これから
日渡悠斗。七歳。
霧原小学校の一年生で、両親と姉の四人家族。
公園で友だちと遊んでいたが、雨が降ってきたので解散。
そこで霧に包まれて気がついたら子爵家お屋敷の敷地内だった。
男の子の話をわかりやすくまとめるとこんな感じか。
そして、悠斗くんのこの状況は間違いなく、僕の知る【霧の神隠し】に符合する。
さらに余談ながら、霧原小は僕の母校だ。
まじか。
頭を抱えたくなった。
ジラルドさまに渡せる情報は……ええと。
名前と年齢と、あとは……なんだろう。
まあいいや。とにかくなるようにしかならない。
「名前はユート。年は七。キリハラという町の出身か。なるほど。教会のようなところで勉学を学んでいて、それで文字が書けると。だが、気がついたらこの場所にいたとは一体……」
「あのときは濃い霧が出ていましたし、門も客人が戻ってくるということで開いていました。ですから霧に巻かれて迷い込んだのかもしれません」
いろいろぼかして話したら、都合のいい解釈してくれた人がいた。
あの時、悠斗くんを捕まえた私兵の人だ。
「どこかで薬を盛られて誘拐され、それが切れて逃げ出してきた。ということも考えられるか」
「そうですね。しかし言葉が……」
「少なくともこの大陸の言葉ではない。キリハラという町にも聞き覚えがない」
「ええ。しかし、他の大陸から来ると言っても遠すぎますし」
「そうだな」
なにやらぶつぶつと検証をはじまってしまった。
まあいいけど。
どのみちこの世界にはない場所の話だからどうにもならない。
お父さんはもし悠斗くんが霧幻人だとバレるなら、こちらからではなくて、向こうが勝手に気がついた形にする、と積極的には知らせない方向にしたようだ。
その方が後々いいとかなんとか。
僕にはよくわからないけども。
とまあ、子爵家側の事情は別にして。
僕の考える目下の問題は、悠斗くんに帰れる可能性がなさそうなことをどうやって伝えるか、ということだ。
雨に濡れて大泣きして、熱を出して寝込んで。
ようやくそこから回復したのに、これを言うときっとまた泣く。
どんなタイミングで告げたらいいのか本当にわからない。
でも、嘘は言いたくない。
言うなら早い方がいいんだけど……
この年齢の子に言うのは忍びない。
だめだ。考えがループする。
「とりあえず、置いておこう」
ひとりで考える必要はない。
みんなの知恵があれば、たぶん乗り切れるはず。
『ダットおにいちゃん?』
僕が頭を抱えそうになるのを、悠斗くんが小首を傾げて見上げてくる。
純粋なその目になにもしてないはずの僕はうぐ、と息が詰まった。
かわいい。
前世の弟がこれぐらいのときは生意気すぎて可愛げがなかったのにこの差はなんだ。
『いや、なんでもないよ』
そう言いながら、これからのことを考える。
帰れないことを言うにしろ、言わないにしろ、いまの状態はあまりよくない。
まずは言葉とこっちの常識を覚えてもらわないといけないだろう。
それには根気も時間もかかるけれど、この世界で悠斗くんが生きていくためには必要なものだ。
『悠斗くん。がんばろうね』
『……? うん』
わからないながらも頷く彼に、僕は笑いかける。
僕もがんばらないと。
2020.7/7 改稿
次回は閑話「巫女」