『初めての名前』
マリアは意図も容易く司令塔まで到着した。
殆どの兵士がレベッカと鎧の戦いに気を取られ、しかも先程の土煙で視界も悪くなっていたお陰であった。
マリアはレベッカの到着を待って探索を始めようとした。
しかしレベッカが無事という保証もなく、なりよりもこのチャンスを逃す手はないと判断し、一人塔に上るのではなく下っていった。
暫く降っていくとこの基地の真実に遭遇した。
そこには若い女性が裸体の状態で何人も収監されていた。
この基地は近隣から女性を拉致し、それを都市部の富裕層に"お手伝い"という形で売り捌いていた。
共和国本土からかなり離れた地域にあり、そこまで監査役が回ってこないことと、現在の平和に貢献した共和国軍に民衆が強く出られないという背景があったのだろう。
そしてあの鎧を連れてきたのもその闇の稼ぎがあったからであった。
「もう大丈夫ですから、すぐに解放...。」
「解放されちゃ困るんですよ...。」
マリアの言葉を遮るように背後から司令官の声が響いた。
「安心して下さい、あなたも立派な売り物ですから...。
まぁ後でじっくり味見しますけどね...。グフフフフ...。」
「下衆め...!」
「下衆で結構。おい、鎧!アレを見せてやりなさい。」
鎧は肩に担いでいた気絶したレベッカをマリアの前で落とした。
「そんな...、レベッカ!目を覚まして!お願い!」
「諦めなさい。降伏すれば貴方の命は助けてあげましょう。でもこの女はダメです。彼女は少々遊びすぎました。さてと...、さぁその子をとっとと連れていきなさい。」
鎧はマリアに手を伸ばすのと同時に足を誰かに捕まれた。
「その子に触るな...!」
目を覚ましたレベッカが鎧の足を必死に掴んでいた。
鎧は何度も振りほどこうとするが、レベッカは決して離すことなく叫び続けた。
「マリアには...使命があるんだ...覚悟があるんだ...こんな所で止めさせない...!」
「しつこいんですよ!!」
司令官は鎧にしがみついていたレベッカに蹴りを入れた、それでもレベッカは苦悶の表情をすることはあれど、離すことはなかった。
マリアは考えていた。
何とかこの状況で二人が生き残り、尚且つ拉致された女性全員を救助することを...彼女は諦めていなかった。
その真っ直ぐな意思を持った瞳に鎧は吸い込まれそうになっていた。
今まで鎧が向き合っていた死人の顔とも違う、地下牢から連れてきた連中とも違う、暖かさと強さを兼ね備えたその瞳に、生きた人間の淀みなき瞳に鎧は惹かれた。
「俺には...。」
突如として鎧が話し出した。
これには司令官もしがみついていたレベッカも、そして話し掛けられたであろうマリアも驚きを隠せなかった。
「俺には...何もない。名前も...、家族も...、記憶も...何もない。あるのは鎖に繋がれた暗い過去だけだ...。なぁ、教えてくれ...。俺はどうすればいいんだ...?」
その時にマリアは気がついた、この"人"は殺戮を望んでいるわけではない、何も持たない故に純粋すぎるのだと。
「私にも本当の答えはわかりません。でも、何もないなら今から全て始めても良いのではないでしょうか。家族も、記憶も、そして名前もないなら私達が貴方と一緒に作っていく...それじゃあダメですか?」
「一緒に...作ってくれるのか?」
「はい。だって、初めから全部持ってる人なんていないじゃないですか、ゴートさん。」
マリアが機転を効かせたのかもしれない、もしかしたら遠い昔に聞いたことがある程度名前だったのかもしれない。
しかし、この時初めて彼は単なる"鎧"ではなく"ゴート"という名前を手に入れたのだった。
「何してるんですか!早く捕まえなさい!」
後ろから司令官の金切り声が響く。
しかしゴートはそれを無視して、足下にいたレベッカを起こしマリアに話し掛けた。
「ありがとう...、えーっと...。」
「私はマリアです。彼女はレベッカ。」
「ありがとう、マリア。俺に存在を与えてくれて...。すまない、レベッカ。大丈夫か?」
「『大丈夫か?』じゃないわよ...!本当に死にかけたんだから。もう私は動けないから、後はあんたが適当にやってよね。」
「ゴートさん、お願いします。この方達の帰りを待ってる人が沢山いるんです!何としてでも連れて帰らないと...。」
「わかったよ、後は任せろ。」
そう言うとゴートは大剣を手に立ち上がった。
一瞬にして状況が不利と判断した司令官は何も言わずに数人の部下とすぐに逃げ出した。
彼の判断は結果として的中していた。
共和国から離れていたとはいえ、一応正規の軍隊の基地がゴートたった一人によって、10分程度で殆ど壊滅状態にまで追いやられてしまった。