交渉はあっさりと
翌日。
「さーて。ダット。話まとめて来たわよ!」
ばん! と勢いよく部屋に入室してきたのはシェリナ叔母さん。とお父さんと……子爵さまだ。
背後にもうひとり女中さんがいるのが見えたけど、その人は入ってこずに待機してる。
「えぇと。おはようございます?」
ずいぶんといきなり過ぎて戸惑う僕。
そして、なにやらやけくそ気味なシェリナ叔母さん。
お父さんは苦笑いで、子爵家の当主であるジラルドさまもちょっと困惑してる感じだ。
「おはよう。押しかけてしまってすまないね」
「あ、いえ。もう起きてますし」
体調も部屋の中を動き回るぶんにはそれほど悪くない。
「ああ、体調がいいなら丁度いいね。これから少し動けるかい?」
「……え?」
「ほら、昨日の侵入した子のことだよ」
「あ」
え、もう話まとまったの?
そりゃ早い方がいいに決まってるけど一晩で?
困惑する僕にジラルドさまは苦笑。
「私も見たし、話しかけてもみたんだが、言葉が通じないっていうのは本当に不便だね。母上に軟弱だと言われる私でも怯えられてしまってどうにもならなかったんだ。でも君はあの子の言葉がわかるとか」
「あ、はい」
「過去に様々な国を巡ってきたという君の父親ですら知らない国の言葉をなぜ君が話せるのかいろいろと興味深くもあるけれど、この際それは置いておくよ」
本当のことを言うわけにもいかないっていうのは、お父さんから散々脅されたから、下手に言い訳したらぼろが出そうだし、これについては口をつぐむしかない。
「あの子と話したいそうだね」
「……はい」
「それはなぜ?」
「なぜって……」
この部分も根本的には前世に関わるから話し辛い。
でも、感じたことをそのまま話すなら。
「あの子が怖がってたから、だと思います」
「怖がってたから……?」
「あんな小さな子がいきなり武器持った大人に囲まれて、殴られて、捕まって、しかも言葉が通じないんですよ? 怖がるに決まってるじゃないですか。見てたこっちもぞっとしました」
もし、自分がそんな目にあったら……
ああ、思い出しただけで背筋に悪寒が。
「そりゃあ、お屋敷に無断で入り込んだのが原因かもしれませんけど、あの子もなにがなんだかわからない様子でしたし。そんな状態でまともな状況判断、出来ると思いますか?」
「あ、うん。そうだなぁ。私でもそれは難しいかな……」
「そうでしょう。それでもし、子爵さまがそのなかで唯一そういう子の言葉がわかったらどうします?」
「あぁ、うん。さすがにずっと泣かれるのは困るからね。とりあえずなだめるかな。まずは安心させて、それから事情を聞く」
困る、か。
ジラルドさまからしてみれば、子爵っていう立場があるからどうしてもそうなるんだろう。
でも。
「……僕は、助けたいって思いました。あんな小さな子が言葉もわからずに怖がってるのを見るのは嫌です。だから、助けてあげたいって思った。それだけです」
正面から僕とジラルドさまの視線がかち合う。
悪い事なんてなにもない。
ただ助けたいと思ったから助けたいだけなんだと。
それが僕にとって正しいことだから、と。
時間にして数秒。ほんの少しの時間だけの間。
「うん。そうか。そうだねぇ」
ジラルドさまがふ、と笑う。
「いい子だね。君は」
「へ?」
「うん。じゃあ早速あの子のところに行く準備をしようか。ガリオ、シェリナ。全部とはいかないけど、任せるよ。そのほうがよさそうだからね」
は? なんでいきなりそうなるの。
ぽかんと、目の前の急展開に口を開く。
「気にしなくていい。君がいい子だってわかったからね」
ジラルドさまに頭を撫でられた。
「言葉もわかるし年齢も近い。これはあの子にとって幸いなことだろうね。きっとあの子も安心する。君は君が思うまま、あの子を助けてあげなさい」
そう言うとジラルドさまは「あとのことは任せる」と部屋を去って行った。
僕的にはちょっとあっけない感じでなんだか拍子抜けなんだけど……
なんで?
「なんか、あっさりだったんだけど。なにあれ?」
お父さんとシェリナ叔母さんを交互に見ると、ふたりとも苦笑いを浮かべていた。
「子爵の許可が下りた。それだけのことだ」
「そうそう。気にしなくていいのよ」
……なんか釈然としない。
とはいえ、こうして決まったことは僕にとってもよかったと思えることだった。
ほっとしたのもつかの間、扉がノックされ返事をすると扉が開く。
「失礼いたします。お支度ができましたらご案内するようにと仰せつかりました」
それは昨日見た女中さんで、手には服らしきものを持っている。
「こちらは大奥さまよりお預かりして参りました。当主さまの幼い頃の古着ですが、質は保証いたします。例の子どもとはこちらを着て面談を、と」
「えっ……?」
なにそれ聞いてない。
お父さんたちを見上げると、お父さんは戸惑い、シェリナ叔母さんはなんだか心当たりがあるようなないようなそんな顔になっている。
「ごめんね。ダット。たぶんあなた、大奥さまに気に入られたわ」
「え?」
「わたしの時もそうだったから」
ど、どういうこと?
「では、着替えを手伝わせていただきますのでお二方は外へ――」
「え、ちょ」
「ダット。気を強く持ってね」
「お、叔母さん!?」
このあと、僕は半ば強制的に着替えさせられた。
そう。お坊ちゃま風に。
着心地は……うん。質がいいって言ってるだけあってよかったけどね。
他人に素っ裸にされるのだけは避けたかったなぁ。
あははははは。
2020.7/7 改稿