幼馴染み、襲来 (2)
「ねえっ。ちょっとダットは無事なのっ? ねえ、無事なのっ!?」
「ちょっ、おまっ。おちつけって! ここ診療所……っ」
うるさい。
ていうか、うるさくて目が覚めた。
「落ち着きなさい。君たち。まだ寝てるから。こんな朝早くから来るなんて……」
「だって、目が覚めたって聞いたから!」
「……安静にしてほしい患者ばかりなんだけどね」
バスク先生の呆れた声が聞こえる。
あと、その他で聞こえるあの声は絶対あの二人だ。
「ライナ、お前だからおちつけって」
「うっさい馬鹿エリク!」
「あぁ? 俺はたしかにバカだけど、いまはてめーのほうがバカだろーが!」
なんだろう。やっぱり、なんだけど、いつもと立場が逆っぽくない?
エリクの方がまともに聞こえる不思議。
「……そろそろ静かにしてくれないと、私も容赦できなくなるんだけどねぇ」
あ、バスク先生が限界きそう。
ていうか、僕もまだ眠いからその方がいいけど。
外が静かになったことがわかって、僕はこれが避けられないことを知った。
「え、えっと。入るよっ」
「ちょ、だから走ろうとすんな!」
気持ちを抑えられないんだろう彼女とその暴走を止めようとする彼。
ホントにこのふたりはいいコンビだと思う。
先に病室に入ってきたのは予想通り、銀色の髪をふたつに分けたいつもの髪型のライナだ。
その後ろからため息をつきながら赤いツンツン頭のエリクが入ってくる。
さらにその後ろにはバスク先生が見張りのように立っているわけだけど。
「……ダットぉ」
寝たまま、目が一瞬合ったかと思えばライナが泣き出した。
「よかった……よかったぁぁぁ」
そのままその場で泣き崩れて、エリクに「しょーがねーなぁ」と呆れられている。
「よぉ。ダット。おはよーさん」
「おはよ、エリク。寝たままでごめんね」
「いーよ。別に。こっちが突撃しちまったからな。こいつのせいで」
エリクと普通に挨拶を交わして、顔をぐしゃぐしゃにしている美少女を見る。
いつもの自信も、気迫も、なにもない。
弱々しく泣いている少女がそこにいた。
「おいこら。もういいぐらい泣いただろ。さっさと顔上げろ。ブス」
「……っ。誰がブスよっ。このスカスカ頭!」
慰めるときまでけんか腰なんだね。君たち。
でもこのふたりはたぶんこれでいいんだろう。
服の裾で涙を拭ったライナはじろりとエリクを一瞥すると、僕の方へ歩み寄る。
「……お、おはよう。ダット」
「うん。おはよ。ライナ」
涙は出ていなくても、泣いたとわかる赤い目とその下の隈。
ぎこちない笑顔だったけれど、挨拶を交わすことができてほっとしたのか、ライナが息を吐く。
「無事で、よかった」
「うん」
本当の意味での無事ではないけど、それは今はいらない。
「ごめんね。あたしが、バカだったから。ダットから、離れたりしたから」
泣きそうな目をして、それを我慢してライナは言う。
言いたいことがたくさんある。
そんな顔だ。
「ダットが死にかけてるって聞いて。おじさんや、おばさんたちを見て、すごく後悔したの」
途切れ途切れに、しゃくり上げそうになりながら、言葉を紡ぐ。
「ダットはあたしが守らなきゃってずっと思ってたの。すぐに、どこかに行っちゃいそうだったし、気がついたらギドみたいなのに絡まれてるし、いっつもあたしたちと違う場所をみてたから、あたしがここに引き留めなくちゃ、って思ってたの。それが、ずっとずっと、当たり前だったから」
「……うん」
それが以前の僕だったと、僕自身が知っているから頷く。
「ダットが、頭を打って記憶喪失になったって聞いたときもあたし……やっぱりダットにはあたしがいなくちゃって思ってたの」
でも、とライナは顔を歪ませる。
起こってしまったそのときのことを思い出したからだろう。
「あの日見たダットは、ちゃんとあたしたちを見てた。ちゃんとここにいたの。あたしが守ってたダットじゃなくなってた。だから」
いつかシェリナ叔母さんが言っていたように、急に変化してしまった幼なじみに感情がついていけなかったんだ。
だから……
ライナが両手で顔を覆う。
「わからなかったの。ダットが、ダットじゃなくなっちゃった、って思った。魔物が取り憑いたんだって、考えて、考えて、考えてるうちに……こうなっちゃった」
「頭でっかちだからそーなるんだよ。ばーか」
エリク。自分で言って落ち込んでいるところに追い打ちかけるのやめようよ。
そうは思ったものの、ライナが「うっさい。わかってるわよ!」と自分で反撃していたので黙っておく。
「わかってるの。あたしが勝手に、思い込んで、それで……もっと気をつけないといけなかったのに。ギドのこと、注意してないといけなかったのに。こうなって、やっとダットのこと……ものすごく、ホントは、好きで、心配で……大事な、守りたい弟だって、ちゃんとわかるとか、バカだ」
「頭よすぎて、ひねくれまくってるからそーなるんだよ」
エーリークー。
だから、それここで言っちゃだめなやつなんだってば。
ほら、ライナの顔つきが変わっちゃったじゃないか。
「……バカすぎて三歩で授業の内容忘れるやつに言われたくないわ」
「あぁ?」
売り言葉に買い言葉ってまさにこれのことだ。
いつも通りのふたりのやりとりにため息しか出ない。
「せめて自分の名前をまともに書けるようになってから出直してこい」
「それぐらい書けるわ!」
「は? こないだつづり間違えて先生に呆れられてたの知ってんのよ」
「ぐっ、そ、それはたまたまだ!」
「だといいけどね。バスク先生、書くものあったらこいつに――」
なんでかなぁ。
ちゃんとライナと、ライナの気持ちに決着がついて、いい話になるはずだったんだろうけど。
このふたりが揃うとどうにも締まらない。
けどまぁ、いいか。
「ふたりとも。ここ病室だからそろそろ黙ろうか?」
「ええ。言ったことの意味を理解できない頭のようですから追い出しますよ?」
僕のお母さん譲りの目が笑ってない笑顔と、バスク先生の底冷えするような低音ボイス。
それが発動するくらいには平和ってことだから。
え、意味違う?
気にしない気にしない。
2017.4.14 改稿