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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第三幕 王都の冬
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嫉妬に疑惑



 父さんは翌日から、シェリナ叔母さんは翌々日から仕事に行くようになった。

 本当に用意周到、というかヴィリア様は怖い人だ。

 父さんはとんでもない、と最初は断る方向で話をしていたのにあっという間に逃げ道を塞いで父さんに「うん」と言わせてしまったそうで。

 その辺りのあれこれは聞いていないのでわからないが、全部終わったあとの父さんの顔は物凄く疲れていた。

 燃え尽きた、というのはきっとああなることを言うんだろう。

 ちょっと可哀相だった。

 一体何をどうしたら、ああも憔悴出来るのやら。

 まあでも引き受けた以上は手を抜かないと言っていたし、実際に始めてみるとリリア様の筋も悪くないらしい。

 非番だったり、休憩中の警備員なんかも途中交えて、カーライルの自警団時代並みに激しい訓練になっているようだ。

 家族団らんの時間に存分に体を動かせることを、父さんが楽しげに語っていたわけだけれど、逆に機嫌が急降下している母さんがいたりした。

 特に、リリア様を褒めるような言葉が出てくると頬が引きつる。

 気になって尋ねてみるのだが「なんでもないわ」と綺麗な顔で笑ってみせる。

 でも、目が笑ってなかった。

 これはあれだ。何度か見たことがあるのでピンときた。

 父さんの浮気疑惑。

 基本父さんはその顔のせいで、親しく話しかけることの出来る異性は少ない。話しても相手が微妙に距離を取ってすぐに終わってしまう。

 それはここでも同じで、少し気の弱いメイドさんなどは父さんを避けがちで、平然としているように見えるメイドさんでも避けはしないが、躊躇いが見られた。

 が、しかしである。

 リリア様にはそれがなく、最初から父さんを正面からしっかり見ていたように思う。

 しかも、十五歳でこれから結婚適齢期に入る女性だ。

 聞いただけでも父さんに憧憬を抱いているだろう事はわかったし、そんな彼女が父さんから剣の教えを請う状態にあるわけだから、母さんが心配するのも無理はない。

 ま、要するに。

「母さんがリリア様にヤキモチを焼いてるってことなんだよねぇ」

 母さんもその辺りはわかってはいるのだろう。だからこそ、不機嫌になりつつも何も言わないのだ。

 ただ、この状態が長らく続くのは僕としてはありがたくない。

 だってねぇ。母さんの不機嫌のはけ口って結局僕にくるんだもん。

「ダットは好きな女の子以外に近づいちゃだめよ?」

 とか。

「わたし、女としてもう終わってるのかしら」

 とか。

「夜の営みがご無沙汰なのよね」

 とか。

 最後のは聞いた瞬間うっかり噴いたし。

 そりゃ、僕は中身は子どもらしい子どもとは言えないけど、あくまでも十歳な実子に言うことじゃなくないか?

 ていうか、相談する相手間違ってるから絶対。

 実はこの時悠斗くんが側にいたもんだから、余計な汗かいたし。

 ホント言葉わかんなくて良かった。

 まぁ、それはともかくとして。

 母さんの嫉妬やら乙女心……っていうのかな。

 そういうので両親が不仲になるのは僕も困るわけで、父さんとリリア様の様子をちょっと見に来たわけです。

 遠くでも聞こえるくらい金属同士のぶつかり合う音がする。

 てっきり模擬戦とかそういうのをしているのかと思えば。

「あと十周だ!」

「はいっ!」

 僕の目の前を、動きやすそうなズボンとブーツを履いたリリア様が駆け抜けていった。

 ……へ?

 じゃあ、あの音は誰だろう。

 鍛錬の場所として用意されているのは屋敷の中庭に当たる部分だ。

 よくテレビなんかで見た西洋風の手入れをされた花壇類の中央に剣を振るうのにも問題ない程度の空間が設けられている。

 もちろん、そんな場所に天井と呼ばれるものなどない。

 当然寒いし、雪が積もっているものだと思っていたのだが、寒さはともかく中庭という空間に雪らしきものはなかった。

 それには【魔道具】が関わっているらしいのだが、現状そこはどうでもよくて。

 中庭の中央部。

 そこで 剣と剣を交し合っていたのはいつも通り熊みたいな体格と顔の父さんと……なんだかとてもキラキラした顔つきの金髪お兄さんでした。

 って、ええ!? だれ?

「傭兵ごとき、と侮っていたがなかなかの腕だな」

「……それは、褒められているのか?」

 お屋敷内では見たことのない、いかにも貴族様っぽい物言いをする人だ。

 父さんの眉間にしわが寄ったけど、でも口調は少し楽しそうに見える。

「お相手は、フラン・ローレス様のようですね」

「え?」

 僕の疑問に答えるかのごとく頭上から降りてきた声は、(僕にとって不本意ながら)見事お世話係として就任したテューラというメイドさんだった。

 ついてこなくても平気だって言ったんだけど、一人にして倒れられたら困るからって一緒に来ることになったのだ。

 でもって。

「代々優れた軍人を排出しているローレス家、現伯爵閣下の次男であられるお方です。御年十七歳にして、一隊を任されるほど優秀な軍人でいらっしゃいます」

 テューラさんのあとを継いで言葉を発したのは悠斗くん付きになった優しそうなルリカという名のメイドさん。

 当然ながらその側には悠斗くんがいて、中庭の父さんと金髪お兄さんを目を丸くして見つめていた。

 日本にいたらこんなの普通見られないから、つい見入っちゃう気持ちはわかる。

 僕も、父さんがこうやって剣を振るってる姿ってあんまり見たことなかったし。

 一進一退の攻防、とでも言うのだろうか。

 お互いの一撃を確かめるようにして繰り出される剣技は、迫力もあるが順序が定められた演劇を見ているようでもあった。

「十七歳で、隊長かぁ」

 父さんが通常使っている剣は通常のものより大きく、重量もそこそこある。その一撃は岩をも砕く、とか言われていた。

 今は刃を潰した練習用の剣を使用しているようであるが、それでも父さんの太く逞しい腕に込められた力は相当なもののはずだ。

 その一撃を体格で不利な金髪お兄さん、フラン様はきちんと見極め、最小限の動きでかわし、受け止め、いなしている。

 素人目でもそれがわかるくらいだから、彼の技量も相当なものなのだろう。

 どちらも楽しげに見えるので、声をかけて邪魔をするのは忍ばれた。

 しばらくはこのまま見ていよう、と様子を窺っていると不意に。

「欲しいな」

 フラン様が呟き、手を止めた。どれぐらい打ち合っていたのか、少し弾んだ息を整えると構えを解く。

 一方の父さんはさほどでもないのか、息を吐いて剣を降ろしたのみだった。

 フラン様は、彼も長身だが自分よりも背の高い父さんを見上げてにやりと笑う。

「どうだ。私の直属の部下にならないか? 当てのない流れ者の傭兵になどしておくには惜しい腕だ」

 それは正に、勧誘だった。

 父さんはその申し出が予想外だったらしく、目を丸くしている。

「……軍に入れと?」

「ああ、給金は保障しよう。その腕であれば副官に据えても文句は言われんだろうしな。家族を養うにも困らんぞ。どうだ?」 

 フラン様の言うそれが好待遇であることは、僕が聞いていてもなんとなくわかった。

 それなりに地位のある人みたいだし、その副官というなら悪くない話なのだろう。が、父さんはあっさり首を横に振った。

「ありがたい申し出ではあるが、お断りする」

「ほう。何故だ?」

 フラン様は即座に切り返してきた。

 そして父さんの視線が僕がいる方向へ向いた。

「家族のためだ」

 それは温かく、柔らかな家族へ向けるものだったけど、悠斗くんが過剰に反応して僕にしがみついてくる。

 やっぱりまだ父さんのあの顔には慣れないらしい。

 そんな悠斗くんの頭を軽く撫でて宥めると、父さんは苦笑していた。

 ていうか、見てたの気付かれてたんだ。

 フラン様もこっちを興味深く見てるし、これは挨拶しないと駄目……だよね。

 子爵家の人たちに挨拶したときもそうだったけど、相手が貴族だからか緊張する。

 悠斗くんに、こっちの言葉で「行こう」と促して中庭に出た。

 冬でも葉を付ける植物が植わった花壇の合間を抜けるようにして、中央にたどり着く。

「は、はじめまして」

 相手が長身なので首が痛いが仕方ない。自分の倍はあるんじゃないかと錯覚できそうな相手を見上げて声を出した。

「ダット・クリークスです。こちらは悠斗と言います」

 僕の後ろに隠れるように立っている悠斗くんを一緒に紹介すると。

「……似ていないな」

 ぼそっと呟かれた。

「本当に、親子か?」

 フラン様、思いっきり疑っていらっしゃる?

 そりゃ、こんなごつい父親から僕みたいなひょろっとした子どもが? って思われても仕方ないけど事実だし。

「よく言われるのですが、僕は母親似なので」

 父さんから受け継いだのは、髪の色くらいか。

 まあ、今後成長するに従ってどうなるかはわからないわけだけど。

「でも間違いなく、僕と父さんは血の繋がった親子です」

「にして頼りなさそうな顔色だな」

 それは今の僕の病状が、顔に出てるってことなんだろう。

「ある意味、病気持ちですからね。これが僕の普通なので、お気になさらなくて結構です。こちらで、僕には過分すぎるほどの治療をして頂いていますから」

「フ……その年にしては、随分と口が達者なのだな。なるほど。ヴィリア様が好みそうな性格をしている」

 フラン様の表情が、疑問から愉快と言わんばかりの笑みに変わった。

 あれ、これってなんだか。

「気に入った」

 ああ、やっぱりですか。

「親子揃って、面白い。なるほど、ヴィリア様の目は確からしい。あの方は無意味なことはしない主義。呼びつけられた理由も納得がいったというもの」

 ん? 呼びつけられた?

「あの、それはどういうことでしょうか」

 僕の疑問に。

「婚約者に、悪い虫がついたという知らせをヴィリア様より受けたのだ」

 フラン様はニヒルな笑みを浮かべた。

 てか、婚約者?

 言葉にしなくても、僕の表情だけでそれを汲み取ったらしいフラン様は中庭を走る少女、リリア様の姿を目で追った。

 あ、なるほど。

「リリア様、ですか」

「そうだ。リリアは魅力的な女性だ。明るく、そして可憐だ。軍に入ろうという気概もあるすばらしい女性だ。それを狙う者は少なくない。私とのこともまだ婚約という段階だ。結婚の前に取り入れば、まだ望みはあるからな」

「それで、ヴィリア様の話を聞いてここにきたわけですね」

「彼女に剣の手ほどきをしているのだと聞いて不埒者であれば、切り捨てるつもりだったのだが」

 父さんの人柄やらなんやらを見たその結果、勧誘ということになったわけか。

「しかし、家族のためと言うならば、余計に軍に入った方がいいと思うのだが……」

 ああ、この方は知らないのか。

「目的地は、ラグドリアですから」

「なに、帝国だと?」

「ええ。僕の病の治療法が帝国にならあるかもしれないので。本当は出立していてもよかったのですが」

 僕の不調やら、積雪やら、魔物の発生やらで春になってからということに。

 そんな説明をしたら、なるほど、と頷かれた。

「それは難儀なことだ。冬をここで過ごすということは、金もかかるだろう。それで剣の指導というわけか。それが宿代代わりなのだな」

「まあ、そんなところでしょうか」

 ようやく納得がいったという顔のフラン様は、そこからまた何か考えはじめた。

「……少し、打診するか」

 後日。父さんの仕事がそれで一つ増えようとは、このときの僕らには予想も出来なかった。



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