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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第三幕 王都の冬
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紳士教育開始!



 できれば避けたかった紳士教育という名の拷問がとうとう始まってしまった。

 体調のことを考慮してなら許可するというルーヴェンス医師のお墨付きで。

 ……あぁ、逃げたい。でも逃げられない。

 そんなジレンマを抱えた僕に対して元、子爵夫人はまるで十代のぴちぴちした少女のように楽しげで、メイドさんも容赦なく僕の世話を焼いてくれるし、貴族の礼儀作法をさりげなく教えてくれたりしている。

 ヴィリア様のレッスン? でも重複したりするけど、それはそれ。

 僕は体調のことがあるし、悠斗くんは言葉が不自由だし、なかなか思うようにいかないところはあったけれど、おおむねヴィリア様の意向に添えている……っぽい。

 そして。

「社交性を示すには笑顔が一番です。腹に一物持っていようとも、まず笑顔。いわば、戦場に行く前に纏う鎧のようなものですわね。そして女性への第一印象は大事でしてよ。挨拶する際には必ず相手を見て微笑む。これですわ。女性に恥をかかせないことも重要事項ですから忘れないでくださいまし。そのために、相手の言動から何を望んでいるのか悟る力も必要ですわ。女性というのは男性に褒められることで美しく成長するものですから、出会った相手には必ず、ひとこと褒め言葉をお入れなさい。世辞であろうとなんだろうとこれが出来ない相手は、気の利かない男だと笑われますのよ」

 女性への接し方、という説明の下りに入るとヴィリア様の声には熱が入る。

 それもそのはず。

 なぜなら。

「ダット。照れている場合ではなくってよ。明日の茶会で、集まる方々はあなた方家族の今後にとっても大事なお客様なのです。よい印象を与えられなければ、大変なことになりましてよ」

「……始めてから三日でなんとかなると思う方が間違ってるから」

「実践こそ身に付く一番の練習でしてよ」

 独り言よろしく呟いた僕に、ヴィリア様は淑女然と微笑む。

 そう。

 この方はよりにもよって、僕や悠斗君を慣れない貴族社会に放り込もうとしていたのである。

 それもたった三日で!

 ちなみにそれを聞いたのはこのレッスンを始めて三日目の朝。

 つまり今朝。

 不意打ちもいいところだった。

 さらに困ったのは母さんもそれに出席するよう言われていたこと。

 どうやら先日ドレスを着せられていたのも、そのお茶会とやらに出席させるための予行演習だったらしい。

 不安だから一緒に出て欲しいってお願いされれば、断るわけにはいかないじゃん。

 ていうか、僕ら一家って一般庶民のはずなのに、一体何を考えてるんだ。この人。

 無礼を承知で半眼になった僕の表情をどう取ったのか。

「あら、紳士がそんな顔をするものじゃありませんわよ。ほら、ユートをご覧なさい。あなたより小さな子が頑張っているというのに、年長であるあなたが出来ないなんてことはありませんわよね」」

 ヴィリア様の視線の先にはルリカさん相手に教えられた言葉を練習する悠斗君の姿がある。

 笑顔だけど、僕を見下ろすその目と言葉は「反論は許しません」と言っているも同然だ。

 いや、悠斗くんは単にまだ言葉が不自由で、自分が何をやってるのかまだよくわかってないだけだから。

 突っ込みたいけど、突っ込んだら最後、たぶん説教めいた説明が増える。

 精神的にもそれは辛いので、やめておいた。

 それ以上の苦痛が目前に迫っていたし。

「は、初めまして、お……おうつくしい方」

「どもっては意味がありませんわ」

「お嬢様も奥様のようにお綺麗な方なのでしょうね」

「視線は相手に向けなければ意味がなくってよ」

「アタナヨリキレイナハナハミタコトガアリマセン」

「……棒読みはおやめなさい」

 言わずもがな、女性への褒め言葉スキルアップ講座だよ。

 恥ずかしくてたまらないよ。こんちきしょう。

 前世での二十年?

 高校時代、ほんのりおつき合いもどきした程度の経験値しかないっつの。

 しかも友達→なんとなく告白で彼女(?)→お互いなんか違うってことで友達に戻る。

 っていう微妙な関係だったんだよ。

 女性経験豊富な神谷のやつならまだしも、その程度の付き合いしかしたことない人間にそんな高度スキル求めるのや・め・て・く・れ。

 あぁ、前世の記憶をこれほど恨めしく思う日が来るとは誰が思おうか。

 幼い十歳程度の知識しかなかった頃に戻りたいと思ったのはこれが初めてだった。 

「他の礼儀作法はほぼ完璧にこなせるというのに、ここで躓くとは予想外でしてよ」

 前世の記憶がネックになっているとは知らないヴィリア様は「困りましたわ」と深いため息を吐く。

「あなたはキーラに似て、とても綺麗な顔立ちをしていますのよ。頭も悪くありませんし、将来は有望な若者になるだろう、と期待していますのに。肝心なところでそれでは紳士にはなれませんわ」

「いや別に、これが出来なくても困らないと思いますけど」

 普通に町で暮らす分には、女の人を褒める言葉なんて早々使わないしね。

 そんな手当たり次第に口説いてます、みたいなナンパな行為が僕に出来るわけがない。

 そんなの好きになった子だけで充分……って。

「…………」

 あれ?

 ヴィリア様の視線がなんか痛い。

「……なんてこと」

 しかも呆れたようにため息吐かれたっ。

 更にヴィリア様の眉間にしわが寄る。

「本当に自覚がありませんのね。カーライル、どれだけ平和だったんですの?」

 なんかぶつぶつ言ってるけど、なに?

「仕方ありませんわ」

 ヴィリア様が一番近くにいたメイドさんに声をかける。

「リリアの昔のドレスをいくつか用意してちょうだい。それから、仮装用の(かつら)があったはず。それもここへ持ってきて。テューラ。貴女も手伝いなさい」

「「はい、かしこまりました」」

 てきぱきと飛ばされる指示に、メイドさんたちはすぐさま反応して部屋を出て行く。

 なに、今の指示。

 ドレス?

「本当に、鈍いですわね」

 理解が追いつかない僕に、ヴィリア様は何度目ともしれないため息をつく。

「子供と言えども、もう十歳。そろそろ自覚しなければこの先危険ですわ」

「は?」

「計画を少し変更することとします。荒療治だけれど、手遅れになるよりはいいと思ってもらわなくては」

 どこか使命感に燃える初老の婦人が僕の両肩を掴む。

 その目は鋭く僕を捕らえ、有無を言わせない迫力があった。

 なんだかわからないけど、これは逆らえない。というか逆らわない方がいい気がする。

 言われるがまま椅子に座らされ、メイドさんたちが戻ってくるのを待つ。

 その間、ヴィリア様はルリカさんと悠斗君のレッスンに付き合い、放置された僕は精神的に疲れたせいで緩やかな眠りに誘われた。

 それを後悔したのは目覚めた後のことである。



1/29 追記修正 2/1 サブタイトル変更

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