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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第一幕 始まりの町カーライル
22/61

起こりうる未来と望み



 夢を、見た。

 銀色に輝く髪が踊り、赤い髪が跳ねて、そして……全てが紅の海に沈む夢。

 その夢の中で、ふたりは必死に誰かの名前を呼んでいて。

 僕はそんな彼らに手を伸ばして――――届かないことに絶望する。

 その耳に残るのは、いつか聞いた嘲笑。

 クカカ、と青白い光が、倒れ伏した彼らを包み込む。

 やめろ。

 僕が叫んだ。

 やめろ。彼らは、僕の、大切な――


『なればこそ』


 耳元でその声は囁く。


『我らは其方との再びの邂逅を望むのだ』


 背後から襲い来る怖気は、僕に極寒の地にいるかのような錯覚を覚えさせた。

 伸ばした手が、ひやりとした感覚に包み込まれる。

 青白い光に包まれた、ボロボロのローブから覗く、骨だけの手。


『其方の力、目覚めさせるに必要であらば……かまわぬ。彼の者らにも印を付けるは一興かのう』


 ふわり、と重力などないようにソレは僕の前に在った。

 前世、日本では理科や医学的によく見てきたもののはずの骸骨の顔。

 それなのに、実際目の前にあることで感じる今までにない恐怖。

 根本的に、僕たちとは違うと感じ取れてしまうその存在。

 生きとし生けるもの全てにとっての天敵。

 生気を糧とする【闇の死者(まもの)】が嗤う。


『生きよ』


 それはおそらく、かの魔物の有り様からすれば矛盾する言葉だったろう。

 滑稽にも思えるが、だからこそ【闇の死者】の言うそれは重く僕の心に響いたのかもしれない。

 例えそれが……僕が持つという力が目当てだとしても。


『それが人というもの。否。生き物というものよ。生きて、我らに示すがよい。強き心を我に刈らせよ。そなたの力を我らに見せよ』


 ぼうっ、と差し出さなかった方の手が【闇の死者】と同じ色に光る。


『それこそが、我らが望み。我らが宿願。それが成されねば、かの光景はまこととなろうぞ』


 すうっと、【闇の死者】の姿が横にずれた。

 そして目の前に広がる、紅の海。

 そこに倒れる、銀と赤とそして……黒に金。

 ……おとう、さん。おかあ、さん?

 声にならない声が、追加された二人を呼ぶ。

 いやだ。やめろ。こんなのはもうたくさんだ――――


『我らは待つ。二重ふたえの者よ。時満ちるまで――待っておるぞ』


 青白い光が、薄れていく。

 だが、目の前にある光景は消えてくれない。

 そして近づけない。

 ただただ眼前で、誰も動かないままに静かにそこに在るだけだった。




 なんて。

 なんて最悪の夢での最悪な目覚めだろう。


「……気持ち悪い」


 寝汗で濡れた衣服で額を拭いながら診療所の天井を見上げ、呟く。

 窓の外はまだ暗い。

 月明かりや星明かりであのときのような完全な暗闇というわけではないけれど、そちらには顔を向けないようにして、魔道具の明かりで煌々と照らされていることにほっとする。

 昼間、ライナやエリクと話したときは平気だったのに、日が落ちて周囲が暗くなった途端に震えがきた。

 フラッシュバック、というやつだと思う。

 ユファちゃんのように酷くはないけど、完全にトラウマになってる。

 目が覚めて、暗がりにいるというだけで体がこわばる。

 そんな状態だ。

 今だって、あんな夢を見たばかりで手が震えている。


「ふたりが、あんな話をするから……」


 ライナの気持ちもエリクの気持ちも、とても嬉しかった。

 でも、同時に怖い。

 古い地下牢で見たあの光景が、待っているかもしれないと思うと怖くてたまらない。

 そういう気持ちがあんな夢を見せたのかもしれない。

 大事な人たちが手の中からすり抜けていくような、妙に現実味のある夢。

 ほんとうに夢だったのか、というくらいの夢だった。

 そう思って左手の甲の標。それを見れば、ほんの少し、青白く光っていた。


「これ……」


 自分で初めてこれに気がついてから、ただの標でしかなかったものが光っている。

 気味が悪い、と感じた。

 まるで、これがあの夢を見せたかのようで――


「もしかして、そういうこと……なの?」


 頭の中に浮かんだその思いつきに呆然とする。

 【闇の死者】はこの標が導く、と言っていた。

 それはつまりこの標を介して僕と【闇の死者】は繋がっているってことで、これを通じて監視することも、僕の行動に介入することもできるんじゃないだろうか。

 それなら僕の夢を【闇の死者】が操ったとしても、おかしくはない。

 ライナやエリク、あのふたりへ標をという脅迫も本当におこるかもしれない?


「……っ」


 夢の中の、凄惨なあの光景が脳裏に過ぎって息が詰まった。

 だめだ、あんなの。

 絶対にさせちゃ、いけない。

 僕を守る、と覚悟を決めてしまっている彼らをあんな風にはさせられない。

 でもだからといって、それだけの実力をつけるという決意を止めることもできない。

 じゃあ、それなら僕は?


「なにが、できる?」


 ふたりを犠牲にしないために、家族を守るために、僕にできることは……

 ああ。そうだ。

 面白くないし、不愉快だけど。

 【闇の死者】が言うことを信じるなら、僕にはなにか力がある。

 あいつはそれを持って自分の前に立つことを望んでいるように見えた。

 すでに生気を喰われて死にかけていると言ってもいい状態なのに、それでも僕にそれを望むということは、裏を返せばまだ【闇の死者】に抗う力が残されているということでもある。


「力を、身につけないと」


 いままでずっと守られてばかりきた。

 両親からも、友人たちからも、ずっと守られっぱなしだった。

 でも、それじゃだめだ。

 あの夢のように無力なまま、失うようなことにはなりたくない。

 だからなにがなんでも強くならないと。

 できることを、しなきゃ。

 夢を現実にしないように。

 みんなを守れるように。

 そう願って僕は再び目を閉じた。

 


うっかりミスにて、話を追加。

次は閑話で「ライナの日記」


2017.4.17 改稿

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