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アキラ応援する

 焼きカレーを食べ終わった奈美は、早速今日の本題にとりかかった。

ほぼ毎日『わかば』で夕飯を食べるヒロだったが、事前に来ているかどうかを静江に確認をしてからアパートを後にしたのだった。


「ところでヒロさんは何歳になるんだっけ?」


「なんだよ、奈美ちゃん唐突に……三十五歳だけど?」


  ヒロは高田アーケド商店街の一角で花屋を営む跡取り息子だ。性格は温和で商店街組合青年部の役員なども務め顔も広い。早いうちに両親を亡くしているので一人で花屋を切り盛りし、商売もヒロのフラワーアレンジのセンスが良く人気があり繁盛している。


そう……。彼氏にするには申し分のない条件なのだ。


だが、ヒロはモテない。


つまり、ルックスに難有りなのだ。



身長、百六十三㎝、太ってはいないがずんぐりとした体型、髪の毛は天然パーマで無造作に伸びたヘアースタイルはブラシで梳かしたことがあるのだろうか? と疑問を持たせる。

フラワーアレンジセンスは抜群なのに、洋服はいつもトレーナーにストレートジーパンで、両方とも色が落ち白茶けて擦り切れそうだ。

目鼻のパーツは悪くはない。だが少々大きめの丸顔と銀縁のメガネが邪魔をしており、天然パーマのボリュームも手伝って見た目の等身を減らしていた。


「彼女欲しくないの? ま、さ、か! 好きな人くらいはいるんでしょ?」


奈美が強調した“まさか”に反応してヒロは口を滑らした。


「そりゃー好きな人くらい、いるに決まってるでしょ!」


  ハハンっと美奈はしてやったりの顔付になった。

そして、誰よ? と聞いた。


ヒロは、やられた……。と言い散々迷ったあげく誰にも言わないでよと頼んだ。


「……お茶屋の真理子ちゃん……」


「えーーーー? あの、マドンナ!?」


 奈美とカウンターの中で食器を洗っていた静江が同時に大声をあげた。



二人が驚くのも無理はなかった。

お茶屋の真理子は高田商店街のマドンナで、イメージキャラとして商店街のポスターにもなっている。

二十八歳になる清純派女優を思わせる女性なのだ。

もちろん、狙っている男も多く真理子目的で必要もないお茶を買う男達が後を絶たない。


奈美は、しめた! と思った。

ヒロに手が届きそうにない相手ほど後々効果があると睨んだからだ。


「ヒロさん! 今日、今からヒロさんをモテさせてあげる! いい? 私とアキラの言う通りにしてちょうだい! そして、真理子さんに会いに行こう!」


「なに言ってるんだよ、冗談だろ? 無理に決まってるじゃないか……俺だって身の程は知ってるつもりだぞ」


 確かに奈美の誘いは唐突だが、最初から諦めているヒロを見てアキラは自分を見ているようだと思った。

自分が居酒屋で酔って声をかけた時に返された、奈美の尻上がりの「はぁ?」のような奮い立たせるきっかけが今のヒロには必要なのだろうが、どんな言葉が効くのかが分からなかった。


アキラはこれからやらなければならないであろう行為を分かっていたが、無性にヒロを応援したくなっていた。


「ヒロさん、絶対大丈夫です。信じてください! ヒロさんは真理子さんに近づくだけでいいんですから」


 それでも、当然の事ながら常識を持ち合わせているヒロは動こうとしなかった。


「わかったわ、もし失敗したなら、私は全裸で高田商店街を隅から隅まで歩くわ、警察に捕まるでしょうけど構わない。約束する」


  全裸で歩く気持ちなんてこれっぽっちもなかったが、ヒロをその気させるなら嘘も方便と奈美は姑息な手に出たのだ。結果を出せば手段なんてものはどうでもいい、ヒロがモテる事が重要なのだと考えていた。


一方、アキラは全裸なんて何て事を言うんだ思っていた。奈美ちゃんを全裸にさせる訳にはいかない、なんとか阻止しなくては、と勇者のような気持ちになっていた。

そして自分の特異体質を信じてくれている奈美の気持ちを再確認して、俄然やる気が出てきた。


「ダメだったら僕も全裸で、行進しますからやりましょうよ」


 アキラは本心からの言葉だった。


「……カップルの全裸行進か……あり得ない……」


 ヒロの三十五年間のモテない日常は、万が一ひょっとしてという希望の火種を湿らせていた。これは一筋縄ではいかないぞと奈美が、他に手はないか? と考え始めたその時だった。



“わかばの魔女”が動いた。


「ヒロちゃん、私の娘が嘘を言ったことがあるかい? ないだろ? この娘は勝気だが誠実だ! 

それに、二人の目をちゃんと見てごらんよ? どうだい? 


ヒロちゃんは今三十五歳でこのままだと一生独身で終わっちまうじゃないか、それにあんたは見てくれはあんまり良くないが性格はピカイチだよ私が保証する。

ヒロちゃんの中身を知ればマドンナだって惚れるさ……そのきっかけを、何だか知らないが二人がくれるって言うんだろ?

だったら、一生に一度の勝負に出てみなよ! それが今なら、やるしかないじゃないか


……それともなにかい!? お花に囲まれて一人で死んでいくのが好きなのなら、勝手にしなっ!!」



 最後の静江の啖呵にヒロの身体がピクリと跳ねた。

 (流石、魔女だわ……母さんにはかなわないわ)と奈美は感心した。


ヒロの表情が決心に変わっていった。魔女の炎が湿った火種に火を着けたのだった。

下を向いていたヒロの顔が正面を見据えた。


「よし! 勝負してみるか!」


 ヒロさんカッコイイと奈美は褒め、アキラと静江は拍手をした。


『わかば』の店内はコンサートの前の舞台袖のような緊張感とやる気の溢れた出待ちの空間になった。

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