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 ぱたり、と動きを止め、じっと俺を見つめる彼女の唇がわずかに開いている。

「…何それ?」

「もううざったいからいちいち誤魔化さなくていいよ。松本ともやってんだろ、あんた」

「……」


 この期に及んでしらばっくれようとする富田さんに苛立つ。

 彼女はしばらく黙りこんでいた。

「分かった」

「…何が」

「いいよ。埼坂君がやりたいならやりたいだけ、好きにすればいい」

 

 でも、もう二度と埼坂君の家には行かない。

 学校でも二度と触らないで。

 あたしのこと、見るのも話しかけるのも抱くのも、もう二度としないで。


 初めて見た彼女の激しい眼差しに、俺は思わず息を呑んだ。


「あたしのこと、もう好きでも何でもないくせに……」

 呻くように最後にそれだけ言うと、彼女は口をつぐんだ。

 何か言おうにも何故だか一言も口に出せない。

 それに、今彼女はなんて言った?

 『もう』好きでもなんでもないくせに?

 まるで、『昔は』好きだったと知っているような…。


「埼坂君?やらないの」

「…なんだよ、『もう』って……」

 彼女の腕を掴んでいた両手で、俺は自分の頭をくしゃりと掻きまわし、顔を覆った。

 

 それに二度と見るな、なんて、無理に決まってる。

 もう何年間彼女を見続けてきただろう?その彼女の温度まで知ってしまった今、そんなことができるとは到底思えない。

 しかし、散々彼女に手ひどく当たっておいて、今更、好きだなんて言えるとも思えない。


「あたしは…ぜんぶ埼坂君としかしたことないし、埼坂君が国見さんの代わりにあたしとしてくれるなら、なんでもいいって思ってた」

けど、もういやだ。

ぽつりとそう言った彼女はうつむき、暴れたせいで乱れた服を見下ろした。


「……なんでだよ」

「好きだからだよ!!」


 叫んだ彼女を見たのが初めてなら、こんなに目を潤ませた彼女を見るのも初めてだった。

 俺と視線がぶつかれば目を逸らす。

 押し倒してもろくに抵抗しない。

 抱いてる最中、ほとんど声も出さない。

 俺には笑いもしなければ泣きもしない。

 そんな、彼女が。


「嬉しかったのに!中学生の頃、あたしのことなんか絶対誰も好きになるわけない、って思ってて、自分が一番自分のこと大嫌いで、それなのに埼坂君が…、ッく、…好き、て…ってくれたの、…すごい、すごい…っく、嬉っ、し、かったのに」

 途中からは嗚咽交じりだった。

 もうそんなことしても無駄だろうに泣きたくないのか、唇を噛みしめ、手の甲で乱暴に涙をぬぐっていた。


「う、そだろ……」

 信じられない。


 彼女の頬は涙でぬれ、強くこすった目元は赤らんでいる。

 きっと彼女のこんなぐしゃぐしゃな顔を見たのは俺だけだろう。

「で、も…埼坂く、同じクラス…っても、っく、あたしっ、こと、睨む、しっ…かのじょいるのに、ヘンなこと、…っるしっ、…もぅ、嫌われてるの、分かって、たけど…」

「……富田さん」

 彼女の首に手をひっかけ、ぐい、と俺の肩に頭を押し当てた。

 しばらく俺から離れようと、俺の胸に手を突っ張っていた彼女だったが、やがて諦めたように、そっと手を下ろした。


「俺は、ずっと、あんたのことが好きで、すっげえ好きで、馬鹿になってんだよ、もう」

「…………な、に?」

「だから、好きなんだよ。中学の頃からずっと、今も」

「うそ……」

 今度は彼女が先ほどの俺と同じような台詞を漏らした。

「だっ、て、さきさかく…国見さ、が…」

「理香のこと話して傷ついてるあんたを見たかったから。そしたら、ちょっとは俺のこと、気にしてくれてるって分かるだろ。馬鹿みたいだけど」

 俺のことなんて、あんたにとってはどうでもいいことなんだろう、って思ってた。

「だから、理香とは本当はもう付き合ってないんだよ」

 驚くほど甘ったるい声が出た。

「それ、ほんと…?」

 ようやく呼吸が落ち着いてきた彼女は、そっと俺の腕の中で顔を上げた。

「ほんと。……で、あんたは?」

「なにが?」

「松本とやったの?」

「してない!」

「じゃあ、なんであいつがあんたのほくろの位置まで知ってんの」

「ほくろの位置…?」

 するりと彼女のスカートの中に手を滑らせる。

 ぴくりと動いた彼女は、しかし、今度は抵抗せずに俺のTシャツをきゅっと握った。

 さわり、と内腿を撫でて、付け根を引っ掻く。ちょうど、ほくろがあるところ。

「ここ」

「…ぁ」

 彼女が小さく吐息を漏らした。

「だって、あたしが松本君に言ったから」

「……は?何を?」

「文化祭の日、埼坂君と何したか。ほくろエロいねって言われたこととか、松本君ぜんぶ知ってるから」

 一瞬、耳を疑った。

「……はあ?!あんたいったい何をしゃべってんだよ?!」

「こ、こう…話の流れで、というか、なんというか」

「普通、そんな話の流れにはなんねえよ!」

 沈黙。

 彼女と会話しながらも、どこか現実感がない。

 いま起こってることは本当か?本当に現実?

 彼女は俺に『好き』って言った?俺に?

 同じクラスになってからずっと、嫌がらせみたいなことばっかしてた、俺に?

「…信じ、らんね……」

 顔を伏せる。見せたくない。絶対、今の俺は、ものすごくダサい顔してる。

「埼坂く…」

「……あんた、俺があんたのこと好きだって知ってたんだ…?」

「……」

「全部知ってて……」


 何なんだ。

 何なんだよ。

 もう意味が分からない。彼女は俺のことが好きで、理香の代わりにされるのが嫌だった?


「馬っ鹿みてぇ…」

 俺一人でぐるぐるぐるぐる。4月に富田さんと同じクラスになってからずっと。

 彼女を傷つけて、俺はひとりで勝手にへこんで、空回り。ひたすら。

 でも、今初めて分かったことが、ひとつだけ。

「富田さん……。もっかい、言って」

「…え?」

 俺は顔を上げた。



「俺のこと好きって、もっかい言って?」




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