家族と安堵
こことは違う理の場所で生きていたこと。
頭を打って死んだらしいこと。
そしてこの世界でも頭を打つことで、それらを思い出したこと。
夢のなかでも出来事も、すべてを包み隠さずに打ち明けた。
物理的に証明することができないから、証拠を出せなんて言われたらどうしようもない。
でも、二人は静かに、口をはさまずに聞いてくれていた。
「……これで全部、かな」
気がおかしくなったのかと思われてもいい内容だったからこそ、反応が怖かったのに。
「なぜかしら。なんだか心配をして損をした気分だわ」
「ああ。あれだけ気を遣ってきた原因がこれとはな……」
それぞれに呟くのはあきれ気味で悩ましげな言葉だった。
しかも最後にため息つき。
「えっと、いまの話、わかってて言ってる?」
自分の子どもが実は別世界の人間の生まれ変わりでした、っていう結構ハードな話だったはずだよね。
どうして僕の方が理解不能な状態になってるんだろう。
「……そう、ね。正直なところ、戸惑っているわ」
「ああ。信じられんと思う気持ちも大きい。だが」
「ねえ」
そうして顔を見合わせた二人はなんとも言えない表情でこう言った。
「前世なんて言うからてっきり女性を巡って命を懸けた決闘があったとか」
「戦場で華々しく散ったとかそういう話じゃないかと思ったんだ」
はい?
なにその盛大な物語。
「「それなのに大雨の日に滑って転んで頭打ったせいなんて(な)。うちの子はそんなに間抜けだったのかと思うと……はぁ」」
…………なに言ってるの。うちの両親。
こんな時に夫婦らしい二人三脚とか見せなくていいからね。
最後の盛大なため息地味にイタいからね。
重要なところもそこじゃないからね。
ぽかん、とあっけにとられた僕は頭痛にプラスしてめまいまでしてきた。
「とりあえず、ちゃんと話を聞く気ないなら出てってくれる?」
全身痛いし、寝よう。
「ちょっ、ちょっと待ってダット違うのよっ!?」
「あ、ああそうだ。思っていたよりも軽い話でほっとしてついっ」
寝る体勢に入った僕の背後からそれを止める声する。
「思っていたより軽い?」
僕としては重大な秘密を暴露したつもりなのに軽いのか。
僕は白い目で壁を見つめた。
寝るの続行でいいですね?
「いや、違うんだ。すまない。待ってくれ」
ベッドが大きく揺れたのは、お父さんがベッドに手をついたせい。
……すごい軋んだんだけど、壊れないよね?
「もちろん生まれる前の記憶があるというのは軽い話じゃない。それはわかっている。だが、ダットは前世からの使命が、しなければならないことがあるわけではないんだろう?」
「は……?」
どういうこと?
「ほら、町に流れてくる詩人の物語があるでしょう。だからダットの話を聞いてすぐにそういう想像をしてしまったのよ」
「……詩人の物語、って」
ときどき町にやってくる旅人が、酒場や広場で各地の物語や創作を語るアレのことか。
「へぇ。お父さんもお母さんもそういうのを期待してたんだ?」
あらためて二人を見やれば、ばつが悪そうに苦笑いを浮かべた。
僕も酒場には行けないけど、広場で旅の詩人が物語を語るのを見たことがある。
たしかに町に流れてくる詩人の物語は人気があるし、僕が聞いたことがないだけで、なかには二人が言うような物語もあったのかもしれない。
「その、なんだ。期待してたわけじゃなくてだな。そういうなにかを背負ってしまっているんじゃないか、と心配していたんだ」
「ええ。それでつい、安心してしまったの」
「……だとしても、あんな風にあきれなくてもよかったんじゃ」
かなりな大ダメージだったよ。
精神的に。
「わ、わかってるわ。ごめんなさい。でも、今までずっと不安だったものが取れて気が緩んでしまったの。あなたは気がつくと、ここではないどこかに心が向いていたし、寝言でわたしたちの知らない言葉まで話していたし」
「…………そんなことあったの?」
「あったぞ」
それは記憶にない。
まあ、寝言だしあたりまえだけど。
「あれはあちこち旅をしていたオレですら知らない言葉だった。この国の母国語とこの大陸全土に広まっている共通語。オレたちはその二つしかお前に教えていないんだが」
「……うん」
「で、考えた」
僕がうなずいたのを見て、お父さんが先を進める。
「国や地域ですら言葉が異なるんだ。お前の言う世界の言葉がオレたちと同じ、ということは考えにくい。だから――」
「うん。たぶんお父さんたちが聞いたのって、僕がこの世界に生まれる前にいた世界の言葉じゃないかな」
ときどき頭のなかに浮かんでくる日本の景色を追い求めていたくらいだから、言葉のほうも無意識に出ていた可能性はある。
確認がてら久しぶりにしゃべってみれば、二人ともそのいくつかに聞き覚えがあったみたいで頷いてた。
でも使わないと忘れるというか、うまく発音できないなぁ。
発音するときの舌の使い方そのものがちがうし、外国人が喋ってるみたい。
実際にいまは外国人、というか異世界人だけど、言葉の面でも二人を不安にさせてたのか。
これは拗ねてる場合じゃない。
「ごめんなさい。いままで本当に……すごく心配かけてたんだね」
自分たちの知らない言葉を寝言で言う子どもなんて、下手をしたら捨てられていてもおかしくなかった。
育児放棄されることだってあり得たかもしれない。
「……気味が悪いって思わなかった?」
「そんなこと思えるはずないでしょう。わたしが産んだ、わたしを慕ってくれる子どもよ。そのせいで心配はたくさんしたけれど、気味が悪いなんて思ったことなんて一度もないわ」
「そうだな。お前はオレたちのことをずっと親だと思ってくれていた。それはオレたちも感じていたことだ。お前もそうだったんじゃないのか?」
「それはもちろん」
前世のあの世界に惹かれてはいたけれど。僕は二人をちゃんと親だと思っていたし、二人が僕を子どもだと思ってくれていたように感じていた。
記憶が戻る前も、そして記憶が戻ったいまも、それは変わらない。
「だったらなにも問題ないだろう?」
お父さんの大きな手が頭に乗る。
「オレたちはお前を信じる。実際には二十歳を過ぎている、というのには驚いたが。一番の懸念材料だった【魔物憑き】でもなかったんだ。今はそれでいい。それとも、お前はもとの世界に帰りたいと思っているのか?」
「……お父さん」
まったく未練がないって言えば嘘になる。
でも、それはもう通り過ぎた過去だ。
「お父さん。お母さんをいじめたいの?」
僕がそうだ、って言えば一番悲しむのはお母さんなのに。
言った側からお母さんがうつむいてるし。
お父さん。やばい、って顔しても遅いからね。
「す、すまん。キーラ」
「……ううん。いいの。大丈夫」
ちょっと涙目なのが大丈夫って、大丈夫じゃないよ。
当分、お母さんに心配かけないように気をつけない……「ぐうー」……と。
「「「…………」」」
…………二人からの視線が痛い。
わかってる。
鳴ったのは僕のおなかだ。
「え、えっと。お腹空いてるみたい?」
だ、誰でも朝食おあずけ状態で話せばこうなるってば。
恥ずかしさにうつむけば、お母さんがくすり、と笑う。
「スープ。冷えてしまったわね。もう一度温めてくるわ。ガリオも自警団の仕事でしょう。用意はいいの?」
「あ、いや。休むかもしれないとは伝えているんだが。まあ、ダットがこんな感じなら行けそうだな」
「そうね。ダットのことは任せてちょうだい」
心からの笑顔と日常の会話が戻ってきたことにほっとして、気がついたらお昼まで寝てしまっていたことは……ご愛嬌ってことにしておいて欲しい。
2013.6/2 改稿
2016.6/26 改稿
次は閑話(母視点)です。