閑話 「令嬢、王女様に苦言を申す」
三話連続投稿しています。ご注意を。
うっわ、なにコレ。この雰囲気。
めっちゃ怖っ。
他の人間全部置いてけぼり展開を目の前にして、あたしはちょっと引いていた。
いや、ちょっとじゃないな。
だいぶ、マジで。
今までこんなに引いたことがあっただろうか。
いや、ない。
大体さ、王女様登場から色々ありすぎなんだよな。
王女様そのものもそうだけど、えっと、あの緑のちっこい魔物。【小さき賢者】だっけ。
あれ相手になんか喋ったりとか、あたしには聞こえないけどあれの声が聞こえるとか、ダットもそれが聞こえるとか、気絶したりとか、王女様がやけに嬉しそうにダットに迫ったりとか、その……口に、っと。ち、ちゅー……したりとか。
そのあともまたダットが気絶したり、なんか王女様が子爵家の女中と火花散らしたり、今も進行形でにらみ合ってたり……とか。
なんかもう色々と一度にありすぎてよくわかんないわ。って感じだ。
敬語とか全部吹っ飛んだ。
お嬢様の仕草なんかも全部忘れてぼりぼりと頭を掻く。
まあとりあえず、そっちはあたしの踏み込んでいい領域じゃなさそうだから放っておくとして。
あたしの足下にくっついてる坊主が不安そうにしてるのからどうにかするか。
よしよし、と下町にいた時みたいに頭を撫でてやると、綺麗なドレスにしがみついていたその子供が見上げてくる。
どう見たってこの辺の子供とは違う顔つきをしているが、子供は子供。やることは決まっている。
にやり、とあたしが笑うと子供も笑った。
あー、なんだろな。これ。
すれてないっていうのか?
下町の弟分たちとは違う、こまっしゃくれたところのないマジ普通の笑顔に胸が高鳴る。
うん。初めて挨拶したときから思っていたが、母性本能とやらをくすぐるなかなかにかわいい笑みだ。
ヤバイ。かわいがりたい。
頭を撫でる手が止まらん。
状況を忘れてなで回す。
髪、やわらかい。
あ、このふっくらしたほっぺたとか柔らかそうだよな。
ふにふにしたい。
肌も綺麗だよなぁ。
最近肌荒れ、っつうか、ニキビ出てきたから羨ましいぜ。
「……あの、マリッサ様」
うっわぁ、マジでほっぺたふにふに。
肌やわらけぇ。
気持ちいいな。これ。
「マリッサ様!」
「はっ」
目の前の影に顔を上げる。
一瞬でそれまで考えていたことが吹き飛んだ。
子爵家に仕える、さっきまで王女様とにらみ合ってた女中が困ったような顔で立っていた。
目がなんか半目だ。
「……クルス様も大概だと思いましたが、マリッサ様もですね。ユート様も子供とはいえ異性ですよ。それを気安く、それも女性側からそうもベタベタ触れるなど」
「年齢的に弟みたいなもんだし、別にいいじゃん」
「よくありません!」
今度は目が吊り上がった。
さっきとは別の意味で怖いな。
「けどほら、髪柔らかいし、ほっぺたふにふにで気持ちいいし、こういうのに触るのって正義なんだろ」
「……正義? 誰ですか。そんな出鱈目を教えた人間は」
「近所に住んでたレイリ姉ちゃん」
速攻答えたら、その女中は眉間にしわを寄せて頭を抱えた。
「ぶっ」
逆に王女様は苦笑いだ。
口押さえてるけど、吹き出したのが聞こえたぞ。オイ。
「ははは。すまない。いや。マリッサ嬢はおもしろいね」
……それ、褒め言葉か?
「おもしろい……?」
「普段そうした会話を聞かないからね。新鮮で楽しいよ」
「ああ、そうか。王女様、だもんな」
下町とは縁のない世界に住んでいたのだ。
お上品なのは当然か。
さっきのは怖かったけどな。
「……ああいうのが貴族社会って普通なのか?」
「え」
何が、という顔をされた。
まあ、いきなり話題を変えれば当然か。
「ほら、さっきのやつ。そこで二人にらみ合ってたろ。そこに寝てるダットを見る目とか、完全に獲物を狩る猟師みたいになってたし」
必ず君を手に入れる、とか聞こえた瞬間鳥肌立ったわ。
その前に本人に意志確認しろよ。
下町でも付き合いたいならそれが前提だっての。
「……そんな目になっていたかな?」
あれ、王女様自覚無し?
「いやでも、似たようなものか。わたしのものにしたいわけだしね」
違った。確信犯だった。
てか、にこやかに言うことじゃないだろ。
「それ、ちょっと待った方がいいんじゃね?」
いくら王族だからって、人の心無視していいわけがない。
下町は人情が大事。
あたしはそれで育ってきたんだ。
「あのさ。恋愛とかって結局人間と人間の心の問題なんだよな。側に置きたいからって無理矢理縄つけて、そいつに嫌われるとか考えないわけ?」
王女様の気持ちが実際恋愛に繋がるものなのかどうか、あたしにはよくわからない。 けど、そうにしろ、そうでないにしろ、肝心なのはお互いの気持ちだ。
それなのに。
「お互いが唯一の理解者なのに、か?」
王女様、おもいっきり首捻ってるよ。
これはわかってない。
「彼はきっと、わたしと同じ才を持つことで悩むことになるだろう。家族は理解してくれるかもしれない。だが、本当の意味で悩みをわかることができるのはわたしだけだ。違うか?」
「いや、そこの所を違うとは言わないけどさぁ」
王女様。それはあなたの考えでしょうが。
「ダットがどう考えてるか、ちゃんと聞いてないだろ。王女様のはただ、自分の考えを押しつけてるだけだよ。王女様だって、嫌いな奴と結婚しろなんて言われたら嫌だって思うだろ」
「……王族に生まれた以上、政略結婚は当たり前だろう」
なにそのきょとんとした顔。
でも、これはあたしが悪かった。
普通の、一般人の考え方を貴族に持ってくることがおかしいんだよな。
この場合。
よく考えれば王族とか普通に押しつけられた政略結婚当たり前じゃん。
父さんに言われてたの全部吹っ飛んでたわ。
けどここで終わらせるわけにはいかない。
「なあ、王女様」
どうしたらうまく伝わるかわからないんだけど、とりあえずもう少しやっておこう。
でないと、ダットがヤバイ気がする。
「王女様はダットに側にいて欲しいんだよな」
「ああ。そうだよ」
「じゃあ、それをダットにお願いしてみれば?」
「それは頼む、ということか」
「そう。普通の、貴族じゃないやつらはそうやって欲しいものを手に入れるんだ。かわりに相手の欲しいものを差し出してさ」
「……まるで金銭のやりとりのようだね」
そう。それだ。
「そんな感じ。そうすれば、自分も欲しいものを手に入れられるし、相手も満足する」
「うん。確かにそうだね」
「だけど、欲しくないものを押しつけられたらとしたら王女様はどうする?」
「怒るだろうな」
「だろ。相手が満足してても自分は嫌な思いをするだけ」
つまり。
「王女様がダットにしようとしてるのはそういうことなんだよ」
これでわからなきゃ、あたしじゃもうお手上げだ。
「……彼が、欲しくないものを私が押しつけようとしているかもしれない?」
難しい顔で呟く王女様にあたしはうんうんと頭を振る。
そうそう、それだよ、それ。
「貴族の考え方と普通に暮らしてるやつの考え方ってまったく別物なんだよ。ダットは貴族じゃないだろ。だから王女様の物の考え方じゃ、ダットは納得しないと思うな。下手したら嫌われるぞ。話もしたくないとかになったら理解者どころじゃなくなるんじゃね?」
「そ、それは困る!」
王女様の顔色が変わったな。
ようやくわかってきた、ってとこか。
「語り合いたいと思うことがたくさんあるんだ。やっと会えたのに話が出来ないなんてそんなこと――」
慌てふためいているその姿を見ながら、あたしは「どうにかなったな」と心の中でため息をついた。
たぶんこれでダットが自分の意思がないまま王女様に縛られる、なんてことはないはずだ。
「じゃ、王女様。ダットに側にいて欲しいなら、ちゃんとそれを本人に伝えな。あくまでも庶民流に、な。それで返事が駄目でも何度か押してみるとかしたらダットもいいって言うかもだしな。王女様、それなりに美人だしそのうち落ちるんじゃね?」
「そ、それで、うまくいく、のか?」
どこか不安そうにこっちを見てくる王女様。
うわぁ。なんだこの不安げな上目遣い。
なんかか弱い小動物って感じになってて坊主に限らずかわいいものが……って、あたしより王女様のが一個年上なんだけど。
やっぱレイリ姉ちゃんの言うとおり、かわいいものは正義、なのか。
「ダイジョブだろ。それなら」
レイリ姉ちゃんもこんな感じで目当ての男落としてたし。
ダットも、こういうところを見せてやれば落ちるだろ。
「そ、そうか。じゃあ、庶民流というものをあとで教えてもらってもいいかい?」
「おう。じゃ、決まりだな」
そうしてすっかり二人して馴染んでしまったわけだが。
あれ?
よく考えるとこれって結局ダットを手に入れるための策略っぽくなってないか。
…………うん。深く考えるのはやめとこ。
閑話終了。
ここまで読んで頂きまして、ありがとうございます。
次より本編。