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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第二幕 帝国への旅立ち
33/61

遭遇



 たまに、これは夢だと確信することがある。

 普段ならぼんやりとしか認識できないのに、はっきりとそれが感じられる状態。

 それがいまなのだと、僕はその景色を見つめていた。

 ただただ真っ白な空間。

 けれど、壁があるわけでもない。

 白いそれはゆらゆらと揺れているようだった。


「……?」


 よく耳を澄ますと、遠くから雷と激しい雨音が近づいてくるのがわかる。ということは、この白いのは霧、かな。

 指先で触れてもなんの感触もないのは当たり前だけれど、この霧は僕の体にまとわりつくように存在している。

 振り払おうと手を動かしても、体を動かしてもそれに変化はない。


『……た』


 ふと、誰かの声がした。

 呼ばれた。

 そんな気がしてその方向を見る。


『……け……た』


 誰かがいる気配はなかった。

 でも、確かに聞こえた。

 気のせいじゃない。

 直感で、そちらに足を向けて歩き出す。

 雨音と雷の音でわかりにくかったけれど、間違いなく人の声だった。


『あぁ、やっと見つけた――!』


 知っているような、知らないような、どこか懐かしい声。

 ふと顔を向けた先にあったのは小さな窓で――――


 ドォン!


 轟音と共に、僕の思考は現実という現在に引き戻された。

 はっ、と目を覚ました視界に飛び込んできたのは、そろそろ見慣れてきたお屋敷の天井。

 そして。

 かっ、と一瞬だけの光が薄暗い部屋を照らしてのちの再びの轟音。

 びりびりとお屋敷そのものが雷によってもたらされた空気の振動で揺れる。


「雷」


 光を放つ厚い雲と窓を叩くような横殴りの雨音。

 まるで、自身が一度死んだときの光景が一部再現されたかのような、そんな気持ちにさせられる天気だった。

 霧の中で、ただ呼ばれた。そんな感じのおかしな夢。

 その夢のせいなことは確かだ。

 なんだろうなぁ、あの声。どこかで聞いたような気がするんだよね。

 どこでだっけ。

 思考に耽りかけた僕の耳にふと騒がしい音と怒声が入ってくる。

 このお屋敷に来てからこんなことは初めてだ。


「………!」

「……に……った!?」

「……らだ!」

「と……えろ!」

「なん……ても……捕らえろ!」

「おのれ…………い奴め!」

「どこ……った。賊がっ!」


 賊?

 雨音と雷音、両方が響くなかでかろうじて聞き取れた物騒な言葉にどきりとする。

 貴族のお屋敷に賊。

 なんかやばい?

 いや、でも雇ってる私兵とかいたりするから侵入は難しいってお父さんが言って……って捕まってないから大騒ぎになってるわけだし、うっかりこの部屋に入られても対応に困るか。

 下手に人質とか目撃者は消す、なんてことになっても僕には対抗手段がない。

 前世でだって強盗殺人とかあったりしたわけで、こういうときは身の安全の確保が最優先だとお父さんにも言われている。

 隠れないと。

 そう思って動きかけた瞬間ノックもなしに、ガチャリと部屋の扉が開いた。


「っ!?」


 突然のことに言葉も発せられない僕を置き去りにして、小さな白い人影は壁に崩れ落ちるように扉を閉める。

 長く駆けてきたのだろう。荒い息をしながらうずくまったそれが息を整えようとしていた矢先、目が合った。

 窓から入り込む雷の光がその姿を照らしだし、その相手を映し出す。

 瞬間、僕は頭が真っ白になった。

 同年代、というようにはちょっと幼い気もする、たぶん男の子だろう。

 まったく知らない子ども。のはずなのに。


「え……っ。うそぉ」


 賊だとかそんなことも忘れてまじまじと見てしまう。

 Tシャツにジーパン。

 それはどう見ても前世(誠也)が知る現代ファッションだった。


 え、は。なに? なにこれ。なんなの?


 思わぬものを見てしまったがために僕の頭は混乱した。

 恐怖とぐしょぐしょに濡れた服のせいだろう、暗がりでもわかるくらいに顔色が悪いけど、あの顔はどう見ても日本人顔。

 しかも濡れて顔に張り黒髪の隙間から発せられるか細くも助けを求める声は日本語だっった。

 なんでこんな子がここに?

 あまりに不可解で衝撃的な出来事に頭を抱えたくなったが、震えて怯えてる子を見捨てるという選択肢なんてない。

 でなきゃ、前世で小学校の教師になろうとか思えるか。

 体がキツかろうとどうでもいい。


 だいじょうぶ?


 そう尋ねた僕の舌は、ちゃんと日本語を発音できただろうか。

 男の子はびくっ、と体を震わせる。

 涙を浮かべながら、恐がりながらもちゃんと僕を見てくれた。

 これならなんとかなりそうかな。

 とも思ったんだけど。


「ここかぁ!?」


 どかん、と盛大な音を立てて扉が乱暴に開けられた。

 丁度裏にいた男の子は扉ごと押し飛ばされた形だ。

 いきなりのことにうめき声を上げながら室内に押し飛ばされる。

 かと思えばいかにも体格のいい男を先頭に、殺気立った気配を纏った人たちが踏み込んできた。


「いたぞ。ここだ!」

「ようやく捕らえたぞ。賊がっ!」


 苛立ちに声を荒げ、剣を携えた男が男の子を取り押さえにかかる。

 痛いと泣き叫んでもお構いなしに子どもの腕をひねりあげた。


「えっ」


 待って、と声をかける暇もなかった。

 どころか、何度か見たことのある女中さんが僕の視線を遮るように目の前に立つ。


「ご無事ですか」

「あ、はい」


 傷つけられたりしていないか、の確認で上から下まで一通りじっくり見られた。

 っていやそれよりも肝心なのは捕らえられて泣き叫んでるあの子だ。

 この状況からして賊として追われてたのは間違いない。


「ったく、いったいどこから入り込みやがったんだ。このガキ」

「まったくだ。しかもわけわかんねぇ言葉しゃべりやがって。服も見たことない奇妙なもん着てやがるし、外国から流れてきた子どもか?」

「かもしれん。どこかの盗賊団から送り込まれたか」

「に、しては血色もいいし、身なりもなぁ。へんてこではあるが、そこそこ上等だぞ」

「まあ、そこは俺たちが考えても仕方ない。ご当主に報告して――」


 彼らは子爵家の私兵さんたちだろう。

 会話から察するにやっぱりあの子の言葉(こえ)は意味不明の言語に聞こえるらしい。

 でもなぁ。


「うるさい。黙ってろ」


 おねえちゃん助けてって、家族に懇願してるのを押さえた私兵さんの行為は逆効果だ。

 怒鳴られたせいでびくっと一度は泣き止んだものの、今度は言葉にならない声を上げはじめた。

 子どもの扱い、下手すぎない?

 このまま連れて行くか、と彼らが目配せし合ったところで。


「ダット。無事か」

「ダット!!」


 お父さんとシェリナ叔母さんが血相を変えて部屋へ入ってくる。

 女中さんはそのふたりと入れ替わるように体を引いた。


「ああ、よかった」


 シェリナ叔母さんがそう言って僕の体を抱きしめる。


「用を済ませて帰ってきたら大騒ぎしてるんだもの……無事でよかったわ」

「あ、うん。お母さんは?」

「心配いらないわ。隣の部屋よ。義兄さん。わたし、行ってくるわね」

「ああ。頼む」


 無事の報告をする。ということなんだろう。

 シェリナ叔母さんは僕から離れ、一瞬だけ捕らえられた男の子を見て去って行く。

 それと入れ替わりだった。


「あなたたち。侵入者は捕らえたのですか」


 という涼やかな女性の声がする。


「リリアさま」


 声を上げたのは女中さんだった。

 視線の先に、十代半ばの凛とした表情の茶金髪の少女がいる。

 見覚えはある。

 あの人は確か子爵家の末娘。

 スカートを履いているのに片手に細身の剣を持っているのが少し不自然だけど、一度挨拶したことがあるから間違いない。


「ここに」


 男ふたりが、男の子の手を後ろ手に縛り上げてリリアさまの前に押し出す。


「ルーク様の住まいである別館の側で発見したのですが、逃走したためこちらで捕らえました」

「そうでしたか。ご苦労様です。テューラ、そちらの客人に怪我は?」

「いえ、ありません」

「そう。それならいいわ」


 さすがに貴族のご令嬢。

 目の前のことに動じることなく、確認作業も手早い。

 僕の前に屈み込むと「無事でなによりです。お騒がせしてごめんなさいね」と柔らかく微笑む。

 そしてすぐに振り返り場の全員に指示を出す。


「早々に取り調べねばなりませんね。行きましょう」

「はい。ですがリリアさま。少々問題が」

「問題?」

「はぁ。それが、この子どもの喋っている言葉がわからなくてですね」


 男は口ごもり、視線を男の子に落とす。

 泣いていた男の子は周囲の視線が自分に集まったことに、恐怖でか体を震わせた。


「不思議な服を着ていますね。外国の子、なのですか?」

「はぁ。そのようで」

「共通語も駄目なの?」

「まだそこまでは」

「そう。わかりました」


 リリアさまは泣き顔の男の子の前に腰を落とす。

 そのまま大陸共通語で、言葉が通じるかどうかの有無を確認していたけど男の子の返答はない。

 後ずさるように身じろぎ、日本語で両親と姉に助けを求めるだけだった。

 リリアさまは他にも言語を習得しているらしく、いくつかの国の言葉で話しかけるも結果は同じ。


「困りましたね」


 意思疎通の手段としては、もっとも使いやすい言葉を利用できないのはリリアさまにしろ、男の子にしろ、不便であり、この場合不幸にも繋がる。

 リリアさまが立ち上がり、肩を落とす。


「仕方ありません。ひとまずここから連れ出しましょう。いつまでも病に臥せっている方のお部屋にいるべきではありませんわ」


 リリアさまの指示が飛び、男が男の子を乱暴に立たせた。

 そこで男の子のたすけて、と縋る目と合う。

 ――――わかってる。

 この中で日本語が通じるのは僕だけしかいない。


「えっと。お父さんちょっと」


 目の前の様子を注視していたお父さんの腕をそっと引く。


「どうした」

「これを言うと怒られるかもしれないんだけど……」


 怪訝そうな顔をするお父さんにかがむようにお願いすると、その耳元でそっとささやく。


「僕、あの子と話したい」

「は?」

「ごめん。ちょっとややこしいんだけど。実は僕、あの子の言葉がわかる」

「!?」

「たぶん、前世(誠也)と同じ世界から迷い込んじゃった系じゃないかなと思うんだけど」


 前世の弟の持ってたライトノベル本にもあった。

 というか、昔話とかにも普通にこういうのがあった気がする。


「………………あれか? あれなのか? さっきのがやはり」


 あ、なんかお父さんが頭抱えた。で、なんかぶつぶつ言い出した。

 その間に男の子が男のひとりに抱え上げられる。

 本当はもう少しあの子とふたりで話せる時間があればよかったんだどしかたない。

 蒼白になった彼にいまの僕がして上げられるのはひとつだけだ。

 うん。ごめんね。お父さん。


 絶対に助けるから待ってて!


 日本語でそう叫ぶと全員が驚いた顔して僕に注目が集まる。

 男の子が目を見開いて、うん。と頷く。

 お父さんの顔が思いっきり引き攣ったけど………… ごめんね。



2020.7/7 大部分を改稿しております。

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