背負ったさだめ
なにそれ。
話を聞いて、すぐに思い浮かんだ言葉はそれだけだった。
ていうか、ほんとに、なに、それ?
頭をなにか固いもので殴られたかのように、クラクラと視界が回った。
「つまり、僕は。あの、【闇の死者】と同じ事をしたって、こと?」
「要約すると……そういうことになるわね」
愕然とするしかない僕の目の前で、叔母さんが厳しい顔で碇のような形の、その【印】を撫でる。
思わずびくっ、と手を引く。
それをシェリナ叔母さんが再び握って、
「大丈夫よ。その力はいつも働いているわけではないようだから」
僕を安心させるように笑みを浮かべた。
「今のダットに普通に触れる分には問題がないっていうことは、ルーヴェンス医師が確認しているわ」
「……かく、にん?」
「ええ。そういうものが見えるのだそうよ」
「えぇ……?」
よくわからない。
が、とりあえず今は人に触れても大丈夫っていうことは理解できた。
「でも、そういう力があるっていうのはすっごく、まずい、よね?」
いつ何時、人の生気を奪ってしまうとも限らないってことだから。
「ええ。問題は、そこよ」
シェリナ叔母さんが何かを確認するかのようにルーヴェンス医師とお父さんを交互に見る。
ルーヴェンス医師は表情を変えず、お父さんが厳めしい顔で小さく頷くのを見たシェリナ叔母さんは。
「姉さんが体調を崩していたでしょう。あれの原因がどうやらその力のせいみたいなの」
大きな爆弾を、手渡してくれた。
「えっ!?」
さっと血の気が引いていく。
「言うべきかどうか迷ったわ。でも、ガリオ義兄さんと相談したら言ったほうがいいだろうって」
「これからも起こるだろうことだ。知らぬより、知っておいたほうがよかろうよ。そこな野獣の意見はもっともだ」
シェリナ叔母さんとルーヴェンス医師がなにやら言っていたけど、それどころじゃない。
「お、お父さん……お母さん、は?」
僕がお母さんの生気を吸っていたなら。
もし、【闇の死者】と同じ力であるならそれは一大事どころの話じゃない。
「お母さん、も、僕、と、同じ、とか、ないよ、ね?」
お父さんを見上げる僕の心臓が耳元まで聞こえてきそうなくらいの音を届けてくる。
お父さんは僕のそんな顔を見て、
「キーラは無事だ。少し休めばすぐに元気になる」
大きな手を伸ばし、僕の頭をわしわしと撫でた。
「そこの医師の見立てでは、幸いお前には人の体そのものを壊すほどの力はないらしい」
「そ……そうなん、だ」
話を聞いて、ほっと一息つく。
が。
「まあ、あれ以上生気を抜かれていたら回復は難しかっただろうが」
「!?」
けっこうギリギリだったらしい。
お父さんの言葉を補足するようにルーヴェンス医師が言って僕を見る。
「一度や二度であれば自然な体力の回復に任せられる。が、続けて何度もでは体力の回復が追いつかん。手遅れになる前に気づけたのは幸いだったな」
それはただ現実を認識させる言葉だったけれど、僕の心には強く突き刺さった。
そして追い打ちをかけるようにルーヴェンス医師の言葉は続いた。
「覚えておくといい。どういう仕組みかは不明だが、それは坊やが死に近い状態にあるときに力を発揮する。そして、坊や自身の体の回復能力は【闇の死者】によってほぼ壊されている。今後も間違いなくその力は否応なしに使われるだろう。坊やに選択肢はない。現状、寝台に横にならねばならない事態になった時には気をつけることだ。触れる人間は選べ。できれば事情を知る人間がいいだろう。だが、母親はやめておけ。そうなったときはそこの野獣……父親を選べ。体力だけは有り余っていそうだからな」
一体どこまで――【闇の死者】の影はつきまとうのだろうか。
わかってはいた。
僕は【闇の死者】になにかを期待されて生かされたのだと。
でも、これは、あまりに重すぎる。
魔物相手だ。
人間の理屈は、倫理は、通じない。
意図せず背負い込んでしまった運命の大きさに、僕はただ呆然とするしかなかった。
2012.2.7 少しだけ改訂
2018.8.19 改稿