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 ――気に入らない。



 体育祭が無事終了したということで、俺たちは打ち上げと称して代々恒例となっている浜での花火に興じていた。

 既に近くの居酒屋で一次会は終えている。

 途中で買い込んだのはもちろん花火だけでなく、チューハイやビールの空き缶がいくつかゴミ袋代わりのコンビニのビニール袋へ突っ込まれている。

 9月に入ったとはいえ、まだまだ暑い。

 ちらりと少し離れた場所にいる富田さんを見やった。

 



 文化祭のあの時以来、彼女は週に一度家へ訪れる。

 俺はあの日の翌週、さすがに彼女と話をしようと、手をひいてバスに押し込み、俺の家の最寄りのバス停で降りるように告げた。

 さすがに手首を掴んでずんずん歩いていった時には彼女も驚いていたが、自転車通学の俺が後からバス停に着いた時には、何を考えているのかよく読めない表情でじっと自分の指先を見つめていた。

 何から言おうとか、まずは謝るべきなのだろうか、とか悶々としながら歩いているとあっという間に家に着いた。

 部屋に彼女を通し、後ろ手に戸を閉める。何を言うべきか分からぬまま開いた口は、言葉を発することはなかった。

 なぜなら、彼女がゆっくりと制服を脱ぎ始めたからだ。


「……富田さん?」

「…しないの?」

 そのために呼んだんじゃないの?


『理香とじゃいきなりこんなとこでこういうふうにはいかないだろ』

 あの時、大して考えずに吐き捨てたあの台詞がよみがえった。

 目が覚めた。

 そうだ。

 俺には今更彼女に言えるようなことなんか、ありはしない。なにひとつ。



* * *



 どこかから視線を感じてはっと我にかえると、俺の横にしゃがみこんだ松本が左手で花火を持ち、にやにやと笑いながら俺を見ていた。

 気に入らない。

 何が気に入らないって、彼女と親しいのが一番気に入らないが、そんなことはこいつに言ったってしょうがない。

 なぜか先ほどからずっと横にいる松本を、俺はねめつけた。

「……なんだよ」

「べつにー?」

 苛立つ。なんなんだ、その小馬鹿にしたような物言い。

「えらくじっと見てるなあと思って」

 誰のことかなんて言うまでもない。

 俺は押し黙った。

「お前、もうやめたら?」

 いきなり投げかけられた言葉の意味が分からず、俺は松本が手にしている花火から視線を上げた。

「は?」

 何をだよ?



「富田さんとヤんの。やめたら?」

 富田さんにはもう俺がいたら十分だから、埼坂はもういいよ。



 そう言って、松本は笑った。

「何、を…」

 そいつの花火が静かに消えた。

 すぐ傍で松本を照らしていた明かりが消えて、表情が読みにくくなる。

「お前の時はどうなのか知らないけど、富田さん、ほんとすっごいよ」

 松本が俺の身体の方の手を砂浜について、体を寄せた。

「泣きながら真っ赤な顔であんあん言ってさ、太股のほくろがもうめっちゃエロくて」

 脳にその言葉が届いて意味を理解したのと、松本が砂浜に倒れこんだのは、ほとんど同時だったように思う。

 辺りが一瞬しんとして、思い出したようにざわめき始めたが、俺は周りの奴らが何を言っていたのかなんて何も分からない。

 松本は後ろに手をつき、掌で切れた唇の端の血を拭っていた。

 じんじんと痛む拳が、確かにあいつの顔に一発入れてやったのだと物語っている。

 口の端を上げ、無言で俺を見上げる松本を放って、俺は富田さんの腕を乱暴に掴んだ。

 誰かが「お、おいっ、埼坂?!」と俺を呼んだが、俺は振り返りもしなかった。



* * *



 いつも通り俺の家には誰もいなかったが、きっと親がいても彼女を無言で部屋に連れ込んだだろうと思う。

「ねえ、何っ?なんで?」

 今までこの部屋に来た時は一度だって抵抗らしい抵抗をしたことがなかったくせに、俺が彼女を押し倒そうとした途端、彼女は俺から身体を引き離そうと腕の中でしきりに暴れた。

 身を捩り、顔をそむけようとする彼女の両腕をベッドの上に縫いとめた。

「なんで、いきなりこんなことすんのっ、ねえ、嫌だっ!埼坂く、やだってば!」

「…うるさいよ」

 ちょっと黙れって。


 めちゃめちゃにしてやりたかった。

 俺の前で笑いもしなければ、泣きもしない彼女のことを。


「……あいつと、俺と、どっちがよかった?」


「ゃ…って、え…?」

「松本と寝る時はすごいんだって?…俺とする時は声もろくに出さないくせにな」

「……な、に……?」


 目を瞠る彼女を見ていると、先ほどから俺を強く苛んでいたどこか仄暗くて凶暴な衝動が、じわりと身体を侵食するようだった。




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