アキラ策士になる
冷たい空気も緩み始める季節になり、まじないを施した人数は十六名に及んでいた。平均して一ヶ月に四人のペースである。
客を増やす気になれば、容易く出来る奈美だったが、アキラのまじないの希少価値を下げないように、そして客に選ばれし男としての満足感を与える為にもそれをしなかった。
アキラは夕方『わかば』に来ていた。直に仕事終わりの奈美も来ることになっている。
緑子も優雅に接客し、客と他愛もない会話をしたりで、すっかり『わかば』の一部になりつつあった。
緑子は奈美の期待通りに、モテ効果が現れ始める十五分後のアキラのフォロー役を的確にこなし、静江からも奈美からも頼れる存在になっていた。
アキラとしては増々小悪魔に見えてきて、複雑な気持ちでライバルの緑子を見つめていた。
「気になるかい? アキラちゃん?」
観察眼の鋭い静江がアキラの顔を覗き込んだ。
「え、はい、接客も上手いし、器用そうだし、可愛いし、負けそうです」
「手強い相手には、正面から戦ったってダメさ、まず相手を良く知った上で外堀から攻めるんだよ。
……ほら、外堀がご来店だよ」
「こんばんは」
「あ、聖也くん。いらっしゃいませ! こちらにどうぞ」
緑子が流れるような動きで油大福を案内した。
静江が言った外堀は油大福だった。なぜ油大福を攻めなければならないのか、アキラは全然見当がつかなかった。
静江が言うにはこうである。
緑子は確かに男嫌いなのは間違いなさそうだ。
好きなものには夢中になるタイプでもある。それが今のところ奈美なんだろう。
女性が恋愛対象と言っているがそれは、男と女しかいないからであって男が削除された時点で女しか対称が残らないだろう?そういうことなのさ。
そしてここからが肝心なのだが、緑子が本当に心から大好きなものは、まあるいフォルムで柔らかく滑らかなもの、それと可愛い縫いぐるみなどの、くまちゃんやネコちゃんのような柔らかな感触なのだ。
これは、自分と趣味が同じであるから分かるし、いつも口癖のように言っているから確かなのだと言うのである。
緑子は自分の確立された好みに反応するから、その感覚に訴えかければ良いのだと言うのだ。
「油大福ちゃんをよく見てごらんよ。まあるくて柔らかそうで滑らかだろう? 男ってことを除けば、好みのはずさ」
「え、静江さんは、もしかして緑子ちゃんが奈美ちゃんではなく、油大福さんになびく可能性があるって?」
「そうさ、でも今のままじゃ何かが足りないねえ」
「だから、外堀を攻めろなんですね? 凄いや、静江さん!」
静江は愉快そうに笑うと、私は『わかば』の魔女だからお見通しなのさと言った。
「こんばんは」
奈美が仕事帰りで『わかば』に入ってきたとたん。油大福をほったらかして緑子は奈美に走り寄った。
「お姉さま、お帰りなさい。お疲れ様でした」
奈美がカウンターに座ると、猛スピードで水を運んで来た。それから、お疲れでしょうとかお腹すきましたでしょうとか、妻のように甲斐甲斐しく世話をやいている。
アキラは居心地の悪さに、ボソっと「奈美ちゃんお疲れ」と言いカウンターから離れた。
油大福のテーブル席に行くと「ここ、いいですか?」と言って対面して座った。
「アキラ君も緑子ちゃんに取られちゃったね」
「油大福さんも奈美ちゃんに取られちゃいましたね」
二人で顔を見合わせハアッとため息をついた。
「ねえ、油大福さん……僕、緑子ちゃんをなんとか油大福さんとくっつけたいんですけど?」
「そうなれば、僕だって嬉しいけど。無理だろ? どう考えたって……」
「可能性があるとしたら、やりますか?」
アキラは静江が言った言葉をなるべく解りやすく、希望を持たせるようにデフォルメして説明した。
最後に『わかば』の魔女が言うので間違いないです。と付け加えた。
「でも、緑子ちゃんの性質と好みは今の説明でわかったけど、それで僕は具体的にどうすればいいんだい?」
「外見をもっと緑子ちゃんの好みにして、感覚的にアプローチすればいいと思うんです」
「可愛いクマちゃんやネコちゃんになれって言うのかい?」
「手触りのいい、フワフワ感のある素材の服とか、可愛い感じのファッションとかがいいかと」
アキラは思い出した。コンビニの雑誌コーナーを整理している時、ファッション雑誌のメンズマンマンが「男だって可愛い服が着たい特集」をやっていたのだ。
明日も『わかば』に来るのか?と油大福に尋ねたところ、来るという返事だったのでファッション雑誌を買ってくるから一緒に研究しましょうと誘った。
「それと、油大福さんは体毛はありますか?」
「薄いほうだけど、そりゃ少しはあるよ」
腕をまくって見せた油大福だった。
油大福の体毛は細く薄く目立たなかったが女性に比べたらやはり少し多かった。
白く柔らかい肌だけは女性に負けていない。まじないの時に抱きついて分かったが、つきたての餅みたいにしっとり艶やかで、吸い付くようだった。
アキラでさえも、もう一度触れたくなる程だったのだ。
「体毛、全部剃っちゃって下さい、緑子ちゃんが一番嫌いなのが体毛なんです」
今の季節なら洋服でカバーできるが夏になるとそうはいかない。露出している肉体でも勝負しなければと、すぐにでも全身のボディーケアをしたほうがいいと油大福に勧めた。
それから毎日のようにアキラと油大福は『わかば』で待ち合わせをし、緑子攻略の為のファッションや見た目の改造を話し合い、ファッション雑誌に赤ペンでチェックした。
家に帰った油大福はネットショッピングで似たようなデザインの格安の服を購入し始めた。
髪色を少し明るくしヘアースタイルも軽くパーマをかけ、ユルふわな可愛い感じも演出した。
準備の整った油大福とアキラの最初のテーマは可愛いシロクマちゃんだった。
起毛された毛足のある生地の、真白な丈の長いトップスは尻が隠れる程で、全面の胸両脇に丸いクマを思わせる耳が付いていて目は無いが鼻がついている。
背面の下部中央には短い丸い大きめの尻尾のようなものまであった。下半身を細く見せる為と上半身の丸みを強調させるようにシンプルに黒のストレートのパンツだったが、体型のせいでスキニーに見え、更にトップスを引き立たせていた。
靴は先のまるい白いショートブーツ。
白いニット帽からはカールのかかった明るい髪の毛が顔を縁どっている。
持ち物はポケットファスナー部分からクマちゃんが覗いているリュックという徹底ぶりだった。
男臭さは全く感じさせない、
誰が見ても正真正銘、可愛いシロクマちゃんになった。
効果はテキメンだった。
『わかば』に入ってきた油大福を一目見るなり緑子は、黄色い声を上げた。
「キャー、可愛い!! なんて愛らしいんですの!」
緑子は奈美が『わかば』に入ってきても「お姉さまー」と一度は近寄り挨拶は交わしたが、他の客の接客の合間は油大福の傍を離れなかった。
それどころか時々お腹に手を当てて優しく触りながら、柔らかい感触を楽しむのだった。
「可愛いクマちゃんですわ。まあるくて、滑らかで、柔らかくて……私、好みですわ」
そのたびに油大福の頬がピンクに染まった。
アキラはそれを見届けると安心して、奈美の隣に座るのだった。
「油大福が、苺大福になってるわね」
奈美も念願が叶って照れる同級生を見て、嬉しそうだった。
店内には、一般の客はいなくなり、シロクマちゃん計画の成功に満足した油大福は、僕もそろそろ帰りますと立ち上がった。
静江は、緑子に少し早いけど今日はもうお仕舞にしようかねと言い「ご苦労様」と声をかけた。
ドアに手をかけ、振り返りざまに油大福が言った。
「そういえば、本間。遠野が結婚するんだってさ。デキ婚みたいだよ」
奈美の表情が一瞬曇ったのをアキラは見逃さなかった。静江も洗い物の手が一瞬止まってまた動き出した。
油大福がそれじゃまた来ますと店を出て行くのを見とどけた緑子は、奈美と静江にお疲れ様でしたと言うと油大福の後を追った。
「聖也君、駅まで一緒に帰りましょう!」
ドアが閉じる寸前に緑子の明るい声が路地から聞こえてくるのだった。




