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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第三幕 王都の冬
50/61

せっかくなので遊んでみた



 急な場所変更もなんのその。

 お茶もお菓子も十分に用意されてあって、マリッサ嬢主導の他愛のないおしゃべりと一緒に舌鼓を打っていた。

 主にはマリッサ嬢の下町時代の話で、僕も色々聞かれた。

 でもまあ引っ込み思案な僕の昔の話なんておもしろくもなんともない。

 それよりマリッサ嬢の話の方がよほど面白かった。

 下町の少年たちのドジっぷりだとか、面倒を見ていた年少の子供たちのことだとか。

 やっぱりというかなんというか、彼女の面倒見の良さがよくわかる話が出てくる出てくる。

 いかにもなリーダー気質に、フルーリ伯爵家もいい跡取りが出来たんじゃないか、と思ってしまった。

 言葉がまだ不自由な悠斗君への配慮も忘れない。

 最初は何もなくてもいい、って彼女も言ってたけど、悠斗君の言語能力がある程度把握できたところで遊び道具を求めてきた。

 一緒に楽しめるように、ってことだよね。

 ホントは僕が気がつかないといけなかったのに、うっかりだ。

 そこでテューラさんに何か遊び道具を、頼んでみたところ。

「うわぁ、なにこれ」

 凄いのが出てきた。

 って言ってもその遊び自体は道具さえそろえればどこででも出来るものだ。

 菱形に九つの棒が付いた土台と、大量の輪っか。

 悠斗君が純粋に興味津々に見つめているそれは、いわゆる日本でも見たことある輪投げの道具だ。

 この国では酒場でも楽しめるポピュラーな遊びだから、貴族にも普及してたっておかしくはないんだけど。

 ……なんだけど、ね。

「すっげ、なんだこの細工」

 僕と同じように目を丸くしたマリッサ嬢が棒の先端を見て驚きの声を上げた。

 それも当然。

 堂々と突き出ている場所に刻まれていたのは今にも動き出しそうな表情の生き物の頭部。を模したもの。

 しかも一本一本の棒にそれぞれに違う生き物を象っている上に、土台もそれに負けない装飾がされているという職人技が光る一品である。

 しかも、それにふさわしい高級感溢れる光沢が……

 その辺りの壁に掛ければインテリアとしても通用するに違いない。

「……なぁ、下町じゃ、そこらの地面に木の棒立てたりして適当にやってたんだけど」

「僕のとこもそんな感じでしたよ。あるところにはあるんですね。こういうの」

 メイドさんたちから手渡された輪っかだって一目見て業物だとわかる。

 木の皮を何枚も捻ってまとめたもので、綺麗になめされてて手触りもなめらか。ささくれだったところなんてない上に、それをまとめた留め紐にも細やかな花の刺繍がしてある。

 いやぁ、遊び道具さえ芸術作品にしちゃう貴族ってすごいわー。

 心の声もすでに棒読み状態だ。

 ただ、こんなものを持ってこられて困るのが一般庶民の価値観というもの。

 だって、キラキラ、ピカピカしてて、手入れされてるってすごいわかるんだよ。

「本当にこれ、使っていいんですか? 傷……とかつけるとマズイんじゃ」

 輪投げって特性上、どんなに気をつけても傷が入っちゃうと思うんだよね。

 弁償とか出来ません。

 というかされたら怖い。どれくらいお金かかってるか知らないけど、確実に父さんの月収超えてるよこれ。

 無理、払えません。

 内心戦々恐々としてたわけだけど。

「ご心配には及びません。大奥様には許可をいただいておりますので、ご遠慮なくお使いください」

 返答をくれたのはテューラさん。

 流石貴族、太っ腹。

「よし、やろうぜ」

 マリッサ嬢、サバサバしてるなぁ。

 腕まくりする勢いで肩を回しているところを見ると、やる気満々なのがすごくわかる。

 いやでもまあヴィリア様の許可もあるし、考えないのが一番かも知れない。

 よし、考え方を切り替えよう。

 見習うべきはマリッサ嬢だ。と思っていたら、そのマリッサ嬢は生き生きした表情で壁に立てかけた土台から離れていく。

 部屋そのものは流石貴族の邸宅、って感じで広いからそこそこの距離が取れる。

 マリッサ嬢が立ち止まったのは土台から十歩ほど離れた場所だった。

 だけどこれは。 

「少し遠くないですか」

 僕はついそう口にしていた。

 普通なら大したことはない、と思える距離かもしれない。

 でも渡された輪っかの輪郭は十歳の子供の手より少し小さめ。

 穴は、となるとさらに小さい。

 おまけに壁に立てかけた水平の棒も細工がしてある分だけ太いから、かなり難しいそうに見えた。

 しかし、僕の心配をよそに彼女は自信満々に笑った。

「へーきへーき。まぁ、見てろ」

 目標の棒に狙いを定め、元から鋭い目をさらに細める。

 彼女が輪っかを投げるまで、そうかからなかった。

 少しだけ腰を落として放たれた輪っかは勢いよく放物線を描いて飛んだ。

 そして。

 危なげなく棒の一つに入った。しかもど真ん中。

 くるくる回ったり、落ちそうになったりもしない。

 収まるべくしてその場所に収まった、という感じに声が漏れた。

「すご……」

 驚きに目を見開くと同時に、悠斗君のすごい、という日本語の歓声があがる。

 どうだ、という顔で振り向くマリッサ嬢。

「下町じゃ、あたしに敵う奴なんていなかったからな。これくらいは当然だろ」

 なるほど。これは相当にやり込んでると見た。

 マリッサ嬢はさらに二度輪っかを投げ、一つは外したものの、もう一つは棒に入れてみせた。

 その外れた方も一度は棒の中に入りかけたくらいだから、狙いは正確。投げる瞬間もかなり堂に入っている。

 酒場で大人と勝負しててもおかしくないくらいの腕前だ。

 ていうか、してそう。

 そんなことを考えていると、僕もやる、と悠斗君が手を挙げた。

「お、やるか?」

 言葉は通じなくても、その辺りは表情でちゃんと伝わるらしい。

 やる気でいっぱいの少年の様子にマリッサ嬢は面倒見の良さそうないい笑顔を浮かべた。

「よし、じゃあ、こっちだ」

 彼女が手招きで誘導したのは今の半分の距離。

 悠斗君の身長とか経験を考えてのことだろうけど、それでも難しそうに見える。

「よく狙えよ」

 マリッサ嬢の言葉を受けて悠斗君は慎重に狙いを定めた。

 えい、という気合いの声と共に輪っかが宙を舞う。

 しかし、力を入れすぎたのか輪っかは大きく右に逸れ、壁にぶつかって落下。

「ああっ」

 声を上げて残念がる悠斗君に、マリッサ嬢が「次、次」と笑った。

 距離は変えず、そのままの位置で再び指導を開始する。

「いいか、腕で投げるなよ。手首だ。ここで投げろ」

 言葉はわからないながら、悠斗君は真剣にそれを聞いている。

 そして二度、三度、と失敗した後の四度目。

 やや大きすぎる放物線ではあったが、ようやく真ん中に一つ輪っかが入った。

 やった、という悠斗君の日本語とマリッサ嬢の「よくやった!」という喜びの声が混ざる。

 あー、そうそう。僕が初めて輪投げをしたときもこんな感じだったっけ。

 まだ前世の記憶が戻る前のことだけど、輪っかが棒に入った瞬間、エリクやライナにすごく褒められた。

 マリッサ嬢が悠斗君の頭をぐしゃぐしゃに撫でている光景も、過去の自分とエリクたちと妙に重なる。

 それもあって彼らの状態はとても微笑ましいものだったのだが。

「おーい。そこのおぼっちゃま。何そこで笑ってんの」

 普通にしてても鋭いマリッサ嬢の視線がさらに鋭くなって僕に向かっていた。

 ちょっと怖い。

「いえ、ちょっと」

 思わず愛想笑いを浮かべたところ、何が悪かったのか、半眼で睨まれた。

 どうやらお気に召さなかったようである。

「なーんか余裕そうな顔してるな」

 え、そんな顔だった?

「そんなつもりは……」

「ふーん」

 視線が痛い。

「ま、いいや。次、お前の番な」 

「え」

 何を思いついたのかマリッサ嬢はにやりと笑った。

 手に残っていた輪っかを投げて寄越す。

 自分に敵う人間はいない、と言うだけあって、こういうときも狙いは正確だ。

 真正面からピンポイントで僕の胸の辺りに飛び込んでくる。

 テューラさんに渡された輪っかも持っているというのに、嫌がらせか。

「わわっ」

 なんとか落とさずに受け止めはしたものの、手で何度か弾いてしまった。

 落ち着いて輪っかを纏めて持つと、マリッサ嬢は明らかに何かをたくらんでいるとわかる笑みを浮かべる。

 あ、嫌な予感が。

「よし、投げろ。ただし、さっきあたしが投げた位置からな」

 ……やっぱりか。

 確実に出来ないと思ってやってるな、この()

 まあ記憶が戻る前は苦手分野だったから、実際に出来る可能性低い。

 でも、それを余裕の表情で見ているマリッサ嬢のにやついた顔がちょっとむかつく。

 ご機嫌を損ねた仕返しみたいなものなんだろうけど。

「女のあたしがその距離からやったんだし、男のお前が出来ないとか言わないよな」

 年齢差とか体格差とかは無視ですか。

「いいですよ。やります」

 入れる自信はなくても、まぐれでもなんでも入ればいいんだし。

 マリッサ嬢と悠斗君が、さっきの位置に戻ってくる。

 僕もそこに立って、ってこれ思ったよりこれ遠いわ。

 投げる行為自体には問題ない。だけど空気の抵抗や投げるときの力の強さなどを見誤ると絶対に入らないだろう。

「えっと、マリッサ様。練習したり、とか」

「あたしは練習とかしてないから、ダメ」

 一応聞いてみたら、あっさり切られた。

 輪投げに対する経験値にものすごく隔たりがある、って言ってもきっと無駄だろうなぁ。

 逆に教えてやるよ。って勝ち誇られそうだ。

 腰に手を当て、余裕でこちらを見ているところからして簡単に想像できる。

 これは駄目だ。詰んだな。

 そう思うとため息が出た。

 でも、やれるだけのことはしなければマリッサ嬢も怒るだろうし、ちょっとがんばってみようか。

 そう思って膝を曲げ、腰を落として前方の棒を睨む。

 要は、フリスビーを投げるのと同じ要領だ。たぶんそれでいける。

 やったことないけど。

 がんばって、ダットおにいちゃん、という日本語の声援が胸に暖かい。

 その嬉しさを力に変えて僕は腕を持ち上げ。


 ――やっぱり妙な気配がするんだみょ。


「うわぁっ!?」

 突然耳に入ってきた声に驚いて輪っかを放り投げてしまった。

 なに、今の妙な声!?

 すっぽ抜けるように飛び出した輪っかが天井にぶつかってから絨毯を敷いた床に落ち

「ああっ! どこ投げてんだよっ」マリッサ嬢の驚いた声がしていたが、僕としてはそれどころじゃない。

 慌てて左右を見回してみるが、周囲にはマリッサ嬢と悠斗君。そしてメイドさんが二人いるだけ。

 困惑する僕を見て首を傾げてる風だから、空耳かな。

 いやでも、耳元で言われたみたいに頭の奥にまではっきり響いてくる声だったし。

 ちなみに一番近くにいたのはマリッサ嬢。

 彼女がワザと言ったとか……?

「おい、ダット。お前、真面目にやってんのか。急に大声出すとか、からかってるんじゃないだろうな」

「え、いや、そんなつもりはないです」

 マリッサ嬢の表情が険しくなっているところからして違うな。

 めっちゃ睨んでるし、真剣勝負したそうな感じだったからわざと失敗させるなんてことはしないは……


 ――ぬ。嘘ではないんだみょっ。我が輩を疑うとは、お主も耄碌(もうろく)したものだみょっ。


 ず。ってまたか。

 再び聞こえてきた声は男か女かもよくわからない、やたらと珍妙な響きを持っていた。

 そして耳元で言われたみたいに頭の奥まで響いてくる。

 にもかかわず、側にはその当人の姿は見あたらない。

 なにこのわけわかんない声。

 ちなみにマリッサ嬢の口は、この時動いていなかったから違うし、聞こえてきたのはこの世界の言語だったから悠斗君も当然違う。

 メイドさんたちに関しては、今までの態度を急に崩すとは考えにくいし、あり得ないと断言していいだろう。

 しかも、だ。


 ――我が輩を誰だと思っているみょ。尊き知の泉。【リル・カーラ(小さき賢者)】だみょっ。


「ったく、真面目にやれよな。ほら、もう一回投げろ」

 輪っかを差し出すマリッサ嬢の声と奇妙な声が重なって聞こえたのだが、その重なった当人はそれを全く気にしていない様子。

 悠斗君にも、メイドさんたちにも反応はない。

 これはもしかしなくても聞こえているのは僕だけというオチ?

 念のために聞いてみたいものの、だとしたらすっごく困ったことになりそうで怖いなぁ。

 いくら魔法が存在する世界でも、みんなに聞こえてない声が聞こえるって言って信用される世界でもないんだよね。

 ていうか誰に向けて喋ってるんだろう。

 どう考えても僕に向けてじゃないみたいだし、それなら聞こえなくてもいいだろうに。


 ――し、失礼だみょっ。散々我が輩の知識を利用しておいてそれはないみょっ。


「…………はぁ」 

 盛大なため息が出た。

「なんだよ。どうしたんだ?」

 輪っかを差し出しているのに手に取らない僕に不信感を抱いたらしいマリッサ嬢が首を傾げる。

「ああ、いえ」


 ――ここ、ここだみょっ。


 興奮した声が耳朶を打つ。

 姿がないのに声が聞こえる、というこの状態を一体なんと説明すればいいやら。

 頭を抱えたくなった。

「なんか妙だな」

 ええまあ、そりゃ妙でしょうとも。

 聞きたくもない声が聞こえてますから。

「もしかして調子、悪いのか?」

 マリッサ嬢がこちらを覗き込んでくる。

「ダット様?」

 そこで異変に気づいたテューラさんもやってきて。

「気分が優れないのですか?」

「いえ、そうじゃないんですけど――」


 ――うるさいんだみょ。いいからここを開けるみょっ。


 僕がどう答えようかと迷うのと、奇妙な声と、そして。

 コンコンコン。

 部屋の扉が叩かれたのは同時だった。



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