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第一話 三十億の賭 第一章

私が最初に書いた話を引っ張り出してきました。書き方が古いかもしれませんが、ご笑覧ください。

 広大な宇宙。使い古されてはいるが変わることのない事実である。その広い宇宙では石を投げてなにかに当たる確率など零に等しい。しかしレーザーなら当たることもある。


「こんなのかわせねえよ! カイル、はやく何とかしてくれっ!」


切羽詰まった声で叫びながらヒューイは彼らの高速戦闘艦「アシュラ」に回避運動をさせる。数瞬前にアシュラのいた場所を情け容赦のないレーザーの嵐が通り過ぎていく。

 その嵐につかまればアシュラは木っ端微塵に吹き飛ばされるだろう。それだけはさけたい。


「何とかしてくれと言われても俺は目障りなハエをたたき落とすのに精いっぱいで手が離せないんだ。他をあたってくれ。」


そう言いながら右手でレーザーのトリガーを連打して、左手でミサイルのコントロールをして敵戦闘機を宇宙のゴミに変える作業を繰り返している。しかし他をあたれと言われてもこの船にはヒューイとカイルの二人しかいない。

 いつまでたったも数の減る気配はない。時折、避け損ねたレーザーがアシュラの装甲を無情にも削り取っていく。すでにその装甲はその役目を遂行するのが困難になっている。


〈めいんえんじん出力低下。じぇねれーたーノ負荷ガ危険れべるニ達ッシヨウトシテイマス。装甲ハ85ぱーせんとガ剥離。D-5ぶろっくニ火災発生。隔壁ヲ閉鎖シマス……〉


 無機質なコンピューターの合成音がコクピットに響く。相当危険な状態だ。これ以上の被害はアシュラの破壊を意味する。


「ヒューイ、逃げよう。」


 カイルが隣を見る。二人とも戦闘の緊張と壊れた空調装置のせいで汗びっしょりだ。


「ああ、俺も今それを言おうとした。」


 一度意見があえば後は早い。カイルはアシュラに搭載している音声認識コンピュータに質問する。ワープは可能かと。


〈可能デスガ船体ガ保ツ確率ハ45ぱーせんと位デス。〉


 コンピュータの返事は相変わらず無感情だがその言葉になんとか希望がわいてくる。

 これだけの損傷を受けながらもコンピュータはまだ正常に動いているようだ。


「よし、ワープだ。目標はどこでもいい、どっか安全なとこだ。」


 カイルがそう言って、必要なデータを打ち込む。その間、ヒューイは敵の攻撃をかわしながら少しずつ離れるように移動した。

 しかし、敵戦闘機はしつこく追ってくる。すでに非常電源に切り替わったため、コクピット内は赤い光に包まれている。モニターのいくつかはすでに死んでいた。


〈わーぷマデアト5秒。4、3、2、1、0。わーぷシマス。〉


 その瞬間、アシュラに敵のレーザーが直撃し船体が激しく揺れた。そのショックとワープインのときのショックでコクピット内の電源が落ち、暗闇が二人を包み込んだ。その闇の中で二人は意識を失っていった。



 人類がついに念願のワープ航法を開発してほぼ三世紀、次々に開拓精神を持った人々が外宇宙へと旅立ち星々を巡った。

 人類の住む星が増え、政治的に経済的に発展していく。そうなると当然のことながら利害がからんでの大なり小なりの争いも起きるようになった。

 これを重くみた太陽系連合|(昔の国連のようなものである)はその名称を銀河連合、略してGUとしてその下に様々な機関を置き、星系間の紛争の調停、相互の発展等の仕事を担うようになった。その中にGUP(銀河連合警察)という組織がある。そこでは異星系間での犯罪や警察組織の未発達な星系での犯罪、また特殊な犯罪の解決などを行っている。ヒューイとカイルはそのGUPのA級捜査官である。



「くそ、まったくエライめにあったもんだ。」


 カイルがエアカーの助手席で悪態をついていた。その鍛え上げられた筋肉がその悪態にあわせてかピクピクと服の下でうごめいていた。

 結局、アシュラはワープアウトのショックで大破してしまい航行不能になってしまった。しかたなく救援信号を発信して近くを通ったパトロール艦に助けられたのだ。そしてなんとかGUP本部に戻ったら本部長に散々油を絞られ減棒三ヶ月とまで言われてしまった。

 今回の事件は地球からさほど遠くない惑星バーン、初期の段階で環境改造と移住に成功した星で人口は宇宙で十指にあげられるほどである、そこのコルツ副大統領というのが近くの宙域を縄張りとする海賊とつるんでいるというタレコミがあったことから始まる。

 二人は直ちにその調査に出発したのだが、当のコルツがそれを察して例の海賊の本拠地に逃げ込んだのであった。そしてそれを追いかけたらその海賊に襲われ、アシュラは大破、減俸三カ月というわけである。。

 アシュラを破壊されたのもコルツを逃がしたのも自分達には非はない……はずだと二人は固く信じていた。しかし、現実はさらに非情であった。

 ここで少し遅れたが二人の紹介をしておこう。今、エアカーの助手席にいるのがカイル・ミュラー。二メートル強の大きな体はびっちりと筋肉の鎧におおわれていて服を破らんばかりである。その上には予想に反してにこやかな顔がのっかっている。元軍人で怪力の持ち主であり破壊工作のプロであった。

 その隣でハンドルを握っているのはヒューイ・ストリング。カイルと比べると小さく見えるがそれでも一八〇センチ近くあるだろうか、甘めのマスクに無駄な肉の無いスリムな体、しかし一見優男でも実は格闘技のプロフェッショナルでありスナイパーとしても超一流でなかなか侮れない男である。つけ加えておくなら二人はハイスクール時代の友人である。


「しかしまあ、どうしようかねえ。」


 その体に比例したオーバーアクションを交えながらカイルがぼやく。


「アシュラの代わりを探さなきゃならないし、減棒は喰らうし、いいことねえなあ……

 おっと、ちょっとタバコを買ってくる。」


ヒューイは車を道路の脇に止めて、歩道にあるタバコの自動販売機に歩いて行った。

 コインを入れてボタンを押す。コトンと乾いた音とともにいつものタバコが落ちてくる。釣り銭とタバコを無造作にポケットに突っ込んで車に戻ろうとすると、どこから来たのか足元で1匹の黒猫がニャーニャー鳴いているが見えた。


「ん? どうした? お前?」


 かがんで頭を撫でようとする。毛並みのいい、なかなかきれいな黒猫だ。

 気のせいか何かいいたげな表情をしているような気がする。


「ニャア。」


「ヒューイ、横!」


 窓から身を乗り出してカイルが言った。相棒の声に反応してヒューイが横を向いたときには視界いっぱいにスーパーの紙袋が広がっていた。


どかっ


だらしなくアスファルトの上に横になったヒューイの頭に何か丸いものが当たった。手にとってみるとオレンジである。辺りに様々なものが散らばっている。ヒューイは自分が買い物袋を持った誰かに衝突したことに気づいた。


「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」


気づくとライトブラウンの瞳がヒューイを覗きこんでいた。その瞳と同じ色のセミロングの髪、可愛らしい顔立ちの少女が心配げな顔をしてヒューイのすぐそばにしゃがみ込んでいた。年の頃は一六、七というところだろうか、おとなしそうな印象をうける少女である。しかもすこぶる美少女だ。

 一瞬、天使という形容が思い当たった。こんな可愛い娘にあえるなら死ぬのも悪くないなとつまらない事を考えてしまったヒューイであった。

 その娘の後ろではさっきの黒猫が辺りに散らばった物をくわえて1カ所集めようと動き回っている。


「袋が大きくて前が見えなかったんです。スコッチに前を見ててもらったんですが……」


 その外観にふさわしく声もまた可愛らしかった。思わずこの場でナンパしたくなってしまったヒューイを責めるのは酷というものであろう。身を起こしながらなるべく平然としてその娘に話しかける。


「いやなに、大したことないよ。」


 ここで爽やかそうに微笑んで言葉を続ける。


「そういえばスコッチって君の猫?」


「ええ。」


「なかなか利口そうな猫だね。」


「ヒューイ。」


 カイルが話に割り込んできた。いつの間にかにヒューイ達のすぐそばに来ていた。巨体の割には意外と身が軽い。


「しなきゃなんねえこと沢山あるんだろ。さっさと行こーぜ。」


「そうだな。」


 そう答えてから再び少女の方を向いた。ここで別れるのは少し惜しい。


「荷物多いんだろ、送ってあげるよ。」


「いえ、そんなご迷惑をかける訳には……」


「いいっていいって。つーわけでカイル、後ろ行ってくれ。」


「へいへい。」


 カイルがその筋肉を滑り込ませるように後部座席につく。

 紙袋を持ち直した少女が助手席のシートについた。そのあと少女がスコッチと呼んでいた黒猫が乗り込み、それを確認するとヒューイはエアカーを発進させた。


「そういえば、まだ名前を言ってなかったね。俺はヒューイ、後ろの筋肉の塊はカイル。よろしく。」


「筋肉の塊とはひどいな……」


 事実だからしょうがない。


「まあいいや。よろしくお嬢さん。」


 何事につけファジーなカイルである。基本的にカイルの耳には皮肉や悪口はあまり意味をなさない。


「わたしはアイリーナと言います。リーナと呼んでくださって結構です。この黒猫はスコッチと言います。」


 そう自分を紹介するとリーナの足元でスコッチがニャアとないた。


「へぇ。リーナちゃんね。で、うちはどこ。」


 リーナの言った住所をナビゲーションコンピューターに入力するとその周辺の地図が表示される。


「これってうちの近くだな。」


 カイルが後ろからディスプレイをのぞき込んだ。それだけで一瞬狭くなったような気がする。


「近くと言うよりうちと同じ場所のようだな。ま、行ってみればわかるか。」


「そうだな。」


 しばらく走るとリーナの指定した住所についた。どう見ても彼らのうちである。彼らは引っ越しした覚えもなければ任務中に他人に貸した覚えもない。


「どうぞ、あがってお茶でもいかがですか。」


リーナがそう言って、ポケットからカードキーを取り出してドアの横のスリットに差し込むとドアが開いた。スコッチが開いたドアからするりと中に入りリーナもそれに続く。


「変だな、この家のキーは俺とお前しか持ってないはずだよな。」


「確かに、それにGUP特製のやつだから簡単には作り替えれないはずだが。」


 そうでなくては鍵の意味がない。


「はかせー、ただ今戻りました。」


 奥からリーナの声が聞こえる。耳をすますとそのさらに奥からわずかに男の声が聞こえる。その時点では二人とも男の声に聞き覚えはない。


「博士ね。どんなやつか知らんがそいつがここを乗っ取った主犯らしいな。」


 さすがにリーナがそんなことをやったとは最初から頭にないヒューイである。そういう意味でも可愛い娘は得である。


「ヒューイ、そんなことよりもさっさと中に入ろうぜ。誰がいようがここは俺たちの家なんだから遠慮する必要はない。」


 そう言うとカイルはドアを通って中に入っていった。あわててヒューイも後を追う。

 勝手知ったる自分達の家のはずだが何かが微妙に違うような気がする。そして気づいた。いつも彼らの家は見るに耐えないほど散らかっているのだが、今はきれいに整頓されている。しかも隅々まで掃除が行き届いて一瞬別の家かと錯覚するほどであった。

 そして二人がリビングに入ると、聞き覚えのある声に大笑いされてしまった。


「ヒューイ、カイル、久しぶりだな。話は聞いたぞ、何でも犯人を逮捕出来なかった上に船をやられてそして減俸三カ月とはねえ。こりゃー大笑いだ。」


 その男は何となくとぼけた風貌をしていた。厚手の眼鏡をかけ、きれいにクリーニングされた白衣をきていた。ヒューイとカイルがその男を見てコンマ三秒後にそいつのことを思いだし、そのまたコンマ二秒後に男の前に行きその胸ぐらをつかんでいた。


「やい、ジェラード。お前何の冗談のつもりだ? 人の家に勝手に上がり込んでおまけにロックシステムを改造するとは。場合によってはGUPにでもしょっぴいていくぞ。」


「まあまあ。おちついて。」


 そのジェラードと呼ばれた男は二人をなだめながら自分をつかんでいる手を丁寧にはずした。


「話すと長くなるから簡潔に言うと私の家が異次元の彼方に行ってしまった。」


「へ?」


あっけにとられている二人を向かいのソファに座らせてからリーナにコーヒーを頼んでから説明を始めた。

 ジェラードはそもそも彼らと同じハイスクールに通っていた()友同士であった。昔から奇才で知られていた男である。

 ジェラードの話は世間話から始まって本題に入るまでには相当の時間がたってしまったが、その本題の部分を要約すると、ジェラードは現在、とある研究所の所長をしていてそこで宇宙船に使われるワープ装置の実験をしていたそうだ。ある日それがたまたま暴走してしまい研究所ごとワープインしてしまい俗に言われるところのワープフィールド内に研究所が漂流してしまってのだ。

 ワープインする寸前、からくも研究所から逃げだしたジェラードと助手のリーナはとにかくどっか雨風のしのげるところを探そうとデータファイルを探した。すると古い友人がけっこう近くに住んでいることがわかった。こりゃラッキーとその住所のところに行ってみたら鍵がかかっていて、夜もふけてきし雨も降っていたのでしようがなく鍵を紳士的(人には言えない)手段で開けて入った……ということであった。


「まあだいたいわかった。で、いつごろからここにいるんだ?」


話を聞いていたときは組んでいた腕をほどいて身を乗り出すようにヒューイが聞く。


「そうだな、だいたい……半月位だったかなあ。お前達が惑星バーンに向けて出発したすぐ後じゃあないかな。」


「うーん。それぐらいだな…… おい、ちょっと待て。何でお前がGUPの任務のことを知っているんだ? アシュラの件もそうだし、GUPの情報は基本的に一般人は見ることができないはずだぞ。」


「別にそんなことGUPのメインコンピューターにアクセスすればすぐに分かる。難しいことじゃない。」


 普通は大変に難しいはずである。


「それって俺の国の言葉で違法行為と言わないか?」


 どこでも違法行為と言う。


「まあ、そうとも言うね。」


「住居不法侵入、ハッカー行為。これだけで数年は刑務所に行けるな。」


「カイル、そう固いことをいうな。それに証拠は何も残してないし。ハッカーは現行犯のみだろ。」


「そういう問題じゃなくて、やっぱりGUPの人間としては見逃す訳にはいかないでしょーが。」


口ではそう言いつつも顔を見ればそんな気はないことがわかる。なんだかんだ言っても旧友との再会を結構楽しんでいるようだ。


「それはともかくとして、これからどうするんだ? 家がなくなったんだろ。」


「大丈夫、私の計算が正しければ今日中にもエネルギーが切れる。」


そのとき電話が電子音を鳴らした。リーナが受話器をとって少し話をすると受話器をもったままジェラードの方を向いた。


「博士、グリフォンからの連絡です。ついさきほどエネルギー切れでワープ機関の暴走が停止し、何とか通常空間に復帰できたそうです。」


「わかった。じゃあ、こっちにグレイを呼んでくれ。」


「ジェラード、一体どういうことだ?」


「研究所が帰ってきた。それよりコルツを逮捕したいとは思わんか。」


「そりゃあしたいさ。でもな、俺達にはいま宇宙船(ふね)がない。海賊の本拠地を叩けるほどのものなんかすぐに手には入らないだろ。」


 カイルが不機嫌そうに言った。


「あるよ。」


「あるってなにが?」


「だから、宇宙船が。」


「どこに?」


 カイルがクエッションマークを連発する。


「うちに行けば。どうだい、見てみようという気にはならんか?」


ヒューイはそれを聞いて少し考えた後、しょうがないなと言うように肩をすくめ立ち上がった。一度は脱いだジャケットに再び袖を通す。


「見に行きますか。で、お前のうちはどこなんだ?」


「大丈夫、ちゃんと迎えを呼んだから。」


 その言葉通りかしばらくと玄関のチャイムが鳴り、リーナが玄関へ出ていった。少しするとまた戻って来る。


「博士、グレイが来ました。」


「ほら来た。さーて久しぶりに研究所に帰りますか。」


そう言うとジェラードは白衣をひるがえし外へ出た。ヒューイとカイルもそのまま後をついていく。

 外に出ると灰色の大型のトレーラーが止まっている。コンテナの横にはおそらく象と思われるシルエットが描いてあった。

 後ろのコンテナの扉が開いている。そこからスロープがでていてカイルがそのコンテナを覗くと中に1台のスポーツカータイプのホイールカーが入っていてその奥にドアがひとつあった。コンテナの中はこのホイールカーの整備をする為なのか様々な工具がおかれている。

 カイルとジェラードが先に中に入って奥のドアを通ると簡単なリビングになっている。リーナは先に入っていて飲物の準備をしていた。遅れてヒューイが入るとコンテナの扉が自動的に閉まり、低いエンジン音とともに走り始めた。

 窓から外を見ているとトレーラーは街中を抜け郊外の方へ走っていた。エンジンの性能がいいのか実に静かに走っている。外が見えなければ走行中のトレーラーとはなかなかわからないであろう。

 しばらく走ると公園らしいところに入っていったようだ。緑が豊富な公園である

 そのまま奥へ進んでいくと豪邸というほどではないがそれでもなかなかの大きさの一軒の白い家の前に着いた。トレーラーを降りて何の気無しに運転席を覗いてみたヒューイはとんでもないものを見てしまった。


「おいカイル、このトレーラー誰も乗ってないぞ。」


「じゃあ誰が運転してたんだ?」


わしじゃよ。〉


 とこからともなく声が聞こえてきた。カイルが思わずビクッと体を震わす。


「ヒューイ、変な声出すな。」


〈そこの若造じゃないぞ。儂の名はMIAIC-006、グレイエレファントじゃ。〉


「なに? このトレーラーか?」


〈そうじゃ。〉


 コンピュータボイスにしてはいやに流暢である。しかも普通の人工知能と呼ばれるものより受け答えが人間くさい。


「ヒューイ、カイル、そんなところで何をしてるんだ。グレイ、グリフォンのところに戻ってろ。」


〈しょうがないのお。〉


ジェラードに言われてトレーラーが返事をするとヒューイとカイルの目の前で裏の方に向かって走って行った。半ば呆然としてその光景を眺めながら二人はジェラードとリーナの後を追って家の中に入った。


『ミルビット研究所』


 その家の扉の横にはこのような看板がかけてある。ちなみにミルビットとはジェラードの名字である。

 二人が中にはいると髭をはやしてタキシードを着た一人の初老の男が二人を出迎えた。なかなかタキシードの着こなしがが様になっている。何やら典型的な執事、という感じの男である。


「いらっしゃいませ。博士とアイリーナお嬢様が中でお待ちです。こちらへどうぞ。」


その執事風の男についていくと広間に案内された。結構広く豪華そうな広間である。しかしジェラードの趣味か全体的に地味目に家具などが配置されている。

 すでにジェラードとリーナは広間の中央にあるソファに腰掛けていて、スコッチはリーナの足元に丸まっている。なんとなく恐縮しながらヒューイとカイルはジェラードとリーナの向かいに腰掛けた。


「で、ジェラード。お前さんの宇宙船とやらはどこなんだい。」


「ではお見せしましょうか。」


 ジェラードがニヤリと笑って、肘掛けの部分にあるパネルを開いて2、3個のボタンを押した。


 ウィーン。ガタン。


 突如、4人の座っているリビングセットが床に沈み始める。


「どわぁぁぁぁっ!」


 いきなりのことにヒューイが驚いていると数秒で五メートルほど下の無機質な壁に囲まれた小部屋に着いた。ジェラードが立ち上がってその部屋の一方の壁にあるエアロックのようなドアの脇のパネルのボタンを押すとドアが音もなく開く。

 上の方を見るとさっき降りていったリビングセットがまた上がっていくのが見えた。はっきり言って何かの秘密基地のような感じである。


「地下の格納庫に続くエレベーターです。さあ乗った乗った。」


 こうして四人と一匹はエレベーターに乗ってさらに地下に降りて行った。最下層についてドアが開くとそこは野球が二試合も三試合もできそうなとてつもなく広い空間である。

 その真ん中に一五〇メートルほどの翼を広げた鳥のようなフォルムを持つ物体……どうやら宇宙船のようだ……があった。その流線型の機体と大きく広がった翼は大気圏戦闘も想定されて設計されていると思われた。

 このサイズの宇宙船は光速を越えて航行するためのワープ機関とそのためのジェネレーターやコンピューターが容積の大部分を占めていて居住性や運動性等が相当犠牲になっている。アシュラは戦闘艦としての能力をもたせる為にこれよりも一回り大きかったが、この一五〇メートルクラスの宇宙船には常識的に考えると武装かワープ機関のいずれかが搭載されていないと思われる。どっちにしても使いものにはならないはずである。


「どんなもんです?なかなかの物でしょう。」


 ジェラードが自慢気にその宇宙船を指し示した。


「でもなあ、この大きさなら海賊相手にはちょっときついんじゃないのか。」


 ヒューイはその機体を見上げて言った。なかなかに美しいデザインである。


「何を言いますか。大型戦艦に匹敵するほどの武装に他の船にまず負けないほどの速力、すべてが一般の水準を上回るほどの能力をもつ艦載機などなど。この私の最高傑作と言うべきシルバーグリフォン号がたかが海賊ごときに…… は! なんたる言いぐさです。」


 まあ、とにかく乗ってみろとジェラードはシルバーグリフォンのハッチの方を指さす。

 ヒューイとカイルはやれやれといわんばかりにハッチを通り船内へ入っていった。

 グリフォンのコクピットルームは入ってきた後ろを除いて周りを巨大なスクリーンに囲まれていた。その中に対G用に作られたシートが六つあり、それぞれにコンソールや小型のディスプレイが備え付けられていた。

 遅れてジェラードとリーナが入ってくる。二人は自分の席が決まっているようでさっさと中列左右のシートに座ると機器のチェックを始めた。


「一応な右がパイロット席で左がコ・パイロット席だからな。後ろのふたつは気にしなくていい。」


ジェラードがディスプレイから顔を上げて言った。慣習でヒューイが右、カイルが左に座ると彼らの体格にあわせてシートの形が変形する。ざっとコンソールを見回す限りではと彼らの乗っていたアシュラとさほどかわらないようだ。


〈私はMIAIC-001。この艦の制御コンピューター、シルバーグリフォンです。あと三二秒で発進準備が整います。〉


アシュラのそれに比べるとずっと人間味のある声がそう告げると正面のスクリーンにこの格納庫の風景が映し出されて周りのコンソールのスイッチが次々と入っていった。格納庫の一面が大きく開きシルバーグリフォンがその方向へ向きをかえる。その奥には長い滑走路のような通路がみえる。


「ジェラード、もしかしてすぐ飛ぶんじゃないだろうな。」


 カイルは嫌な予感がして後ろを向いた。ジェラードはその言葉に不敵な笑みでかえして最後の命令を下した。


「シルバーグリフォン発進!」


了解ラジャー!〉


 その瞬間、低いエンジン音と共にその巨体がゆっくりと動き始めた。そのまま通路を猛スピードで飛びその先のハッチが開いた。ハッチの向こうはどうやら海の中のようだ。通路と海を分ける透明なシールドを抜け、猛然と海の中に突っ込む。水の抵抗で速度は幾分落ちたがそのまま加速しつつ浮上し海上に出た。水しぶきが海面に虹を作り出す。そのままシルバーグリフォンは宇宙へ向けてイオンジェットの長い炎を残して飛び出した。

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