家族の愛情
「……大丈夫か?」
そう尋ねてきたのは父さんで、あれからどれくらいの時間が経ったのか気がつくとシェリナ叔母さんとルーヴェンス医師はいなくなっていた。
ふたりとも用事で少し前に部屋を出て行ったらしい。
どれだけの間放心していたんだか。
そんな自分自身に呆れはするものの、自分の身に起こっていることを受け止めきれていないのだからしょうがないのかもしれない。
「大丈夫じゃないよ」
お父さんだって、こういう返事が返ってくるとわかっていて聞いたんだろう。
僕の頭を大きな手で撫でながら「そうか」と呟いた。
「最悪、だよ。こんなの」
左手の、痣をにらみつける。
あのときあの地下牢にいなければ、ギドに捕まらなければ、誰かと一緒に行っていれば。
いろいろな後悔とたらればが思い浮かぶ。
でも、だからといって起きたことは変えられない。
「最悪、だけど。いっそ、死ねていたらとか、思うけど」
それでも僕はいま生きている。
「エリクと、ライナと、またねって約束しちゃったし」
それに、決めたこともある。
自分自身で、【闇の死者】に抗うって。
……まあ、今まさにそれが揺らぎかけているんだけども。
「ねえ、お父さん」
「なんだ?」
「コレ……どうにかなると思う?」
僕が指し示したのは、心が揺らいでしまったものの元凶。
左手の痣だ。
お父さんはそれをじっと見つめ。
「わからん」
と息を吐く。
「だが、もとからこの旅はダットのその状態をなんとかするためのものだ。その方法がこの先見つからないとも限らん。オレは……オレたちはそれを諦める気はない」
「うん」
だから、もっとも【闇の死者】による傷病者の研究が進んでいるとされている帝国へ向かう。
これは絶対だ。
諦めるのは、まだ早い。
他人の生気を、奪わないと生きられないのは、つらいけど、でも。
必死に前を向いて、足掻いてくれている親がいるんだ。
「お父さん。ごめんね。ありがとう」
自分自身もそれに応えたい。
そう思うままに言葉を連ねる。
「……もっと子どもらしく泣きわめいてもいいんだがな」
「えっと……ごめんなさい?」
もっと頼って欲しいってことなんだろうけど、中身が実年齢より上になっちゃってるから無理。
「…………キーラが泣くぞ」
「うっ、それは否定できないかも」
「まあ、できるだけ寄り添ってやれ」
「こんな体質なのに?」
「……………………難しいな」
あ、お父さんの表情が曇った。
「だが、起きている間は大丈夫だろう。あのルーヴェンスという医師が寝台にいる間はと言っていたからな」
「だといいけど」
体力が回復しづらい状況らしいから、下手に動き回ればすぐにそういう状況になるだろうし、お母さんだからなぁ。
多少、気持ちを強く持つようになったからって、油断はできない。
「いざとなれば、あの医師が言ったように、オレがお前に生気を分ければいい。それが最善だろう」
「僕としては、それも避けたい事態だよ」
「そうも言ってはいられない状態なのはわかっているだろう?」
「反論は、しない」
僕自身の気持ちは置いておいて、家族としては僕に生きていて欲しい気持ちが強いだろうし。
「でも、こういうのは……きついよ」
自分があの【闇の死者】と同じものになったかのようで、いやだ。
「そういうのを、オレたちに言えばいい。心のなかに貯めるな。病むだけだからな」
「お父さんは、そういうの慣れてそうだね」
「ああ、傭兵稼業を長くやっていればいろいろとな。慣れたくもなかったが」
傭兵業って、けっこう殺伐とした世界みたいだからお父さんも苦労してきたに違いない。
それに比べれば僕はまだ歩き始めたばかり、みたいなものだろう。
「うん。ありがとう。なんか、ちょっと、元気出た」
「そうか」
「うん。お父さんが、僕のお父さんでよかった」
「!」
お父さんの目が見開かれる。
「そう、か。よかった、か」
照れ隠しなのか手で顔を覆っているけれど、呟くお父さんの表情が緩んだのが見て取れた。
なんだかちょっとうれしい。
「うん。僕も、もう少しがんばるね。心配かけすぎるの、いやだから」
こういうことがあると、負けてる場合じゃないって思うから。
お父さんを見上げて笑う。
少し、元気がでてきた。
「つらいときは、ちゃんと言え」
「うん。そうする」
「で、今は休め。だいぶん、きつい話だったしな。疲れただろう」
お父さんに言われて、そういえば体が重いなと感じていることに気づく。
重い話に気を張っていたから、かな。
「うん。お父さんありがとう。そうするね」
今は無理をするときじゃない。
休めるときには休んでおくべきだろう。
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ふかふかの寝台に包まれながら、お父さんの暖かく、力強い手を頭部に感じながら、僕はそっと目を閉じた。
2018.8.19 改稿