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第三話 恐怖への自由落下 第七章

 マンガだったら足が宙に浮くくらいの勢いでリーナちゃんの手を引き走る。チラッと後ろを見るとちゃんとスコッチもついてきている。

 と、自分たちの部屋に戻り、着替えるために服に手をかけようとして……


「ジェル。分かってると思うけど、あたしのリーナちゃんの通信機、一回外すわよ。」

『どうしてですか?』


 聞くかなコイツは…… って、リーナちゃんも隣で首傾げてるよ。ジェルはワザとかも知れないけど、リーナちゃんは素で分かってないからなぁ……


「あんたねぇ。女の子の着替えに聞き耳立てる気?」

『おお、それは気付きませんでした。』

「……本気で言ってる?」

『まさか。』


 あたしは無言で自分の通信機を外し、リーナちゃんの耳からも通信機を外す。

 あ~ 殴りたい。

 とまぁ、愚痴っていてもしょうがない。あんまり時間もないし、と思って服に手をかけて……

 ……分かってると思うけど、着替えのシーンは見せないわよ。



 あんまり時間はなかったけど、どーにかこーにか完成。

 リーナちゃんの服装は前に説明したよね?

 淡いブルーを基調としたドレス。セミロングの髪はそのまま流し、ティアラのような銀の髪飾りをつけている。

 ……いやぁ、前にも言ったけど負けそう。ホントにどこかのお姫様みたい。

 別に白馬の王子様、なんて幻想を持っているわけじゃないけど、リーナちゃんならそういうのだって似合いそう。

 ちょっと悔しいけど、リーナちゃん相手だとそういう気も起きないんだよね。

 気分を切り替えて鏡の中の自分を覗く。

 うん、可愛い可愛い。

 ノースリーブの赤いドレス。無論長い手袋――いわゆるアーム・ロングってやつだ――をつける。肩のコサージュ(シルクで作った花)がちょっとしたアクセント。胸元が開き気味で何か欲しいな、と思ってたけど(不本意ながら)ジェルがくれたペンダントがちょうど良かったりする。

 長い髪はアップにしてみる。うなじがちょっと色っぽい? なんて言う気は全くないけど、少しは大人びて見えるかな?

 いやね、童顔って訳じゃないけど背が高くないし、普段ポニーテールにしてるから結構年相応に見られないのよ、これが。

 まぁ、今日くらいはお姫様は無理でもお嬢様くらいには見えるといいな。

 あ、今のはジェルには内緒ね。きっとあいつのことだから「馬子に衣装とはよく言ったものです。」なんて言うに違いないからね。

 お互いにおかしいところが無いか入念にチェックして、出撃準備完了!

 と、忘れない内に通信機を耳に戻しておく。いや、しかしジェルの作った物とはいえ、便利ねぇ。


『ほらほらお姫様方、さっさと行かないと魔法が解けてしまいますよ。

 ……なんて似合いませんなぁ。』


 早速聞こえてきた声。言い方はともかく、言わんとしていることは分かる。

 壁の時計を見たら、確かに時間ギリギリどころかちょっとオーバー。う~ん、今から行ったらちょっと目立つけど、行かないわけにいかないしね。

 講義に遅刻して、開き直ってゆっくり歩いている気分になりながら、人気の無くなった通路を歩く。

 ……と、あれ?


「ねぇリーナちゃん、ここどこ?」

「……ここは船首近くですね。」


 いかん、爽やかに迷ったか?

 と、リーナちゃんが指先をある方向に向ける。


「こちらがコクピットブロックになるはずですから、こちらに行けば大広間のはずです。

 ……?」


 言ってからリーナちゃんがちょっと不思議そうに首を傾げた。


「どうかしたの?」

「あ、いえ。ちょっと気になっただけですから。」


 言葉を濁す、というわけじゃなく、性格的なもので自信が無いのかな? と思うけど、(一応は)少しでも情報が欲しい時だ(と思う)。


「何が気になるの?」


 気のせいかも知れませんが、と前置きしてからリーナちゃんが口を開いた。


「はい。ここは外殻近くだと思うのですが、この辺の……」


 壁にあった五センチ幅ほどの出っ張りを指でなぞる。その出っ張りは天井から床まで真っ直ぐ走っている。


「この出っ張りにちょっと違和感を感じまして……」


 う~ん、あたしには単なる壁の飾りか配線類が通っているようにしか見えないけど……


「ジェル、今の聞いた?」

『しばしお待ちを……

 むぅ、すぐには分かりませんな。調べておくんで、とっとと行ってて下さい。』


 お~ そうだった。すっかり重役出勤だよ。そんなにVIPってわけじゃないから、やっぱり良くないよね、と今度は迷わないようにリーナちゃんの後を追うように向かう。

 どうやら会場に近づいたらしく、ボーイ姿の人が少しずつ見えてきた。そんでまぁ、すれ違いざまに丁寧に一礼していくのには参った。

 あたしはまだこういう「賓客」扱いには慣れているけど、リーナちゃんが気の毒なほど緊張している。「あ、はい、ご丁寧にどうも。」とペコペコ頭下げている。

 あ~もぉこの娘は…… 分かっているだけになんか不憫だわ。

 まぁまぁいいからいいから、と背中を押すようにしてズンズン先に進む。こんな事でちまちま止まっているわけにはいかないの。

 やっと大広間の前まで到着。

 大広間とは言うが、ここはさっきの展望台だったりする。展望用の透明なガラスにしか見えない天井も実際は宇宙船の外殻並に硬い上に有害な宇宙船とかも遮断する……らしい。値段もバカ高で、フレームがあるから大きいのが一枚って訳じゃないけど、それでもこれだけの大きさ、一体いくらかかっているのやら…… 外殻で覆って、内部にスクリーンをつけても同じように外を見ることができるし、緊急用のシャッターがあったとしてもそちらの方が安全だ……そうだ。まぁ、ホントに金持ちの考えることは分からないわね。

 心の中で肩をすくめながら、ドアボーイが恭しく扉を開けてくれるのを待つ。防音がしっかりしているのか、扉が開いて初めて中から静かな音楽と人の喧噪が聞こえてくる。

 うっ……

 頼んでもいないのに大きく扉を開いてくれたので、思いっきり目立っている。大広間の目の半分くらいはこちらを向いているのだろうか?

 何度感じても嫌な感覚だ。まるで相手の価値を値踏みするような視線。

 他人を利用価値のあるなしで判断しているような目。

 すっ、とリーナちゃんがあたしの背中に引っ付いてくるような感触。前も言ったと思うけど「お嬢様育ち」のあたしは小さい頃からこういう場というは悲しいけど慣れている。

 でもただでも対人恐怖症の気があり、気弱なリーナちゃんには辛いのだろう。皆から死角になるところで手が僅かに震えているのが感じられる。どうしよう……


「遅かったな。何かあったか?」

「ヒューイさん!」


 背後の震えが一瞬で止まる。さっきと同じ、いや、タキシード姿のヒューイがドアのそばに立っていた。声をかけられるまで気付かなかったのは気配を消していたんだろうか?

 けど、そいつのおかげでリーナちゃんも落ちついたようだ。知り合いがいる安心感なのか、それとも乙女心のなせる技か……


「ヒューイ、ちょっとリーナちゃんのことお願いできる?」


 あたしといるよりは安心できるだろう。それにこういう場だと鬱陶しい輩がたまにいるのよ。いや、ホントに。


「わかった。」


 ヒューイも何となくあたしの意図が分かったのか小さく頷くと、少女のエスコートにまわる。

 何か言いかけるリーナちゃんを手で遮ると、二人を置いていくような勢いで歩き始める。あ、無論レディとして相応しい歩き方でね。


「ジェル、聞こえる?」


 深い意味は無いが、ふと口の中で呟いてみた。


『一応は。どうかしました?』

「ううん。やっぱりなんでもない。」


 ……なんでジェルに連絡したんだろ? 声が聞きたい、とかいうわけじゃないけど、なんか安心している自分がいるような気がする。


『大丈夫。基本的にはラシェルの回線を優先させてますから。』


 え……?


『何しでかすか一番心配ですし。』


 おい。


『ま、今のラシェルは護衛も何もないようなので、私が陰ながら応援して上げましょう。』


 連絡しなきゃ良かった。

 ちょっと心の中で溜息をつきながら、パパと合流しようと会場内を探す。ジェルの言葉通りなら、おそらく二m超の大きな看板が……


「お、ラシェルも来たか。あれ? リーナちゃんは?」


 そのでっかい看板は、これまたどうやって見つけたのか不明なタキシードを着ていた。

 ……もしかして、リーナちゃんがチクチク縫ったのだろうか?


「ん? なんか変なこと考えてねぇか?」


 うっ。

 この看板――いや、カイルは力だけのキャラに見えるのだが、ジミに勘がめっちゃ鋭かったりする。まぁ、伊達や酔狂でA級捜査官なんてやっていないだけある。


「まぁ、気のせいならいいや。」


 でも考え方は大雑把なんだけどね。


「おお、我が娘よ。見違えたじゃないか!」


 大げさに腕を広げるパパ。

 ……と、「見違えた」って普段はどう思ってるのよ。


「普段は跳ねっ返りのじゃじゃ馬にしか見えないが、こうするといっぱしのレディじゃないか。いや、驚いたよ。」


 うわ、めっちゃくちゃハッキリ言いやがった。色んな意味でショックで何も言い返せないでいると、パパがあたしに向かって優雅に一礼をした。


「できれば父親の役得として、私と一緒に踊っていただけませんか、素敵なマドモワゼル?」


 あ~

 その変わり身の早さに呆然としながらも、スカートを軽くつまみ上げて、社交界に出ても恥ずかしくない挨拶を返す。


「ええ、喜んで。」



 無論こういう場所だからスローテンポのダンスミュージックを、わざわざオーケストラで演奏している。

 ……ホントに客の数よりも従業員の方が多いんじゃないの?

 ま、これまた幼少からの教育のおかげで、一通りのダンスは踊れたりする。他人に教えられるかどうかは不明だけどね。

 ちなみにカイルは密かに(ってあの大きさで「密かに」もないんだけど)広間内を回って、怪しい動きがないか調べている。


「ところでミルビット君。私と娘の通信機を一度外していいかね? ちょっと親子の話をしたいんだ。」

『どうぞ。』


 当たり障りのないダンスをしながら不意にパパがそんなことを口にする。同じ物をつけているから、ジェルのところにもちゃんと聞こえているはずだ。

 そしてジェルの返事を確認すると自分のを外し、こちらに手を伸ばしてあたしの耳に付けている通信機も外す。


「何?」


 そう言うあたしに、パパはビジネスの時に見せる厳しい表情を浮かべた。


「ところで、ミルビット君とはどういう関係かね?」

「……はい?」


一瞬真面目に返そうと思ったけど、質問が質問だけに思わず間抜けた声が出てしまう。


「ラシェル、残念ながらお前は常々そういうことを考えなければいけない立場なのだよ。

 私の見た限り、ミルビット君と一番仲が良さそうだからね。」

「マジ?」

「ああ、マジだ。」


 ……ジェルかぁ。

 単なる変態科学者だけど、家に入り浸ってるし、一緒に出かけることも多いし、食事や色々おごって貰っていて、冷静に考えれば「そういう関係」ととられてもおかしくない。

 あたしとジェルの関係ってなんだろう?


「分かんない……」

「ならいい。」


 ……は?


「まぁ、元々ミルビット君には金銭欲や名誉欲には無縁そうに見えるしね。」


 そりゃ、お金に困ってなければ金銭欲なんてないだろうね。……ところでジェルってグリフォンとか造ったお金、何処から持ってきたんだろう? 生半可な金額じゃないと思うけど……


「少なくともラシェルをそういう目で見てはいないだろう。」

「…………」


 そういう目、か。あ~あ、やっぱり「お嬢様」とは無関係でいられないのか……


「それに…… 彼ならお前に近づく馬鹿な輩を退治してくれそうだしね。」

「あ~……」


 それはあり得る。あたしに近づくとかそういうのじゃなくても、ジェルってとことん「無礼」なの嫌いだからなぁ……

 自慢じゃないけど、街中歩いていると結構ナンパされたりするんだよね。

 ……そんでジェルが一緒だと、ふと空を見上げて地面に目を落とすと、そのナンパヤローが何故か倒れてるわけで。

 でもそれってあたしの為? いつもジェルは「こーゆー奴らは気に入らないのですよ」と言ってるけど…… ホントかな?

 あたしの気持ち。ジェルの気持ち…… どちらも分からない。

 考え事をしながらも、幼少からの特訓(いや、させられたの)の賜物で足は軽快にステップを踏んでいる。

 あ~ 困ったぞ。考えれば考えるほど分からなくなる…… というか、あの変態科学者が何考えているか、なんて想像するだけ無駄なような気も。

 なんて悩んでいたら、パパは自分の耳に通信機を戻し、あたしの耳にもつける。


「というわけで、親子の会話は終わったよ。何か変わったことはあったかね?」

『そうですなぁ…… ラシェルが珍しく着飾ってダンスの一つでも踊っているところでしょうか?』


 ……おい。


「なるほど。確かに我が娘の普段を知っていると、そう感じるのも無理はない。」

「……二人して何失礼なこと言ってるのよ。」


 ちょっとジト目で目の前の見かけだけ紳士を睨む。


『じゃ、もうちょっと建設的な話をしましょう。一般のレーダーじゃ見えないような距離に幾つかの飛行物体が。

 下から来たのか上から来たのか不明ですが、該当するような航空機を他では確認してないようで……』 

「ちょっと待って! そんなのがい……」


 と、あたしを静かにするようにパパが手を出す。


「周りが見ている。少し落ちついて。」


 いきなり大声を出しかけたあたしに幾つかの視線が向く。小さく咳払いをして、はしたなくならないように誤魔化すと、耳に神経を集中して囁く。


「で、ホント……?」

『嘘をついてどうします。

 まぁ、ただ挙動がおかしいので本命じゃないですね、きっと。』


 だから、適当にダンスを楽しんで下さい、なんて言うジェル。……はて? 気のせいかな? ジェルの口調になんか含む物があるような……

 と、ピタとパパの足が止まる。


「さて、私の話はこれで終わりだし、これからつまらない挨拶に行かねばならない。

 私としては愛娘と離れるのははなはだ不本意だが、これも仕事だからな。」


 ちょうど曲の途切れたところでそんなことを言われてしまった。

 引き留める理由も意味もないので、パパはあたしに一礼すると、いかにも偉そうな人たちの所に歩いていく。


 …………

 ……あれ? もしかしてあたし一人?

 なんか最近、寝るとき以外は誰かがそばにいるような気がする。

 それだけミルビット研究所に入り浸ってるのかなぁ。大学に行ったらジェルがいるし、終わったらなんだかんだで研究所。出かけるときはジェルかリーナちゃんと一緒……

 やめやめ。考えるのやめ。

 どのみち、こんな舞踏会にいるのは金持ちのボンボンくらいしかいるまい。踊る相手もいないし、休んでますか……



 ……と思って壁際に行ったら、壁の花に害虫が集っていた。


「皆さん、彼女は慣れぬ人混みでお疲れのようですわ。

 そのようなレディに無理を強いるのは紳士の行いなのですか?」


 壁の花――リーナちゃんを助けるために、慎ましやかな声を出して退去していただく。

 リーナちゃんを取り囲んで口々にダンスの誘いをしていたボンボンどもは一瞬不満げな表情を見せるが正真正銘の「自称」紳士を気取りたいのか、軽薄な笑顔を浮かべて一人一人と去っていく。

 最後の一人がどさくさ紛れにリーナちゃんの手を握ろうとするが、やんわりと遮ってニッコリと冷たく見える笑みを浮かべる。

 ……あ~ やだやだ。なんか自己嫌悪。

 こういうことをしてると、やっぱり「お嬢様」育ちなのかなぁ、と思ってしまう。

「普通」が何かは分からないけど、こーもうちょっと何かがどうにかして欲しいわけだ。いや、自分でも何言ってるか分からないけど。

 いいや。こう言うときは考えるの止める。

 と……


「リーナちゃん大丈夫?」

「は、はい……」


 顔面蒼白、とまではいかないけど、気分の悪そうな顔をしている。この子、タダでも人がたくさんいるところ苦手だからね……


「すみません。こういうこと慣れてませんで……」

「慣れない方がいいわよ。」


 一応は人生の先輩としてありがたい忠告を。ホント、こんなことに慣れるほど行っちゃいかんよ。

 なんか気疲れして、あたしもリーナちゃんの隣の席に腰を降ろす。おお、なんて豪華な壁の花なんだか。

 ちょっと聞いたらさすがにヒューイもジェルに言われて広間内の警戒に向かったとか。もしかして、リーナちゃんと踊ってたのが気に入らなかったんじゃないでしょうね。あんたは過保護な親父か……

 少し疲れたせいもあるか、ちょっと醒めた目で大広間を見つめる。

 呑気に談笑したり、踊っている人々。彼らにもそれぞれ護衛らしい人たちが目を光らせているが、この船自体が狙われていることにはまるで気付いていないようだ。

 爆弾が仕掛けられていたり、謎の飛行物体。少なくとも「何か」がいるのは確かだ。

 こうして考え事をしている間にも、ボンボンズがひっきりなしにやってきたりする。当然こんなのとダンスに興じるほど趣味は悪くない。

 ……あれ?

 なんであたしに先に声をかける?

 いや、賭けてもいいけど、一般的な男ならあたしとリーナちゃんが並んでいたら、間違いなくリーナちゃんを先にするはず。

 …………

 ……そうか。「ピュティア家のお嬢様」だから先に声をかけたのか。

 それであたしが断ったから、改めてリーナちゃんに、ということか。

 うわ~ ムカつく、というか悲しい。

 けど事実よねぇ。ふぅ、と溜息をつきかけていたら、ふと視界に小さな女の子が見えた。小さい、って言っても十歳くらいかな? 手にウサギのヌイグルミを持っている。


「どうかなされました?」


 泣き出しそうな女の子に、あたしよりも先にリーナちゃんが声をかけていた。考え事をしていたとはいえ、ちょっと反省。


「パパがひとりでみておいで、って。」


 だいたいにおいて、こんなところまでつれてくる方が悪いのよね。それなのに、自分の都合で連れ回して…… いや、あたしもそうだったのよ。まぁ、あたしの場合は単なる娘自慢だったので、こうやって置き去りにされることはない。

 一人で、たって、こんなところに遊ぶ場所なんてあるはずもないし、同じ年頃の子供がいるのもまれだ。いたとしても、鼻持ちならないガキの可能性も多々あるし……


「ニャー。」

「あ、ネコちゃん!」


 するっ、とリーナちゃんのスカートの中から黒猫が出てきた。どうやら、ずっとリーナちゃんのロングスカートに隠れていたらしい。……あんた、オスじゃなかったっけ?


「ウサギさんは私が預かりますね。」


 腕に抱えたヌイグルミとスコッチを交互に見て悩んでいた女の子が、はい、とリーナちゃんにヌイグルミを手渡す。


「ネコちゃんネコちゃん……」


 女の子は黒猫を抱き上げると頭を撫でる。スコッチも嫌がっている様子もなく、女の子のなすがままになっている。


「……ジェル。」


 あたしはそんな光景を見つめながら、ジェルに呼びかけた。


『なんですか?』

「絶対…… 守ろうね。」


 自分に何ができるか分からない。でも無邪気に猫を撫でる女の子の姿に、そう願わずにはいられなかった。


『無論です。』


 即答が返ってきた。ちょっと感心。


『そちらにはリーナが乗っています。リーナがいないと、私は飢え死にしてしまうので……』


 感心撤回。いや、分かっている。こういう言い方しか出来ない奴だって。


『不満そうですねぇ。

 じゃぁ、君の為に命をかけて守ってあげるよ、なんて言った方が良かったですか?』

「……それは勘弁して。」

『ぬぅ、贅沢極まりないですなぁ。』


 でもちょっと安心した。全然焦っていないのが声で分かる。うんうん。


「ね、名前聞いていい? あ、あたしはラシェルね。」


 ジェルのことはきれいサッパリ忘れて、一心不乱にスコッチを可愛がっている女の子に目を向ける。


「あたし…… クレア。」

「そう、クレア、って言うんだ。こっちはリーナちゃん、よろしくね。」

「よろしくお願いします。」


 ぺこりと律儀に頭を下げるリーナちゃんとあたしの態度に、緊張した顔の女の子はやっとニッコリと笑ってくれた。

 うん、頑張らないとね。



「あれ? どうしたのネコちゃん?」


 スルッとクレアちゃんの腕をすり抜けると、スコッチが何かを警戒するように左右を見回す。


『いかん! 伏せろ!』


 不意に切羽詰まったジェルの声が耳元で聞こえる。

 直後。

 スコッチの鋭い鳴き声が聞こえた瞬間。

 世界が揺れた。



『ヒューイ! カイル! 周辺に注意しろ!

 ……動き出すぞ。』


 ジェルの指示をBGMにしながらその場に座り込む。地面が――いや、ここは宇宙船だ。船自体が揺れている。

 無論、要人が乗るような豪華客船だ。その手の設備には事欠かない。それでもこれだけの揺れということは、船自体に異常が出てるってこと?

 テーブルが倒れ、豪勢な料理が食用に向かなくなり、命のやりとりが出来そうな値段のワインが床に破片と染みをばらまく。

 重いシャンデリアが振り回されたように揺れ、飾りガラスが幾つか落ちてくる。

 床に落ちた料理などに足を取られて転ぶ者、運悪く倒れたテーブルにぶつかったり下敷きになった者、飛んできたグラスや食器の破片で怪我する者。

 いきなりの「災害」で戸惑った人々が怪我や見慣れない血の赤で更にパニックに陥る。


「何があったの?!」

『やられました。

 この船のエンジンブロックとコクピットブロックが切り離さんですよ。

 リーナが見た変な出っ張りは切断用の火薬を仕込んだ物だったようです。』


 へぇ~

 ……って、ちょっと待って。エンジンとコクピットを切り離された?

 持っている頼りない知識――その出所はジェルの「宇宙技術概論」の講義だったりするのだが――を総動員してみる。

 基本的に宇宙船というのは整備や緊急時の為にパージ(切り離し)できるように出来ている。でもそれも部品単位でだ。船体としては頭から尻尾|(?)まで一本骨みたいのが通っていて、その上に部品が細々乗っているわけだ。

 そういうのを一切無視して船体を切り離した。そんなことがちょっとの小細工で可能か? 答えはノン。不可能だ。

 ということは、この「さざなみの貴婦人号」は設計段階から狙われていたってこと?


『……設計段階かどうかは分かりませんが、製造段階から手が入っていたことは間違いないようです。』


 最初の揺れが収まったけど、細かい揺れが船内を襲う。あたしは壁際でなおかつジェルの指示が聞こえたので怪我はない。ちょっと勢いよく尻餅をついたくらいだ。

 と、あたりをザッと見回して……

 リーナちゃんがクレアちゃんを抱きかかえているように座っている。お~ 素早い。

 と、再びスコッチが上を向いて鋭く鳴いた。

 あ! リーナちゃんとクレアちゃんの頭上のシャンデリアが落ちそう…… いや、落ちた!

 二人目がけて真っ直ぐ落ちてくる巨大なシャンデリア。


「!」


 リーナちゃんの反応はここでも素早かった。クレアちゃんを抱えて座り込んだ態勢から跳び退く。さっきまで二人がいたところに巨大なシャンデリアが落下した。

 うわぁ~ 危機一髪……


「大丈夫?!」


 駆け寄るあたしに少し弱々しい笑顔を浮かべて立ち上がろうとするリーナちゃんだが、急にペタンと座り込むと、目の端にジワリと涙が浮かぶ。


「ど、どうしたの……?」

「いえ、その……」


 やや呆然としているクレアちゃんを立たせると、自分の右足首を押さえる。

 素人目に見ても赤く腫れているのが分かる。……今ので(くじ)いた?


「わ、私は大丈夫です。」


 あのねリーナちゃん。そんな痛そうな顔で「大丈夫」って言われても信じられないのよ。

 とはいえ…… あたしそういう応急処置って知らないのよね。どうしよう……

 事態の異常さに、大広間の人たちが出口に殺到する。それこそ(自称)大人物だろうが、船の添乗員だろうがお構いなしだ。こういうときに人は紳士の仮面を投げ捨て、我先に都弱い者を押しのけて逃げ出す。

 護衛の職に就いているような人たちも自分たちの雇い主の安全ばかり考え、ごく一部の人たちだけが人々を誘導したり、怪我したり何かの下敷きになった人を救出している。

 あたしたちは壁際にいたから、その波に巻き込まれていない。何かがあたしの奥底で警告を発している。

 遠くから聞こえるざわめきを斬り裂くように銃声が聞こえたような気がした。何があったか分からないが、一部の人が大広間に戻ってきて、外に出ようとする人と混じり合い更に混乱の度合いが増す。

 と、不意に「外」と比較的近くで爆発するような音が聞こえた。空気に僅かに何か燃えるような匂いが混じる。


「何が…… あったの?」

『脱出艇に爆発物が仕掛けられていたようです。』


 あたしの呟きに返事があった。


『脱出したのが幾つかと、また格納されていた状態で幾つか爆発しました。

 我先に、と乗り込んり、乗り込もうとした方々が吹っ飛んだようです。』


 淡々と語るジェルにまるで遠い世界の出来事を聞いているような感じになってしまった。


「誰がそんな酷いことを……」

『テロリストです。知っていますか? テロリストという言葉の語源を。』


 まるでなぶるかのような所業に恐怖が沸き上がってくる。ジェルの声が耳に響いた。


『terror、“恐怖”なんですよ。』

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