またね。
カーライルの東門前には様々な職業の人が集まっている。
領主の元で働く役人、町の警護を担う自警団、馬車や馬を預かる厩。他の町からの商人、その商人に雇われている傭兵などが主だ。
もう少し町の内側に向かうと商店などがある。
一月前、人買いや魔物が入り込んだことで自警団の人員が増やされて多少物々しさはあるけれど、それ以外はいつもとそう変わらない賑わいだ。
「へぇ。これで王都に行くのか」
エリクが商品を積み込んだ幌付きの荷台を見上げながら目を輝かせていた。
「うん。干し肉とか薬草とか。今回はそういうのを持って行くんだって」
「かなり詰まってっけどお前、乗れんの?」
「うん。大丈夫だよ。御者台にはふたり乗れるし、後ろも案外広いから平気みたい」
「馬。馬は?」
エリクが荷台から前方の馬に向かって歩き出す。
やっぱり気になるのはそっちか。
「やっぱ、近くで見るとでかいよなぁ」
馬車に繋がれた二本角の馬。
エリクは首が痛くならないのかと思うくらいに真上を見上げている。
「乗りたい?」
騎馬としても使われるけど、この世界の馬は気性が荒くて扱いも難しい。
馬の牧場もあるけど、馴らすのにもかなりの時間を使うとか。
それでも。
「そりゃ、乗りたいに決まってんだろ」
目の前の見事な栗毛をうらやましく見上げながら、エリクは断言する。
「自警団の団長とか、領主様とかすげーよ。かっこいいだろ」
「ああ、あれくらい乗りこなせたらいいとは思うよね」
僕だって、彼らが馬に乗っている姿を見ているからその気持ちはわかる。
ああして、背筋を伸ばして乗りこなせたらかっこいいだろう。
「エリク。いま自警団の方に通ってるんだよね。馬の訓練とかするの?」
「あー、乗りてーけどまだ早いってさ。それより剣を振りたいなら体力つけろって走ったり素振りさせられたりそればっかりだって言ったろ」
「そういえばそうだっけ」
「おう。けど、絶対いつか……乗ってやる」
馬を見上げてエリクが笑う。
目標を見据えた眩しいばかりのその笑みに頼もしさを感じていると。
「頭が馬鹿でも乗れる馬があればいいけどね」
鼻で笑うライナがいた。
「ライナ。シェリナ叔母さんの方はもういいの?」
「うん。お願いすることはもうしたから」
「そう」
ライナもライナで、もう自分の進む道を決めていた。
「いい、ダット。絶対追いかけるからね」
「放っとくと危なっかしいしな」
「……うん。無理はしないでね」
ふたりとも、できれば違う道を選んで欲しかったんだけどな。
言って聞く性格でもないし。
「しないわよ。あいつを魔法はあたしが開発するんだからっ」
「オレもなんとかするわ」
「だからダット。それまで死ぬなないでよ」
「……努力する」
確約は、できないけどね。
ふたりがここまで決意してくれてるのに僕が諦めるわけにいかない。
魔法だっていまは無理でも、いずれは使えるようになるかもしれないし。
ライナが言うように【闇の死者】を倒すための魔法だって開発できるかもしれない。
みんなこれから後ろは見ずに、希望を探しに行くんだ。
そう思ったら気分が楽になった。
「ダット。見送りの人たちが来てくれたわよ」
馬車の荷台側からお母さんの声がする。
ライナたちとそちらへ向かうと、お母さんの言うとおり見送りの人だかりが出来ていた。
その中に、僕と同い年の少女が混ざっていてはっとする。
「……ユファ、ちゃん」
少し疲れた顔の少女は僕を見ると、ほっとした顔になった。
「ダットくん。よかった。やっと会えた」
「うん」
退院した日以来、きちんと顔を合わせていなかったからどうなったかと思っていた。
お母さんに付き添われたユファちゃんが小さく笑う。
ユファちゃんの症状も、あのときより改善したって聞いてはいた。
だから、こうやって話せることは本当にうれしい。
「ごめんね。もっと早く会いに行けたらよかったのに」
申し訳なさそうにユファちゃんが目を伏せる。
噂のことがあるから、外出は控えてきたっていうのもあるんだろうな。
「僕だって同じだよ。ごめん」
家同士はそう遠くないんだから、僕の方から行くことだってできたのに。
ユファちゃんの状態のことを考えると行かない方がいいって思ったから、行かなかった。
むしろこのまま会わない方がいいんじゃないかって、僕も周りも考えてたくらいだ。
それなのに、会いに来てくれた。
「会いに来てくれて、ありがとう」
自然とこぼれた言葉に、ユファちゃんが微笑む。
「ううん。それはあたしが言わないといけない言葉だよ。あのときダットくんがいなかったら、あたしはきっと死んでたから。だから……」
と、そこでユファちゃんの目に涙が浮かぶ。
「助けてくれて、ありがとう」
ぽろり、とこぼれた雫が地面に落ちた。
「あたし……絶対に、ダットくんの力になるから。エリクくんやライナちゃんみたいな力はないけど、それでも絶対。ダットくんを助けるから……」
待ってて、と。
溢れ出す涙を拭いながら、ユファちゃんの視線は僕から離れない。
僕はユファちゃんの言ったそれに目を丸くして。
「え……?」
いま、ユファちゃん。なんて言った?
思わず両脇のライナとエリクを交互に見る。
まさか、ふたりとも、なにか言ってないよ、ね?
「え、ちょ。あたし、知らないわよっ?」
「お、オレだってなにも言ってねーぞ!」
考えられるのはそれだけだったんだけど、そのふたりが困惑顔だ。
じゃあどういうことだろう、と首を傾げれば意外なところから答えが返ってきた。
「この子。ダットくんの体を治すために、医者になるって言い出したんです」
「えっ?」
「だから今からたくさん勉強して王都の医学校に入るつもりなんですよ」
そう言ったのはユファちゃんのお母さんだ。
「わたしからもお礼を言わせてね。ダットくん。怖い思いはしたけれど、この子は自分の道を見つけることができたわ。ものすごく大変な道でも、まっすぐに進む。それがダットくんを助けるための道だからって」
娘があんな目に遭ったっていうのに。
ユファちゃんのお母さんはうれしそうに話している。
僕はなにも言えずに、ただそれを聞くことしかできなくて。
「魔物と戦うだけが、ダットくんを助けるわけじゃないから。あたし、がんばるね」
「ユファ、ちゃん」
そんな風に思ってくれたことがうれしくて、目が潤む。
「……うん。ありがとう」
「よかったな。ダット」
「仲間が増えたわよ」
お礼の言葉しか出てこない僕の肩に、ライナとエリクの手が置かれる。
「うん」
こぼれ落ちる涙はうれし涙だ。
大人たちがそれを温かな目で見守っていると。
「すまん。待たせた」
「遅くなりました!」
ぞろぞろと屈強な男たちが大勢でやってきた。
声と足音が聞こえてきた方向を見れば。
「うわぁ。すごっ」
「自警団勢揃いって感じじゃない?」
困り顔のお父さんを先頭にして、十人を超える自警団の制服を着た団員が背後に続いていた。
正直、ちょっと怖い。
何事かあったのか、と疑ってしまう。
他の見送りの人間も、そうでなく東門で活動している人たちもおっかなびっくりな視線を送っている。
「すまん。最後だからと見送りたい、と聞かなくてな」
とお父さんが状況を説明すると、周囲がなるほどと苦笑いを浮かべた。
そして団員へ向け、解散の指示を出す。
「もういいだろう。ここまで来たんだ。さっさと仕事に戻れ」
「とは言っても副団長……」
「おい。副団長はヤルクに引き継いだろうが」
訂正してため息をつくお父さんに、団員たちは「そうですが」と反論する。
「そのヤルク副団長が、しっかり見送って来いって言ったんですよ」
「そうっす。そう命令があったんっすよ」
「おれたちだけじゃなくて、本当は他の奴らも来たがってました」
「そうですよ。本当は団長も見送りに来たかったはずです」
「せっかくくじ引きで当たり引き当てたのに酷いなぁ」
「あ、バカ。それ言うなって……」
見送り、くじ引きで決めたのか。
ていうか。
「ずいぶん慕われてるわね」
うん。僕もそう思った。
お母さんが楽しそうに笑う。
それを受けたお父さんは再びため息をついて。
「……出立が遅れると困るだろうが」
と尤もな意見を出す。
まだ日は高いとは言えない時間ではあるけれど、昼を知らせる鐘が鳴る前にカーライルを出立しなければ、今日の目的地である町に日暮れ前にたどり着けない。
魔物に遭遇する可能性を考えれば、いますぐに出立していいくらいだ。
それを知っているお父さんが、さらに賑やかになった団員たちの間に割って入って騒動を止める。
そこへ。
「準備はできましたか?」
人の良さそうな茶色の髪の青年が声をかけてきた。
カーライルで代々商家を営み、今回お父さんとシェリナ叔母さんが護衛につく荷馬車の持ち主だ。
「ああ。すまん、サリム。騒がせたな」
「いえ。せっかくみなさん来てくださっているのですし。もう少しくらいならかまいませんよ」
「いや、そう言ってくれるのはありがたいが、予定通りにいくとは限らんからな」
「ははは。流石はガリオ副団長ですね。直々に護衛していただけるのは本当に助かります。父も喜んで「護衛してもらえ」と」
「……買いかぶりすぎだ」
サリムさん、持ち上げるなぁ。
お父さんは困惑気味に、ひげ面を引っ掻き唸っている。
「では、準備がよろしければ出発しましょうか」
そんなお父さんを見たサリムさんはにこりと微笑んで周囲に促した。
すでに僕たちの荷物は馬車のなか。
あとは僕たち自身が乗り込むだけの状態だった。
まずはお母さんが荷を積むときに使った段を登り、僕がその次、そして愛用の剣を手にした父さんが乗る。
シェリナ叔母さんは御者台でサリムさんと一緒らしい。
本当ならお父さんが御者台の予定だったんだけど、お父さんの隈みたいな体格じゃ、御者台にふたりは厳しかったみたいだ。
「では、行きますよ!」
御者台からサリムさんの声がして、荷馬車ががたり、と動き出す。
「ダット!」
動き出した荷馬車を追うようにライナとエリクが走り出す。
「絶対追いかけるからね!」
「連絡よこせよ!」
絶対にこれを最後にしない。
その決意が込められた瞳が向けられる。
「うん。わかってる。僕も……諦めないから!」
ふたりの背後。走りはしないけど、ユファちゃんも同じ目をしていた。
こんなふうに追いかけてきてくれる人がいるんだ。
諦めてなんていられない。
「弟を守るのは姉のあたしの役目なんだからねっ!」
「オレたちが追いつくまで絶対死ぬなよ!」
「うん。待ってる。だから――」
またね。
その声に重なるようにしてお父さんを呼ぶ声、お母さんに手を振る人たちが遠ざかっていく。
見慣れた町の風景が消えたのは、東門を抜けてからしばらく経った頃だった。
2017.5/15 改稿