暗闇と牢獄
――ひゃははは。ざまあみやがれ。これであいつも大人しく……
――なってもらわなければ困るよ。ぼくたちに敵わないと思い知ってもらわないと。
――そうだ。これで俺たちの力はこの町に知られるんだ!
がしゃん、ぼすっ、がちゃん。
随分と耳障りな音に目を開ける。
そして戸惑った。
「……???」
ぼんやりと暗闇を見上げていたからだ。
瞬きしても変わらないその暗闇のなか、鼻の奥に残る甘い花の香りを感じながら、どうしたんだっけ、と考える。
避難訓練のときにリオくんに声をかけられて地下壕まで戻ってきてそれから……
そこから先の記憶がなんだか曖昧だ。
僕、どうして寝転がってるんだろ。
しかも頭のとこはやわらかくて温かい枕があるのにほこりっぽいし、かび臭いし、背中痛いし。
「……ここどこ」
「え、とたぶん、地下」
「そうなんだ、地下かぁ……」
って、え……?
なに今の声。
「よかった。目が覚めたんだね」
その声は頭上からで。
「!?」
ま、まさか。
聞き覚えのある女の子の声にぎょっとする。
「ユ、ユファ、ちゃん?」
「うん」
やっぱり。
僕と同い年のご近所さんだ。
あれ。てことはまさか、頭が乗ってるのも枕じゃなくって。
「っ!?」
わずかに見える光で浮き上がるシルエットを頼りに、慌てて起き上がる。
もやがかかったようだった寝ぼけ頭が一気に覚醒した。
え、なに、どういうこと?
「ユ、ユファちゃんが僕を呼び出したのってここ?」
少し前の記憶を呼び起こして聞いてみる。
まさか、こんなドッキリのために呼び出したとかないよね。
「なんのはなし?」
「……あれ?」
不思議そうに聞き返されたんだけど、なんでだろう。
「え、あの。僕、ユファちゃんが話があるからって呼び出されたんだけど」
「呼んでないよ。誰に言われたの?」
「リオくんだけど」
「そ、そんなの頼んでないけど……?」
おかしいな。
なんか話に齟齬がある。
これ、もしかして。
「って、あっ……まさかあの人っ」
なにか思い当たることがあったのか、暗闇の中でもわかるほどに驚いた様子のユファちゃんに詰め寄られた。
「ダットくん!」
「えっ」
「リオ、ケガしてなかった!? 大丈夫だった!?」
「え、ちょ、お、落ち着いて」
「ねえ、ダットくん。どうだったの!?」
どうしよう。これ、なんか、尋常じゃない感じだ。
下手なこと言ったら首しめられそうな勢いがある。
「ユ、ユファちゃんの心配してるようなことはないよ。ケガをしてる様子はなかったし、今はエリクと一緒のはずだし」
「ほ、ホント?」
「うん。ホントホント」
なだめるようにそう言うとユファちゃんは少し落ち着いたらしい。
「エリクくんとなら……だいじょうぶ、かな」
胸をなで下ろすとほっと息をつく。
それを見て、僕はなんとなく察する。
「えっと……ごめんね、ユファちゃん。落ち着いたところで早速悪いんだけど、聞きたいことがあるんだ」
いろいろと。
それはもういろいろと。
「あ、うん。そう、だよ、ね」
ユファちゃんが目のあたりを拭うのを見て、ずきりと胸が痛むがしかたない。
だってもうユファちゃんにしか聞けないんだしね。
ということで情報交換を開始する。
そこでわかったのはユファちゃんが脅迫されてここに連れてこられたことと、その犯人の名前だ。
「……元凶はギド・ルヴェールでしたか」
「う、うん」
この町ではあまり良くない噂のある不良少年の名前に二人してため息をつく。
というか、実際に噂どころかその悪行は身をもって知ってる。
僕もやられたことあるからね。
転ばされたり、殴られそうになったり、喝上げされそうになったり。
年はエリクと同じ、だったかな。
学校にはそんなに真面目に来る方ではなかったけど、体格だけは物凄くよくって、取り巻きも何人かいて。
はみ出し者っていうか無法者ってイメージだ。
「そういえば、最近学校では全然見かけないって……」
「うん。みんなそれでほっとしてたんけど、今日急に声をかけてきて」
「一緒にいたリオくんを人質にされてついて行かざるを得なかった、ってわけだ」
「……うん」
「で、僕はそのユファちゃんを人質にされたリオくんに呼び出されてここにいる、と」
「………………うん」
なんだろ。
こんな風に暗がりに閉じ込められてホントはもっと怖がるべきなんだろうけど……
前世のことがあるせいなのかなぁ。
手紙で体育館倉庫に呼び出されて行ったら嘘で、鍵掛けられて閉じ込められました。的な幼稚な手段にしか思えない。
しかも、相手が悪い。
僕のお父さん……自警団の副団長なんですけど。
前世の世界よりも法律という部分では整ってない部分は多いけど、子どものしたことだからって容赦するほど、甘くないのがこの世界だ。
しかもギドは悪党予備軍。
これがもし大事になれば、町からの追放も、最悪、処刑だってあり得る。
それなのに。
「なんだってこんなことしたんだか……」
ギドたちもそれを考える頭くらいあるだろうに。
僕のあきれ気味なため息に、ユファちゃんが「ごめんね」とうつむく。
「謝らなくていいよ。僕が来ちゃったのは僕の責任だし。元々悪いのはあいつらでしょ」
「それは、そう、だけど」
「それより、ここから出ることを考えた方がいいよ」
ギドたちがなにを考えてるのかわからないけど、いい予感はしない。
誘拐や人買いだって公には認められていないけどある(お父さん談)世界だ。
そんなことになれば、一生太陽を拝めないことになりかねない。
それは嫌だ。
とにかく、こんな不衛生きわまりない空気が流れてる場所からは早く出ないと。って。
「お……。開け……」
「……い」
声?
わずかに光が入ってくる方向からだ。
ぎしり、と扉が軋む音。
そして鍵の開いただろう音と、強い光が差し込んでくる。
「誰か、来た!」
ユファちゃんの声に喜色が混じる。
けどこれ、無条件に喜んでいいんだろうか。
これが自警団の人たちならまだいい。だけど違うなら……
そこまで考えたところで光が差し込んできて、周囲が見えやすくなった。
って、ちょっとこれ。
目の前に張り巡らされていたのは古い鉄格子。
……牢屋じゃん、ここ。
「お願い! 助けて!」
嫌な予感が募る中、ユファちゃんが古めかしい牢屋の格子を強くつかんで、助けを求める。
返事はすぐには返ってこない。
「お願い、ここから出して!」
ユファちゃんの再び救助を求める。
けれど、帰ってくるのは靴音だけだった。
僕は光が再び細くなり、扉が閉められたのを見てアレが助けではないことを確信した。
「うるさい娘だ」
太く、低い声。
ぼうっと、外の光とは違う、部屋を照らす魔道具の明かりが室内を照らす。
そこに照らし出された人間は二人。
「……誰?」
二人とも見たことがない人間だった。
一人は左目の上から頬まで傷があって、もう一人はキツネみたいに目がつり上がっている。
たぶん、お父さんと同年代くらいだ。
ここに入ってきたってことは、ギドの協力者、なんだろう。たぶん。
ギドたちを学校で見かけなくなったのも、この人たちが関係しているのかもしれない。
その二人が怯える僕たちを前に、値踏みするかのような視線を送る。
「これがあの小僧の懸想しているとかいう娘か。普通だな」
「そうですね。上の方々が好むには少々物足りないかと」
文字通り値踏みっぽかった。
この人たちって、人買い、っていうか人さらいっていうか、いわゆる裏家業の人間なんじゃないだろうか。
なんて人間に協力頼んでるんだ。
本格的に犯罪に手を突っ込んでるじゃん。
完全にアウトだよ。
いまここにいない相手に内心で呆れていると。
「そしてこっちが……」
ユファちゃんから僕へ、値踏み対象が移った。
キツネ顔の男に続いて傷を持つ男の視線がこちらに向くその瞬間。
ぞくり、と背中に悪寒が走った。
「っ!?」
やばい。
僕を視界に入れた途端に垣間見えたのは怒り、みたいなものと、妙な情念。
初対面のはずなのに、明らかな憎しみもそこにはあって、いろんなものが複雑に絡み合い過ぎてて、怖い。
し、知らない人にこんなもの向けられるようなことした覚えないのに。
なんて思っていたら。
「こちらは上の方々も満足するでしょうね」
「アレの子かと思うと反吐が出るが……彼女にここまで似ているとはな」
「……複雑、ですか?」
「黙れ」
え、なに。この会話。もしかして。
「お父さんと、お母さんを、知ってる、の?」
思ったより、睨まれたことが効いていたのか、出た声は震えていたものの、ちゃんと言葉にはなっていたようだ。
傷を持つ男が余計なことを言った、とばかりに舌打ちする。が、すぐに唇をゆがませ、笑った。
「貴様の父親はオレから大事なものを奪った極悪人だ」
え、なに。どういうこと。
お父さんが……この人の大事なものを奪った?
「だから今度はオレが奪う。お前はそのための道具だ」
ぞくり、とする笑い方だった
本能的に怖さを感じて、後ずさる。
ユファちゃんも同じだったようで、自然と僕に手が伸ばされた。
「くくくくくくっ。お前は殺さない。殺さずに壊れてもらう。そして、その様を奴に見てもらうといい。奴はどんな顔をするだろうなぁ。大事な子どもが、狂った様を」
男の目がめいっぱい開かれて白目がむき出しになる。
お父さん……めちゃくちゃ恨まれてるみたいだけど、ホントなにしたの。
気になる部分ではあるけど、肝心なのはそこじゃなくって。
要はお父さんを苦しめるために僕をさらったってこと、だよね。
しかも僕に狂えって、怖い考えしか思いつかない。
いわゆる十八金、的な。
やだもう、悪寒が止まらないじゃないか。
「じ、冗談じゃないよ。どうしてそんなことのために僕が、あなたの思い通りにならないといけないの」
ホントに、冗談じゃない。
生まれ変わって、これから生きていこうとしてる僕が、ここで、また未来がなるなるような人生を送るとか。
そんなの絶対に嫌だ。
「僕は、あなたの、思い通りにはならない。なりたくない」
怖くないわけじゃない。
僕が傷の男に対抗して睨み上げても、男にかなうわけないし。
でも、僕にだって、味方はいる。
「お父さんたちが、それをさせない。絶対に」
この町の自警団は優秀だ。
そりゃ、問題がないわけじゃないだろうけど、それでもみんな町の治安を守ろうと頑張ってる。
町の人たちもそれを感謝してる。
だから、絶対にお父さんたちは来てくれる。
そう信じて僕は僕のできることをしなきゃ。
このまま黙ってこの人のいいなりにはなりたくない。
「……このガキ」
僕が負けじと睨み上げると、傷の男の気配が物騒なものになったその時だ。
『なんともまあ、心地良い目覚めよの』
何重もの音が重なったかのような――声――が響いた。
耳に、じゃない。
これは……
『憎しみ、悲しみ、溢れんばかりの恐怖。ああ、これぞ我らの源よ』
頭の中に直接叩き込まれている。
未知の感覚に、そして足下からやってくる怖気の走る冷気に、凍りついたのは僕だけではなかったはずだ。
『クカカカ。良い。良い心地じゃ』
青白い光が、空間に浮かぶ。
最初は単なる光に過ぎなかったソレは次第に形を成していく。
頭から、足下まで。
青白い骸骨の形に。
「あ……あ…………っ」
ユファちゃんがぺたり、と床に座り込む。
できたら僕もそうしたかった。
でも、できなかった。
できたのは、呆然と脳裏に浮かんだソレを口にすることだけ。
「【闇の死者】」
僕、今度こそ死ぬかも。
2017.3/31 改稿