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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第三幕 王都の冬
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お着替えの時間です



 悠斗くんについての扱いについて、父さんと元子爵、そしてジラルド様たちが話し合った結果、クリークス家の預かりということになっていた。

 全部、納得いくように話さなければいけなかったので【霧の伝承】についても最初から説明したそうだ。

 流石に僕のことは子ども同士だから意思疎通が出来たとか適当にぼかしたみたいだけど。

 警備の人とかについては、適当にでっち上げた偽の情報――外国で人買いに攫われて、たまたま逃げ込んだ先がこの屋敷だった――を渡して無理矢理納得させたそうだ。

 中には納得いかないという顔の人間もいたけど、幸いこのお屋敷の警備員の中に外国に行ったことがある人がいて、そういう組織が実際に存在すると同情的に証言してくれたので、助かった。

 対外的には、そんな言葉も通じない少年を犯罪者として突き出すのは忍びないということで、外国にいるだろう少年の両親の手がかりを子爵家で捜すことにした。ということになっている。

 僕達クリークス家がいずれ帝国に向かう時には、帝国の方が情報が集まるだろうからという理由でもなんでもつけて一緒に連れて行ってしまえばいい。

 そんなわけで、悠斗くんもクリークス家と一緒に行動を共にしているわけだけど。

「ジラルドやルークのお古だけれど、二人ともよく似合っていてよ」

 元子爵夫人、ヴィリア様が目を輝かせて僕と悠斗くんを見ていた。

 あの話し合い。男性陣が部屋の外へ追い出された直後のことである。

 ヴィリア様が言った【教育】という言葉は冗談でもなんでもなかったらしく、いわゆるメイド服を着た女の人たちを呼んだかと思うと、僕と悠斗くんを示して「この二人を例のものに着替えてさせて頂戴」と言ったのだ。

 途端、僕と悠斗くんは「かしこまりました」と言うメイドさんたちにがっちり脇を挟まれて別室に連れて行かれ……なんというか。


 服、脱がされた。


 恥ずかしいとかどうとか言う時間も、悲鳴を上げる暇もなかったんだよねー。

「はい、ここに立ってください」

 って言われて立った瞬間に、服を捕まれて気がついたら上半身素っ裸。

 普通の前ボタン式のシャツにベストっていう、そこそこ着るのも脱ぐのも時間かかる服のはずなのにそれをほぼ一瞬で剥ぎ取るってどういうこと!?

 と唖然とした所に。

「次は下ですね」

 ってズボンに手を掛けられて、流石にこれは僕も手早く反応せざるを得ない。

「ちょっと待ったー!」

 メイドさんの手を振り払おうとしてみたが、僕が非力なのかメイドさんの力が強いのか、ズボンから彼女の手は離れなかった。

 思わず、僕がメイドさんの顔を見ると二十代前半っぽい彼女は「大奥様の命ですから」とにっこり笑ってくださいました。

 いや、そうだろうけど。

「……き、着替えなら自分で出来るよ?」

 着替えるものらしき、服もそこに置かれてるし。

 視線をやった先には、ハンガーに掛かった上等なものっぽい服。

 一人でだって問題なく着られるものに見える。

 が、しかし。

「それも、わたくしたちのお仕事の一部なのです」

 平然と言われて、僕は同じ世界なのに、別世界に来てしまったような感覚を覚えた。

 この世界って貴族の間ではそれが当たり前な世界なわけね。

「大奥様からは、旦那様の子息様が生まれる前の予行練習と思いなさいと申しつかりました。故に、そうさせて頂いているのです」

 なるほど。それでこういう扱いになるわけか。

「でも、だからって僕は貴族じゃないし……」

「このお屋敷にいらっしゃる以上、相応のお客人として対応させていただいているだけです」

「それでも、こんなのは慣れないっていうか」

「慣れて頂くよう、大奥様からわたくしが申しつかりました」

「なんで?」

「さぁ。その辺りのことは、わたくしたち下々の者にはわかりかねます。ですが、大奥様はこうも言っていらっしゃいました」

 メイドさんは鉄壁とも思える笑顔でこう言った。

「元がいい子ども達なのだから、教育しないのはもったいない。だそうです」

 え。ちょっと、それが理由……?

 再び僕が唖然とした時だった。

 メイドさんの手が、動いた。

 僕が握りしめていたズボンの縁はあっさりと手の中から抜け。

「ぎゃあああっ!」


 ………………言うも恥ずかしい状態に。


 悪いけど、見かけ十歳でもさ。中身は一応二十歳分の記憶があるわけ。

 病院で、病気かどうか看てもらうとかそんなことすらなかった場所を、だ。

 いくら職業柄手慣れたメイドさんでも、こうもあっさり他人に暴かれるのは……どんな羞恥プレイなんだか。

 正直、泣いた。

 その間に流石プロなメイドさんは内心は知らないけど、顔色は一切変えることなくあっという間に下着から何から全部着替えされてくれた。

 いわゆる貴族の坊ちゃんスタイルに。

 メイドさんは物凄く満足そうにしてたけど、僕の自尊心はボロボロ。傷だらけ。

 昔の漫画だか、アニメだかにあったよね。

 もう、お婿に行けない。とかそういう描写。

 普通に面白がって笑ってた記憶があるけど、うん。その登場人物の気持ちが今わかった気がする。

 着心地が良すぎる気がする服を身に纏って鏡の前に立たされて。

「よくお似合いですよ」

 なんて褒められても嬉しくない。

 まあ、確かに金髪碧眼美女……な母さんに似た顔立ちなもんだからそれなりに見られる状態なんだろうけどさ。

 客観的に見れば、やや痩けた顔立ちの病弱な貴族の坊ちゃんに見えなくはない。

 けど、そんな自分の姿にやっぱり違和感を覚えてしまう。

 いつもの服の方が、より自分らしい、と。

 しかし、そうは言ってもこの格好はメイドさんが大奥様と呼ぶこの屋敷の偉い人が着せるように指示したものだ。

 脱ぐ……という選択肢はない。というか、取れない。

 そんなわけで。

「では、参りましょうか」

 ご機嫌なメイドさんに連れられて、今度は元居た部屋に戻されて冒頭のヴィリア様の言葉となるわけだ。

 あ、ちなみに悠斗くんは僕とは別室で着替えさせられた。

 彼の担当は、三十代半ばほどの優しそうなメイドさんだ。イメージはお母さん、かな。言葉は通じなくても問題なさそうな相手を選んだらしい。特に悠斗くんは嫌がるというわけでなく、普通にしていた。

 一応、大丈夫だったのかこっそり聞いてみたんだけど、普通に手伝って貰いながら着替えただけのようだ。

 ……何、この差。

「ダット、似合ってるわよ」

「ええ。見違えたわ」

 叔母さんと母さんが驚いたあとに褒めてくる。

 普通なら喜ぶべきなんだろうけど、さっきの事もあって「ありがとう」とは言いつつも顔が引きつる。

 ヴィリア様の方も満足そうにメイドさんたちを労っていた。

 そうして。

「やはり、わたくしの目に狂いはなかったようですわね。ルリカ、テューラ。今後も彼らの世話はあなた方に任せますわ」

 聞き捨てならないことを仰いました。

 て、ちょっと!?

「かしこまりました」

「精一杯、お世話させていただきます」

 深々と頭を下げるメイドさんたち。

 そして固まったのは叔母さんと母さんで。

「ちょ、どういうことですか!?」

 声を荒げたのは僕だった。

 今後もって……まさか毎日、この強引っぽいメイドさんと顔を合わせないといけないってこと?

 冗談じゃないんですけど。

 呆然とする僕に、ヴィリア様は意外そうな顔をした。

「あら、当然ではありませんの。長期でこの屋敷に滞在するのですよ。世話をする為の人間を付けるのは当然ですわ。特にあなたは病を抱えているのですし、こちらの子は言葉がわからない。ですから、一人ずつ相応しい者を付けるのです」

「で、でも僕達は……」

「平民であろうとなんだろうと客人は客人ですのよ」

 言葉を先取りしてヴィリア様は僕の言葉を封じた。

「働きたい、と願うのでしたら、こちらから場を提供致しますわ。相応の人脈はありますもの。勝手ではあるのだけれど、既に依頼も来ていましてよ?」

 ヴィリア様の視線はシェリナ叔母さんに向いていた。

「え……?」

「王立魔法研究所にわたくしの旧友が所属していて、ちょうど助手を欲しがっていましたの。期間限定でかまわないとのことでしたし、シェリナのことを話したら是非にと」

「えええ!?」

 いつの間にそんな話を通していたんだろうか。

「シェリナの専門は【魔法陣】でしたでしょう。ちょうど良いのではないかしら」

「あ、いえ。それはもちろんありがたいことですけれど」

「では、そのように手配しますわね。ガリオさんについても、心配なさらないで。リリアが興味を持ったようなの。しばらくは、リリア専属の家庭教師として働いてもらいますわ」

「か、家庭教師!?」

 イメージと合わない。ていうか、父さん家庭教師なんて出来るんだろうか。

 クリークス家の三人全員が呆然としていると、リリア様が口を開いた。

「あ、あの。実は私、剣を嗜んでいるのですが。軍に入るのが夢なのです。現女王陛下は、王位をお継ぎになられる前に軍で活躍なされていたといいます。最近では、女性だけで構成された部隊も出来たとか。ですが、そこへ入隊するためには厳しい審査があるそうで……」

「要は実力主義、ということですのよ。入隊試験は春に行われますの。ですから、入隊する為の実力を付けるための教師になって欲しい、とつまりはそういうことですわ」

 確かに、そういうことなら父さんは適任かもしれない。

 自警団の副団長として色々と指導したりしてたわけだし、実力も自警団の中でも一、二を争うと言われていた。

「ですから、あなた方が滞在するする間は何も問題ありませんわ。安心してわたくしたちの屋敷に滞在なさいな」

 ヴィリア様は、一分の隙もない笑顔を僕達に向けた。

 ここまでされれば、既に反論……というか逃げ出す隙間など有りはしない。

 見事な包囲網が出来上がっていた。

 ……おそるべし、元子爵夫人。である。



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