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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第二幕 帝国への旅立ち
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 閑話  「巫女」



 土嚢で作られた半円型の家の一室。丸く換気のために作られた天井近くの窓から夕暮れの赤が差し込んでいた。

 その赤が不意に歪む。


「あ……」


 唇から漏れたのは幼い声。

 けれど、ただ舌っ足らずの子どもではない。


「また、ひらいた」


 大人のような口ぶりで、淡々と呟く。

 一枚の布を頭から被って腰ひもを結んだだけ、というような簡素な服の上。

 しゃん、と身に着けた鈴が鳴った。


「巫女さま」


 音を聞きつけたのか、家の前に立っていたはずの者が室内に入ってきていた。

 額に鮮やかな染色を施した布を巻き、自分と似たような格好をした屈強な戦士。

 巫女、と呼ばれる者の守りを担う者だ。


「何か、感じられましたか?」


 槍を携え、彼は足下に跪いた。

 答えは是。


「ずっとひがしのずっときた。いままでよりもずっととおい。きりが、ひらいた。ひとがわたったみたい」

「こちらへ、ですか?」

「うん」


 間違いなく、感じた。

 巫女と呼ばれる者が持つ力が、確かにそうだと告げていた。


「では、知らせを出しましょう。どちらかお分かりですか?」


 巫女を守る戦士は土から作った壺の中に丸められていた、大きな獣の皮で作られた紙を手に取った。

 巫女の頭を全て包み込んでしまうかという程大きな手が、獣皮紙を広げる。

 そこにあったのは、カースティナと呼ばれる大陸の主に南側を記した地図である。

 一番西には大きく突き出た半島が、西には山脈や草原を記号が記されている。

 しかし、感じたものをそのまま示そうにも。


「とてもとおくて、ばしょがよくわからないの」


 そう言うしかなかった。


「ずっとひがし、ずっときたなのはわかるの」


 半島と大陸本土を繋ぐ中間点。そこに手を置いて、すっと右に動かしていく。

 山脈を越え、草原を越え、またその先の山脈を記したところで手は止まった。


「とおすぎるから、すこししかわからなかったの。たぶん、ここよりもずっときたのほう」

「……シャンタナより北ですか?」


 かの草原の国の名に頷くと巫女を守る戦士は難しく唸った。


「それはまた遠いですね。そうなるとジードリクスや帝国の領域です。同胞を送るにしても遠いですし、なにより場所が曖昧すぎる。地理的にも疎い場所であることですし、残念ですが今回はあちらに諦めてもらったほうがいいかもしれません」

「うん」


 だけど。

 天窓を見上げ、徐々に闇色と混ざり合う赤い色を見つめる。

 どうしてか、それが気になった。


「かんじたのは、ひとつだけ。でも……」

「巫女さま?」


 今日の霧は、いつもと少し違っていたように思えた。

 いつもなら、歪みは一瞬で終わる。

 後腐れなく霧は消えてしまう。

 それなのに今日感じたそれは段々と薄くなっているものの、いつまでも余韻を残して歪んだまま。

 それは巫女として生まれついて初めてのことだった。

 誰かにそれを聞こうにも、同じ力を持った人間は誰もいない。

 先代の巫女は二年前に死んでしまった。

 だからこそ自分が幼い身で巫女に収まっているのだ。

 わからないことは、自分で確かめるしかない。


「ふしぎな、ちからもかんじたの」


 それが悪いものなのか、いいものなのか自分にはわからない。

 ただ。


「わたったのはひとつだけ。でもおなじほうこうになにかあるの。それをしりたい」

「巫女さまのわからぬものがある、と? では、やはり手の者を送り込みますか」

「うん」


 幸い、歪みの残り香はまだ消えていない。いずれは消えるだろうが、これだけ事後に残るのだから自分がその近くへ行けばわかるかもしれない。


「わたしも、いく」


 行って、確かめる。

 そうしなければ、いけない気がした。




これにて第二幕終了。

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