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アキラ頭を下げる

 暇を持て余したアキラは奈美のアパートを出て駅前のロータリー脇を歩いていた。時刻は午前十一時でそろそろ商店街の客も増える頃だ。

商店街の入口右側には丸の中に源の文字のマークが入った不動産屋がある。これが源の不動産屋なんだなと、ガラス越しに中を覗こうとしたが、アパートマンション情報の張り紙が埋め尽くしていて源がいるかどうかは分からなかった。


高田アーケード商店街に入り、三分の一左側にラーメン屋と薬屋に挟まれてお茶屋がある。真理子の店番の時間は夕方からなのでいないだろうが、気になって通りすがりながら店内を見ると、

真理子がお茶を棚に並べていた。


アキラは一度お茶屋を通りすぎ、薬屋のピンクゾウのマスコットの影に隠れてお茶屋を覗いた。


「あら、このあいだの青年じゃない?」


 声の大きさにビクっと飛び上がって後ろを振り向くと。声をかけてきたのは薬屋のさっちゃんだった。


「あ、どうもこんにちは……」


「様子を見に来たのかい?」


 さっちゃんは待ってましたとばかりに話を始めた。


今日はお茶屋の跡取り夫婦は幼稚園の発表会に出かけた為、真理子が一日中店番をすること。

ヒロがあれから毎日、夕方になると真理子の所に通っていることを、聞いてもいないのに話し続けた。


「花屋のヒロちゃん、見直したよ頑張ってるんだよね」


 薬屋に客が来たのも気付かず話しかける。


「あの……お客さんですよ!」


 アキラが指をさすと、さっちゃんは慌てて「いらっしゃいませ!」とアーケード内に響く声で自分の店に駆け込んで行った。喧騒が去ってほっとしたアキラは開け放たれたままのお茶屋の店内に、客を装い入っていった。


真理子はアキラに気付き「いらっしゃいませ」と声をかけた。


アキラは清楚で美しい真理子を見ることもできず、お茶を物色しているフリをした。

そして店内に飾ってあるフラワーアレンジメントが目に留まった。あの時ヒロが手渡した物を加え、それは全部で七個あった。


その時もう一人客が入ってきた。


「いらっしゃいませ、あ、源さん……」


「こんにちは真理子ちゃん、どうだい真剣に考えてくれたか?」


 背中を向けてお茶を物色しているアキラに気づかない様子の源に、アキラは挨拶のタイミングを逃していた。


「ええ、一昨日も源さんに言われたけど、ヒロさんの人柄はこの一週間でよくわかりました。とても誠実で真面目な方ですね」


「そうだろう、ヒロも言ったとは思うけど、結婚を前提に付き合う気になったかい?」


「けっ、結婚ー!?」アキラは大声を出した。


 その声に驚いた源と真理子は一斉にアキラを見た。


「なんだ、アキラ君じゃないか……」


「源さん、お知り合いなの?」


「わかばの奈美ちゃんは知ってるだろ? 奈美ちゃんの彼氏だよな? アキラ君は……」


「そ、そうです。奈美ちゃんの彼氏です……たぶん……初めまして、よろしくお願いします」


 アキラは深々とお辞儀をした。


「初めまして、よろしくね」


「あのう……ヒロさんは……ヒロさんはいい人です。奈美ちゃんも静江さんもそう言ってます。

絶対、間違いないです。だから……よろしくお願いします」


今度は床に頭が付くほど頭を下げた。


「どうだい? 真理子ちゃん?」


源は答えを促し、真理子はにっこり微笑むと言った。


「アキラ君に言われるまでもなく……答えは……イエスよ」


 ヤッター!と叫んで、思わずアキラは源の手を握り締めブンブンと振った。


「おい、おい、君が告白成功したみたいじゃないか」


「ヒロさんには、私から今晩伝えますので……」


 そう言って薄っすらと頬を桜色にした。

その後、源と真理子は少しの間会話をしたが、

二人の隣りでアキラは「ありがとう真理子さん」を連呼して、ヘッドバンギングよろしく頭を下げ続けた。



お茶屋を後にした源とアキラは連れだって商店街を歩いていた。源が昼飯を誘ったのだ。

喫茶『わかば』に入った二人はカウンターに腰掛けた。


「おや、珍しい組み合わせじゃないかい」


「ちょっと、お茶屋で会ってな」


「ランチでいいかい?」


「ああ、アキラ君もそれでいいか?」


 アキラは「はい」と頷き、

源はゴホンと一度、咳払いをし間を取った。


「静ちゃん、俺はヒロに、五万円払う事になったぞ!」


「本当かい? 源ちゃん? よかった……ホントよかったわ。嬉しいねぇ」


「それにしても、あの二晩はどうなるかと思ったよ。いい感じでコーヒーを飲む二人の邪魔をするように、静ちゃんがヒロにくっつくもんだから、引きはがしてカウンターの中に閉じ込めておくのが大変だったぞ」


静江にモテ効果が効いてしまったのだということに、アキラは気が付いた。

威厳のある初老の紳士が、静江に振り回されて右往左往している場面を想像して、アキラはクスリと笑った。


「あの、三メートル以内に近付いちゃったんですね? 特異体質……あ、まじないなんですけど近付くと効いちゃうんです」


「へぇ、あれがまじないの効果なのかい? なんだかさ、ヒロちゃんに近付いて暫くすると段々いい男に見えて来ちゃってさ、こうポーッとなっちまうんだよね。

離れて時間が経つと醒めるんだけどね……」


モテ効果の三十時間が切れた後、静江は毎日ヒロに女の扱い方をレクチャーし、

源は真理子にヒロの良さを伝える役割りを果たしたらしい。


「とにかくさ、どんなイケメンだって誠実でマメな男にはかなわないのさ……情にほだされるって昔から言うじゃないか……アキラちゃんも覚えておきなよ!」


「は、はい。マメですね。頑張ります」


 アキラはお茶屋に飾ってあった七個のフラワーアレンジメントを思い出した。成る程なと、静江を尊敬するのだった。


ハンバーグランチを食べながら、奈美にはどうやってマメを表現したらいいのだろう?と考えていた。


奈美の好きなことをマメにしてあげればいいのかな、という結論に至ったなんとも単純なアキラだった。

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