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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第一幕 始まりの町カーライル
3/61

天気予報



 奇妙な先輩に出会った翌日の天気予報は曇り。

 ちなみに降水確率は午前中は三十パーセント。午後は五十パーセントだった。

 家を出て空を見上げれば雲は多いが、晴れ間も見える六月独特の天気で要は梅雨。

 自由に動くにも制限される季節だからか、はたまた伏見先輩に言われたことが原因なのか、僕は憂鬱な気分を味わっていた。

 救いは今日の講義は教授のご都合で午前中のみということだけだろうか。

 ああ、でも夕方にはバイトが入っている。

 それに学業は疎かにしないという約束を両親にもしているし、流石によく当たるっていう占いを気にして家を出ない、は理由にならないだろう。

 そもそもうちの父親は普通のサラリーマンだし、母親はパートに出てる主婦だし、僕の下の妹と弟も特になにかあるわけでもない普通の高校生で、大学の費用の一部を自分でバイトして捻出することになっているくらいには困っているのに、そんな誘拐めいたことが起こるとは思えなかった。


「ないって。ないない」


 強引にそれを頭の隅っこに押しやる。

 だから普通にいつも通り大学に行って講義を受けて、午後は適当に時間を潰して、夕方にバイトに行った。

 その間、雨が降ることもなかったから気も緩んでいた。

 でもこういうのはたいてい安心した頃にやってくるもので。


「これは………土砂降りとかマジで?」


 バイト先から帰ろうと一歩外に出ると、そこはもう大きな雨粒が滝のような凄い音を立てて降り注いでいる真っ最中だった。

 そういえばバイトの先輩が「雨降ってきたから傘忘れるなよ」って言ってたな。

 でもさっき窓から見た時はこんな降ってなかったのに……

 ため息が出た。

 雨足が弱まるまで待つか? とも思ったが、ここから自宅まではそこまで遠くない。

 普段は徒歩で二十分もあれば帰ることのできる距離だ。 

 そう思ってビニール傘を差して一歩外に出た途端、傘が雨粒の重みで沈み込んだ。

 その重量は倍以上。

 両手に傘と鞄プラス雨はかなり重い。

 雷も光っては鳴る。

 遠くかと思えば近くでも光るし、空気が震えるほどの轟音もしている。

 おまけに遠くも近くもモヤで見通しが悪かった。

 それでふと思い出す。

 そういえば、この辺には【霧の神隠し】という言い伝えがある。

 確か霧の向こう側に桃源郷があって、霧が出た日にいなくなった人はみんなそこに招かれた。というような内容だ。

 小さな子どもでもこの辺に住んでいればたいてい知っているおとぎ話で、代々語り継がれて冊子にもなっている。


「さらわれるかもしれないわ」


 脳裏に先輩の言葉がよみがえったが頭を振って否定する。

 あれはおとぎ話だ。

 現実じゃない。


「……帰ろう」


 考えても疲れるだけだ。

 雷と大雨の中を帰るのも疲れそうだが。

 ちら、と上空を見上げるがまだまだ止みそうにない。


「これ、歩きは無理かもなぁ」


 早く帰りたいが難しそうだ。

 現在の時刻は夜の十時過ぎ。

 父さんが酒を飲んでいなければ、車を出してもらえるだろうから電話してみるか。

 近くにはコンビニもあるし、そこで酒のつまみ(わいろ)でも買えば完璧だ。

 そう思って携帯電話を取り出そうと思ったものの、この豪雨では厳しかった。

 コンビニで電話しよう、と数十メートル先にあるコンビニを目指す。

 その間にも雷雨の激しさは止まらない。

 そして目の前には横断歩道。

 コンビニはその先で、信号は青。

 さきいかもいいけど、チーズもありだな。ついでに酒も買っておこうか。

 出費は痛いが、たまには親子で飲むのも悪くない。

 このときの僕は買う予定のものに気を取られて足下への注意が散漫だった。

 だからだろう。

 足早に駆け抜けようとして水たまりに突っ込み、そして。

 かかとから仰向けに滑った。


「げっ」


 本当にそれは一瞬のことで、受け身を取る余裕はなかった。

 直後の後頭部への衝撃。

 それが思い出せる最期のことだった。




「うぁぁぁぁぁぁぁ」


 なんだそれ。

 めちゃくちゃ情けない!

 そんなことで僕は死んだわけ!?

 心の叫びは身悶えることで耐えたが、実質バナナの皮ですべって……とかそういうレベルの失態なので頭を抱えることは抑えきれなかった。


「ど、どうしたの? ダット」


 金髪碧眼の美女が非常に心配そうにこちらを見ている。

 シワを気にしていたあちらの母親からはまったくもってかけ離れた美女。

 しかし今現在は彼女が母親である。

 そんな信じがたいことが自分の身に起こっている。


「少し、昔のことを思い出しただけです。大丈夫ですよ」

「それはご家族のことかな」

「いえ、残念ながら違います。昔の失敗を、ちょっと……」


 一瞬だけ金髪碧眼の美女が期待を込めた目をしたが、すぐに医者が聞いて否定されて落ち込んでいた。

 期待させてごめんなさい。

 そして生まれてから十年間の記憶がないことを考えると、彼女の息子に憑依してしまった可能性が高い。

 伏見先輩のあの言葉の意味も、こういうことだと思えば納得だ。

 まさかさらわれる(イコール)全く知らない世界の人間に憑依。とか誰が思うだろう。

 状況的に神隠しの話にも似てるけど、ないだろうな。

 それなら【橋本誠也】のまま桃源郷とやらについたはずだから。

 悩ましいことはまだ他にもある。

 本来のこの体の持ち主はどこに行ったのか、だ。

 頭を打つまでは普通だったなら、そのあとは?

 ファンタジーなお話でよくあるような入れ替わりでも起こったんだろうか。

 それとも本当に死んでいて、そこに死んだ僕の魂が入り込みでもしたか。

 どちらにしろ、金髪碧眼の彼女の実際の息子ではないのだから罪悪感はぬぐえなかった。


「本当に、覚えていないの?」


 自分を呼んで欲しいのか一心に見つめてくる。

 が、現在言えることはひとつだけ。


「…………ごめんなさい。わかりません」


 嘘でも覚えていると言えればよかったが、そちらの方がもっと悪くなりそうで言えなかった。

 申し訳なくて頭を下げると、彼女の涙腺は感情と共に爆発した。


「っ、どうしてこんなことに! でもわたしが悪いの。慌てていてダットが部屋に入ってきてたことにも気付かずぶつかってっ! ごめんなさいダット!」

「っ!?」


 言い訳をすれば僕はこのときこの家の事情をまったく知らなかった。

 でも逆に知っていてもきっと同じことだったかもしれない。

 彼女は一気に大声でまくしたて大泣きして、ベッドの上の僕にしがみつく。

 油断していた。と言えばそれまでだけど。

 その細い体のどこにそんな力があるのか、胸の辺りが彼女の腕で見事に締め付けられて息が出来ない。

 もがいても動かない。

 これ、子供の力で解くのは無理。

 そして謝るのに夢中で僕の声が聞こえてない。


「ごめんなさいダット!」

「は、はな、し」


 でも謝るより放すのが先だから。

 息ができませんから。

 ヘルプ。誰かヘルプミー。

 まあ、誰か、ていうか一人いるんですけどね。


「あー、コホン。奥さん。そのままだと息子さん死にますよ」

「はっ!?」


 そう。ここで登場するのが救いの神のお医者さま。

 なんか違う感が半端ないけど。

 ともかく死ぬ、という単語と肩を叩くことで彼女は我に返り、締め付けが緩んだ。

 ……助かった。


「や、やだ。ごめんねダット」


 金髪碧眼の美女は今度は違う意味で顔を青くしてうつむいた。

 僕はほっと胸をなで下ろしたが、謝るくらいならするなと言いたい。

 こんな短時間で二度も死にたくはないよ。

 この人(彼女)怖い。


「えー、とりあえず。記憶がない以外は特に問題ないかと。記憶がおかしいのは頭を打って混乱しているだけかもしれないですね。時間の経過で記憶が戻る場合もあると聞くし……」

「ほ、本当ですか?」

「ただ、このまま記憶が戻らない可能性もある。こればかりは私にもわかりません。ひとまずは痛み止めの薬を処方するのでそれで経過を。あとは……ふとしたことで思い出すきっかけになると聞いたことがあるので普段と同じ生活をすることです」

「……はい。ありがとうございます」

「では、お大事に」


 その会話を最後に医者が道具を片づけて部屋を出て行った。

 金髪碧眼の美女もそれを追っていったので、現在部屋には自分一人きり。


「まいったな」


 なんだか疲れた。

 ようやく落ち着ける状態になった僕はひとりごちた。

 いろいろと考えたり、確認しなくてはいけないことはまだまだあるが、さきほどの大騒ぎでだいぶ気力を消耗した気がする。


「はぁ……」


 すごい母親だった。

 単なる心配性、にしては行動が派手というか大げさというか。

 母親があれだと父親はどうなんだろう。苦労してそうな気もするが、父親まであんなだとぞっとしない。

 でも、ダットという少年が家族に愛されているのだろうことは伝わってきた。

 もしこれが【橋本誠也】の家族だったら。


「父さんたち、どうしたかな」


 仮に僕が本当に死んだとするなら…………?


「あー、どうしよう」


 頭を悩ませるほどに悲しむ姿が浮かんでこない。

 ほら、だって最期が最期だし。

 まず両親の反応はあっけにとられて、頭を抱える。になるだろう。

 あと、絶対怒られて呆れられる。確実に。

 妹弟は……ダメだ。あいつらなら爆笑する。

 僕の現状を知ればおそらくうらやましがるだろう。

 特に弟はこういうファンタジーな展開大好きだからな。

 ライトノベル系の本が大量に部屋に置いてあるのを見たことがある。

 時々読ませてももらってたが。

 だから変に病気で死んだとかでない限り引きずったりはない、と断言できる。

 そういう家族だ。

 僕自身も心残りは教師になれなかったことぐらいだし、今後の状況次第ではそれも叶えられるかもしれない。

 でもまず、やることは。


「……疲れたから寝よう」


 だった。



2013.6/2 改稿

2016.6/15 改稿

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