改めて魔法を勉強してみる
「ではダット様。先日の復習です」
ここから先、テューラさんと僕の関係は教師と生徒。
「魔力を感じるための訓練を始めましょう」
教えを受ける身として、返事ははっきりと。
「はい」
隣の部屋から聞こえてくるマリッサ嬢と悠斗君のにぎやかな声。
それをBGMとして僕は静かに目を閉じた。
そして深呼吸。
息を吸って、吐く。
ただそれだけのことを何度も繰り返す。
はたから見るとそれで何の訓練だと言われそうだが、【魔力】は【魔素】から変換されるものであり、その【魔素】は呼吸によって体内に取り込まれる。
要はそれを意識することで、作られた魔力を感知してみよう。というわけだ。
カーライルで受けた一回だけの魔法の授業。
そのときにも似たようなことはやったけど、【半死人】になってからもやることになるとは思わなかった。
きっと、うちの家族も思わなかったに違いない。
この世界の魔法は、使用者の体力を削る。
これはシェリナ叔母さんに聞いたことだけど、【魔力】というのは、当人の体力、つまり生命力と密接に繋がっていて、魔法によって消費されると運動したときのように疲れるのだという。
だから、お話の中のような、倒れそうなくらい細い魔法使いはそれほど多くないのだとか。
シェリナ叔母さんも細いと言えば細いけど、よくよく見れば引き締まった体をしている。
自警団にも所属してたくらいだから……まぁ、そうか。
ルーク様も貴族だから見てくれが大事なんだと思って気にしなかったけど、それなりの体型をしていた。
そんなわけで、【半死人】な僕には魔法は致命的と思っていたんだけど。
実は先日。ルーヴェンス医師よりありがたい進言をいただいた。
「坊や、魔法を学ぶ気はないかね」
と。
僕の状態を知ってのことなのか、と周囲は耳を疑った。
もちろん僕もだ。
僕に魔法を教えたくてうずうずしていたはずのシェリナ叔母さんだって、僕の状態を見て半ば諦めていたのに。
「私が見たところ、坊やは体の中の魔力の流れが完全に狂ってしまっている。魔力を作れず、その上、魔力を貯められない。つまり蓋が塞がっているのに、中の水だけが漏れている桶のようなものだな。私が知る病の中に、多少違うが、似たような事例がある。と言っても、趣はだいぶん違うが。【魔力過多症候群】というものだ」
ルーヴェンス医師が挙げたその病の名は、魔法使いの中ではそこそこ知られたもの。
といっても、僕は知らなかったけど。
文字通り、魔力が増えすぎる病気なんだそうで。
「この病は、坊やとは逆の方向だな。魔法が使える者は皆、ある程度無意識に魔力を制御しているのだが、魔力過多症候群にかかるとその部分が狂いが生じ、魔素を魔力に変換しすぎてしまう。大病や怪我を機に発症するとも言われているが、それはどうでもよい。ともかくこの病は桶に流れ込む水が漏れ出る水よりも多い。許容量を超えれば水は桶を圧迫し、いずれ崩壊する。人間もまた同じ。それが限界を超えれば……あとは言わずともわかるだろう」
わかりやすく言うと前世での風船。
空気を入れすぎると破裂するけど、その病気だと人間がそうなるわけだ。
想像したら気分が悪くなった。
「……怖がらせたか。だが、この話の本題はこのあとなのだ。確かに魔力過多症候群は特効薬と呼べるものもなく恐ろしい病だが、その症状を和らげる方法がないわけではない。初期症状であれば、魔法を使い、魔力量を減らすという手もある。だが進行性の病であるからして、魔法を使う量よりも魔力が貯まる方が早くなればそれで終い。死に至る。それよりも原因となっている部分を詰めた方がよいというものだ。そこで最も有効とされているのが【魔力制御法】だ。先にも言ったが、魔法使いは普段無意識に魔力を制御している。この方法は、それを意識的に行う。魔素を魔力に変換しなければ、魔力が体内に貯まりすぎるということはなくなる。それは坊やにも、似たことが言えるだろう。問題は、魔法には体力が不可欠ということだがね。この魔力制御という方法は、魔法を使う必要がない。多少の根気は必要だろうが、魔法を使うよりは遙かに体への負担は少ない。故に、このような提案をしたのだ」
とまぁ、ルーヴェンス医師が長々と語った理由。
そのおかげで魔法の勉強を再開して今に至る。
遅々として進んでないけど。
「ダット様?」
「あ」
しまった。
つい回想してて、意識がどこかに飛んでた。
「集中できていませんね」
「すみません」
言い当てられて、落ち込む。
わざわざ時間を割いてもらっているのに、余計なことを考えている場合ではない。
しかも目の前には着飾った王女様がいる。
「ダット。無理をしてはいけないよ」
マリッサ様と悠斗君はいない。
二人に必要とされているのが語学力や礼儀作法で、僕はそれよりも魔法を学ぶことを優先した方がいいとされたから別々になった。
王女様に関しては学ぶ必要なさそうな気がする。
少なくとも語学力や礼儀作法はとっくの昔に身に着けているはずだし、だからこっちにいる状態、ということで僕は理解していた。
あれこれあったせいでで落ち着かないけど。
「あの医師も、随分と無茶なことを言い出したものだね」
気がついたら僕の現状をしっかり把握していた王女様が、ぼやく。
「仕方ありません。現状、この方法がダット様のためだというのは事実ですから」
魔力の制御。
僕の場合は魔素を魔力にすること、漏れ出す魔力を体内に留めること。が目標になるわけだけど、実はこの魔力制御法、言うのは簡単だが、できるようになるかは本人の素質次第という、かなり厳しい条件がついている。
普段無意識にやっていることを、意識するって、案外難しいのだ。
しかも僕の場合、体内環境が狂っているらしいから、特に。
つまり、できなかったらそれまで。
ありがとうございました。
となる。
できたとしても、体調が改善される保証はないし、頭が痛い話だった。
それでも可能性があるのなら、やらない手はない。
成果はまったくあがってないけど。
「……はぁ」
意図せずしてため息が出た。
そもそも第一、初歩の初歩からつまずいている。
「魔力が、わからない」
自分の体の中にあるはずの、魔力を感じ取れない。
訓練を始めて数日、ずっとこの状態だ。
魔力の【魔】の字も掴めてない現状がもどかしかった。
せめてそこができていれば、とも思うけれど、カーライルで魔法の授業受けたの一回きり。
そのままあんなことになってしまったから、初心者とも言い難い全くの素人な状態である。
「ルーヴェンス医師は左手から魔力が抜けていると言っていたのですから、左手に集中してみて下さいと申し上げましたが」
テューラさんのこの指摘も何度目か。
ルーヴェンス医師の【目】は確かなんだろうし、間違ってないんだろうと思う。
けど、僕にはいくらがんばっても見ても華奢な細い手しか見えないわけで。
「これを初めてからまだ数日ですから焦らずとも、と言いたいところですが。ダット様。魔力は目で見えるものではありません。感覚で掴むものです。精神で感じ取って下さい」
この台詞も何度目かな。
わかってはいるんだけど、ちょっと焦る。
「テューラ。あまり責めてはいけない」
「いえ、責めているつもりは」
「では追い立てるような真似はしない方がいいと言おうか?」
王女様が見かねたのか口を出すと、テューラさんがその指摘に目を瞬かせた。
王女様の口元に苦笑が浮ぶ。
「テューラ。君は魔力をすぐに感じ取れた方だろう」
「え、ええ。そうですが」
「やはりそうか。では魔力の感覚を掴めない者の気持ちはわからないだろうな。わたしもダットと同じく最初はその感覚をなかなか掴めずに苦労したんだ。後ろで構えて待っていられると余計にわからなくなる。少し離れて待っていてはどうかな」
テューラさんが目を見張った。
「……では、少しの間、お側を離れることにいたします。菓子を用意して参りますので」
「うん。その間はわたしが見ていよう」
テューラさんと王女様の間で視線が交される。
「ダット様に触れたりはなさらないように願います」
「ふふ。信用がないな」
「前科がおありでしょう」
そんな会話を残してテューラさんが出て行けば、王女様と二人きり。
テューラさんの重圧がなくなったのはいいけど、この間と今日、さっきのことがあるから別の意味で重圧がかかる。
「そんなに警戒しなくとも、容易に触れたりはしない。わたしもいくらか反省したからね」
綺麗な顔に綺麗な笑みが浮かんだ。
信じられるかと聞かれれば微妙だが、相手が王女様である以上、あまり疑うのも憚られた。
とりあえず、一定の距離だけは保つことにして再び左手を睨む。
船のイカリにも似た印。
ここから漏れだしているという魔力。
その感覚をまず掴まなければ。
気合いを入れて手を掲げる。
まずはここから、だ。