尽くす女
そこは薄暗い部屋の中だった。
パソコンのディスプレイから洩れている明かりだけが薄青色に部屋の中を照らしていた。
あまり広いとはいえない部屋の中には、多くのモノが積み上げてあった。
DVD、ゲーム、CD…etc.
今にも何かの拍子で崩れてしまうのではないかと思うような有様。
足の踏み場なんてほとんど無く、中央にパソコンへと続く道とも呼べないような空間があるだけ。まるで片付けの出来ない子供部屋のような空間。
パソコンの傍らにはセミダブルのパイプベッド。
生活する人の性格を映すかのように昨夜起きたときのままの状態。
乱れた布団、毛布、枕
その傍らにおいてあるゴミ箱とティッシュのつぶれた箱。
ベッドの向かいにある本棚はきちんと整理がされており、たくさんの書籍がしまわれていた。
背表紙の巻数がきちんと並んでいる。
幾つも…幾つも…
その種類は幾種類あるのだろう。
最後のほうは本棚に入りきらなかったのだろうか、横向きに置かれ、無造作に本棚の前に積み重ねられていた。
すん…
鼻に匂いがまとわり付く
タバコと男性の匂い。
生活の匂い。
あの人の匂い。
恐る恐る周りのものを崩さないように奥へと足を一歩、また一歩進ませていく。
薄暗い部屋の中を。
「こんなところであの人は…寝ているのね…」
足元に落ちているよれよれのYシャツを拾い上げ、しわを申し訳程度に伸ばしながら畳む。
シャツからは汗とタバコと男性特有の体臭が漂っている。
「どうして、すぐにクリーニングにださないのかなぁ…」
苦笑しながらもベッドに腰を下ろし、床に散乱した衣類を丁寧に畳んでいく。
部屋の中を弄られるのを嫌がる性格なので、他のモノには手を触れない。
ようやく洗濯物を畳み終わり、衣服を洋服ダンスにしまう。
洗濯しなければいけないモノは手早く洗濯機に洗剤と一緒に放り込み設定してスイッチを入れる。
ジャー……
水が洗濯槽に満たされていく音が静かに暗い部屋の中に響いている。
その音色を背中で聞きながら、リビングのテーブルの上に散らばった菓子パンの袋や、要らないゴミをゴミ袋に詰め込んでいく。
ブックカバー、コンビニの袋、くしゃくしゃに丸まったティッシュ、お菓子の空箱…
そこに置いているものには手を触れないでゴミだけを手早く詰め込んでいく。
ごうん…ごうん…
給水が終わったのだろう。洗濯機が音を立てて回り始める。
静かで薄暗い部屋の中…ただひたすらにゴミを拾い集める。
袋がいっぱいになるとゴミ袋の口を縛り玄関の傍に置いておく。
「はぁ…」
一息ついて、額の汗を拭う。
そしてぱたぱたとスリッパの音を響かせてリビングにある緑色の可愛いソファーに
倒れこむように腰を下ろす。
ゆっくりと首をソファーに預け、ぼんやりと天井を見上げる。
…何を思うでもなくしばらく呆けていると、手に何か硬いものが当たった。
何だろう……?
それを手に取ってみるとそれはビデオの箱だった。
…これって…
アダルトビデオ…?
恍惚とした表情を浮かべた女性がプリントされた表紙。
嫌がっているのか、喜んでいるのか解らないようなそんな表情の女性。
手にそれを持ったまま視線を前に移すとそこには大きなテレビがあった。
今流行のフラットでもワイドでもない、昔ながらの24型のテレビが置いてあった。
「ふ〜ん…こんなものを見ているんだ…」
手元を探すとコントローラーらしいものが二つ転がっていた。
ビデオ用とテレビ用
リモコンで電源を入れると
ブンッ…
という無機質な音と共にテレビに明かりが灯った。
真っ青な画面。
音は何も聞こえない。
次にビデオのコントローラーの再生と書かれたボタンを押してみる。
ウィーン…ガシャ…
ビデオの動く音が静かな部屋の中に木霊する。
画面には柱に縛られた着物姿の女性が髭の特徴的な着物姿の男が映し出された。
だが、音は聞こえなかった。
…いや、かすかに声が聞こえていた。
ソファーの上から微かに嬌声と男の声が聞こえていた。
手を伸ばしてみるとそこにはヘッドステレオが置いてあり、声はそこから漏れているのであった。
しばらくの間、手に持ってそこから聞こえてくる声に耳を傾ける。
擦れるような声。響く声。喘ぎ声。やめて欲しいとの嘆願。
…本当に厭なのかしら…
ビデオの停止のボタンを押し、テレビの電源を切り、ヘッドステレオを耳から外す。
膝の上にそれを置き、目を閉じる。
ピィー…ピィー…ピィー…
洗濯の終わりを告げる音が響きわたる。
ヘッドステレオをソファーに戻すと、ソファーからゆっくり立ち上がり洗濯機の前にゆっくりと歩いていき、洗濯籠に洗濯物をいれる。
「私…何を考えているの?」
ふと、洗濯物を取り込みながらそんなことを考える。
願望…何を望むの?
頭の中から余分な考えを振り払い、ただ作業に没頭する。
手早く取り込み、お風呂場に…室内乾燥機のあるお風呂場に手早く干していく、
パン…パン…
両手で挟み込むようにして洗濯物の皺を伸ばしていく。
パン…!
両手でひっぱりしわを伸ばす。飛沫が微かに顔にかかり、シャツがぴんと張る。
何かをしているときが一番落ち着く。
何も考えないで作業に没頭できるから。
考えてしまうのはいけない。
作業の邪魔になるから。
そうだよね。
そう…?
そうなんだよ?…ね?
部屋を見渡す。掃除は終わっている。洗濯も終わっている。
今はそれ以上にすることは無い。
だから私がここにこれ以上いる理由も無い。
私は部屋を後にした。
次にこの部屋に来る時は
あの人が私を彼女として連れてきてくれるときだと信じて。