お父さんに叱られた
ただでさえ僕の身体のこととかあるのにまだ厄介なことを抱え込むのか。っていうのは考えないわけじゃなかった。
でもあのまま放っておいたらきっとあの子駄目になってただろうし、そういうのは見たくないし、なにより前世と言えど同じ世界の子みたいだし。
迷惑かけることは覚悟しての発言だった。
案の定すぐ、いろいろと――もしかして男の子の言葉がわかるのか、とかどうしてわかるんだとか、お前が手引きしたのか、とか詰め寄られたけど。
「どうしてかはわからないけど、あの子が言ってる言葉がわかる」
で無理矢理に押し通した。
まあ、僕もまだ子どもだし。わかんないって貫き通せばなんとかなる。たぶん。
っていう感じで強引に締めて。
「阿呆かお前は」
「ごめんなさい」
みんながいなくなってからお父さんに叱られた。
「いろいろ疑惑を増やしてどうする」
「いやだって、ああしないとあの子やばそうだったから」
もちろんやらかした自覚はある。
でも、さ。
あの年で言葉通じなくて怖い思いして安心する場所がないって、絶対にやばいから。
どう見ても純粋培養の日本人少年だったわけで、もし僕があの年齢でああいう風にされたら……うん。耐えきれない。
そんなの、放っておけるわけないじゃん。
「……まあいい。オレも気になるところがあるし、ダットが助けたいというなら好きにしろ」
「やった。ありがとう!」
「喜ぶのはまだ早い」
ここからが大変なんだぞ、とお父さんが頭を抱える。
「いろいろと根回しがいるのはわかってるか?」
「うん」
「シェリナと……この屋敷の人間の手も必要だぞ」
「うん」
「それだけじゃなくて自分の置かれた状況も冷静に見ろ。あの子を助けたいなら相応の覚悟も必要だぞ」
「覚悟がなきゃ、声を上げたりしてないよ」
そりゃ、僕だけじゃどうしようもないからお父さんの力をどうしても借りないといけないんだけど。
「お父さん。手伝ってくれる?」
上目遣いで首を傾げて見せたら、お父さんがぴしり、と固まった。
あれ?
「…………なんでそういうところだけキーラにそっくりなんだ」
はぁ、と顔を逸らされた。
あ、なんかこれ呆れられてる?
「いや、この場合あの人に似てるのか……?」
「…………?」
「いや、いい。ひとまずお前があの子どもを助けたいってのは理解した。協力もする。わかってるとは思うが、キーラにもシェリナにもちゃんとダットから――」
「うん。それは言う」
「ならいい」
やると言った以上はちゃんと筋を通さないと、だ。
「お父さん。ありがとう」
「……だからまだ礼を言うのは早い。問題はここからで、こっちとしてもどうするか頭が痛い」
悩ましい、と言いつつ、お父さんの表情が父親から傭兵としてのものに切り替わる。
「ダット。以前にも言ったが、お前の前世のことを他の人間に話すのはよくないって言ったのを覚えてるか」
「え、うん」
確か、頭のおかしい変人だと思われるから、みたいな話だったと思うけど。
「こんなことでもなければもう少し後で話す予定だったんだが、事情が変わった。前世のことも、異世界のことは絶対に漏らすな。特に貴族連中には」
「え」
冗談でこんなことを言う人じゃなし。
恐る恐る見上げたお父さんの目は真剣でした。
「いろんな意味で人生そのものが終わる」
………………はい?
「そ、そんなに大事なの?」
「最悪の場合は、な」
え、なにそんなにヤバいの?
「ああ、あの子が異世界から来たっていうのも言うな。あの子の魔力の有無次第だが、同じような目に遭う」
「それはなんで?」
「オレの故郷では異世界から人間は霧幻人と呼ばれてるんだが、霧幻人の魔力はこの世界の人間とは比べものにならないほど多い。魔法使いとしても優秀だと言われている。この世界で魔法使いがどれくらいの戦力になるかは言わなくてもわかるだろう」
「……うん」
確かにこの世界じゃ魔法のあるなしで生き方の難易度が変わる。
なくても生きていけるけど、魔物という外敵に対する対抗手段として魔法はものすごく有用なのだ。
戦力として数えるなら、一般的な者なら一人で兵士十人分。
上級の魔法を扱える者なら軽く百人を補える。
魔物に対する防衛戦力としてこれほど心強いものはない。
でもそれは、裏返せば他国に攻め入る戦力にもなるということ。
「強い魔力を持つ魔法使いは国力を上げたい国には喉から手が出るほど欲しいものだ。霧幻人の魔法を操る力は戦場で一人でも劣勢を優勢にひっくり返せるほどだと言うからな。もし、そんな人間が自分の懐に飛び込んできたなら?」
「いうことをきかせるために懐柔したり、服従させたり……?」
「あらゆる手で絡め取ろうとするだろうな」
やっぱりそうなるかぁ。
ほんとにヤバい系だった。
「ちなみにその国、って」
「離れて長いがいまでも健在だな。上が当時と変わっていなければそのままだろう」
はい、アウト。
「まあ、霧幻人だけでなく田舎の方でも高い魔力を持つ者がいれば国が強制的に連れ出すというところもあったが」
戦力として欲しいならそれも当然、って感じかな。
わー。魔法使いってけっこう世知辛い世界だった。
「お前に関しても似たようなものだぞ。お前の体はこちら側の人間のものだが中身が異なる。その部分に関しては霧幻人と同じだ。シェリナによれば年齢相応の魔力量らしいが、中身が霧幻人というのはおそらく研究熱心な馬鹿どもにとっては喉から手が出るほど欲しい研究材料になるな」
「それきっと人権とかないよね」
「あったらこんなことは言わん」
「……だよねー」
なにこの世界。魔物だけじゃなくて人間の方も危うすぎる。
もしバレたらモルモット扱い?
丁重にお断りさせていただきたいです。
「えっと。がんばって隠します」
「ああ。そうしてくれ」
いまだってけっこう危ない感じの身の上なのに、これ以上の危険に身をさらすのは僕だってごめんだ。
お父さんにもお母さんにも相当心配かけてるから余計にそう思う。
現在進行形でヤバそうなのに首を突っ込んじゃってるけど。
…………笑えない。
「ま、いまのはジードリクス王国南の山脈を越えた先でなら、の話だけどな」
………………え?
「ジードリクス王国の南の、山脈の先……って」
「こっちで過ごす分にはそこまで心配いらんが、いまのお前は放っておくと自分から危険に飛び込みそうだからな」
険しすぎて踏み入るのも難しく、魔物が跋扈し、いまだに誰も越えられない系の山脈。
そのため、その先に国はあれど直接国交を持てず、北のラグドリア帝国経由でしか行けない近くて遠い国。
正直言って、いまの体でそんなところに行く気も行ける気もしないんですけど。
あれ、なんだろ。
ものすごい違和感が……
「お、お父さん?」
「言っただろ。これはオレの故郷の話だってな。そもそもこの国に霧幻人の伝承は伝わってないんだぞ。もしかしたら知っているやつもいるかもしれないが、魔法使いの待遇が厚い帝国やこの国でそういうことはないだろうな」
「…………てことは、お父さん。さっきの話はわざと」
あ、なんかにやりって笑った。
「言っておくが話した内容そのものに嘘はないぞ。いつどうなるかわからんのはお前もわかってるだろうが」
「うっ……」
確かに。
【闇の死者】なんてものに出会ってしまうなんて思いも寄らなかった。
魔物とか魔法とかもびっくりだけど、ほんとこの世界ってなにが起こるかわからない。
「気をつけます」
これはしっかり釘を刺された感じだなぁ。
ほんと気をつけないと。
「それであの子どものことはどうする気だ? 助けると言っても、そのあとのこともある。この屋敷の人間なら悪いようにはしないはずだが……」
「あ、それなんだけど」
あの子にとってこの世界は全部ひっくるめてぜんぜんまったく知らない世界だ。
まずは生き残るための常識とか知識が必要だろう。
それが落ち着いたら。
「できれば家に帰してあげたい、かな」
僕の場合は自分が一度死んだってことを自覚してるし、もう十年もこの世界で生きてきてる。
記憶が戻ったばかりのときは……そりゃ帰りたいと思ったりもしたけど、帰れたところで僕は以前の僕じゃない。
帰れたところで誰だよって言われるだろうし、なによりいまは、現世の家族を大事にしたい。
だから前世の家族を懐かしんで会いたいと思うことはあっても、帰りたいとは思わない。
でも。
あの子は僕と違って生きたままこの世界に来てしまった。
家族を恋しがって、助けを求めていたあの姿はなかなかくるものある。つらい。
帰れる方法があるならそれを使って帰してあげるほうがいい。
それなのに。
「一度こちらに来てしまえばもう戻れんぞ」
やっぱりこの世界っていろいろ厳しかった。
2020.7/7 大部分改稿しております。