男の子との再会
そうして。
頑丈な石壁。
カーペットを敷いた広い床。
簡素ではあれど、高級だと思われる机と椅子。そして寝台。
普通の部屋にも見えるけれど入り口の扉は重く、入ってすぐに見える窓には鉄格子がしっかりはまっているのが見えていた。
ここはいわゆる貴族さま用の、日本で言うなら昔の座敷牢のような部屋。らしい。
その部屋の隅。シーツを被るようにして震える塊に対し、年配の女中さんがついていた。というより、くっつかれていた、というべきか。
入り口で見張っていた私兵らしき男はむっつりとそれを見ていたが、その女中さんはにこりと笑うと、シーツの塊になっていたものに声をかける。
だいじょうぶですよ、と。
優しい声音にそのシーツの塊が頭を上げ……顔を見せた。
昨日見た男の子だった。
顔色からしてあまりよくなさそうだったけど、それでも無事は無事だったらしい。
『よかった。無事だったんだね』
すでに日本語がしゃべれることは知られているから自重しない。
ぱっと、少年の顔色が変わる。そしてすぐにこちらに突進してきた。
私兵の人が反応して動きそうになったけど、それをお父さんが止める。
その瞬間、どご、と音がしそうな勢いで飛びつかれた。
正直、いまの弱々しい体には痛いんだけど、この子にはそれどころじゃなかったんだろう。
うわぁぁぁぁん。と大声で泣き始めた。
あー……やっぱり言葉通じないし、知らない人ばっかりだろうし、心細かったんだな。
『怖かったね。頑張ったね』
抱きしめて、頭を撫でて。
しばらく落ち着くまでされるがままにすることにした。
でもまさかそのまま寝落ち状態に入ってしまうとは……
「昨晩より、あまり眠れていなかったようですので」
と年配の女中さん。
彼女は過去にリリアさまの乳母をしていた経験のある穏やかな性格の婦人、ということで配置されたそうだ。
一晩中見ていてくれたらしく、女中さんの顔にも疲れが見えていた。
聞けば、言葉が通じなくて濡れた服を着替えさせるのも一苦労だったらしい。
「これもあなたのおかげでしょうか。これであの子も少しは安心して休めますね」
本当にそうだといいんだけどな。
落ち着いて話せるようになったら、聞かなければいけないこも、言わなければいけないこともいろいろある。
特に帰れないことは、まだ親の庇護が必要な年齢の子にとってはつらいはずだ。
どうやって言おうか悩ましい。
それを考える時間が欲しいと思っていたら、男の子はそのまま熱を出して寝込んだ。
回復したのは三日後。
病弱状態の僕はその間、部屋で待機。
風邪を移されたりしたら大変なことになるのは目に見えてたしね……
しょうがないから手紙を書いて渡してもらった。
見た感じ小学校低学年っぽかったから、ひらがなで「ねつがさがったら、いく」って書いた。
返事は同じ紙に「あいたい」だった。
あの年齢で文字がわかるって、この世界じゃ貴族以外じゃめずらしいから驚かれてた。
お父さん情報だと、そのせいでなんかどこかの国の貴族かなんかじゃないのかって屋敷内で噂になったらしい。
前世の僕がいた国だと、あれぐらいの年齢で字が書けるって普通だ、って言ったらめちゃくちゃ驚いてたなぁ。
そしてそれが功を奏したのか解熱後、男の子はあの座敷牢っぽいところから出されて、いま僕の部屋にいる。
なぜにこうなった。
いや、ありがたいといえばありがたいけど。
連れ出された男の子は普通に僕を見てやっぱり飛びついてきた。
「え、あの。これどういう……?」
戸惑う僕に、ジラルドさまはこう言った。
「いやぁ。いろいろ考えた結果、もしも、の可能性も考えて君のそばに置くのが一番いいんじゃないかという結論に至ってねぇ。彼も懐いているようだし、頼んだよ?」
だそうだ。
って、まだ二回しか会ったことないんですけど。
名前も聞いてないんですけど。
懐いてるって、これ懐いてるって言えるんですか……?
「安心するといい。ちゃんと女中の中から専属の侍女を置くことにした。これは子爵家としての意向だからね。有事の際にも役に立つよ」
有事っていったいなにを想定されてるんだろうか。
怖いんですけど。
「とりあえず、元気になったことだし。いろいろと聞いてもらえると助かるかな」
「あ、はい」
あ、はい。
……なんだろ。これ。
蛇に睨まれたカエル……みたいな?
こわ。
めっちゃこわ。
そんな感じで、僕と男の子の共同生活が始まるのだった。
2020.7/7 改稿