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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第一幕 始まりの町カーライル
6/61

謝罪と決意



 新しい朝がきた。


「……朝だぁ」


 目を覚ました僕が最初にしたのは、そう呟くことだった。

 薄暗い、鎧戸の隙間から差し込む光のある部屋の天井は、昨日とちがって見慣れたもの。

 それなのにどこか新鮮で、初めて見たかのような感覚があった。

 違和感に体を起こそうとした僕は、


「っ!?」 


 全身に痛みが走って涙目になった。

 そ、そういえば頭を打って背中もぶつけたんだった。

 痛みに耐えながらそっと体を起こす。

 昨日はそこまでじゃなかったのに、ちょっとつらい。

 でもこの痛みも見慣れたはずの部屋も、昨日より、そしてそれ以前よりもはっきりと感じられた。

 しかも不思議とそれがに落ちる。


「ああ、そっか」


 理由は誰に聞かなくてもわかっている。

 前世の記憶(誠也お兄ちゃん)が混ざっているからだ。

 町を歩いてもたぶん同じことが起こるだろうな。

 それはそれで新鮮な気分になれて楽しそうだけど、その前にお父さんとお母さんにいろいろと話さなきゃ。

 ……気が重いなぁ。

 特にお父さん相手は。

 でも、嘘はつきたくないし、するしかないんだけどね。

 

「窓開けよ」


 寝起きで鈍い体に陽の光を当ててすっきりしたらいい案が浮かぶかもしれない。

 小さな体では少し大変だけど、いつもしていることだから手間取ったりはしなかった。

 痛む体を押してベッド脇の鎧戸を内側から開けると、あたたかな光と外の冷えた空気が入り込んでくる。

 見える空も前世で見たよりも青く、広い。


「いい天気」


 それらすべてが心地良くて深呼吸する。

 前はいつも居場所がないように思えていたから憂鬱だったけど、ずっと引っかかってきた違和感が解消されたからか気持ちが軽い。

 こんな気分になったのは、この世界で生きた十年間で初めてだった。


「あ、あの。ダット、起きているかしら」


 扉を叩く音が、窓とは反対の方向から聞こえた。

 直前に足音が二種類聞こえたから、お父さんも一緒かな。

 って、けが人が歩き回っているのを見られたら大変だよね。

 ベッドに戻ろう。


「起きてるよ。入って」


 そう応えたらゆっくりと扉が開いた。

 そこから見えた姿は思った通りの二人で、お母さんがためらいがちに、お父さんは眉間にしわを寄せながら入ってくる。 

 金髪碧眼で、美人で、雑誌のモデルみたいなお母さんと、黒髪灰眼、筋骨隆々なクマみたいな大男のお父さん。

 前世の記憶(誠也おにいちゃん)が美女と野獣だと揶揄したけど、この世界だとそれが美女と魔物(、、)になる。

 お母さんを口説こうとした命知らずの男の人がお父さんに睨まれて「なんでこんな魔物みたいなやつと!」って言い捨てていくのもここでは見慣れた光景だった。

 そんな二人の、お母さんの手元には食器が乗ったトレーがある。

 このにおいはたぶん、イモのスープかな。

 岩塩とミルクとイモを使ったシンプルなスープはこの町では一般的なもので、これに固いパンをつけて食べることもあるけど今日は乗ってなかった。


「お、おはよう。ダット」

「おはよう」

「おはよう、お父さん、お母さん」


 匂いでおなかがすいたって気がついたせいかもしれない。

 朝食に気が緩んでいつもどおり(、、、、、、)に挨拶を返すと、お母さんが息を飲んだ。

 お父さんも驚いたみたいで少しだけ表情が動いてる。

 あ……どうしよう。

 なにも考えずに返事してた。

 これは確実に記憶が戻ってるってバレた。

 その証拠にお母さんの瞳に涙がにじむ。


「ダット……思い、だした、の?」

「え、と。うん。心配かけてごめんなさい」


 お母さんには相当な心労をかけてたから、申し訳なさで頭が下がる。

 いつもの調子なら、ここでお母さんが抱きしめに来るはずだった。

 トレーを置く音を聞きながら、僕は苦しいくらいに抱きしめられるのも当然だって覚悟してた。

 だけど。


「何者だ」


 実際に頭を上げた僕の目に映ったのは銀色の光と低く、突き刺さるような声音こわね

 僕の首筋に小さなナイフを突きつけているお父さんの姿だった。

 え、なんで?


「ガリオ! なにをしてるの!?」

「キーラ。少し黙っていてくれ」

「でも!」

「いいから頼む」


 お母さんがあわてて止めに入るけど、ナイフも視線も僕を捉えたまま。

 そして僕は突然のことに頭が真っ白で、言い合う二人を見ていることしか出来ない。

 その攻防はお母さんが押し黙ることで決着がついた。


「もう一度聞く。何者だ」


 そこからあらためて問いかけられて、僕はようやくお父さんの意図に気がついた。

 鋭い眼光のなかに見え隠れするのは息子へとナイフを向ける苦悩と得体の知れないなにかから、家族を守ろうという意志。

 これは……ものすごく警戒されている。


「……お父さんは、僕がダットじゃないって思ってるんだね」

「…………」


 突きつけられたナイフに内心ひやひやしながら話し始める。

 お父さんはなにも言わずに動かない。

 ちゃんと向き合って話したいと考えていたのに、なんでこうなるかな。

 いや、もちろんわかってるよ。

 お父さんは自警団の人間だし、傭兵として培ってきた経験とか知識がいまの僕を見て警鐘を鳴らしたんだろうってことくらい。

 だけど突然ナイフを突きつけられて話すなんて思わないし。


「どうしてそう思ったの?」


 想像はある程度つくんだけど、なんで突然こうなったのかは謎だった。

 お父さんのナイフを握る手に力がこもる。


「昨日のお前は本当にオレたちがわからない様子だったな。魔物のことも魔法のことも忘れていた。いや、知らない。という感じだった」

「うん」


 合ってる。

 頭を打った後遺症でダットの記憶が跳んでたうえに、前世(誠也おにいちゃん)の記憶だけがある状態だったから、魔物も魔法のない世界の知識しかなかった。


「だが、今日のお前は昨日とも、それ以前のダットとも違う。ダットと同じように話してはいるが、ダットよりも雰囲気がずっと大人びている」

「うん」


 二人分の記憶が混ざり合って精神年齢が上がったからね。

 その自覚はある。

 前はもっとぼんやりで、むしろ一般の十歳よりも幼かったかもしれない。

 ここにいていいのかわからなくて、時々見えてしまう前世の景色に困惑してた。

 でも、頭を打って前世の記憶を思い出して。

 やっといま、僕はここが居場所だって言えるようになった。

 だからなんとしてもお父さんに納得してもらわないと。だったんだけど。


「そしてなにより、謝るときに頭を下げたな。以前のお前ならしなかったことだ。あれは遠い異国の風習で、このあたりにはない」


 …………あー。これだったんだ。

 たしかにこのあたりにお辞儀の習慣はない。

 せいぜいが町の周辺を治める貴族に膝をつくときぐらいだ。

 前世で染みいてる所作が無意識に出たんだろうけど、それが自分の首を絞めていたとか頭が痛い。

 でもさすがお父さん。

 自警団の副団長を務めるだけのことはあって、よく人を見ている。


「ダットはどこだ」

「僕がそうだよ」


 あらためて質問しなおされたことに答えるとお父さんの眉間のしわが深くなった。

 いらだっている、とすぐにわかる。

 本当なのに伝わらないのはつらいけど、お父さんが考えている可能性は早めに排除しておきたい。


「嘘は言ってないよ。説明すると少し長くなるけど、聞いてもらえないと信じてもらえないと思う」

「それを信用しろと?」

「少なくとも、僕は【魔物憑き】じゃない。それは証明できるよ」


 お母さんがはっ、と息を飲んだ。

 顔色が青ざめたのはその末路がどういうものか知っているからだ。


「【魔物憑き】は生命力を奪われて精神を魔物に乗っ取られた人間でしょ」


 これが可能なのは実体のない幽霊タイプの魔物で、精神を完全に乗っ取られた時点でその人間は死を迎えてしまう。

 あとに残された体は魔物の思うまま。

 過去には取り憑いた人間の記憶を利用して凶行を働いた、という話も残ってる。

 突然性格が豹変したような場合は一番先にそれを疑うくらいだから、お母さんの顔色が青ざめたのも無理はないと思う。

 でも、それを確認するのもそう難しいことじゃない。

 生命力を奪われて、精神を乗っ取られたら死ぬということは。


「生命力を失った体は死者も同然で、体はつめたく、血の気もない。だったよね」


 命の鼓動があるかどうか確認するだけでいい。


「僕はちがう」

「…………」


 ナイフが突きつけられていて動きにくいけど、それでもそっと手を伸ばす。

 お父さんの視線がようやく僕の顔から逸れた。

 しばらくのあいだ考え込んでいたけど、お母さんがうしろから服を引っ張ったことで決心がついたのか、ナイフはそのままで反対の手を僕の手に重ねた。

 ごつごつした、大きな手が僕の小さな華奢な手を包み込む。


「……あたたかい、な」

「でしょ」


 剣を握るための力強い手が戸惑いがちに離れていく。

 お父さん自身で確かめたわけだし、これで【魔物憑き】疑惑はこれで解消できたと思う。

 あとは僕がダットだと納得させられる材料を用意できるかどうかなんだけど。

 思いつくのは家族しか、僕しか知らないお父さんのこと……って、どうしよう。

 ごく最近の出来事を一つ思いだした。

 だけどこれ、微妙にお父さんの身が危ないかも。

 身体的に、じゃなくて精神的に。

 でもこれも僕がダットだと証明するためだし、しかたない。

 ごめんなさい、と心のなかで謝りながら僕はそれを口にした。


「お父さん、少し前に旅の傭兵のお姉さんにほっぺたにキスされてたよね」

「っ!?」

「え………っ?」


 お父さんの表情が見るからにこわばった。

 お母さんがおどろいた風だったのは見ないふりだ。


「僕が見てるのに気がついてあわてて離れたけど、誤解だからお母さんには言うなって、飴を……」

「ま、待て! なにを言って!?」

「…………ガリオ?」


 うろたえながらもナイフを握るお父さんの手がぶれないはさすがだけど、お母さんの低くうなるようなひとことで場の空気が凍った。 


「そういえば二人一緒に帰ってきた日に、ダットが飴を持っていたことがあったわね」

「そ、それは」

「普段はそんなことしないのにどうしたのかしら、って思っていたのだけど……」


 美人が怒ると迫力が違う。

 本来ならお母さんがお父さんよりも強いなんてないんだけど、このときばかりはその序列も無意味だった。

 いつもとちがう迫力の笑顔が、こわい。


「あとで詳しく聞きたいわ?」


 強面こわもてのお父さんですら冷や汗を浮かべるくらいだもの。

 僕なんて視線をそちらに向けられない。


「あ、あれは向こうがいきなり……って、ダット。お前あれほど言うなと」

「そうでもしないと話を聞いてもらえないだろうと思ったから」

「勘弁してくれ。これも血のつながりってやつなのか……親父さんを思い出した」

「まだあるけど、聞く?」

「いや、いい」


 実際、似たような話はいくらでもある。

 しかも結婚する前に亡くなったっていう、お母さんのお父さん。つまり僕にとってのおじいさんも同じ手を使って二人の結婚を邪魔してたって聞いた。

 ……うん。やっぱりお父さんの言うとおり血なのかな。


「悪かった」


 突きつけられていたナイフがようやく引かれた。

 肌に突き刺さるような威圧感も消えて、ようやく息をつく。

 大丈夫、と思ってはいたけど、命を奪える刃物が長時間首筋にあるのは精神的にきつい。

 でも無事に一つ目の難関をクリア、だ。


「謝らなくてもいいよ。僕だって自分でおかしいと思うもの」


 僕がお父さんの立場でもきっと同じことをした。

 立場的にも町を守る側の自警団に所属しているわけだし、お父さんがやったことはまちがいじゃない。

 【魔物憑き】の人間を殺して守るべき人たちを助けるか、【魔物憑き】の人間を見逃して守るべき人たちを見捨てるか。

 その選択をしただけだ。


「でも、説明はさせて。僕もどうしてこうなったのかわからないことが多いけど、それでもわかるところは全部話すから」


 それこそ頭がおかしいと言われかねない内容なんだけどね。

 本当に、どうしてこうなったんだろう。

 心臓の鼓動が早くなったのを感じながら、僕は最初のひとことを口にした。



「僕には、前世の記憶があるんだ」と――――




10/8 少し修正かけました。

2013.6/2 改稿

2016.6/23 改稿

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