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アキラ緊張する

  奈美のアパートにアキラが転がり込んで四日が過ぎようとしていた。


初めての女性との同居生活は戸惑いの連続だった。


トイレに入るのが妙に恥ずかしかったり、奈美が入浴中のシャーワーの音にドキドキしたりで、アキラは狭いアパートの中を落ち着かずウロウロと歩き回るのだった。

寝床はリビングのソフャーのままだったが、昼間の奈美がいない時間も隣りにある奈美の寝室には入らなかった。

いや、入らなかったのではなく覗きたくてドアノブに手をかけたが、バレた時の奈美の反応を想像すると恐くて開けられなかったというのが本音である。


昨日、留守番しかやることのなかったアキラは近所のコンビニで雑誌の立ち読みをしている時に、バイト急募の貼り紙を見つけた。自分の小遣い位は早急になんとかしければという思いから、午前五時から十時までの早朝バイトを決めてきたのだった。

そのコンビニではタイミング良く早朝バイトが辞めた後で履歴書を書くのは後でもいいから、さっそく来て欲しいと言われ明日からバイトに行く事になっている。




今日は会社から早めに帰宅した奈美が、バイトが決まった報告もそこそこに夕飯を食べに行くわよとアキラを連れ出した。

何処にご飯を食べに行くのだろう?といぶかしんでいるアキラをよそに奈美はズンズンと商店街を進んでいった。




 駅前から一キロほど続く高田アーケード商店街の真ん中辺りには細い路地がある。

商店街は賑っているが一歩横道に入ると、色とりどりの装飾で賑わいをみせる商店街とはうって変わって、民家が密集している中に小さな店がポツリと混ざり家々の色も単色になる。

道幅は狭く、大人が二人両手を広げて並べば民家の壁に手が届きそうだ。


植木鉢やプランター、発泡スチロールの箱にまで似たような草花が軒下に植えられており雑多に家々の縁を飾っている。

そして、もう一本の交差する更に細い路地を右に入った所にひっそりと喫茶店『わかば』はあった。


狭い間口に木製のぶ厚いすりガラス入りのドア、木製の外壁は紫外線に焼け茶色にくすんでいる。

右上にはやはり木の板で作った小さな看板に白のペンキで、『喫茶 わかば』と書いてある。

看板の文字は剥げかけて木目の模様が茶色く浮き出ていた。

真下には背の高い観葉植物の大きな鉢が置いてあり、葉の隙間からしか店名を確認できない。よく見ないとそこが店だとは分からないのだ。


自己主張の全く感じられない『わかば』は存在感を消すことにより、通りすがりの客を拒否しているような店構えだった。


『わかば』の店内は流行の間接照明ではないのに薄暗かった。

三十歳代であろうか、男がカウンターで新聞を広げながらコーヒーを飲んでいる。

カウンターの中にはこの店のママであろう

今時珍しい広がったソバージュヘアーを派手なスカーフで結わえた中年女性が、同じくコーヒーを飲みながら細身のタバコをくゆらせている。

店内は間口の狭さ同様に、短めのカウンターと四人掛けのテーブルが二席、二人掛けが三席と狭かった。


夕飯時にもかかわらず客はこの男一人で、空の皿とスプーンがコーヒーカップの横に置いてあるところから、食後のコーヒなのだろう。




入口のドアベルが鳴った。


「こんばんはー!」


 勢いよくドアを開けて入ってきたのはアキラを連れた奈美だった。


新聞を読んでいた男は奈美を見た。

「あれ? 久しぶりだね、奈美ちゃん元気だった? ここから、奈美ちゃんのアパート近いのになかなか姿を見せないね」


「ヒロさん、お久しぶり! 相変わらず一人で寂しい夕飯だね。あ、一人じゃなかったわ魔女と一緒だったね」


「何言ってるんだい、目の前に私のような美しい女がいて眺めながら食べられるんだから、ヒロちゃんは幸せなんだよ」


  ヒロの代わりに、返事をしたのはカウンターの中の魔女と呼ばれた中年女性だった。


「ハハハッ……奈美ちゃんと静江さんが揃うと怖いねー」とヒロは肩をすくめた。


「母さん、お腹すいたー、なんか作ってくれる?」


 カウンターの中の静江という中年女性は奈美の母親だった。静江はタバコを灰皿でもみ消しながら言った。


「それより奈美、入口にボーッと突っ立っている彼を座らせてあげなさいよ」


  奈美の母親だと分かった瞬間、アキラの背筋は伸び、ゴクリと喉が鳴った。


「あの……今晩は、お邪魔します。初めまして工藤アキラといいます」


「初めまして……そんなことより、お腹すいてるんでしょ? 座って座って!」


  奈美はアキラこっち! と袖を引っ張り四人掛けのテーブルに腰掛けた。

静江はご飯が残りそうだから焼きカレーでいいね、と二人分を作り始めた。


「ところで、アキラ君だっけ? 奈美ちゃんと付き合ってるの?」


  ヒロが新聞をカウンターに畳んで椅子を回転させながら言った。


「はい、付き合ってるというか……奈美さん……あ、奈美ちゃんのアパートに住んでいます」


  一緒に住んでいるのに、奈美さんでは他人行儀と感じ言いなおしたアキラをの腕を奈美は軽くつねった。


ヒロはヒューと口笛を鳴らした。


「同棲してるのかぁ? やるね……羨ましいかぎりだよ、彼は若そうだから、奈美ちゃん! イジメちゃダメだぞ今度こそは優しくしなよ」


 さっきのお返しとばかりに奈美に向かって舌を出した。


「ヒロさん、随分なこと言ってくれるじゃないのよ。私は自分に正直なだけよ、それをキツイと感じて逃げる男には見る目がないのよ……それに、まだ二十五歳ですからね若いんですっ!」


「本当にヒロちゃんの言うとおりだよ、今度は三ヶ月以上お付き合いが続けばいいんだけど……アキラちゃんよろしくお願いするわね? 奈美はこう見えても、情に厚くて優しいのよ、か弱いところもあるしね……」


  静江が焼きカレーを二人のテーブルに置きながら言った。

最後の静江の、か弱いという評価にコーヒーを吹き出したヒロに、アツアツの焼きカレーを頬張ろうとしていた奈美は左手を突き出して親指を下に向けた。


突然ガタンッと、アキラが立ち上がった。


「は、はい、奈美ちゃんのお母さん! ま、任せて下さい! 奈美ちゃんをお願いされました。ありがとうございます!」


 緊張のあまり見当違いの返事をしてお辞儀をしたのだった。


アキラ以外の三人は目を見合わせ、腹を抱えて笑った。その笑い声は喫茶わかばの寂れた空気を吹き飛ばしていった。



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