『ネーミントの友達』
三人はこっそりとオリビアを出立していた。
町長は大々的なお別れ会をやろうとしてくれたが、どうせ宴会になるのは目に見えていたので早朝置き手紙だけを置いて町を出た。
リビエイラに続く街道ではあったが、早朝ということもあり人通りは少なかった。
マリアは昨日の晩の浴室の一件から妙に二人に気を使っていた。
部屋を出るときもゴートとレベッカはあの一件はちょっとしたトラブルだと説明したが、聞く耳持たずだった。
「あんた何とかしなさいよ...!」
「お前は牢獄に縛られていた魔導生物に複雑な女心を理解しろと言うのか...?だいたいお前は総務大臣だろうが...」
「私だって女よ...!都合の良いときだけ魔導生物って言葉を使って...」
仕方なくレベッカはマリアに話しかけた。
「あのさ~、マリア?」
「レベッカ、ゴートさんとのお話は良いんですか?」
どうやらしっかり話を聞いていたようだった。
「その~、昨日のことまだ勘違いしてるみたいだけど本当に違うからね。」
「大丈夫です!私は二人に頼らず強く生きていくつもりですから!」
必死になって弁明を入れるレベッカとそれを頑なに無視するマリアを見て、ゴートは吹き出してしまった。
「ちょっと何笑ってんのよ!」
「すまん、つい我慢できなくなってしまった。マリア、とりあえず目的地は教えてもらえないか?」
「あ、そうですね。次の目的地は...」
そう言うとマリアは立ち止まって近場に地図を広げた。
「実は町長さんの話ではオリビアから森を抜けると『ネーミント』という村があるそうです。何でもここ最近村の子供が消えるという怪事件が起きてるそうなんですよ。」
「何でそんな事件に首を突っ込む気なの?ここからだったらリビエイラにすぐに行った方が良いんじゃ?」
「私も最初はそう思っていたのですが、どうもその事件に狂王の遺骨が関わってるみたいなんです。」
「なるほどな...。だったら遺骨を回収してリビエイラに向かった方が良いだろう。」
「はい、なので今日は森を抜けてネーミントに向かいましょう。」
マリアとゴートは歩き出したが、レベッカだけは浮かない表情だった。
「どうしたんですか?」
マリアはレベッカの顔を覗いた。
「うん、ネーミントって村の名前を昔何処かで聞いたことある気がするのよね...」
すぐにレベッカはハッと思い付いた。
「...マリア、ゴート。もしかしたらこの一件私の身内が関わってるかも...」
マリアもゴートも先程のレベッカの一言が気になっていたが、深く追求しようにもレベッカはさっきから思い詰めた表情を崩さなかった。
朝方から歩き続けて空はオレンジに色に変わりつつあった。
三人は黙々と森を歩き続けると、ちょうど森の中心地点で森は拓かれ小さな村が見えた。
子供が消えていくという事件が起きているわりには村は不気味なほどに平穏そのものだった。
「着きましたね。」
「そうだな。」
ゴートはレベッカをチラリと見たが下を向いて何か考え事をしている様だった。
ゴートはマリアに目配せすると、
「俺は宿でも取ってくるから、二人は散歩でもしといてくれ。また後でここで待ち合わせってことで。」
「お願いしますね。行きましょう、レベッカ。」
「...え」
マリアはレベッカの手を引くと元気に走り出した。
「見てください、レベッカ!牛がいますよ!」
マリアは無邪気に指差して笑っていた。
マリアは大人びて見えるが、実際はまだ10歳の子供で目に見える全てのものが新鮮に見える年頃なのである。
「こういう村に来るのは初めてですね。」
レベッカははしゃぐマリアを見て微笑みを浮かべ頷いた。
「やっと笑ってくれましたね。」
「え?」
「この村の名前を聞いてからレベッカはずっと考え事をしている様でした...。」
レベッカは自分の顔を触ってハッとさせられた。
「そっか...。ごめんね、マリア。心配かけちゃって。」
「後でゴートさんにもレベッカが元気になったって言っとかないと...」
「いや、それは...別に...」
そんなやり取りをしていると、小さな納屋から恥ずかしそうに二人を見つめる女の子の姿にレベッカは気がついた。
「ん?あの子...」
「どうしたんですか?」
「マリア。あの子に話しかけてみたら?」
「でも...、私なんかに話し掛けられたら迷惑じゃないですか?」
「たぶんマリアと同じくらいの歳なんじゃないかな。大丈夫!女の子ってのはすぐに仲良くなるんだから!」
「でも...」
業を煮やしたレベッカはマリアを納屋の女の子の前まで力ずくで引っ張っていった。
「君、名前は?」
納屋の女の子は恥ずかしそうに「ノリス」と応えた。
「ノリス、良い名前ね。ほら、あなたも。」
レベッカはそう言ってマリアの背中を押してあげた。
「あ、あの、私はマリアって言います...。」
「マリア...ちゃん?可愛い名前...!」
マリアは気恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせた。
「ノリスちゃんも、すごく良い名前だと思います...」
二人は顔を真っ赤にさせながら笑いあった。
「じゃあ、ノリスちゃん。少しの間だけどこの子の友達になってあげてくれない?」
ノリスは小さく頷くと、マリアの手を取って納屋にいる動物たちを見せてあげた。
「おーい!レベッカー!」
その声に後ろを振り向くとゴートが歩きながら手を振っていた。
「何しとるんだ?こんな畑のど真ん中で...」
「ちょっとした愛のキューピッドごっこをね。」
そう言うとレベッカは柵に体を寄りかからせた。
納屋のなかでマリアは初めての友達と無邪気にはしゃぎあっていた。