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頭を打ったら異世界でした。  作者: 小池らいか
第一幕 始まりの町カーライル
13/61

歴史の勉強、感想文



 午後の授業はジードリクス王国にまつわる【歴史】の話で始まった。


 ジードリクス王国は元々すぐ北に位置するラグドリアという帝国の領土で、かつては魔物が横行する未踏の地だったそうだ。

 それを人が住めるように開拓した人間こそ、ジードリクスの初代女王ルリア・ジードリクス。

 【救世の聖女】とも呼ばれる人物だった。

 そしてその女王をその横で助けた人物がダードリー・ウィットとカイ・シド。

 二人もまた【双黒の比翼】という二つ名を得ている。

 それが約二百年前のこと。

 ジードリクス王国を愛する人間であれば、誰でも知っている英雄物語である。


 教壇に立つ年配の茶髪の女性――カリィナ先生と言う――がよく通る声で三十人ほど集まった子どもたちに語りかける。


「北の帝国ラグドリア。彼ら三人は元々帝国の民でした。今でこそかの国は平定を取り戻し、民も穏やかに暮らしていますが、その当時は権力者が弱い者を虐げることが当たり前の状態だったようですね。ルリア・ジードリクス。後の建国の女王は元々帝国貴族の娘でした。彼女が残した手記にはその当時のことが鮮明に記されています。あえてここでは語りませんが、教科書には載っているので、興味がある人はそちらを読んでくださいね」


 カリィナ先生はそう言って途中の内容をスルーした。

 それも仕方ないというかなんというか。

 僕は手元の教科書の抜粋されたその部分を読んで苦笑いを浮かべた。


『平民は奴隷として売買され、粗相をすれば斬り捨てられる。ある夜会では老若男女が地下で賭けをしていた。奴隷同士を闘わせ、殺し合わせるのだ。親子、兄弟、姉妹。負けた方に訪れるのは死。そこから逃れるために相手を殺す。時には自ら命を絶つ者もいた。帝国の都は煌びやかだったが、その裏では魔物よりも非情な世界が広がっていた』


 この教室にいるのは大体が九歳から十一歳までの中間層。

 低年齢層の子どもにはちょっと刺激が強い内容だ。

 読まずに済ませる気持ちもわかる。

 もう少し年上――十二歳から十四歳程度――になると踏み込んだ授業もするらしいが。

 日本だったら絶対にあり得ない内容だが、この辺は異世界だからなのか、それとも文化の違いだからなのか。

 そのあたりのことは置いておいて、有名な建国の女王とその仲間についての説明は続く。


「彼女は、十五歳になると行動を起こしました。帝国を変えるために動き出したのです。けれど周囲の賛同は得られず、窮地に陥ります。反逆の罪を被せられ投獄されたのです。そこで出会ったのがダードリー・ウィットでした。彼もまた現状に意義を唱えた帝国貴族の子息。二人は絞首刑になるはずでしたが、幸運なことに義賊によって助けられます。名はカイ・シド。これが英雄三人の邂逅でした」


 ここから先三人は様々な苦難に遭遇し、立ち向かっていくことになる。

 脱出先で出会った奴隷扱いの者たちを救出して帝国南部の同じ志を持つ貴族の元へ逃がしたり、助けられずに処刑される場面に出会ったり、悔いている彼らと師匠となる魔法使いと出会ったり、人間の言葉を理解する魔物に遭遇したり。

 様々な偶然と巡り合わせと彼らの行動力の結果がジードリクス王国という国を作り上げた。


「元々魔物の領域であったこの地の開拓は、決して容易ではなかったといいます。戦える人間も少なく、死者もまた多く出たそうですが、彼らは諦めずに少しずつ人が生きていける環境を整えていきました。そして同じ頃、帝国内でも変化が起こります。帝国の現状に不満を持った地方貴族達が連携して動き始めたのです。その先頭に立った人物が後の新生ラグドリア帝国皇帝ルジュア・ルアール・ラグドリアでした」


 実はこのルジュアという皇帝、元々帝国の第三皇子でルリア・ジードリクスとは友人で幼馴染みだったらしい。

 思想もよく似ていてそのせいで彼は地方に左遷。

 ルリアたちが追われた後、密かにその跡を追って支援などをしていたそうだ。

 一方ルリアたちの元には続々と奴隷扱いをされていた人間が集まっていた。

 なかには脱走兵などもいたらしい。

 更には魔物と闘うということもあり、傭兵なども雇うこととなり、気がつけば帝国の一個師団にも負けないくらいの戦力が出来上がっていた。

 そうして。


「ルジュア皇帝とルリア女王は同時に立ち上がりました。女王は帝国からの独立を宣言。帝国はそれを認めず、最大戦力で軍を送りました。この間、帝都の守りは手薄になります。ルジュア皇帝はその隙を持って帝都を占領しました。この知らせを受けた軍はすぐに取って引き返しますが、元々民にはよく思われていなかった彼らはこれによって瓦解。敗走することになったのです」


 やがて、帝国内での粛正が終わりを見せる頃。

 ルジュア皇帝は改めてルリア女王に独立を認めることの声明を発表。

 よき隣国であろうことを約定にて制定した。

 別に帝国がちゃんと皇帝によって粛正されたんだから独立しなくてもいいんじゃない? とも思うところでもあるが、それは奴隷として扱われてきた人々の心身上のこともあり独立という方向で決着したそうだ。

 と、大体おおまかな国の成り立ちはこんなものだろうか。

 実際はもっといろんな意図が絡まってたんだろうけど、過去のことは過去の人間にしかわからない。

 未来にいる人間としては、残された証拠からそれを想像するしかないわけだしね。


「というわけで」


 カリィナ先生はにこにこと笑みを浮かべながら指を一本立てた。


「この話はみなさんもよく知っていることと思いますが、今日の課題はこの建国にまつわることについて感想文を書くこととします」


 え……?

 僕は思わず、手元にある見た目黒板ミニチュアサイズのそれに目を落とした。

 紙の供給量が少ないこの国でのノート代わりになるもので、対になった木の棒で文字を書く仕様になっている。

 少量の【魔鉱石】と両方に特殊な細工の【紋章】が刻まれていて、【紋章】同士を触れ合わせることで文字が消える。という仕掛けの【魔道具】で便利なのだけど、所詮は黒板。感想文を書くほどのスペースはない……んですけど。

 同じ教室にいる四十人弱の子どもたちも普段なら絶対にすることのないことを言われて戸惑っている様子だった。

 そんな僕たちの反応をカリィナ先生は微笑むことで制すと、一体いつこの教室に持ち込んだのやら。

 普段用いることのないはずの紙の用紙を教卓の上に持ち出す。

 そして次には。


「紙も書く道具も揃えていますから、安心してください」


 でん、とペンやらインクやらが入っているらしい箱を取り出した。

 ……いや、だからそれどこから出てきたんですか?

 確か授業が始まる前にはそこには何もなかったはずなんですが。

 というか、カリィナ先生教室に入ってきたとき、教科書以外のものは持ってなくなかったですっけ。

 僕の見間違い……かな?

 いろいろ突っ込みたいのは山々だったが、カリィナ先生は続きを話す。


「実は学長が、皆さんの日頃の成果を見たいということで気まぐれに提案をしてくれやがりまして。普段は触れることのないものに触れてみるのも一興だとこのようなことと相成りました」


 ふう、と息を吐くカリィナ先生。

 その表情がどこか疲れて見えるのは見間違いじゃないだろう。

 一部棘付き発言も含まれていた。

 ていうか今、野郎言葉入ってましたよね……?

 いつも落ち着いた雰囲気を崩さない穏やかな彼女の意外な一面を垣間見てしまった生徒たちは、それぞれ隣の席同士で顔を見合わせた。

 そんな微妙な空気が流れる中、前の方の席に座っていた生徒が手を挙げて発言する。


「せんせー。それって試験ってことですか?」


 それは年に一度紙を使ったテストが行われるためのことだったが、前回のテストは半年前にあったばかりだからそれはないはず。

 予想通りというかなんというか。


「いいえ。今回のこれは違います。あくまでも学長の提案で行われる突発的事故、とでも思ってください」


 カリィナ先生は首を振って否定した。

 やっぱりなんだか、発言内容がおかしいけど。

 学長となにかあったんだろうか。ここの学長はちょっと変わってることで有名だし、その関連……かも。


「まあ、それは横に置いておくとして。課題の件です」


 気を取り直したカリィナ先生は閉じた教科書を持ち上げる。


「教科書に載っていることだけを題材にしてもよいですし、もう少し詳しいところを書きたければ書庫へ行って調べてもらっても構いません。建国に関わることならなんでも結構です。ただし、提出は今日中にお願いしますね」


 つまり、この後はほぼ自習状態となるわけで。


「わからない字などがあれば質問に応じますよ」


 という言葉を最後にその場がわっとうるさくなった。

 友だち同士でどうするか相談を始めたのだ。

 が、残念なことに僕の側にはそれを相談する相手がいない。

 エリクは年齢が二つ上なので十二歳から十四歳までの上級生の教室に回されているし、同じ教室にいるライナは僕の事を警戒して近づいてこない。

 その他の子どもたちも、僕との接点があまりないため相談相手になりようがなかった。

 さて。ではどうするか。

 少し考えてみたものの、決断は早かった。



補足。

 【魔導具】→魔法使いのみが扱える道具。魔法補助器具。魔法を制御し導くため道具。

 【魔道具】→魔法使い以外でも扱える魔鉱石を使用した道具。日常生活等で使用。


2016.10.14 改稿

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