ここは突っ込んだらきっと負けだ。
「で、さっきの人は何だったの?」
少しは「仕事」らしいことをしようと努力してみる。
「ん? 誰のことだ?」
一瞬殴ろうと思って、あたしのか弱い手では殴っても痛いだけと思って断念。いや、こいつの筋肉、ホントに硬いんだわ、これが。
頭までは手が届かないし……
「さっき、あんたが、締め上げて、聞いて、いたでしょ?!」
一言一言区切って、怒鳴るまではいかないが周囲から奇異の目で見られない程度の大声で大男に詰め寄ると、
「おお、」
と今気づいたようにポン、とグローブみたいな手を打つ。
「そうだそうだ。クレープ喰ってて、ついつい忘れるところだったぜ。」
……今度、カイルと組むことがあったら、それなりに効きそうな武器を借りることにしよう。あたしの剣呑な視線に気づいたのか気づかなかったのか、ゴミをクシャクシャと圧縮すると、あたしをジッと見下ろしてくる。いや、単に身長差のせいだが。
「聞けたのは大きく二つ。
どうやらフィクサーを通しての――あ、フィクサーってぇのは紹介屋みたいなもんな――仕事だったらしく、バックは知らねぇ、ってことだが……」
プロがそんなことじゃいかんだろ、と軽く説得したら、やっぱりバックを調べていたらしい。やっぱりサイバークロン社が黒幕だったそうだ。その「説得」というのが気になったけど続きを促す。
仕事の内容は予想通りというか何というか、例の暴走だか逃走したアンドロイドの捕獲。不可能だったら頭部さえ確保できればいい、と物騒なお言葉。
「そんでな、これは重要かもしれないが、どうやら返り討ちにあった奴もいるらしい。」
「ちなみに三つ目だよね。」
「細けぇことは気にするな。」
気にしろ。
「護身用か何かは知らないが、刃物を持っていたそうだ。もしかしたら腕とか足に内蔵しているのかも知れねえな。」
まぁ、確かにアンドロイドならそういうことだって可能だろう。あれなんだろ? なんか気になることがあるんだろうけど、うまく言葉に出来ない……
「ん? どうした?」
「よく分からないけど、なんかおかしい気がするような……」
説明できなくて、自分でも訳の分からなくしどろもどろになってしまう。あたしの様子を見たカイルがう~ん、と唸りながら首を傾げる。
「俺もラシェルが何を言いたいか分からねぇが、もしかしてアレか? なんで刃物を持ってたか、とか返り討ちに出来たかとかそういう話か?」
「えっと…… それに近いかも?」
そう答えると、またう~ん、と首を捻りながら唸る。ひとしきり唸ったところで、飽くまでも俺の考えだが、と前置きしてカイルが口を開く。
「まずそのアンドロイドは戦闘能力がある。そしてそいつのAIがどれくらいのモンか分からねぇが、人を傷つけられる上に手加減も出来るくらいようだな。」
「手加減?」
「ああ、返り討ちにあったって奴は死んでない。さてここで問題だ。問答無用で殺すのと、殺さないように相手を無力化するの、簡単なのはどっちだ?」
「そりゃあ……」
そうか。刃物を持っていると言うことは接近戦。おそらくは銃を持っているだろう相手を接近戦で無力化したってことは、それだけの腕前ということだ。
カイルも言ったように、それだけの戦闘能力があるなら、相手を倒してしまった方が後腐れもなくていいはずだ。
「……ねぇ、あたしの考えも言ってみていい?」
「おう。」
頭の中でまとまりかけたことと、自分の勘も加えてみる。
「もしかしてさ、話せば分かる人じゃないかな?」
「アンドロイドらしいけどな。」
「そういうんじゃなくて。」
今度はふむ、と唸る。
「……やっぱりジェラードに聞かねぇとよく分らねぇな。」
考えてるかと思ったらあっさり降参しやがった。まぁ、あたしも同じような物だから大きな声じゃあ言えないけど。
「ま、まだ一人だしな。もう二、三人締め上げ…… いや、話を聞いたらもうちょっと分かるかも知れねぇな。」
いやぁ、個人的に言わせてもらえば、カイルの「お話」に付き合うのは正直勘弁願いたいのですが。
「暴れ足りないなぁ……」
「か弱い一般人を巻き込むな!」
「いや、補佐官はすでに一般人じゃねぇ。更に言えば、ジェラードにツッコミ入れられる奴がまともな訳がねぇ。」
「…………」
なんか泣けてきた。とても悔しいが、反論が出来ない。
「でもラシェルに何かあったら旨いメシ食えなくなるからなぁ。」
あたしに何かある→ジェルがにこやかに怒る→リーナちゃんのご飯を食べさせない→腹が減る、みたいなとこだろう。
ああ、 自分で考えて悲しくなるが、否定する材料も少ない。
本心はそうじゃない、というのも知っているだけど、この食欲魔神の大男を見ると本気で言っているように見えて仕方がない。
「まぁ、後はどれくらいうろついているか数えるだけにしておくか。」
「つまり?」
「ブラブラするだけにしておく。」
そりゃ助かる。
それからしばらく街中を歩く。その間にもあたしの一日の必要カロリーを遙かに超えた食物がカイルの胃袋に消えていく。
あれだけ図体でかいと、いい加減体重とかスタイルとか超越した所にあるんだろうな。でもスタイルに関しては、マジで筋肉の塊だし。体脂肪率なんてそれこそ一桁程度なんだろう。……羨ましいかはどうか別にして。
「…………」
「…………」
話題もなく、黙々と歩く。
元々おしゃべりじゃないカイルはあたしが何か言っても「おう」とか「へぇ」とか相づちを返すので精一杯のようだ。確かに趣味も知識も合わないからしょうがない。カイルとしても頑張っているみたいだが、やっぱり難しそうだ。確かに銃がどうとかとか言われてもよく分からないし、逆も同じ。
共通の話題が何かあれば…… って、
「そういえばさ、ジェルとかヒューイとか昔から一緒だったんだっけ?」
「ん? ああ。ハイスクール時代一緒だったぜ。ヒューイとは付き合い長いが、ジェラードと再会したのがつい最近だったがな。」
それでも相変わらず退屈させない奴で安心したぜ、とカイル。規模は違うが、ジェルは昔からやっぱりジェルだったらしい。
「あの頃も……」
ふとカイルが言葉を切る。
「三人でよく暴れてたぜ。楽しかったなぁ…… 今は色々考えなきゃならないことが多いからな。」
いや、ちょっと、というか相当考えてないように見えるのですが。あ、でも今変に言葉切らなかった?
その学生時代の豪快な話を色々聞いたのだが、時折不自然に言葉を切って話を逸らしたりすることがある。どうやら学生時代のカイル達にはもう一人誰かいたようだ。
それが誰かは分からないし、今どうしているのかも分からない。でもその人がジェルに大きく関わっているような気がした。
でもきっとカイルもヒューイも教えてくれない。いつかジェルが教えてくれるんだろうか? そんな時が来たらきっと……
って、それはちょっと想像できない未来だ。まぁ、確かに気持ちが傾きかけているのは認めるが、それでもまだそこまでじゃない。
「おっと、」
そんなあたしの思考を遮るようにカイルが呟く。その視線の先には周囲の人たちとは雰囲気の違う二人組が歩いていた。教えてくれたから分かったのものの、そうじゃなきゃちょっと場違いな男二人にしか見えない。
一度そういう目で見始めると、服のふくらみや持ってる鞄とかも怪しく見えてしまう。
「あれもそう?」
「ああ。」
目の端だけで男達を追いながら、こちらにチラチラ期待を込めた視線を向けてくる。
あ~
「あたし抜きなら別にいいよ。」
「ホントか?! ……でも囮がいないと面倒だなぁ。」
喜色満面になりながらも渋い顔して苦悩している……らしい。五十センチも違うと表情読むのも大変なのよ。というか、サラリとひどいこと言ってないか?
「ま、いっか。」
そして一言で解決。正直、さっきの「色々考えなきゃならなないことが多い」って言葉を取り消して欲しい。というか、悩み多き若者に対する冒涜だ。
「そんなわけだから、てきとーにそこらへんブラついてくれ。」
あたしは今日来る意味はあったんだろうか。同じ役立たずだったら、研究所でダラダラ……というのもアレだけど、そういう選択肢もあったんじゃないだろうか?
どうも考え方があんまり良くない方になっている。思い返せばA級捜査補佐官になったのも飽くまでも緊急時の措置だったわけだし、こんな重い仕事を背負えるほどの能力もない。
その気になれば幾らでも休みにできる気楽な大学生だが、逆に言えば勉強する気になれば幾らでも忙しくもなる。
学歴なんて有るに越したことはないが、将来に関してはあたしには最終的な手段もあるっちゃある。正直なところ、大学生やることも、捜査補佐官やることも、どちらが正しいなんて未来を見通せないから分からないわけだ。
(ただ……)
強いて理由を挙げるなら、今いる場所にはジェル達がいる。恋愛感情とかそういうのを抜きにしても、危険と隣り合わせながら何故か居心地がいい。
前に何の準備も装備も無しで墜落する宇宙船から身を投げたことがあるが(いざ思い返すと無茶したなぁ)、ジェルは爽やかな笑顔で「貴重な体験だったでしょ」と冗談半分で茶化していた。でも残り半分のそれまた一割くらいは事実である。
運命とかそういうものを信じる気はないが、それでもジェルと出会ったことに何か意味があるなら――そしてあたしの身を案じて別れの言葉を言ったジェルに自らの意志で関わってしまったのだから、せめて自分が納得するまではついていこうと思う。だからこそあたしは自分の非力さが辛い。
きっと誰もあたしにそんな「役目」を期待してないのだろうけど、だからってそれには甘んじたくない。でも今からどんなに頑張ったってジェルのように頭良くなれないし、ヒューイやカイルのように強くもなれない。ちなみにリーナちゃんに敵うところも一つも思いつかない。
「あたしに何ができるんだろ……」
ベンチに一人座って呟く。
『さぁ?』
「ひゃぁっ!」
耳元から急に声が聞こえてきて、ぎりぎり悲鳴未満の声を出して飛び上がりそうになる。一瞬だけ周囲の目がこちらを向いたが、すぐに興味を無くしたかのように注目されなくなる。皮肉なことだが、世の中の無関心さに助けられたようなものだ。で、
「なによいきなり!」
耳の通信機――軽いからつけていることをすっかり忘れていた――に通じるくらいの小声で「向こう」にいる相手に文句を言う。
『カイルが通信機を外して音信不通になったんだから、ラシェルに聞くのが当然かと思いますが?』
アクティブになっているから、カイルと連携をとっているとは思えませんしね、と研究所にいるはずのジェルが付け加える。確かここから研究所って、車でも三十分以上かかるほど離れているはずだけど、聞こえてくるジェルの声はそれこそ隣にいるかのようにハッキリ聞こえてくる。
色んな意味でサギよねー と思いつつも、カイルの状況と、最初に人から聞いた情報をジェルに伝える。
『ふ~む、なるほど。ま、カイルが暴れてくれていれば陽動にもなりますし、牽制にもなりますから放っておいていいでしょう。』
あ~ なるほど。チェイサーに敵対者がいるとなれば、彼らも警戒しなきゃならない。そうなれば追跡の手が緩む、というわけだ。
あ、でもそうなるとやっぱりあたしが何のためにここに来ているか分からない。
「じゃあ、カイル一人でも良かったんじゃないの?」
さっきまであんな事を考えていたせいか、思わず言葉に出して聞いてしまう。
『ふむ…… 私の仕事を邪魔されたくなかった、というのはどうです?』
どうです? って聞くって事自体、それは正解じゃないわけだ。ジェルの言い回しにも慣れてきた――慣れたくなかったんだけど――あたしは、黙って答えを待つ。
『そうですねぇ……』
色々答えを考えているようだけど、あたしに却下されると思ったのか、ため息一つの後にこう答える。
『自分でも馬鹿みたいだとは思うのですが…… ま、宝くじみたいなもんですな。』
何が何だかサッパリ分からない。
「つまりね、そのドクターはあなたの運に期待していたみたいね。良いか悪いかは別として。」
待っていたはずの答えはすぐ隣から聞こえてきた。
『動くな!』
振り返ろうとしたあたしをジェルの一言が素早く止める。
「大丈夫よドクターミルビット。
今のところは危害を加える気は無いわ。とりあえず上のを黙らせて頂戴。」
あたしにしか聞こえないはずの声に答えながら、一瞬上に目を向けた気配がする。
大丈夫、というから恐る恐る隣を振り返る。
こざっぱりしたスーツを着たショートの女性があたしの隣に座っていた。年齢は二十歳過ぎくらいだろうか? どこか冷たくも整った容貌と、知的な雰囲気がどこか「秘書」という言葉をを思い起こさせる。
『ホーネット、絶対手出しするな。』
《ら、ラジャー。》
なるほど、どうやらあたしの護衛か監視か分からないけど、戦闘ヘリのブラックホーネットが上にいるらしい。
「ラシェル=ピュティア。チーム・グリフォンの最も新しい捜査補佐官。」
ジェルとの通信を聞いていたから名前は分かるかも知れない。でも苗字までは言ってないはずだ。しかもあたしがチーム・グリフォンの一員だって事も知っている。
そんな驚きが顔に出たのか、どこか呆れたような視線を向けてくる。
「とんだ素人ね。」
それだけじゃない。ジェルとの通信を傍受して、しかも上空にいる(ちなみにあたしは全然気づかなかった)ホーネットの存在にも気付いた。そこまで考えて不意にある可能性に思い当たる。
「もしかしてあなた……」
「やっと気づいたの?」
そう言うと、皮肉めいた笑みがルージュを引いた口元に浮かんだ。
「私の名前はミスティ。あなた達が捜しているアンドロイドよ。」
冷たい笑みではあったが、あたしにはそれがとても機械仕掛けには見えなかった。