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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第三幕 王都の冬
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 閑話 「奇怪王女」



「一体何のおつもりですか!」

 わたし自身、よく知る女中の叱責が耳を打った。

 さほど大きな声ではないはずだが耳が痛いのは、自身がしたことに少々自責の念があるせいか。

 鋭い眼差しが突き刺さるのもそれを手助けしているのかもしれない。

 それにしても。

 わたしは一応王族なのだがな。

「いや、そう怒らなくてもいいだろう。別に悪気があったわけではないのだし」

「ダット様を二度も気絶させておいて、言うことがそれですか」

 わたしが口づけ(、、、)た後、体が崩れ落ちる寸前に抱き留めるという女中技を披露したテューラが真っ向から睨んでくる。

 仕えるべき主が違うのが原因か、はたまた彼女の本来の気性のせいか。

 これが他の者であれば、こうはいかない。

 わたしがそれに耐えられず視線を泳がすと、彼女は寝台にダットを寝かし直した。

 手早く無駄のない動きで毛布をかけるその立ち振る舞いも完璧だ。王城に勤める者でもここまできっちりしている者はそういない。

 元は士官学校に通っていたという経歴もある。

 護衛としても優秀であることは馬鹿な魔物(リチル)が部屋に飛び込んだ時の対応が示していた。

 姉上が欲しがるはずだ。

 まあ、その誘いはことごとく断られているようだが。

「あなた様は本当に、何をお考えなのですか?」

 寝台を整え終わった彼女が再びわたしを睨んだ。

 やはり肝が据わっている。

 わたしが一瞬答えに詰まるくらいには、痛い視線。

 思わず苦笑いが浮ぶ。

「彼に会えて嬉しかった。だからそうしただけだよ」

 正直な気持ちを述べたつもりだが、テューラの視線は厳しいまま。

 自分のしたことの結果とはいえ、信用されないのは心外だ。

 もう五年……いや、六年になるか。

 いささか迷惑な魔物(リチル)と出会ってから今までの様々に苦を見てきたのだ。 

 最初は信じてもらえず。

 やがて奇妙なものを見たようになり。

 少なくなかった友人は皆離れていった。

 時に、精神を病んでいるのだとも噂された。

 気付けば一人。

 同じようにリチルの声を聞くことができる者がいればよかったが、捜せども捜せども同類と呼べる者はいなかった。

 まあ、代わりに変わり者の友人を得はしたが、その思いを共有できるわけでもなく。

「テューラ。君にはわからないだろうけど、ダットはわたしが待ち望んでいた存在だ。ずっと捜してきて、見つけることができなかった仲間なんだよ」

 意識のない黒い髪の少年を見下ろして、わたしは胸の奥から湧き上がる愛しさを自覚する。

 口づけしたことで二度も気を失わせてしまった。

 そのことは反省しないでもなかったが、今のわたしにこの気持ちを抑えろと言われても無理だ。

「できることなら、側に置きたい」

 幸い、この少年の容貌は貴族の末席にいてもおかしくないほどに整っている。

 性格も、態度も、その年頃にしてはよくできていた。

 条件さえ整えれば貴族の養子にしてもやっていけるに違いない。

 そんな算段が脳裏を過ぎる。

「本気ですか?」

 テューラの瞳が鋭くなった。

「無理だと思うかい?」

 わたしとて、末席ではあっても王族だ。

 多少の無理は押し通せる。

 不敵に笑うと、目の前の女中は嘆息した。

「……ダット様とそのご家族がこのお屋敷にいらっしゃるのは雪が溶けるまで。その後はラグドリア帝国へ旅立たれるご予定ですが」

「知っているよ。病を治す方法を捜して帝国へ行くのだろう」

 カーライルで【グラン・ヴ・ディール】が出たという報告書にはわたしも目を通した。

 直接的な被害者、目撃者についてもある程度のことは知っている。

 実のところ、今日わたしがファロイ子爵家へ来るつもりになったのも、滅多とない【半死人】という事例に興味を持ったからだ。

「確かに【半死人】の研究は帝国の方が進んでいるとは聞いている。あちらの方が報告事例は多いからね」

 その辺りは帝国の広さがジードリクス王国の十倍以上という部分もあるのだが。

「だからと言って、本当にこの国での治療は無理だろうか。専門家をこちらに呼び寄せる手もある。むしろ、その方がこの少年のためにはいい」

 通常、【半死人】の生きられる期間は短くて数日、長くても一、二年。

 大抵はその間、寝台から動けない。

 ダットはその例からいささかもれているようだが、それでも帝国までの道のりの間に死なないと誰が言えようか。

 そして帝国へ辿り着いたとしても治療が成功するとも限らない。

 治療が成功したとしてジードリクスに戻ってくる保証はない。

 それならば最初からこの国にいてもらった方が、わたしとしては好ましいのだ。

 だからこそ、ダットが【半死人】であることが悔やまれる。

 同時に、この瞬間があるのはそれがあったからだという皮肉が疎ましい。

「それにさきほども言ったが、彼はわたしが待ち望んでいた存在なんだ。少しでも長く手元に置きたいと願うのは当然のことだろう」

 少しでも長く、そしてできるのなら一生涯。

「手放さずに、失わずに済むのであれば、わたしはそのための手段を講じるのを躊躇わない」

 ダットが望むなら、この身を捧げることも厭わない覚悟もある。

「勝手、ですね」

 聞こえるか聞こえないか、すれすれの声。

 テューラの眼差しはどこか遠かった。

 だがそれもため息が抜ける間だけ。 

 次の言葉を発したときには通常の音量に戻っていた。

「わかりました。お好きになさってくださいませ」

 やや怒りが混ざっている(まなこ)で、彼女は真っ直ぐにわたしを見た。

 これは不満、いや不快の感情だろうか。

 言葉も視線も刺々しい。

「いずれにせよ、私に決定権はございません。ダット様の身柄は現在ファロイ子爵家がお預かりしていますから、最終的にはダット様やご両親の了承、そしてファロイ子爵家の方々をご納得させることが必要となるでしょう。そのことはよろしいですか?」

「面倒ではあるが、わかってはいるよ」

「女王陛下にも……」

「ああ、納得させる。筋は通そう」

 自分の立場からして、今回の件はかなり無茶なことだとは承知している。

 だが、今手を打たなければ、欲しいものは手に入らない。

「必ず、君を手に入れる」

 静かに寝息を立てる少年を見下ろして、わたしは強く決意した。



次も閑話「メイドの独白」

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