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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第一幕 始まりの町カーライル
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状況整理


 とりあえず現状を把握しないことにはどうにもならない。

 そう判断した僕はいろいろなことを見て、聞いて、最後に唖然とした。

 ここは地球ではなく、日本という国は存在しない。

 ジードリクス王国という聞いたことのない国の、カーライルという町で、世界の名前は不明。

 さらに僕は(橋本誠也)ではなくなっていた。

 なにを言っているんだ、と言いたいところだけど、自分の手が子どもの手で、声も幼いし、トドメとばかりに手鏡まで手渡されれば認めるしかない。

 金髪碧眼の美女の正体も、鏡に映った自分を見れば一目瞭然。

 髪の色こそ黒で違うが、顔立ちは完全に金髪碧眼の美女を幼くしたまま――つまり彼女はこの体【ダット・クリークス】という十歳の少年の母親だった。

 ということは、つまりこれは生まれ変わったとか、この少年の体に取り憑いて体でも奪ったとかそういうこと?

 それだと僕、死んだことになるんだけど。

 しかも後者だったら後味が悪すぎる。

 

「うーん。記憶喪失、だと思うんですけどね」


 そう言って唸っているのは僕を診てくれた医者だった。


「だが、それにしては不可思議だ。名前も年齢もわからない。あるいはある箇所のみ記憶が抜けている。という症例は報告されているのに、私も名前も年齢も全く違う人間だと言われたのは初めてですよ。ええ。本当に」


 ですよねー。

 だから僕も困ってるんだけどさ。

 自分でもおかしいとは思う。

 が、僕ははっきりと自分のことを【橋本誠也】だと言い切れる。

 だとしたら、そもそもどうしてこうなったのか、そこから思い出さないと。



 まず思い浮かべたのは、医者に説明したのとほぼ同じ内容だ。

 名前は橋本誠也。年は二十歳。職業は大学生。

 将来の夢は小学校教諭。

 友人はそれなりにいた。

 あー、あと大学行く条件に学費の半分は自分で出す。って約束もしてたからバイトもいろいろしてたっけ。

 そこそこ充実した毎日だったんじゃないかと思う。

 いたって平凡な大学生活をしていたはずだった。

 

「お、いたいた。よう。橋本」


 講義終了後にやってきたのは、今時の若者らしいピアスやらファッションに身を包んだ女子からも人気の高い男。

 名前を神谷修平といい、いくつか僕と同じ講義を取っているので隣に座ることも少なくない。

 今のところは友人未満のよく話をする知人で、いろいろと幅広い人脈も持っており、いい加減に見えて実は結構真面目で、講義をさぼっているのを見たことがないのに、遊びにも手を抜かない器用な男。

 それが僕から見た彼の評価だ。


「あ、神谷。どした?」


 気が付けば毎回違う女子が隣にいる。

 そんな彼に相応しく、今日も見知らぬ女子が一人側に立っていた。

 今時珍しく髪を染めていない黒髪女子で、しかも今までこの男が連れ歩いていたコンサバ系統の女子ではない。


「宗旨替えでもしたのか?」


 思わずそう問いを発してしまうほど、彼の好みには見えなかった。

 全身を黒で埋め尽くし、おおよそ地味めな流行りとはかけ離れたどちらかと言えば野暮ったい印象の独自ファッション。

 顔は美人だが、ちょっと目がきつい。

 ゴスロリ。

 そんな格好の女子も見たことがあるが、その辺とはまた一線を画した雰囲気がある女子だった。


「あー、違う違う。この人は法学部の伏見先輩。お前に用があるんだと」

「僕?」


 法学部で先輩で僕に用?

 全く心当たりがない。

 まさか告白でもしにきたのだろうか。

 って、それは発想が飛びすぎだな。

 僕は彼女を知らないし、意識して実は違いましたじゃイタすぎる。


「じゃ、紹介終了。ってことで。オレはお暇する。後で成果を報告しろよー」


 神谷の方はどこかおもしろがってさっさと退場したが。

 アイツ、次に会ったときに締めあげるべきか。

 残されたのは僕とその伏見先輩という女子だけじゃない。

 現在の場所は講義終了後の教室であるからして、当然周囲には人の目がある。

 よほど空気読まない人間でもないかぎり、流石にここで告白とかはしないはず……

 などと考えているあいだに彼女が動いた。

 そして切れ長の瞳が僕をのぞき込んだ。


「やっぱり、あなただわ」


 その瞬間に感じたのは異様さ、だった。

 目が据わっているわけでもない。

 楽しんでいるわけでもない。

 感情がまったく見えなかった。

 彼女の目に拘束されているかのごとく動けない僕は、興味津々に展開を見守る周囲の目にただ晒されるしかなかった。

 お互いに手を伸ばせば触れられる距離で彼女は微笑んだ。

 なにを言われるのだろう、と構えた直後。


「気をつけて。あなた、さらわれるかもしれないわ。特に雨の日は危険だから出かけない方が身のためよ」


 まさかの誘拐予告が飛び出した。

 周囲も唖然、僕も唖然。

 あまりに予想外の、それも斜め上の【告白】に彼女以外は全員間抜けな顔になっていたと思う。

 ていうか、そうするしかない。


「じゃあ、忠告はしたわ。無駄かもしれないけど」


 用は済んだ。とばかりに彼女は僕に背を向けて去っていく。

 まさかそれを言うためだけに神谷に案内頼んだの?


「……何アレ」


 とりあえず、周囲の講義仲間に問いかけてみたけれど。


「「「俺らが知るわけないじゃん」」」


 うん。僕も知らない。てかわからない。

 あとで聞いたら、あの伏見先輩ってどこかの神社の神主の娘さんで占いがよく当たることで一部の女子には有名だったらしい。

 たぶん僕に言ったあれも占いの結果なんじゃないか、ってことだった。

 でもさらわれるって、うち誘拐で身代金取れるようなうちじゃないんだけど。

 この時の僕は、周囲と苦笑いしながらこの件を流したことをあとになってもう少し考えるべきだったかも、と頭を抱えようとは、これっぽっちも思っていなかった。

 僕の記憶が途切れているのはこの翌日。

 彼女が言う雨が降った日だった。



2013.6/1 改稿

2016.6/13 改稿

2016.6/15 改稿

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