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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第三幕 王都の冬
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伯爵令嬢とその事情



「あー、なんか勘違いさせちまったみてーで(わり)ぃな。謝るよ」

 貴族の令嬢にしては斬新な言葉遣いで、彼女は頭を掻いた。

 まあ、いわゆる下町言葉ってやつなわけなんだけど、僕はそれに対して「はぁ」と気の抜けた返事しか出来ずにいる。

 だってさ。目つき鋭いけどさ。それなり顔立ち整ってる女の子がだよ? しかも綺麗なドレス来てる子がだよ? そんな下町の言葉使うとか普通ないよね。貴族なのに。

 それも【伯爵令嬢】なのに。

 なんか色々一度に驚きと疑問とが押し寄せてきて頭の中は混乱中だ。

「まあ、マリッサ。彼が困っていますよ。それから言葉遣いは気をつけるようにと言ったはずです」

「あ、やべ。えっと。申し訳ありませんでした。だっけ」

「その前後は不要ですよ」

「はーい」

「はい、は短く」

「はいっ」

 フルーリ伯爵夫人は苦笑しっぱなし、たしなめられたマリッサ嬢はバツが悪そうに顔を赤くして下を向いた。

「あらあら」

 とヴィリア様が楽しげに笑う。

「仲が良いようで安心しましたわ。それに、マリッサ嬢も以前お会いしたときよりもずっと淑女らしくなっていましてよ。まだまだ未熟のようではありますけれど」

「あー、と。お褒めにあずかり光栄です?」

「ふふ。疑問符は付けなくてよろしくてよ」

 なんだか和気藹々としていらっしゃる様子を見れば、それなりに付き合いがあるのだろうということが見えてくる。

 つまり、ヴィリア様はマリッサ嬢がこういうしゃべり方をすると知っていたのだ。

 で、あえて僕には教えなかった、と。

 ……性格悪いなー、ホントに。

「お互いに礼儀作法は初心者同士。最初の相手としてはよろしいのではないかと思っただけでしてよ」

 僕が胡乱な目をしていたのに気づいたのか、ヴィリア様がそう口にする。

 にまにま笑いながらだから余計にたちが悪いわ!

「ではユート。いらっしゃい」

 僕の内心の叫びは彼女に届かず――というか届いてたら怖い――最後の一人の紹介となった。

 呼ばれた悠斗君はきょとんと首を傾げた。近くのルリカさんを見て、それから僕を見たので手招きすると素直に近くに寄ってきた。

「この子は諸事情で当家が預かってる子でしてよ。共通語を覚えさせている最中ですの。さ、ユート。ご挨拶を」

 ヴィリア様がやさしく促したが、悠斗君は聞き取れなかったらしく再び僕を見た。

 ここは少しフォローしておかないと駄目だろう。

 日本語で『あいさつ』と口を動かしてやると、「あっ」と小さく声が挙がった。

「ユウト、です。よ……ろしく、おねがいいたし、ます」

 おぉ、つっかえ気味だけど言えてる。

 ルリカさんも満足そうだ。

 ヴィリア様もまんざらでもなさそうに、優しく微笑むと頷いた。

 その後にフルーリ伯爵夫人とマリッサ嬢がさっきと同じように挨拶をして「あとは年の近い者同士にお任せ致しましょう」ということになった。

 母さんが必死に助けを求めて視線を送ってきたけど、無理ですから。

 ヴィリア様には逆らえません。

 首を横に振ったら絶望的な表情をされた。

 ……お茶会終わったら、しっかり慰めよう。でないと、後が怖そうだ。

 ははは。

 そんなわけで、大人と子供に分かれたものの、さてどうしよう。

 お茶会だからって、のんびりお茶飲んでしゃべって終わり、じゃないんだよな。貴族って。

 情報を集めたりとか、広めたりとか、腹のさぐり合いみたいなのもあるっていうし。

 ヴィリア様そういうの得意そうだし、でもあんまり側にいたくない。

 だって笑顔で牽制し合ってる女子って怖いんだって。

 男が絡んだりすると特に。

 お互いにさりげなく自分の方がかわいいとか、自分の方が彼にふさわしいとか主張してお互いのけなし合いをする様は前世での友人、神谷の周囲ではよく見られた光景だ。

 まあ、あくまで今はお茶会でそれとはまた違うだろうけど、ヴィリア様の性格を考えたら非常に恐ろしい。

 出来れば別のところに行きたいけど、さてどうしよう。

「うーん」

「なぁ」

 悩んでいたら、声をかけられた。

 マリッサ嬢だ。

「なんかここ居づらいから、外行かねぇか?」 

 しかも下町言葉全開。言葉遣いに気をつけるように言われたばっかりなのに。

「え、外に、ですか?」

「てか、この部屋以外ならどこでもいいぜ。なぁ、お前の部屋とかあるんだろ」

 あぁ、女の子なのに男の子としゃべってる気分。

 でもここに居づらいっていう気持ちは非常によくわかる。

「一応、一部屋いただいていますが、あまりおすすめしませんよ?」

「……なんで?」

 いやだって、淑女が一人で男の部屋に来るのってまずいし。なにより……

「僕は最近慣れましたけど、ちょっと匂いが」

 そう、ルーヴェンス医師の薬湯はよく効くが、匂いがひどく部屋にまで染みつくのだ。

 おかげで僕がいる部屋に好んで訪れようとする者は両親とテューラさんを除けばほぼいない。

「匂い……って、あたし前は下町に住んでたから多少臭くても平気だぞ。だから決まりな」

「え、ちょ」

 マリッサ嬢は平然とそんなことを言って、すぐさま行動に移った。

 止める間もない。

「おかあさま。わたくし、彼らと少しお屋敷を見たいと思うんで許可をくれ! じゃなくて、いただけますか?」

 おっと、言葉遣い微妙だぞー。という突っ込みはともかく、彼女はフルーリ伯爵夫人に頼み込む。

 フルーリ伯爵夫人は一度僕の方を見て、それからヴィリア様を問いかけるようを見て苦笑した。

「ヴィリア様」

「ふふ。よろしくてよ。けれど、淑女が一人で紳士とともに行くことに許可は出せませんわ。テューラ。ルリカ。あなたたちがついていらっしゃい」

「「かしこまりました」」

 名前を呼ばれた二人が揃ってヴィリア様の命令を受け取ると、マリッサ嬢は「ありがとなっ」と喜んだ。

 あーもう。だから言葉遣い気をつけないと。

「マリッサ、淑女らしく、です」

 ほら、フルーリ伯爵夫人から注意された。

「あ、そうだった。ありがとうございます!」

 あー、いい笑顔。

 屈託なく笑うその姿がなんとなくライナを思い出させて、少し切なくなった。

 カーライルを出てまだひと月くらいしか経ってないのにもう懐かしい。

「ほら、行くぞ!」

 ため息をついていたら、マリッサ嬢に腕を取られた。

「え、ちょ」

「ほら、案内しろよ。そっちのチビも行くぞ!」

 あぁ、強引なとこもちょっと似てるなぁ。

「お待ちなさい、マリッサ。言葉遣いにはくれぐれも」

「わかってるって」

 おいおい。返事が内容に伴ってないぞ。

 彼女はフルーリ伯爵夫人の忠告をお小言と思ったのか、肩をすくめた。

「じゃ、いってまいりまーす」

 挨拶もそこそこに、僕を引きずるようにしてお茶会の会場を抜け出した。

 その落ち着きのなさはちょっとエリクっぽい。

 二人を足して割った感じだ、という感想を心の中で漏らす。

 でもまあ、こういう子なら気を張って相手にしなくてもいいからそこまで疲れることもない。

 たぶんこういう部分も含めてヴィリア様は相手をこの()に選んだんだろうな。

 人を見るのうまい方だし。

「さ、どっちだ?」

 お茶会の会場の外の廊下は部屋の内部と違って寒い。

 少し体を震わせる僕に、マリッサ嬢はそれに気も止めず平然と廊下の左右を見ている。

 どちらかでも行けないこともないんだけど、近いのは右側から。

「あ、あちらです」

 と指で示せば、マリッサ嬢は楽しげに歩き始めた。

 ていうか、腕を放して欲しい。

 僕の方が小さいし、身長差あるんだから大股歩きされたら僕が転ける。

 しかも僕がマリッサ嬢に引きずられているので、悠斗君はほぼほったらかしだ。

 さりげなく後ろを見たらルリカさんが先導しているのが見える。

 ん? テューラさんがいな……

「マリッサ様、お待ちください」

「うわっ!?」

 唐突に真横に気配を感じて思わず声を上げてしまった。

 その拍子に歩みが止まる。

「ん?」

 特に驚いた様子のないマリッサ嬢が見上げると、そこにテューラさんがいた。

 い、いつのまに。

「失礼ですが」

 テューラさんはいつも通りのぶれない笑みを浮かべる。

「紳士の腕を持ち、歩くのは淑女らしくないかと存じます。歩みももう少し遅くした方がよろしいかと。また、ダット様はマリッサ様よりも歩幅が狭く、体もあまり強いとは言えません。そのまま歩かれればすぐに息が上がってしまうでしょう。寝台から起きあがれない、となるとわたくしたちが主人から叱られてしまいます」

「え、あ、そ、そっか」

 淡々と事実のみを言っていくテューラさんは笑ってるのに怖い。

 それがまた完璧だから怖い。

 マリッサ嬢もなんだか気圧されたようで「わ、(わり)ぃな」と僕の腕から手を離した。

「それならもうちょっと早く言えよ。そしたらあたしだってもっとゆっくり歩いたってのに」

 言う暇なく、連れ出されたんですけどね。

「でもお前、体弱いんなら歩いてへーきなのか?」

「いや、歩いて倒れる、とかありません。運動は出来ないですけど、普通に生活するぶんには大丈夫ですよ」

 この体、元々運動とか得意じゃなかったけど鍛える前にアレになっちゃったからなぁ。

「ふうん。そっか。悪かったな。引きずって」

「いえ。お気になさらずに」

 素直に謝るところを見ると、悪い()ではないのだろう。

 口が悪いだけで。

「屋敷でも行儀が悪いってよく怒られんだ。まあ、しょーがねーけど。あたしさ。下町育ちなんだよ。伯爵家に引き取られたのは半年前」

 やや寂しそうに告げた彼女は「へへへ」とそれを誤魔化すように笑う。

 その内容に、彼女の現状がどういうものなのか大体の予想が付いた。

「よくある話ってやつ? 父親はあの【おかあさま】の旦那でさ。母親はその妾。えっと、庶子って言うんだよな。で、うちの母親が半年前に死んで、さらに【おかあさま】との間に子供がいないんで跡取りとして引き取られたって感じ?」

 確かに、妾を囲う貴族も中にはいるらしいと聞くからそういうこともあるだろうが、最後の部分はやはり女王が起こした国らしいくだりだった。

 女性が当主である貴族はこの国では珍しいことではないのだから。

「あ、別に恨んでるとかはないからな。そこら辺の理由は母さんから聞いてたし、そりゃいろいろあったけど【おとうさま】も【おかあさま】も優しいし。礼儀作法は面倒だけどな」

 教師に小言言われて逃げ出してこっそりお屋敷から飛び出してみたり、下町仲間と遊んでいるところを見つかって連れ戻されたり。

 いろいろなエピソードが飛び出してきたが、彼女はあっけらかんと笑っていた。

「ま、前向きですね」

「あはは。母さんの教育? っていうやつがよかったからだろ。【おとうさま】のお墨付きだぜ」

 じゃ、行くか。とマリッサ嬢は今度はゆっくり歩き出した。



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