『オリビアの帝国兵』
ゴートたちは町に入っていた。
この町は首都に通ずる地点にある交通の要所である。
確かに人の気配はあるが、不自然なほど人が町にいなかった。
最初に切り出したのはレベッカだった。
「なーんか、変じゃない...?町の入口から町の中心地点まで人に全然会ってないし...。それに...。」
レベッカは近くにあった宿屋のドアをノックすると、
「今日は定休日だ!帰ってくれ!」という返事が返ってきた。
ついでにこの反応はこれで11件目であった。
「何!?私たち嫌われてんの!?別にここの人たちを取って食おうなんて思ってないわよ!!」
「一々大声出すなよ。腹でも減ってるのか?」
「当たり前じゃない!あそこからここまで店なんて一軒もなかったのよ!結局よくわかんない野草しか食べてないし...、お腹空いたわよね、マリア?」
レベッカは座り込んだ。
その横にマリアも座り込んでしまった
「お腹空きました~...。ゴートさんはお腹空かないんですか?」
「何故だか知らんが腹も減らないし、眠たくもならない。ま、職業病みたいなもんだな。」
「何そのご都合主義的な体...。」
「とにかくだ。宿がない以上は教会に泊まるしかないだろう。俺が様子を見てくるから、二人はここで待っておいてくれ。」
マリアとレベッカは返事をする元気もないらしく、ただ力なく手を動かしていた。
ゴートは一人教会に向かっていた。
結局、教会に向かう道すがらも人に会うことはなかった。
しかも教会は何者かに襲撃にでもあったのか、窓ガラスは割れ、壁も所々穴が開いていた。
それでも人がいるかもしれないとゴートは教会の大きな扉を開けた。
「突然すまない。旅をしているものだが、出来れば一晩宿を貸しては貰えないだろうか?」
返事は返ってこなかった。
「誰もいないのか...。」
一人ゴートが呟くと、子供の声で
「神父さんは死んじゃったよ。」という返事が返ってきた。
よく見ると礼拝堂のパイプオルガンの椅子の上に10歳程度の少女がいた。
「神父さんは兵隊に殺されちゃった。」
少女はゴートに近づいてきて、彼を見上げながら聞いた。
「貴方も兵隊?」
ゴートは彼女の身長まで腰を屈めて、
「武器を持ってはいるが君達を傷つけるためじゃない。さっきも言ったが俺は旅人だ。」
ほんの少しだが、旅人ということを知って、彼女は安心した様だった。
その瞬間、ゴートは数名がこの教会を取り囲んでいる気配を感じた。
「君、名前は?」
「ミナ。」
「良い名前だ。俺が言いというまで隠れておくことは出来るかい?」
ミナと名乗った少女は直ぐにパイプオルガンの下の隠れた。
隠れたのを確認するとゴートは外に出た。
「かくれんぼでもしてるのか?とっとと出てこいよ。」
そう言うと、八人ほどの帝国の鎧を着た兵士が現れた。
「お前ら敗残兵か...。まさかこの町の様子が変な理由は...!」
「だったら何だってんだよ!」
「すまんが、俺の仲間が腹ペコで死にそうなんだとさ。早々に手を引いて貰うぞ...!」
「意味わかんねぇんだよ!!」
二人が斬りかかってきたが、ゴートは剣を抜かずにただ棒立ちしていた。
二人とも勝ったと確信した。
しかし、彼らの剣がゴートの鎧を突き刺すことはなく、代わりに二人とも顔を思いっきり掴まれて悲鳴を上げていた。
そのままゴートは右手の兵士を教会横の林に向かって投げ、左手の兵士を回りを取り囲んでいる兵士に勢いよく投げた。
「ほーら、ドンドン来な。お前ら相手に剣を使うのも勿体ない。」
「何なんだよ!こいつは!」
残った六人は一斉に襲いかかったが散々な結果に終わった。
あるものは拳で剣を砕かれ、あるものはみぞおちに一撃を入れられ声無き声をあげ、あるものは投げられた拍子に木にぶつけられ、またあるものは地面とキスするはめになった。
敗残兵はまるで歯が立たなかった。
そのまま比較的軽傷だった兵士が、重傷の兵士を連れていくという形で負け惜しみの一つもなくどこかに行ってしまった。
「これで懲りる...わけはないか...。」
ゴートが剣を使わなかったのは使う価値もないと判断した訳ではない。
五年前に帝国が陥落したことなど彼らは当然知っているだろう。
それでもまだ戦い続けるには何か理由があるし、信念もあるに違いない。
そして何よりこれから共和国に対して復讐しようと企てている自分達と一体何が違うというのか...、そんなことを考えると殺すことは出来なかった。