ご都合主義な夢空間 僕とぼく
とんでもなく疲れた一日だった。
転んで頭を打って目が覚めたら異世界なんて漫画や小説の世界だけで十分なのに、誰が実際に起こるなんて思うだろう。
しかもあの美女と野獣を地で行く両親の子どもの体を乗っ取ったとか洒落にならない。
美女の方は記憶を絶対に戻すと意気込んでいたが、戻る可能性が本当にあるんだろうか。
もしあるのなら、探すべきだと思った。
だから、信じてもらえないかもしれないし、信じても追い出されるかもしれないが、そのためにはあの両親にちゃんと説明しないといけない。
「それはたぶん、だいじょうぶだと思う、よ?」
そうかな。
あの二人は随分と息子を心配している様子だった。
特に母親は溺愛していると言ってもいいくらいに過保護な感じがした。
だから、もし息子を失ったと知ったらどうなるか。
下手をすればそのショックで自殺を図ったりしないか心配だ。
「……うーん。そこはたぶん、ぼくたち次第?」
…………?
僕たち次第?
そうは言われても解決策でもあるの?
「ある、と言えばあるけど」
じゃあ、それ教えて。
って、ん?
今の誰。
「こんにちは」
「はっ!?」
見下ろしたそこに彼はいた。
艶のある父親譲りの黒髪に母親譲りの碧の目と顔立ち。
違うのは母親よりもややおっとりした雰囲気なところで、よくみれば十歳にしてはずいぶんと華奢だ。
それらが相まって見ていると庇護欲を掻き立てられるのだが。
それにしても一体どうして彼が。
「どうしてきみが、ここにいる!?」
「いてあたりまえだからだよ」
ダットという少年は少し困り顔で笑った。
僕はなにがどうしてこうなっているのか他の誰かに助けを求めたくなったが。
「誠也おにいちゃん、だれもいないよ」
「いないってどうして!」
「だってここ、ぼくたちの意識のなかだもの」
「え?」
どゆこと。
少年の言葉についていけない。
「夢、みたいなものだと思ったらいいと思う。ぼくもちょっとびっくりしてるけど、誠也おにいちゃん、ちゃんとおとなの姿だから」
「へ?」
大人の姿って……
あれ!?
手が見慣れた大人サイズになっている。
そういえば声もさっきまでと違う聞き慣れた声だった。
もしかして、誠也に戻ってる!?
「うん。もどってるよ」
「でも、どうして……」
「ぼくもわからない。でもおにいちゃんよりわかることもあるよ」
そんな小さいのに?
「…………」
顔に出ていたのか少年が涙目になった。
あ、気にしてたんだ。
「ごめん」
「だいじょうぶ。いつものことだから」
「いや、でも」
「それより誠也おにいちゃん、ここ、考えたことがぜんぶつつぬけだから、気をつけてね」
「え」
うそ。
マジですか?
「うん。マジです」
ということは最初のも全部。
「きこえてたよ」
「……なんて空間なんだ、ここ」
うっかり下ネタも考えられないな。
「考える場面でもないと思うよ。いまは」
「あー、うん。確かに。ごめん」
ダット少年の半眼が怖い。
話を逸らそう。あと、聞くこともあるし。
「で、だ。それでどうして君がここにいるのか聞いてもいい?」
少年があきれたようにため息をつくが、そこはもう突っ込まないことにしたらしい。
「さっきも言ったけど、いてあたりまえだからだよ。しんじられないかもしれないけど、ぼくも誠也おにいちゃんも、もともとはひとつだもの」
んんん?
なにを言ってるんだ、この子。
「しんじても、そうでなくても、これが本当のこと」
少年はそう言って遠くを見る。
といっても周囲は真っ白でなにも見えない。
「むかしから、ぼくは自分のことをどうしてこの世界にいるんだろうって思ってた。この世界にない景色がみえてたって言ったらわかるかな」
「それって」
「日本の風景、だよ」
なんとなく、状況が見えてきた気がする。
「すごく懐かしくて、あの場所に行きたい、かえりたい、って思ってた。だからぼくはこの世界にいていいのかな、って」
それでお父さんやお母さんにすごく心配かけちゃったんだけど。
そうやって自嘲するダット少年に、僕はあの母親がどうしてあんなにも動転していたのか理解した。
たぶん、彼女は息子になにか感じるところがあったに違いない。
過剰なまでのスキンシップは息子が遠くに行ってしまうのを防ぎたかったからなんじゃないだろうか。
「うん。たぶんそうだと思う。でも、やっとわかったから。あの風景は誠也おにいちゃんが見ていたもので、それがぼくの前世、なんだって」
「……じゃあ」
僕はダットという少年の体を乗っ取ったわけじゃなく、単に頭を打ったせいでダットの十年分の記憶が抜けて、前世の【橋本誠也】の記憶が表に出てしまった。
とそういうことか。
「うん。そう。安心した?」
「まあ、一応安心した」
おかげで罪悪感の度合いがだいぶ減った。
「でも。お母さんをあんなに心配させるなんて思わなくて」
「だなぁ。僕も悪いことしたな、とは思ってるよ。けど」
こうして本当にそうだと自覚すると、違う方向で落ち込みそうだ。
同じ世界とかならともかく別の世界とか地味に精神的ダメージが痛い。
「……かえりたい?」
「そりゃまあ。そういう願望はあるよ。だから実際にダットも記憶はなくても日本の風景を探してたんだろ」
「あ、そっか。そうだね。ぼくも誠也おにいちゃんももとはひとつだから」
「無意識にでも、そうなってて当たり前だろってこと」
そのあたりも含め、安心させるためにもやっぱりこれをあの人たちに説明しないといけない、よな。
「うん。ぼくもそう思う」
「うまくいくか?」
「どう、かな。お母さんはすぐ受け入れてくれそうな気もするけど、お父さんはむずかしいかも。下手したら魔物じゃないかって言われそう」
「ああ。結婚前は傭兵してて、あっちこっちで魔物退治請け負ってたんだっけ」
「いろいろと人に取り憑く魔物のことも知ってるから」
その関係で魔物に間違えられたら大変なことになるな、確実に。
「最悪公開処刑されるかも」
「嫌なこと言うな!」
でも………あれ。
僕、なんで父さんの結婚前のこと知ってるんだ?
「ああ、記憶が混ざりはじめたんだと思うよ。たぶん」
…………そっか。
じゃあ、僕の役目もここで終わりか。
「そうとも限らないけど、でも、橋本誠也としての記憶はちゃんと残るから大丈夫」
ダットの様子ももう最初の幼さを感じなくなってきた。
年相応の話し方から大人の話し方に変わりつつある。
これが弊害にならなきゃいいんだけど。
「うん。そうならないように気をつける」
あと女顔なんだからそこも気をつけること。
「……それは余計」
コンプレックス発見かな。
ははは。そんなに怒った顔しても可愛いだけ、ってちょっ、今足踏んだな。
しかも二回。
ほんの冗談なのに、さらに踏もうとするな。
ああ、悪かったって。
でもホントに気をつけること。狙われそうな顔してるのは確かなんだから。
人生の先輩からの忠告はちゃんと聞いて欲しいな。
ってそう年齢変わらないか。
じゃあダット。
そろそろ時間みたいだから。
おやすみ。
がんばって――――
そして僕は目を覚ました。
2013.6/2 改稿
2016.6/16 改稿