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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第三幕 王都の冬
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子爵一家はこんな人たち



 王都から見て北のファイベルという町が魔物の集団に襲われた。

 そんな知らせが入ってきたのは【霧】の騒動から二日後のことだった。

 聞けば、そこから東のイールという町もその前日に魔物の襲撃に遭ったらしい。

 ここ数年、ファイベルやイールでそんな大事件が起こることはなかったらしく、町も王都も大騒ぎのようだった。

 王命で討伐隊が組まれたり、北への移動が制限されたりと、ごくごく当然の対応が成されていたわけだけど。

 その影響は当然ラグドリア帝国へ向かおうとしている僕たちにも影響が出た。

 魔物の数は相当数に昇っており、その種類も様々で、一日二日では片が付くものではなかったからだ。

 通常ではあり得ない状態に、ジードリクス王国の高官達も戸惑いを隠せない様子らしい。

 と言っても政治やら治安やらに関しては一般庶民の考えることではない。

 そういうわけで僕たちは十日経っても王都から出られずにいた。

 本当は、本格的な冬が到来する前にジードリクス王国を出るはずだったのに。

 本年一度目の大雪が、現在進行形で降っていたりする。

 ちなみに、今の積雪は……僕の膝丈くらいか。

「……こりゃ、冬はここで過ごしたほうがよさそうだな」

 とは父さんの言。

 例年通りだとすると、多分これから子どもの腰ぐらいまで積もるだろうし、王都から北となるともっと上まで積もるんじゃないだろうか。

「……っくしっ」

 叔母さんも風邪ひいたみたいだし。

「ファイベル近辺の魔物も、まだ片づかないみたいだものね」

 雪で行動が制限されたまま魔物と対峙するのは大人でもちょっときつい。

 少し落ち着いてはきたものの、僕の体調からいっても厳しいだろうなぁ。

 ルーヴェンス医師も、回復しつつはあるけど出来ればしばらく移動は控えた方がいいって言ってたし。

 というわけで。

「ああ。もちろん歓迎するよ」

 お屋敷の主人である子爵さまは、あっさり長期の滞在を許してくれた。

「冬の間は当家を宿としてくれればいい」

 いい人、ではあるんだろうけど。シェリナ叔母さんを見る目がなんかすごいキラキラしてるんだよね。

 叔母さんへ好意を持ってるのが体全体から湧き出てる感じもあるし。

 そういえば叔母さんって確かそういう相手がいるらしいんだけど、まさかこの人?

「違うわよ」

 聞いたら即否定されました。

「そうだったら、よかったのだが」

 あ、子爵さまが微妙な顔になった。

 この反応。子爵さまの片思いっぽい。

 今後の話し合いも兼ねて、ということで子爵さま一家――次兄は仕事でいないけど――とクリークス一家全員でお茶会をしていたわけだけども、そんな場で聞くことでもなかったか。

「ごめんなさい」

 子どもらしく素直に謝ったら、子爵さまの顔がさらに微妙になった。

「そ、そこで謝られると余計にいたたまれないんだが……」

 あれ、しまった。

「ま、まあ。それも過ぎたことだ。いい思い出、ということにしてくれるとありがたい」

 ええ。そうですね。これ以上は子爵さまの心の傷を抉ってしまいそうですし。

 顔が引きつってる上に、微妙に目が潤んでる子爵さまの姿には哀れみを感じてしまう。

 この話題は今後封印したほうがよさそうだ。

 そんな風に僕が決心したにもかかわらず。それを台無しにしちゃった人が二名ほどいる。

「ぶっ……ははははははははははっ」

「ちょ、いやだ。あなたったら。いけまんわ。ジラルドに聞こえます。ふふふ」

 白いお髭の細い小父さんに、白髪交じりの金髪の貴婦人。

 先代の子爵さまの爆笑をその夫人が諫めるという風体だが、しかし。婦人の顔も笑みが浮んでいて、肩も面白そうに揺れていた。

「父上、母上。勘弁して下さい……」

「いや、すまん。ついな」

「あら。そう思うのなら、早くお相手を見つけてきなさいな」

 一応謝る元子爵。そして茶目っ気たっぷりに元子爵夫人が言うと、現子爵であるジラルド様の顔が情けなく歪んだ。

 ああ、また。

 そこで援護射撃が出来ればよかったのが、相手が貴族さまなだけに口を挟むのは憚られる。

 よって。

「まったく、この子ときたら。シェリナさんが忘れられないからとやってくる縁談を全て断っているんですのよ。困ったものですわ」

 子爵さまに対する精神攻撃続行である。

 ほほほ。と上品そうに笑ってるけど、顔が思いっきり面白がってますから。

「母上……」

 うん。子爵さまの背に暗い影が見えるような気がするのは気のせいだと思いたい。

「早くわたくしに孫を見せてちょうだいな」

 にこにこにこにこ笑ってるけど、なんか怖かった。

 こう、なんていうか逆らっちゃいけないオーラが出てる感じ。同時に楽しんでるっていうのも同時に伝わってくるから……なるほど。いじめっ子気質なんですね。夫人。

「ヴィリア。その辺にしておけ」

 流石に、言い過ぎだと思ったのか、元子爵が止めに入る。が、その顔には笑みが張り付いていてあまり説得力がない。

 ていうか、そもそも止めようとしてたとこに茶々入れちゃったのこの人だよね。

「ジラルドが再起不能になると困る」

 ……苦笑いしながら言ってるし。

「あら、これしきで駄目になる子に育てた覚えはありませんわよ。でも、そうですわね。これではお話が進みませんものね」

 夫人は悪びれることなくそう言うと、優美さがかいま見える動作で目の前に置かれたティーカップを手に取った。

 どうやら息子弄りは終了したらしい。

「それで、冬の間はどうされるか決めましたの?」

「ええ。手持ちの金額では、冬場を凌ぐには足りませんから。その間の宿を取るためにも、仕事を探そうかと思っているんです」

「あら、まあ」

 夫人の言葉に答えたのは、叔母さんだ。

「お金のことなら心配しなくてもいいのですよ。宿も取る必要はありませんわ。あなた方は当家の客人なのですから」

「そんな。とんでもありません。そのお気持ちは嬉しいのですけど」

 叔母さんは申し訳ないという顔をして夫人を見た。

「ただお屋敷にいるだけではやはり気が咎めます。わたしたちは、その。一応平民ですし、数日止めて頂くだけでも心苦しく感じていましたのに、流石に長期滞在は……」

 叔母さんの言うとおりだった。

 いくら屋敷に主人が許しているからと言ってもね。

 些末……って言ったら自分たちを蔑んでいるようで嫌だけど、明らかにお金のかかり方が平民と違うこのお屋敷は正直居心地が悪い。

 どうしたって身分不相応な場所にいるっていう気分になる。

 それに、このお屋敷に使用人たちにも心証が良くないだろう。

 しかし。

「あらあら。そう自分を卑下するものではなくってよ」

 夫人は強気だった。

「シェリナの実力は王宮に仕えるに足るものです。実際、あなた一度王宮に上がるという話を蹴っているのでしょう」

 その話は初耳だった。

 父さんや母さんもそれは初めてだったようで、驚いて一斉に叔母さんの方を向いた。が、尋ねる間もなく、夫人が続ける。

「そんな剛胆なあなただから、わたくしは気に入っているのですよ」

 うん。そんな感じですね。

 夫人からして剛胆な雰囲気が醸し出されているので納得だ。

「あなたのことですもの。当然、その理由はちゃんとあるのでしょう?」

「え、あ。それは……その、はい」

 叔母さんがらしくなく、急に萎れた。

 どこかモジモジし始め、口に手を当てて、頬もやや赤い。

 ……何?

「国に縛られると、いざというときに……出られないでしょう?」

 どこか幸せそうに言う叔母さん。

 僕にはそれがなんのことかさっぱりわからなかったんだけど。

「まあっ、そうなの?」

 何か閃いた、と言わんばかりに夫人の顔が明るくなった。

「あらあらあら。お相手はどこの方なのかしら。留学していた先で出会われたのよね?」

「はい。約束をしていて。手紙のやり取りはしていたんですが、事情があって会えなくて。ラグドリアの人なんです」

 叔母さんは少し気恥ずかしげに微笑む。

 それを眩しく感じるのは……なんでかなぁ。

 でも、なるほど。

 ……恋バナか。

「ダットを助けるために、協力して欲しいと頼んだら快く承諾してくれて。いい人なんです。本当に」

 花が舞ってる、と言ったら大げさかもしれないけど。それぐらいの揶揄表現をしてもいいんじゃないかと思うくらいに叔母さんの周りの空気は甘かった。

「ねえ、シェリナ。それってどういう人なの? いつも聞くとはぐらかしていたけど、今日こそは教えてくれない?」

「えっ」

 どうやら気になっていたらしく、ここで母さんが参戦。

 じっくり休養を取ったおかげか、少し痩けていた頬は元のようにふっくら戻りかけていた。

 一応、僕に迂闊に触れないこと。というルーヴェンス医師の忠告には従っているようだけれど、ちょっと興奮するとそれも頭の中から抜けてしまうようで。

「ダットも知りたいわよね」

 にこにこ微笑みながら僕の両肩をぎゅっと引き寄せて抱きしめる。

 ていうかこれはわざとですか。

 物凄く、嬉しそうにぎゅーって抱きしめてくるんですけど?

 てか、微妙に力入りすぎ。苦しい。

「……母さん。わかったから離れて?」

 嫌、とでも言うように母さんの顔が悲しげになるけど、駄目だから。

 そんな顔しても駄目だからね。

「ルーヴェンス医師に言うよ?」

 じろり、と睨むと母さんは引きつった顔で、かつ名残惜しそうに僕から手を離す。

 そんな攻防があった向こう側で。

「私も知りたいです。シェリナさま」

 キラキラと好奇心いっぱいに言う子爵家の令嬢がいた。

 賊騒ぎのときは凛とした立派なお嬢様という感じだったけど、こうして見ると前世の妹とそう変わらない普通の少女っぽく見える。

「え、リリア様まで?」

「ええ。だって気になりますわ。お兄様が好きになった方の想い人です。お兄様よりずっと甲斐性のあるある方なのでしょう」

 あ、それ禁句。

 僕がそう思ったと同時に当のジラルド様が横を向いて手で顔を覆っていた。

 あれは……泣いてるな。

「本当におぬし、ヴィリアに似て容赦ないのぅ」

 元子爵は苦笑いを浮かべる。

「え、あの。私何か言いましたか?」

 きょとんとしている所を見ると自覚無しの天然ですか。厄介な。

「まあよい。恋の話に浮かれるのもかまわぬが、それはまたおなごだけでしれくれぬかな。男としては耳が少々痒くなる」

「まあっ、お父様。私の将来の相手への希望がこれでわかりますのよ。少しくらい聞いていただいてもよいではありませんか」

「それはそうだがな……このままでは話が進まんのでな」

 元子爵はそう言うとジラルド様を促して立ち上がった。

「ガリオ殿。おなごの話はおなごに任せて、我ら男児は男児の話をしましょうぞ」

「あら。あなた、わたくしたちをのけ者にするつもりですの?」

 少し拗ねたような夫人の言葉に、元子爵は「よく言うわ」と笑う。

「先にのけ者にしたのはそなたたちであろう。好き勝手に話を進めよって。肝心な話が出来ぬではないか。故に別々に話した方がよかろうと思ったのだ」

 元子爵と夫人、二人の間に一瞬火花が散ったように見えたものの。

「まあ、よいですわ」

 夫人が先に視線を逸らした。

「わたくしたちはわたくしたちで、楽しくお話させていただきましょう。甲斐性のない夫や息子たちのお話をね」

 うふふ。とか笑ってますが、夫人。目が怖いです。微妙に何か企んでるような雰囲気なんですけど。

 元子爵もそれを感じ取ったのか、やや顔が引きつっている。

「あ、そうですわ」

 思いついたように夫人が声を出す。

「この子たちが甲斐性のない男性にならないように、教育するというのはいかがかしら」

 え?

 ぽかん、と僕が口を開けたところで、夫人はにこりと微笑む。

「わたくし、つくづく息子たちの教育を間違えたと考えていたところですの。もうジラルドはもう二十五になろうかというのに当に終わってしまった片思いを未だに続けていますし、ルークときたら研究に没頭するばかりで、女性に興味がないのではないかと思うくらいなのです。本当に困ったことでしょう」

 はあ、と切なげにため息を漏らしてますけど、夫人。

 何気なく息子さんをけなしてますから。ほら、ジラルド様が頭を抱えて震えてますからそれ以上はちょっと。

 あ、流石に可哀相だと思ったのか、元子爵さまがジラルド様を慰めに行ったよ。

 そんな状況をわかっているのかいないのか。

「ですから、この子たちにはそうなってほしくないのですわ」

 夫人は正に貴婦人と言わんばかりの笑みを満開にした。

 僕と、そして僕の隣にいる悠斗くんに対して。



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