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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第二幕 帝国への旅立ち
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白衣とは恐ろしいものでした



 頭が重い。体も重い。

 そんなぼうっとした状態でもわかるのは、魔道具の明かりに照らされた天井がいままでに見たことがないくらいキレイだってことだった。

 あと、ベッドが感じたことないくらいに柔らかい。

 一晩泊まった宿のベッドだって家にいたときよりちょっと柔らかいくらいだったのに。

 これはものすごく、異常な気がする。

 しかも。


「ここ、どこ」

「あぁ、気がついたか」


 呟いたら知らない声がするってある意味恐怖だ。

 びくっと体を震わせて視線を向けると。


「ふむ」


 お父さんと同年代……三十過ぎくらいだろうか。

 細い目をした男の人がひとり、白衣を纏って立っていた。

 香る薬の臭いに医者だと思ったのだけど。 


「とりあえず坊や。実験台になりたまえ」


 って。


「は?」


 なに言ってんの。この人。

 というか、手に持ってるそれ、なに?

 瓶のようだけど、その中身は毒々しい緑色をしていてバスク先生を思い出させた。

 けど、僕の本能があれよりヤバいって警鐘を鳴らしている。

 だって……あの瓶から漂ってくる臭いって薬品臭っていうより異臭なんだよ?

 さらにボコボコって変な音もしてるんだよ?

 危機感覚えるなって方が、無理!


「ふむ。こんなものか」


 瓶の中身を器に移して混ぜ、満足げな医者っぽい人が僕に近づいてくる。

 そしておもむろに。


「飲むがいい」


 命令した。


「え、あ、いや」


 差し出されたのはいかにもおぞましい、どろどろの緑と異臭がいっぱいに詰まった器だ。

 臭いだけで目が痛み、涙が出てくる。

 こんな得体のしれないものを飲めとか無理。

 鼻をつまんで布団の中に逃げ込めば、よく日に干されていただろういい香りがした。

 が。


「逃げても治らぬぞ」

「いや、無理だから。ソレ飲んだら死ぬ。っていうか知らない人にそういうの飲まされるとかどーいう状況!?」


 思わず心の声がそのまま口をついて出た。

 そもそもお父さんとお母さんとシェリナ叔母さんはどこいった?

 本来ならここにいるのはその三人の内の誰かだろうに、どうしてこんな怪しい医者みたいなゲテモノを出す人間とふたりきりに……


「ああ。それもそうだな。忘れていた」

 

 いや、そこは忘れないでいてくれないと困るとこだから。

 ひとり納得したその人は器を持ったまま生真面目に言う。


「誰ともわからぬ人間から渡される薬など飲めるはずもない。いかんな。初めて見る症例に浮かれていたようだ」


 その一言でわかった。

 この人……なにかに夢中になると他がおろそかになる研究者気質な人だ。

 しかも最初の言動からして人を実験に使う一番怖いタイプだ。


「すまんな坊や。私としたことが自己紹介が遅れた。顔を見せてはくれぬか」


 いや、名乗られてもそれ飲みたくないです。と言いたい。

 でもいまの状況を理解するには……この人に聞くしかないわけで。

 しょうがない。

 気乗りしないままごぞごそと顔を出してみせれば、その人は細い目をさらに細くして笑みを浮かべ。


「私の名はラリー・ルーヴェンス。ジードリクスの誇る貴族医院所属の医師であり、男爵の位を戴いた貴族でもある。つまりは偉いのだ。敬いたまえ」


 と言い放った。

 なるほど。偉そうに命令したのは貴族だったからなのか。

 って、え。


「貴族?」

「うむ」

「……のお医者様?」

「うむ。それで合っている」


 ……え?

 ちょっ、余計にわけがわからなくなってきたんですけど!

 貴族医院ってことは貴族様専属のお医者さんってことのはずなのに、なんでなんのつながりもないはずの貴族のお医者さんが僕を診てるの?

 ぽかん、とただ状況を飲み込めない僕は大混乱だ。

 そこへ。


「お取り込み中、失礼します」


 どこかで聞いたことのある声がして部屋の扉が開いた。


「あっ……」


 顔を覗かせたのは茶色の髪を後ろで束ねて仕立てのいい服を身に着けた、二十代半ばほどの男の人。


「ルーク、さん?」


 名前が出たのは一度会ったことがあるからだ。

 それもつい最近、カーライルで。

 たしかシェリナ叔母さんの友人で、貴族出身の魔法具の研究者。だったはず。

 叔母さんはこの人を頼って、それでラグドリア帝国の研究者にたどり着くことができた。

 だから、僕にとってものすごい恩人なんだけど、なんでここに。


「ルーク・ファロイ。戸も叩かずに入室とは礼儀知らずな」

「……あまりに酷い臭いが廊下に充満していれば不安で飛び込んでくるとは思わないんですか、あなたは」


 不機嫌にフルネームで呼ばれたルークさんが部屋に充満する臭いに顔をしかめながら尤もなことを言い返す。

 

「嫌な予感がして研究室から戻ってみればこれですかルーヴェンス医師。あなた、もしかしなくても、彼の母君にもこれを飲ませたのじゃありませんか?」

「えっ」


 僕が目を丸くするとルークさんにルーヴェンス医師、と呼ばれたその人は当然だと言わんばかりに頷いた。


「あの平民女性に飲ませたのはまた別のものだがね。確かに疲れによく効く薬湯を飲ませたとも。飲んだ途端寝入ってしまったがね」

「それは気絶したの間違いでしょう。あなたの処方する薬はいつもそれだ」


 い、いつもなんだ。

 というか、ほんとにこの人お医者さんなんだね。


「あなたの腕がいいのは認めます。ですが、給仕の者たちが泣いていましたよ。薬はよく効くけれど味と臭いと見た目が問題だと。特に臭いは消えるまで数日かかりますからね」

匂い(、、)……? それぐらい耐えるのは当然だろう。それに良薬は苦いものと相場は決まっておる。健康になるためにはこれも必要と思うのが当たり前ではないか。見た目もまたしかり。良薬に変わりないのだ。なんの問題がある」

「……あなたならそうでしょうけれど。他の人はそうもいきませんよ。持論を持ち出すのも結構ですが、少しばかり飲む側の苦労も考えていただきたいです」

「しかし、そもそも私を呼んだのは君の兄上。子爵殿だぞ」

「ええ。そうでしょうね。僕が兄上に彼らの世話をするよう頼みましたから。それで腕だけはいいあなたが呼ばれたのでしょう」


 ルークさんはそうして頭を抱え。


「……まったく、シェリナが頼ってくれたことがよほど嬉しかったのでしょうね。兄上は」


 とぼやく。

 話に置いてけぼりだった僕は、そこでようやく事情をある程度飲み込めて。


「えっと。ルーク、さん?」


 話の途中で割り込むのは失礼だとは思ったものの、ルークさんに声をかけた。


「ああ。ダットくん。久しぶりだね。目が覚めたばかりなのに騒がしくしてすまない。目が覚めてすぐにこの人に遭うのは疲れたろう。腕のいい医師ではあるんだが、どうにも薬と性格があまりよくなくてね。すぐに空いていて、君の症状を診られるような医師がこの人しかいなかったらしい。本当にすまない」

「あ、いえ。それは……よくないけど、いいです」


 それよりも聞きたいことは別にあるし。


「あの、お母さんたちは? それにここは……?」


 主に知りたいのはこっちだ。


「ルーヴェンス医師は説明……するわけがないか」

「なんだねルーク・ファロイ。失礼だな。聞かれれば私でも説明はする」

「聞かれれば、でしょう。それに今日見知ったあなたより、一度顔を合わせている僕が言う方が信用される」

「ぬ」


 うん。真理だ。

 というわけで、ルークさんが現状を説明してくれた。


「ここは王都の僕の屋敷。と言っても当主は兄だから正確には兄の屋敷だよ。君のご両親とシェリナもいまはここに滞在中だ。ただ、父君とシェリナは仕事の関係上、まだ戻ってきていないけどね。あと母君はきみの看病疲れから、というより、そこの医者とは認めたくない人の薬を飲んで寝込んでいる、と屋敷の者から聞いたよ。ちなみに母君の部屋はここの隣だから安心していい」

「……そうですか。教えてくれてありがとうございます」


 ルークさんの物言いに、不本意そうな人がいたけどきっと気にしてはいけない。

 そこよりもっと気になることがある。


「でも、どうしてルークさんのお屋敷に?」


 予定ではサリムさんと同じ宿に泊まるようになっていたはずなんだから。


「あー。まあ、そこは兄が、ね」

「お兄さんが?」


 ルークさんは苦虫をかみつぶしたような顔になって。


「……兄もシェリナとは友人でね。君が意識をなくして死にかけている、という状態なのを知って町医者よりもこちらで貴族医院の医師に診てもらった方がいいと判断したようだ」

「え?」


 なんかいま、出てはいけない言葉が出たよ。


「僕、死にかけた、んですか?」

「うん。そう聞いてるよ」

「息をほぼしていなかった、と聞いたな。いまはそれが嘘のような状態だが」

「そ、そんなことになってたんですか」


 荷馬車に揺られて、気分が悪くて、横になった結果がそれとか最悪だ。

 みんな、相当に焦ったことだろう。

 あとで顔を合わせたら謝らないと……


「戻ってきたら目が覚めたことを伝えておくよ。みんなきっと心配しているだろうからね。それまで寝ているといい」

「はい。ありがとうございます」

「薬に関しては……諦めてくれとしか言えないけれどね」


 諦め気味の最後の呟きには「やっぱりそうですよね」としか返せない。

 お礼を言った後だけど、思い出させて欲しくなかったです。

 目線だけで薬の入った器を追うとルーヴェンス医師がにやりと笑う気配がした。


「これには滋養強壮、体を温める作用を持つ薬草をたっぷりと使用している。寝て起きれば有り余る力を手に入れられるような調合をしてあるのだが……坊やのような症例は初めてでな。だからこそこれがどんな作用をもたらすか、しっかりと観察させてもらわねばならぬ」


 尤もらしい説明をしてくれるけど。


「僕は実験動物ですか」

「うむ。医療技術の発展には犠牲が付き物なのだよ」


 否定しないし、犠牲ってそれ困るよね。

 やっぱり医者っていうより研究者だよ。この人。

 逃げたい。

 でも逃げられない。

 ルーヴェンス医師の顔にははっきりと「逃がさない」という意思表示がはっきり現れていた。


「さあ、飲みたまえ」

「…………」


 こうして僕は得体の知れない薬を口にして言うも恐ろしい味を味わうことになり、今度は翌日の昼まで気絶することになったのだった。



2017.5/25 改稿

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