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 親にはあらかじめメールで遅くなると連絡してあるし、学校を出るときにも「今からクラスメイトに送ってもらって帰るから」と電話してあるので、特に何か言われることはないだろう。


「わざわざありがとう」

 制服のズボンの上にTシャツを着ただけの松本君に声をかける。

「いや。それより、こんな時間に女の子一人で帰す方が危ないでしょ」

 

 そう言って笑う松本君は、なんというか、ものすごく紳士だと思う。ほんとに。

 だけど、その優しさや気遣いにあたしが罪悪感を覚えるのも、事実だ。

 こんなに優しくされたって、あたしにはきっと彼に返せるものがないだろうから。

 ぽつん、ぽつん、と寂しげに突っ立って道路を照らす街灯のひとつに、蛾が止まっていた。

 人通りの多くない住宅街では、ついさっき大通りにいた時よりもずっと二人の沈黙が顕著になって、こういう時気の利いた女の子なら、何か可愛いことを言うんだろうな、と他人事のように思った。

 例えば国見さんとか。


「…富田さん」

「ん?」

「文化祭終わったら、またどっか行こうか」

「……」

「映画とか、水族館とか。あ、富田さんってミュシャ好き?」

「……好き」

「なら、美術館でもいいな。夏前になったらミュシャ展があるみたいだし」

「…そうだね」


 ぎゅ、と肩に掛けていた鞄の端を握った。


「……」

「……」


 再び沈黙が満ちる。

それも、さっきのよりずっと気まずくて、ずっといたたまれないような沈黙。

 こんなこと思ってるのはあたしだけかもしれないけど。


「富田さん」

「…何?」

「俺は、富田さんが好きだよ」


『俺が好きなのは富田さんだよ』


 ぎくり、とした。

 今一緒にいるのは松本君なのに、今のあたしを好きだと言ったのは埼坂邦宏ではなくて、松本君なのに、


「でも今は『付き合ってくれ』って言わない。そんなこと言ったら、多分、断るだろ。富田さんは」


 ――あの時、皆にからかわれた埼坂邦宏は、不貞腐れたような顔で言い返していた。


「………ごめん」

「いや、別に富田さんを責めてるわけじゃないから。勝手に好きになったのは俺の方だろ?」

「そうだけど…」


 遅かれ早かれこうなることは分かっていた。

 松本君が他の人よりも優しかったから言いだせなかっただけで、あたしは今まで一緒に誰かと映画に行っても食事に行っても付き合ったりはしないのだ。どうしてだか。

 それが、中学校までのコンプレックスからくるせいか、他に理由があるのかは自分でも分からないのだが。

 松本君が好意を寄せてくれてることは感じていた。彼とは一緒に出かけたこともあったし。居心地の良さに甘えて、無駄に期待を持たせるようなことをするべきじゃなかったのだ。


「…富田さん」

「ん?」

「頭撫でていい?」

「……いいよ」


 彼の掌の熱はゆっくりとあたしの頭に下りて来た。

 あたしの髪に何度か指を絡ませるようにしてから、ぽんぽんと後頭部を撫でたその手は静かに去っていく。

 この手が、松本君じゃなかったら。

 一瞬過ぎったその考えは自分でも、あまりに予想外だった。

 松本君じゃなかったら?いったい誰がよかったと言うんだろう?

 あたしは何度かゆっくりと瞬きをした。

 松本君は何も言わない。


「松本君ってモテるでしょ?」

「そんなことないと思うけど」

「……それなのに、ごめんね」

「……あんまり謝られると、キツいからやめて」

「あ、ごめ………」



 松本君が、ふっ、と笑った。

 まるで、大人の男の人みたいに。

 その瞬間、なんだかあたしは少し、泣きたくなった。

 


「富田さんにはさ、別に好きな人がいるだろ?」

「え?」

「『え?』って、富田さんはあいつが好きなんじゃないの?」

 


 埼坂のことがさ。



 そう言った彼の口元を、あたしはじっと凝視した。

 


 ……え?



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