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アキラついに

 体内時計は酔っても狂わず、正確にアキラをバイトに間に合う時間に起こしていた。

少々痛む頭を抱え布団がら半身を起こすと、隣には抱き枕ではなく奈美の姿がある。

二人で泣きながら眠りについたのを憶えていたアキラだった。

奈美の外見のイメージに似合わない初めての恋愛を引きずる姿を見て、か弱い内面を隠すために無理やりに強くなってきちゃったのかなと感じ、泣き出した昨夜のアキラだった。

出会って直ぐの頃、静江が言い、ヒロが笑った言葉を思い出していた。


「か弱いところもあるしね……」


 寝ている奈美の表情は、親の布団の中で安心しきっている幼女のようにも見える。

自分と一緒に寝たせいで、こんな穏やかな寝顔になったのかなと、どこまでも単純なアキラだった。


「バイトにいってきます」


 小さな声で囁くと奈美の肩に手を置き、誰もいるはずもないのにキョロキョロと左右を見回して、素早くオデコにキスをした。

奈美の顔を眺め一人で照れてから、おっし、と気合を入れると、起こさないようにそっと布団から抜け出し急いで着替えるのだった。



 休日の奈美は日が高くなってから起き出した。

目の前にはアキラが奈美の為に布団の中に置いていったノッペリとした抱き枕の顔が覗いていた。

グっと抱き締めると、夕べの事を思った。

俊介の結婚の話を聞き居酒屋でパッタリ会い、自分の中でくすぶっていた俊介への未練のようなものを自覚した奈美だったが、

アキラと一緒に泣いたことで俊介の亡霊を葬ることができたようで気分が良かった。


「スッキリしたら、お腹すいちゃったわね」


 アキラはバイトに出かけたのだろうから『わかば』に行っていようと着替えアパートを出た。



『わかば』には賑やかに常連達が集っていた。


油大福の今日のテーマはどうやら、やんちゃなピンクネコちゃんのようだ。

光沢のあるサテンの手触りのよさそうなピンク色のビックシャツのポケットから、ネコらしき耳と肉球の手が出ている。靴もピンクの厚底スニーカーでキメていて、

油大福ってこんなに可愛いかったかしら?と奈美は思った。

緑子はネコちゃんの手触りを楽しみながら油大福と会話を楽しんでいるようだ。


ヒロと真理子と源がカウンターに並んでコーヒーを飲んでいる。


「こんにちは」

「奈美ちゃんこんにちは」


 油大福の隣から緑子が「お姉さまーいらっしゃいませ」と声をかけた。


「皆さんお揃いで、どうしたの?」


「実はな、奈美ちゃん」源がコーヒーカップを置いた。


「あ、源さん俺が言うよ、奈美ちゃん、俺達正式に婚約したんだ」


「おめでとう! ヒロさん真理子さん! それで? 結婚式は?」


「今年の十一月にしようっかって今話てたところだよ。披露宴には招待するからアキラくんと来てよ」


「勿論、喜んで! へえ、付き合って一年で結婚かあ早いわね」


「だってね、奈美さん。私、二十代で一人目の子供産みたいじゃない? 早く結婚しないとねギリギリなのよ」


 真理子はフフッと笑って顔を赤らめた。


「こりゃあ、あれだね、どんどん『わかば』でアキラちゃんにくっ付けてもらってさ、日本の少子化に歯止めをかけちゃおうかね!」


「静ちゃん、大きく出たね、いくら『わかば』の魔女でもそれは無理だな。アキラ君をこき使うと奈美ちゃんが黙っちゃいない」


「そうよー源さん、アキラは長持ちさせなくっちゃいけないんだから」


「うあ、コワッ!!」


 ヒロが大袈裟に怖がると『わかば』を笑いが包み、常連達は午後のゆったりとした時間を楽しむのだった。



(チリッ)と奈美は何かを感じた。


笑いの中にいても何かが足りないような、忘れ物をした時の不安に似ている感覚だった。いつも隣にいるアキラがいない事への淋しさなのだと気付いた奈美は時計を見ると、アキラのバイトの時間はとうに終わっている時間だった。


延長にでもなったのね。昨夜アキラと泣いた事で、自分の弱さがまだ表面に残っているからなのだと自分を納得させたが、生まれた(チリッ)は笑いの合間に現れては消えるを繰り返した。



その日アキラは二十三時を過ぎてもアパートに戻って来なかった。

バイト先のコンビニにも行ったが、アキラは定時に終わってコンビニを出たらしい。

奈美の中の(チリッ)は、身体全体を支配して大きな重い固まりとなり、リビングのソファーに奈美を縫い付けていた。


胸に抱えた菓子箱をギュっと抱き締めると、スマホを耳に当てる。アナウンスの女性の声が丁寧で冷静に奈美に状況を知らせる度に、心は沈んでいった。


「また、私……今回も上手くいかなかったのかしら……」


 今までの彼達の時とは違う重苦しい淋しさにたじろぎ、動こうとする奈美の足元をすくうのだった。


奈美は自分の感情を持て余し、菓子箱を壁に向かって投げつけた。

乾いた音を立て中から一万円札がハラハラと舞い、箱は落ちながら電気のリモコンに命中して部屋に闇を運んだ。

電気を点ければいいのに、点けてしまうとこのままずっとアキラが消えてしまうような気がして、スマホを抱いてソファーに丸まった。



深夜一時を過ぎた頃、カチャリと音がして玄関が開いた。

吐息のような「ただいまー」に奈美の身体がピクリと動いた。

寝ているであろう奈美を気遣って、アキラがコッソリ帰宅したのだった。


勘を頼りにリビングまで壁を伝って暗闇を進んだアキラだが、グシャリと何かを踏みつけ、バランスを崩しソファーの方角にゆっくり倒れこんだ。


冷えた身体がそこにあった。


「奈美ちゃん? どうしたの? 電気も点けないで……」


 奈美は無言でゆっくりアキラの首に両腕を回した。


「泣いてるの? 奈美ちゃん? 身体が冷たいよ風邪ひいちゃうよ。何があったの?」


 ぎゅっと腕に力を込め奈美はしがみついた。


「いなくなっちゃったの」

「え? 誰が?」


「……アキラ……」

「僕、いるよ、いなくならないよ。電気点けるから待ってて」


「……ダメよ……消えちゃうからアキラが……」


「消えないってば、大丈夫だから。あ、昨夜、酔ってて充電し忘れてスマホも充電切れてたしごめんね……ずっと、真っ暗なここで待ってたの?」


 しがみついている奈美が頷くのが分かる。

体温が奪われた身体の冷たさが伝わって、じっと動かず待っていた姿が容易に想像ができたアキラだった。小刻みに震える身体に奈美の心も震えているのが分かった。


「ごめんね、奈美ちゃん……」


背中に腕を回し温めるように抱き締めると、奈美の頬がアキラの頬につき冷たく濡れていた。

アキラは指で両方の頬をぬぐってやり、

もう一度しっかり抱きしめた。


「温かい?」

「うん、すごく温かい……良かったアキラが戻ってきて……」


「戻るに決まってるじゃないか、いつも言ってるでしょ? 僕は奈美ちゃんがいいの! それにね、こんな時間になったのには理由があってね……」


 奈美は指でアキラの唇に封をし、その指でアキラの唇を確認するようにそっと撫でた。


「理由はいらないわ、ありがとうアキラ……大好きよ……」



「……奈美ちゃん、もういっかい言って」


「アキラ、大好き……」


「もういっかい」


「……凄く好きよ」


「……な、奈美ちゃん……」


 暗がりでもすぐそこに在ると分かる奈美の唇に、アキラは自分の唇を押しあてた。


身体の冷たさに反し、熱を帯びて答える唇にアキラの車止めは外され、

後はそのままアクセルを踏み込むだけだった。

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