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アキラ喜ぶ

  アキラは信じられなかった。自分の特異体質の事を真剣に耳を傾けようとしてくれる人が初めて現れたからだ。


「僕は特異体質の事を、昨夜話したんですか? それで……信じてもらえたのかな……」

 

 もちろんと奈美は頷いた。


今まで何人の友人に話してきたことだろうとアキラは思い出した。

夏の暑いある日、高校のクラスメートと上半身裸で部屋でゲームをして盛り上がった時にじゃれるようにふざけ合った。

その後そいつはモテ効果が発動し、女の子とひと夏のパラダイスを味わったのを自分の実力だと言い張り、アキラの特異体質のおかげなんだと何度も説明したが信じてもらえず、最後は無視された。


「ホントですかぁ、嬉しいな! 初めてです! ありがとう、ありがとう……えっと」


「本間 奈美よ」


「僕は、工藤 アキラです。奈美さん! 本当にありがとう」


 アキラは相手が女性であることも忘れて手を握り締めブンブンと振っていた。


「わ、わかった、わかった、嬉しいのはわかったから、話を聞かせて……痛いじゃないの」


「す、すいません奈美さん、いつも、話をすると無視されるかバカにされるか、気持ち悪がられるかだったんで嬉しすぎて、つい……」


 ペコリと頭を下げて、アキラは呼吸を整えてからとゆっくりと話し出した。


自分の身体からは何かが分泌されていて、その分泌物が相手の身体に付くと化学変化のようなものが起き、その人がモテてしまう。


自分が着ている服を相手に着せても、時間が経っているものは効果がなく、着ているものをすぐに相手に着せても繊維に染み込んでいるからか、効果はある事はあるが薄いらしいということ。


「ちょっと、待って、昨日の熊さんは服を着ていたわよ」 


「熊さんですか? 誰だろう……すいません覚えてなくて……」


奈美は昨晩アキラが熊さんにした行動を詳しく話して聞かせた。


「……え、僕そんな事したんですか? 恥ずかしいな……それでシャツのボタンがズレてたのか……熊みいたいな店員の事は薄っすら記憶にあるだけど、服を着ていても効果が全く無いわけじゃないんです。

その人、薄い半袖のTシャツ着てませんでした? ……それで、汗をかいていたんじゃないかなぁ」 


「そうね、金曜日で忙しそうだったし暖房が効いてたから汗はかくかもね……それにあの体型だし……つまり、フレッシュな分泌物どうしじゃないとダメってわけね」


モテる継続時間は約三十時間で半径三メートル以内にいる女性に効果があると付け加えた。


「でも、途中でモテ効果を消したい時はどうするんだろうね?」


「あぁ、それは簡単です。シャワーで流せばいいんです……」


なるほどね、と言いながら奈美は近づいてきた。


「どの辺りからその分泌物は出ているのかしら?」


 ゆっくりとアキラの首に顔を近づけクンクンと犬のように鼻をならした。アキラは顔が近づいてくると同時に息を止めた。

奈美の髪からシャンプーの香りでもするものなら理性が持たないと思ったからだ。


「アキラ君からは匂いも感じないし、何も出てないように見えるわね」


今度は人差し指で首をそっとなでた。

背中に電流が走ったアキラは視線と顔を天井に向け、息を止め続けた。


「ベトベトしている訳でもないし……一体何が出てるんだろうね?」


 奈美はシャツの襟元に手を伸ばした。

増々接近する奈美の顔に心臓が暴れ出し、肺に送りこんでいた空気が逆流して頬が風船のように膨らんだ。

今にも脱がされそうなアキラは、溜まった息を一気に吐き出しながら身を引いた。


「……な、奈美さん、僕そろそろ帰らないと……」


 アキラはどうにか気持ちを切り替え、信じてもらって嬉しかったと礼を言い、再び立ち上がった。

少し慌てた様子の奈美は待ってと言った。


「また、会えるよね」


 女性から始めて言われたフレーズに一瞬酔ったアキラだったが、ハイと言えない事情があった。


「……多分、無理だと思います」


 予想外の返事がかえってきたので、奈美はどうして?と聞いた。


「僕は今日、実家に戻るんです……初めて特異体質の事を信じてくれた奈美さんと知り合えたのに、残念なんですけど……」


 理由を聞くと、アキラはぼそぼそと話し始めた。


アキラの実家はこの街から快速電車で二時間半、ローカル電車に乗換て一時間の片田舎だ。高校を卒業後、就職をきっかけにアパートで一人暮らしをしていたが、仕事を辞めたため生活費と家賃に困るようになっていった。

アキラを仕方なく思った両親は三か月間は資金援助をしてくれた。

就活をしたアキラだったがなかなか再就職が決まらず、このまま仕送りを続けるのは経済的に厳しいので両親に戻って来いとい言われたのだった。


荷物は二日前に実家に送ってあり、アパートの部屋は寝袋だけの既に空っぽで、今日、不動産屋に鍵を返してそのまま実家に向かうのだという。


僕だって帰りたくはないんです。と言いアキラはうつむいた。



奈美はしばらく考えた後、口を開いた。


「よし! わかったわ、アキラ君。今日からここに住みなさい!」


 判決を下した裁判官のように言った。


「……へ? 何言ってるんですか奈美さん……」


 被告人は意外な判決に驚愕していた。


「とにかく、気に入ったのよアキラ君のことを、それに昨日の飲み代も払ってもらってないでしょ?」


 もちろん奈美が気に入ったのは特異体質だったし、飲み代は二人分で一万円にも満たない。


「それなら、払います。いくらですか?」


「そうねぇ、飲み代と昨夜の私への迷惑代を合わせて十万円で勘弁してあげるわ」


「ボッタクリじゃないですか……そんなに払えないです……」


 幸か不幸か……。アキラの手持ちの金は帰省の交通費を含め二万円しかなかったのだ。


「じゃあ、身体で返してもらおうかしら? 決まりね! 今日からよろしくね」


「カラダ……う、嬉しいけど…………あ? え? いいのかなぁ…………」


 奈美の意図する身体で返すの意味と、アキラの受け取った身体で返すの意味は違うと理解した奈美だったが、気に留めずに押し切った。


「いいの、いいの、深く考えないでねっ、男でしょ決めちゃいなさいよ!」



 こうして、奈美とアキラの同居生活が始まったのだった。




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