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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第一幕 始まりの町カーライル
23/61

 閑話 「ライナの日記」



 ジェシスの月 三日

 はじめてだからすごくドキドキする。

 これがあたしの、最初の日記だ。

 いつもみたいに家に帰ったら、おとうさんがいきなり中身が白紙の本とペンとインクをくれた。

 誕生日のおくりものだって言って。

 びっくりしてたら、王都ではこういうのに『日記』を書くのが流行りなんだって。

 でも、紙はすごく高価なものでうちはそんなにお金もちじゃないのに。って言ったら『そのうちお前が養ってくれるんだろう』ってニヤニヤ笑って言われた。

 どうやら、期待されているみたい。

 うれしいけど。ちょっとフクザツ。

 とりあえず、今日は一回目だしお父さんにありがとうって書いておくことにする。

 おとうさん。ありがとう。



 ジェシスの月 八日

 雨と雷が鳴ってた。

 こういう日、ダットはよくぼーっと外を見てる。

 顔だけ見たら女の子みたいで、ちょっと頼りなくて、変なのに絡まれたりするからあたしがいつも助けてる。

 ちょっと手のかかる弟みたいな、大事な友だちなんだけど、こんな日に遠くを見たりしてるときは大人びて見えるからちょっと不思議。

 でも、授業中はやめた方がいいと思う。先生に当てられて、あたふたしてた。

 やっぱり頼りない。



 ジェシスの月 十三日

 ダットがまた変なのに絡まれてた。

 あたしが一緒にいるときは大丈夫なんだけど、ひとりになるとどうしても絡んでくるやつがいる。

 むかしっから弱い人ばかりいじめてる卑怯者だ。

 力だけは強いから、それに群がる取り巻きもいるはみ出し者。

 おとうさんたちは関わるなっていうけど、あたしはああいうのが許せない。

 取っ組み合いになってケガして怒られることもあるけど、絡まれてるのを見かけたらがまんできなくて割って入っちゃう。

 最近は頭を使えって先生とかから注意されたから、蹴ったり殴ったりはあんまりしてない。

 今は魔法を使えるしね。

 これもケンカに使うと怒られるから相手から手を出されたときだけにしてる。

 今日は先生が近くを通ったのを見てたから「先生、こっち」って大声で叫んだら逃げてった。

 ダットの顔とかにはケガはなかったけど、足をひねってた。

 あの卑怯者。やっぱり許せない。 

 


 サイスの月 十一日

 エリクのバカにはつきあってられない。

 あたしより一個年上なのに、なんで自分の名前の綴りを間違えるのよ。

 体力だけはあたしよりあるって認めてあげるけど、頭のほうはどうなってるんだろ。

 居残りで単語の書き取りやらされてる間にあたしは魔法の練習をすることにした。

 ダットも誘ったけど、あのバカにつきあうって教室に残った。

 あんなのに付き合わなくてもいいのに。

 そんなことを思いながらシェリナ先生に練習の許可をもらいにいこうとしてたら、またあの卑怯者が人に絡んでた。

 今日は女子。うちの近所の、大人しい感じの子だ。

 嫌がってるのに強引に連れて行こうとしてたから、頭にきた。

 考えるより先に割って入って、引き離した。

 エリクより大きくて、力も強くて、性格が最悪な相手。

 だからってこんなの認められるわけない。

 自分が危ないと思った時は魔法使ってもいいって言われたから風の魔法で吹き飛ばしてその子と逃げた。

 帰りは理由を説明して、先生たちと一緒に帰ったよ。

 疲れた。



 サイスの月 二十八日

 いろいろあって、許せなくって、とうとうあの卑怯者を吹っ飛ばした。

 力じゃかなわないのはわかってたから魔法も使って全力で思いっきりやった。

 みんなの前で転ばせてやった。

 顔を真っ赤にして怒って最後におぼえてろ、だって。

 もともとしつこいやつだから気をつけなきゃだけど、今日はもう疲れちゃった。

 考えるのはまた今度にしよう。



 ルガーの月、十日

 やった。

 ダットが十歳になって魔法を使う素養があるってわかった。

 これで同じ勉強ができる。

 ダットは頼りないから、あたしがちゃんと教えてあげなくちゃ。

 楽しみ。



 ルガーの月 十五日

 また一つ魔法を覚えた。

 【疾風走行】っていって、初心者には魔導具を使っても制御がむずかしいんだって。

 でも、そんなにむずかしいかな。

 あたしはすぐにできた。

 卑怯者の取り巻きが【風壁】使って邪魔してこようとしてたけど、逆にその壁を登って一回転して着地してやった。

 周りはあたしの華麗な着地に拍手。取り巻きは悔しそうにしてた。

 ざまあみろ。

 あ、でもそういえば最近卑怯者を見てない。

 危なそうな人と一緒にいたとかそういう噂も聞いた。

 自警団に捕まって強制労働とかそーいう目にあっちゃえばいいのに。

 そしたらちょっとは……うん。無理かも。



 ルガーの月 二十日

 いつも通り学校に行こうとエリクのバカと一緒にダットを誘いに行ったら、キーラおばさんに「今日は行けない」って言われた。

 理由を聞いたら頭を打って何日か安静にしてなくちゃいけないんだって。

 ちょっとおばさんの様子がおかしかったように思うけど……なんだろう?



 ルガーの月 二十二日

 ダットがおかしくなった。

 おみまいに行ったらダットがダットじゃなくなってた。

 記憶喪失ってそういうものなの?

 おかしいよ。

 おとうさんとかおかあさんとかがする大人の目をしてた。

 どうして?

 信じられない。あんなのダットじゃない。

 なにか魔物がついてるのかも。

 調べなきゃ。



 ルガーの月 二十五日

 ダットが学校に来るようになった。

 いつもみたいに迎えに行きたかったけど、行けなかった。

 いつもあたしを窺うように見て柔らかに笑ってたのに、今のダットが見せるのは全然知らない大人みたいな笑い方。

 あれはだれ?

 たどたどしく「おはよう、ライナ」って言ってたダットはどこにいったの?

 書庫で声をかけられたけどどうしても違和感があって駄目だった。

 もしかしたら本当に……(この後は書いてインクで線を引いて消してある)



 ルガーの月 二十七日

 あたしが、バカだった。なんで疑ったりしたんだろう。

 どうしてあんなことに――(字が歪んで、水が染みた跡がある)



 ルガーの日 二十八日

 あたしは――(書きかけて終わっている)



 ルガーの月 二十九日

 どんなときでも、おなかだけはすくんだね。

 食事のときに、おとうさんとおかあさんがすごく心配して声をかけてくれたけど、耳に入ってこない。

 ごめんなさい。

 エリクのことをバカだってずっと言ってきたけど、ほんとのバカはあたし。

 ダットがいなくなるかもって思ったら、全部いろんなことが馬鹿馬鹿しくなった。

 あたし、ちゃんと守るって約束してたのに。


 ……ホントは書きたくない。

 でも、忘れちゃいけないことだから書くことにする。


 卑怯者が、ダットを誘拐した。

 あたしが、ダットを疑って離れてたから。

 エリクが一緒だったから、って油断してた。

 卑怯者が目に見えるところにいて、にやにやしてて、その間にダットは誘い出されたって聞いた。

 前に、あたしが助けた、あの女の子、ユファを使って。

 ダットがいない、戻ってこないって異変に気づいたのは学校に戻ってからだ。

 知らない人に手紙を渡されて、びっくりした。

 ダットを預かった。無事に返して欲しかったら――――に来い。

 差出人はあの卑怯者だった。

 それに気がついたエリクとそばにいたユファの弟と一緒に真っ青になった。

 そのときはまさか人買いが関わってるなんて思わなくて、近くにいた自警団の人に手紙を渡して言われた場所に走った。

 エリクだけが一緒についてきた。

 とにかく走って言われた場所にたどり着いて、でもいたのは卑怯者と取り巻きだけたった。

 ニヤニヤ笑う姿が腹が立って、どうせいつもと変わらないと思ってた。

 だから本気でやっつけるつもりでいたら。

 ……昼間なのに、ボロボロの布を来たガイコツがでてきたんだ。


 見ただけでぞっとした。生きていないってわかったから。

 【闇の死者】。

 すぐにその魔物の名前が思い浮かんだ。

 町中に、それも昼間に出てくるような魔物じゃないのに出てきた魔物にぼうぜんとしてたらそいつはわらった。

 あたしたちじゃなくてあの卑怯者たちを喰らった。

 そのあと、あたしたちを見た【闇の死者】はなんでかあたしたちを襲わなかった。

 それどころかあたしたちを見てわらった。

 『彼の二重の者に連なるものか』って。

 魔物が話すなんて驚いたけど、でもすぐにそれどころじゃなくなった。

 【闇の死者】は、名前は言わなかったけど、ダットのことを知ってた。

 死なれるのは困るからと、ダットの居場所を言って、それでこうも言った。


『弱き者らよ、我らの標を得た彼の者の未来は我が摘み取る。それを是とせぬなら、彼の者と共にかかってくるがよい』


 って。

 楽しそうに。

 本当に楽しそうにそう言ったんだ。

 冗談じゃなかった。

 そんなの、絶対に嫌だった。

 そのまま【闇の死者】は消えて、自警団に大急ぎで知らせて、ダットも、一緒に誘拐されてたユファも見つかったけど意識はなくて。

 先に目が覚めたユファは【闇の死者】に遭ったって泣き叫んでて。

 ダットは目を覚まさなかった。

 キーラおばさんは泣いた目をしてた。

 眠ってるダットの手はすごく冷たくて、顔色は青くて、死んだ人みたいに見えた。

 すごく、後悔した。



 ルガーの月 三十日

 ダットが目を覚ましたって聞いて、夜が明けてすぐにエリクをたたき起こして診療所に行った。

 大騒ぎして拳骨を落とされるくらい怒られたけど、そんなのはどうでもよかった。

 ダットがちゃんと目を覚ましてくれた。

 それだけでほっとして、ちょっと泣いちゃった。

 ごめん、ってちゃんと謝れたかな。そのあたり、あんまり覚えてない。

 でも、むかしの約束は、今度こそ絶対に守るからね。

 【闇の死者】なんて、あたしがやっつけてやるんだ。

 ダットがどう反対しても、あたしは絶対やってみせる。

 死なせたりなんてしない。

 自分が町を出て行けばいいなんて言ってもだめ。

 あたし、追いかけるからね。

 だから待ってて。



 ファーリの月 二日

 【闇の死者】のことで王都から調査隊が来た。

 町の人とかあたしの所にも話を聞きに来た。

 ダットの所にも、多分行ったんだろうな。すごく偉そうだったけど。

 知ってることだけ、全部話した。

 念のために何日かはいるんだって。

 【闇の死者】がでてから町の空気は嫌な感じになってたけど、調査隊の人たちが来てからそれが増したような気がする。

 それもしょうがない。

 【闇の死者】に喰われたはずの、あの卑怯者の死体が消えたんだもの。

 自警団が死体を回収したときはあったのに、気がついたら死体を保管してたところからなくなってたんだって。

 いつなくなったのかもわからなくて、大騒ぎになった。

 自警団の人たちの夜の見回りも増えた。

 ガリオおじさんもダットのことがあるのに参加してるみたい。

 キーラおばさんもダットにつきっきりだし、心配だな。



 ファーリの月 三日

 学校で、ずっと探してたシェリナ先生をやっとみつけた。

 シェリナ先生も半分は自警団に所属してるから、夜回りとかで忙しかったみたい。

 疲れてるのもわかってたけど、でももっと上の魔法を教えてほしいって頼んでみた。

 ダットを守るために必要だから。

 理由を聞かれて答えたら「危ないから駄目」って言われちゃった。

 でもあきらめない。本気で強くなりたいから。

 ダットの命をあんな魔物にあげたくないもの。

 そう言ったら、シェリナ先生は「もうしばらく待って」ってあたしの頭をなでて行っちゃった。


 エリクも自警団で「剣を教えてほしい」って通い始めた。

 魔法使えなきゃ【闇の死者】相手に戦えないってわかってるはずなのにどうするんだろう。

 でも、エリクの方が先に動き始めててちょっと悔しい。

 だから【魔法基礎読本】の魔法を残り全部覚えることにした。

 きっとそうしたら、シェリナ先生もあたしが本気だってわかってくれるはず。



 ファーリの月 六日

 王都からの調査隊が帰ったあと、ダットがバスク先生の診療所から家に帰った。

 歩いたりはできても、顔色はよくなかったってシェリナ先生が言ってた。

 書庫で忙しそうに【闇の死者】のことが載ってる本を集めてるのを見た。

 生気を奪われた人たちについて、なんとかできないか調べてるんだって。

 あたしも手伝いたかったけど「本が難しいから無理」って言われた。



 ファーリの月 十日

 エリクのやつ。自警団に通い始めてから、授業中寝てばっかりみたい。

 隣の教室からよくビュート先生の怒る声がしてる。

 あたしは【魔法基礎読本】の魔法を全部使えるようになった。って言っても使えるだけだけど。

 放課後も自主的に訓練場で練習させてもらってたんだもん。

 明日はシェリナ先生にそれを言って、ちゃんと次の魔法を教えてもらわなくちゃ。



 ファーリの月 十一日

 シェリナ先生が落ち込んでた。

 書庫の本の中にはダットを助けられるようなものがなかったんだって。

 王都の魔法学校時代の友だちにも調べてもらえるようにお願いしたから、そっちに期待するって。

 ……どうにか出来るといいのに。

 ダットはあんまり動いたりできないらしくて、学校に来られない。

 家のなかを歩き回るくらいはできるけど、すぐに息が上がっちゃうんだって。

 生気を奪われた人は寝たきりになることもあるって聞いて、ぞっとした。

 ダットのそんな姿は見たくない。

 落ち込んでるシェリナ先生に【魔法基礎読本】の魔法は全部覚えたって言ったら驚かれた。

 でも、次の魔法はまだ駄目だって言われた。

 やっぱり「もう少し、待ってほしい」だって。

 なんで駄目なんだろう。



 ファーリの月 十四日

 授業中にぐーすか寝てたエリクがいよいよ先生たちに呼び出された。

 「勉強する気がないなら来るな」って言われたみたい。

 言われて当然よね。

 でも、自警団の剣を教わってる人から「学校はちゃんと行け」とも言われてたんですって。

 だからって授業中に寝るとかバカよ。

 先生たちと自警団の人とで話し合いすることになったって言ってた。

 どうするのかな。 

 あ、学校からの帰り。たまたまユファのお母さんと会った。

 ユファはちょっと落ち着いたみたい。でも暗いところは怖がるから、夜も明かりを灯す魔道具がないと眠れないって言ってた。

 ちょっとかわいそう。



 ファーリの月 十七日

 ダットを救えるかもしれない。

 シェリナ先生に会いに書庫に行ったら、知らない男の人と話してる最中だった。あとで聞いたら、王都の魔法学校時代の友だちなんだって。

 ダットを治す手がかりがあったみたい。

 本当に、治せたらいいのに。

 そうそう。エリクは話し合いの結果、自警団に行くのが一日おきになった。

 自主練習は毎日するって意気込んでた。

 これで授業中寝なくなる、とは思えないけどね。

 ダットにそれを話したら、ため息をついてた。

 自分のために無茶はしないでほしいって。

 でも、ダットを守れるように強くなりたくてはじめたことだもん。

 あたしも、エリクも絶対にあきらめないからね。

 強くなるもん。



 ファーリの月 十八日

 魔法の授業で、昨日シェリナ先生と話していた男の人が参加してた。

 名前はルーク・ファロイ。

 魔導具や魔道具の研究者なんだって。

 魔法をそれぞれ披露したら、褒められた。

 「君なら王都の魔法学校にも行けるよ」だって。

 行けるなら、早く行きたい。早く行って、ダットを守れるようになりたいよ。



 ファーリの月 二十一日

 ダットが、カーライルを出て行く日が決まった。

 【闇の死者】に狙われてるってわかってるから、このまま町にはいられないんだって。

 領主様からの命令らしい。

 でもこれを知ってるのは一部の人たちだけで、表向きはダットの治療のためってことになってる。

 でも人の噂って怖くて、勝手にダットが呪われてるだとかいろいろ言ってる。

 そんなの、ダットのせいじゃないのに。

 ダットはしょうがないって言うけど、しょうがなくないよ。



 エウィーラの月 十日

 今日、ダットが行く場所を教えてもらった。

 ダットみたいな人を治す研究をしている人と連絡が取れたってシェリナ先生がうれしそうにしてた。

 その人、北のラグドリア帝国にいるんだって。

 場所を聞いてびっくりした。

 隣の国ですごく大きい国だから、期待もするけど遠いなぁ。

 それに今のダットが旅して平気かな。

 キーラおばさんも疲れが顔にでてるし、すごく心配。



 エウィーラの月 十五日

 明日。ダットが、カーライルを出て行く。

 おじさんと、おばさんと、それからシェリナ先生が一緒に行くんだって。

 あたしも一緒に行きたいけど、でも決めたんだもん。

 ダットを守れるくらいに強くなるって。

 絶対。絶対に追いかけるから。待っててね。

 



これにて、カーライル編終了。

2017.4.17 改稿

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