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 夢を見ている。

 夢だと分かっているのに目は覚めない。

 優しく髪の毛を梳いていく感覚が心地よくて、喉を鳴らすとぴたりと手が止まった。

 そのまま続けてほしいのに。

「ん……」

 しばらくすると、再びその手は動きだした。

 髪の毛に指を絡めたり、そっと頭をなでたり。

 額をかすめた掌の温度。その熱が遠ざかるのを、さみしく思った。


 目が覚める直前に、遠い昔、近所に住んでいた年上の男の子の丸い温かな手が出てきて、手を繋いで公園へ行く夢を見た。




 乱暴に肩を揺さぶられた。

「ぅん、んー…?」

「富田さん、いつまでこんなとこで寝てんの」

 早く起きろよ。

 ぐい、と手首を掴んで引き起こされた。

「…?」

 いまいち頭がよく回らない。

こてん、と首を傾げると、何故だか慌てたように、ぱっと掴んでいた手首を放された。

ようやく脳が動き出す。

 不貞腐れたような顔で床にしゃがみこみ、あたしの顔を覗き込んでいたのは、他の誰でもない埼坂邦宏だった。


「さ、…きさかくん」

「………」

「……今何時?」

「7時」

「えっ??」


 辺りを見回してみれば確かに真っ暗だ。

 昼までさえ薄暗いプレハブの中は、いっそうその闇を増していた。

 文化祭は明後日に迫っているというのに、こんなところで寝こけている場合ではなかった。

 本来なら校舎の使用は8時までと決まっていたが、この時期になると教室に泊まり込むクラスがいくつも出てくるのが常で、そのあたりは数日の間のことだからと学校側も運営側も黙認しているようだ。

 あたしのクラスも作業が大詰めにさしかかっているはずだ。今日と明日くらいは泊まり込むと言っても不思議はない。


「……今日はみんな残るって?」

「……。さあ、残るんじゃないの?俺は知らないけど」

「そっか…。ありがと」

 まっすぐ埼坂邦宏の顔を見ることができずに、俯いたまま呟いたあたしの返事に、彼は小さく鼻を鳴らした。



「なあ」

 ぐい、と顎を掴まれ無理矢理顔を上げさせられた。

「……あんた、よくそんな何もなかったような顔できんな。…すげぇよ、富田さん」

 口の方端だけを吊り上げ、歪んだ笑みを張り付けた埼坂邦宏があたしを見下ろしている。

 一方のあたしはといえば、口もきけずに、半開きにした唇がわなわなと震えているのを感じていた。


 何もなかったような顔?それはこっちの台詞だ!

 あたしに無理矢理キスした日だって、何にもなかったような顔でいたくせに。

 そう叩きつけてやりたいのに、あたしの喉は錆びついたように音を発しなかった。

 ただ頭の中でだけ、ものすごい勢いで埼坂邦宏を責め立てる。


 いきなりあんなこと!

 あんたには国見さんってカノジョがいるくせに、

高校に入ってから一度もろくにあたしのことなんか相手にしなかったくせに、

今頃になってどうしていきなり……!


 一言も話さないあたしに焦れたのか、埼坂邦宏から舌打ちが漏れた。


「俺のことなんか、馬鹿らしくていちいち相手にしてらんないって…?」


 その言葉にあたしは思わず顔を上げたが、俯いている埼坂邦宏がどんな顔しているのかはまったく分からなかった。


 埼坂邦宏が無言で立ち上がった。その動きが唐突で、あたしは思わず身を竦めた。

「……」

 あたしの反応を見た彼がわずかに片眉を上げた。

 埼坂邦宏を無意識に警戒していたのだ、とその時あたしはようやく悟った。そして多分、同時に埼坂邦宏も。


「……先に戻ってる」

 彼がその場から去るのを、あたしは身じろぎもせずに待っていた。

 ぼんやりと暗闇に重なる暗幕を見つめる。

 プレハブの戸が乱暴に閉められる音を背中で聞いたその時、クラスメイトから頼まれていた分の暗幕が、その場からなくなっていることに気づいた。

 誰か他の人が運んでくれたのだ、と。



「何、もう……」



 そして多分そのあいだにここへ来たのは埼坂邦宏だけなのだろう、と。




 あたしは途方に暮れた。

 何に途方に暮れているのかも、よく分からないまま。




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