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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第一幕 始まりの町カーライル
19/61

課せられたもの



「駄目です。まだ認められません」

「だからと言ってこれ以上先延ばしにもできないんだよ。バスク先生」


 バスク先生ともうひとり、別の男の人の声がした。

 聞き覚えがある声に誰だったか思い出そうとしていると、お父さんがはじかれたように部屋から出て行く。

 そして。


「団長!」

「ああ、ガリオ。調子のほうはどうだい?」

「……まだなにも」

「そうか。家族だからね。聞きにくいこともあるだろう。無理強いはしないよ。でも町には不安が広がっている。今はまだいい。それでも噂は止められないんだ。こういうのは早いほうがいい」

「だからと言って、目覚めたばかりの子どもに尋問など――」


 声の主はお父さんの上司である自警団の団長さんだったらしい。

 しかも外の会話が部屋の中までまる聞こえ。

 バスク先生が声を荒げて止めようとしているけど、その内容からして急を要するようにも聞こえる。

 


「悪いけど、これ以上邪魔すると先生を拘束させてもらうことになる。もちろんガリオも例外じゃない」

「……っ」


 実力行使もやむを得ない状況ってことか。

 このぶんだときっと他にも自警団の人が来てるんだろうな。


「……わかりました。ですがくれぐれも無理はさせないでください。わかっているとは思いますが彼は――」

「ああ。内容次第だけど、早めに済ませるよ」


 結局はバスク先生が折れる形になった。

 でも、念のためにとバスク先生は部屋の外で待機。

 団長さんとお父さんが病室で僕の話を聞くことになった。

 こうなるだろうな、とは思ったから驚きはしないけど……問題はお母さんだ。


「すまん。ダット」

「こればっかりは、ね。しょうがないよ」

「キーラも、すまない」

「……」


 僕の腕を強く握りしめて団長さんとお父さんを睨む。


「できるだけ早く済ませそうとは思うから、キーラもそんな睨まないでくれるかい」

「わたしもここにいますから」

「愉快な話じゃないし、できれば外に」

「それでもです。絶対に離れません」


 こうなると、絶対にてこでも動かない。

 団長さんも、お父さんも、僕も、一様に肩を落とす。

 ここにいる全員がそれをわかっている以上、これ以上は無駄だ。


「……わかった」

「しょうがないね。じゃあ、できるだけ手短に話すよ。まずはダット君とユファ君の誘拐の件からかな」

「あ、はい」


 団長さんの雰囲気が、やや堅いものに変わった。


「予想はついているかもしれないけど、首謀者はギド・ルヴェール。あとはその取り巻きが二人だ。さらに、その裏で人買いの一味が暗躍しててね。その一味の一部にはダット君も会ったかな?」

「顔に傷がある男の人のことですか?」

「……やはり会ってたか」


 地下で会ったあの男の人のことを思い出せば、団長さんが忌々しいと言わんばかりに顔をしかめた。


「それについては我々は君たちに謝らないといけないんだ。そいつは元々この町(カーライル)の住人でね。過去に罪を犯して町を永久追放された奴なんだ。二度と戻ってくるなと念を押しておいたんだが、それが人買いの頭目として舞い戻ってこようとは想定外だった。我々の失態だよ。すまない」


 ということは、やっぱりあの人はお父さんたちと過去に関わりがあったってことなんだ。

 団長さんだけじゃなくて、お父さんやお母さんまで表情が暗くなったのを見ればわかる。


「少し前からギドが妙な連中と関わりを持っているという情報はあったんだ。だが、相手にされていないという話だったし、こちらを警戒してか目立った活動はしていなかった。今回はそこを突かれた。油断していたよ。そのせいで君たちを危険な目に遭わせてしまうなんてね」

「いや、でも。こうして生きて戻ってくることができたわけですし」

 

 これから先のことを考えれば、それだけで儲けものだと思わないと。

 苦笑いを浮かべると、団長さんはなんとも言えない顔をして。


「……なんというか、一端いっぱしの大人を相手にしているような気分になるね。君がまだ十歳の少年だということを忘れそうだよ。前に会ったときとは別人みたいだ」


 あ、お父さんもお母さんも顔が引きつってる。

 ていうか、僕もだけど。

 心のなかで冷や汗をかく僕たちを前に、団長さんは含みのある笑みを浮かべて話を戻した。


「で、ギド・ルヴェールの目的だけどね。どうやらライナ・クロウェル君に復讐をしたかったようだよ」

「え?」

「学校内で彼らの確執は有名だったろう」


 それは驚くよりも、納得がいったと言っていいくらいの情報で、僕は逆にきょとんとしてしまった。


「学校内でギドが絡む事件にはほぼ確実にライナ君も絡んでいる。最初はギドの方がまさっていたようだけど、段々と拮抗してきて、とうとうライナ君がギドを倒したという最新の情報も入ってきてるよ」

「……あれも、学校中で噂になってましたからね」


 この世界の娯楽ってそんなに多くないから、ゴシップな噂なんかは格好の獲物だ。

 自警団の耳にもすぐに入ったんだろうと思う。

 でも、そういうことならライナが狙われたというのも納得だ。


「ギドが学校に来なくなったのはライナに負けてからだから……」


 そこから復讐するための計画を練ってたってことなんだろう。

 ユファちゃんは言わずもがな、僕が誘拐されたのは一番弱くてライナが僕を庇護していたから。


「よほど、腹に据えかねてたってわけですか」

「今回のように手段を選ばないくらいにはね。そのせいでややこしい事態になったとも言えるんだが」

「ライナは、無事ですか?」


 団長さんが右手で頭を支えたのを見て尋ねる。

 ギドだけが相手なら、そこまで心配はしない。

 でも、人買いという大人が関わっているなら別だ。


「ああ、そこは大丈夫。心配ないよ。ちゃんとこちらで保護した」


 よかった。自警団はちゃんと仕事を完遂したらしい。


「ただ、復讐のくだりはライナ君から聞いたんだ。残念ながら、ギド・ルヴェールからはなにも聞けなかった(、、、、、、)んでね」

「それ、黙秘してるってことですか?」


 だとしたら僕やユファちゃんがあの場所にいたことを誰が教えたのか疑問が残るんだけど……

 取り巻きたちからきいたとか?

 でも、それもどこか変な気がする。

 この団長さんの言い方はなにかが違う。


「また難しい言葉を使う……いや、言うべきはこれじゃないね。黙秘はしてないよ。というかできないんだ」

「え?」


 できない?

 首をかしげるとお父さんもお母さんも口を引き結んで視線を逸らす。

 団長さんも心底意味がわからなくて困っている僕をじっくりと見てからため息を吐いた。


「……まいったな。嘘を言っているようには思えない。ガリオはどうだ?」

「嘘は言っていない、と思う」

「同じく、だ。となると……ふむ」


 え、なんでいきなり団長さんとお父さんだけでわかったような会話してるの。

 二人はお互いに目配せすると、僕に向き直る。


「実はな、ダット」

「なに、お父さん」

「ギドは死んだ」

「…………はぁ!?」


 自警団の二人が揃っての真剣な眼差しが、それが真実であることを物語っている。

 けど、これは予想外すぎた。

 いけ好かない、むしろ大嫌いと言ってもいい相手ではあるけれど、さすがにショックだ。


「死んだって、なんで……?」

「町中で出た魔物のせいだよ」


 僕の疑問にさらりと答えたのは団長さんだ。


「君はあの地下での出来事を知っているんだろう? だったら想像はつくはずだ」


 じわり、と冷え切った手のひらに汗が滲んだ気がした。


「じゃあ……」

「ああ。ギド・ルヴェールを殺したのは【闇の死者】だ」


 それは、まさにいまこの町(カーライル)が危険に巻き込まれているということに他ならない。


「まさか他にも!」

「ああ。いる。だが、地下牢で見つけた遺体を含めて犠牲者は五人。残りの二人はギドの取り巻きだった連中だ。怪我人は誘拐の被害者である君たち二人だけ。他の町の住人はみんな無事だ。無事、なんだが……どうにも【闇の死者】の行動が解せなくてね」


 団長さんがまたお父さんと視線を合わせる。が、すぐに僕の方に戻ってきた。


「【闇の死者】はギドたちと同じ場所にいたライナ君やエリク君。他数名には一切手を出していない。これはそれまでの犠牲者を喰らうことで満足したから、という理解の仕方もできるんだが、問題はそのあとだ」

「そのあと?」

「ああ。ギドたちは君たちの居場所を言う前に【闇の死者】に喰われた。この時点で君たちの居場所を知る者はいないはずだった。でも【闇の死者】はライナ君たちに君たちの居場所を教えたんだ。『今、彼の者に死なれては困る』という言葉付きで」


 ああ、そうか。

 団長さんたちが、話を聞きたがっている理由がこれでわかった。


「その後、奴は一切姿を現していないが……残された言葉の意味を考えるとどうしても警戒を解くわけにはいかなくてね。君たちにどうしても、早急に話を聞く必要があった。だが、先に目が覚めたユファ君はなにを聞いても答えられない状態だ。それで目覚めたばかりの君に無理を通して話をしているわけなんだが」

「そういう、ことですか」


 ここまで聞けば、現状を把握するには十分だった。

 きっと、団長さんも【闇の死者】の言う『彼の者』が誰のことか気づいたはずだ。

 わかっていたことではあるが、頭が痛い。


「やはり察しがいいね。顔つきも変わった。大人しいなりに賢い子ではあるんだろうとは思っていたが、いま確信したよ」


 ふ、と微笑みを浮かべた団長さんはベッド脇でひざをつく。


「【闇の死者】となにか契約したね。ダット君」


 獲物を狙う狩人。

 まさにそんな目で団長さんは僕を見ている。


「犠牲になった人間があまりにも狙いすぎている。最初は君が【闇の死者】に取り込まれたのかとも思ったんだが、違うようだし。だとしたら、【闇の死者】となにか取引をしたと考えるのが普通だ。ああいう魔物は、人の心につけ込むからね」


 実際とはややずれた推理ではあるけれど、外から見たらそう見えてしまうんだろう。

 殺気じみた気配に気圧されていた僕は、どうにか声を出そうと口を開く。


「契約なんて……してない。向こうが勝手に、押しつけたんですよ」


 見せたのは、左手の甲。

 いかりの形に似た青白いタトゥーのような標だ。

 団長さんも、お父さんも、お母さんも。

 僕が見せたそれを目にして、怒りや悲しみ、複雑なものが混ざったうめきを漏らす。


「僕だって、死ぬと思ってました。でも、途中であいつは……勝手に」


 勝手に僕相手に興味を持って、勝手に生かした。

 ただ、興味を持ったから。

 成長して、そのときにまた会おうと。

 

「これは、狩りのための的なんだ。僕は、獲物ですよ」


 要はそういうことなんだと思う。

 【闇の死者】は笑ってた。

 楽しそうに、まるで遊び相手を見つけたかのように。


「……魔物のすることはよくわからないが」


 団長さんがひとつ、息をつく。


「君の話が真実だとして、いろいろと考えなくてはいけないことがあるのはわかってるかい?」


 先ほどよりは和らいだものの、団長さんの視線は厳しい。


「君は【闇の死者】に生気を奪われてる。生き残ってはいるけれど、そうした人たちの余命はとても短い。長くても三年ほどだと聞いてる。そんな君が【闇の死者】に狙われているのだとしたら……」

この町(カーライル)に住み続ければ、また遠くないうちに【闇の死者】が来る」


 自警団の考え方として、町を守ることを第一とするならば対策はひとつだ。


「被害を最小限に抑えるなら、僕は町から追放かな」


 備えをして、対策を立てるという手もあるけれど、被害者が一人で済むのと、数人、数十人になるのと、どちらに天秤が傾くか。

 それは言わなくてもわかる。 


「表向きは治療のために設備の整った王都に行く、とでもすれば、周囲の混乱はないだろう。ユファ君は……状況次第ではあるが、同じようになるかもしれない。このあたりは少し情報操作させてもらうよ」


 団長さんの中ではもう確定事項なんだろう。

 僕が言ったことそのままで話が進んでいっている。

 お父さんはそのままで十分怖い顔をさらに怖くしていたけど、動揺はしてなかった。

 お母さんは……僕の手を握って、ただただ震えて、泣いてた。


「すでに領主様から王都へ【闇の死者】が出たことは早馬で知らせをやっている。おそらく調査隊が来ることになるだろう。詳しいことはそれからになるだろうが、準備だけはしておいて欲しい。いいか、ガリオ」

「……わかった」


 では、頼む。と団長さんの姿が消えて。

 いろいろと限界だった僕は目を閉じた。



2017.4.14 改稿

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