あらためまして幼馴染み
嵐が去った。
いや、まだいるんだけども。
最初に来たときよりは……強風程度には落ち着いたんじゃないかな。
しゅん、と幾分小さくなった赤色と銀色の二人はベッドの端とイスに別れておとなしく座っている。
居心地が悪そうにときどき扉の方を見ているのはお母さんを警戒してるから。
きっとさわいだらすぐにあの状態のお母さんが出てくるって思ってる。
「え、と。二人とも大丈夫?」
だんまりが続いたので、僕の方から話しかける。
「お、おうっ」
「な、なにっ?」
……これってトラウマになってそう。
「そんなに怯えなくても話をするだけならお母さんも怒らないよ?」
自業自得だけど、ちょっとかわいそうかな。
そうは言っても、という顔で二人の視線がまた扉に向かった。
僕から見てもかなりきつく絞られてたからね。
いつもなら、だからなんだ。っていう顔で済ますエリクが怯えるもわかる。
「ばっ。おまえ。おばさん相当怒ってじゃん。父ちゃんにしぼられるよかこえーよ」
「そうよっ。キーラおばさんがあんなに怖いなんてはじめてだわっ」
エリクが焦った表情で、ライナもまたそれに準じた様子で声を出す。
……やっぱり。
「でも、騒がなければいいんだし」
さっきのは完全に行きすぎてたからなわけで。
普通にしていればあとはなにも言われないはず……
って、なにかとかみ合わない二人が一緒にいる以上むずかしいかな。
「そうよね。ごめんね、ダット。このバカのせいで騒いだりしたから」
「あぁ? 誰がバカだって?」
エリクの目が鋭くなり、それに合わせてライナの目もまた細くなる。
どうして消えた火をまたつけるようなことを言うんだろ。
「……はぁ」
ため息をついたって誰も文句はいわないよね。
売り言葉に買い言葉。
どう考えても喧嘩したくてしてるようにしか見えない。
いつもなら決着がつくまでそのままなんだけど、今日はそういうわけにもいかない。
今度はさすがに……お母さんも容赦しないだろうし。
そうなったらこの二人が再起できるかどうか。
……そうなる前に割って入るしかないか。
「二人とも落ち着いて」
呆れと諦めの感情を絡めたため息が、言葉と同時に飛び出していく。
「エリクもライナもお見舞いにきたのに喧嘩しないで」
思ったより強い口調になった。
二人が目を丸くして僕を見ているけど、それはそれ。
「ここは僕の家だけど、もし診療所だったらさっきので追い出されてるよ。それに喧嘩するためにここにいるんだったら帰って」
安静が必要だって言われてるのに病人を興奮させるのはちょっとね。
二人の顔を交互に見ながら僕は言葉をかさねた。
「僕の顔を見て安心したからかもしれないけど、時と場所は選ばないとだめだよ」
こういうのはちゃんと言っておかないと、今後の彼らのためにならない。
以前の僕だったら絶対に出てこない言葉。
それを受けた二人は、
「ダット……?」
「おまえ?」
奇妙なモノを見たと言わんばかりの顔で硬直していた。
……気持ちはわかるけどそんな目で見なくても。
「どうしよう。ダットが変」
どこか青ざめたライナの独白が耳に届く。
「ちょっと、まさかエリクのせい?」
それはないから。
頭を抱えるライナに、エリクが「じょうだんじゃない」と応じた。
二人は顔を付き合わせて小声で口論し始める。
ていうか、まだやるんだ。
「なんでまたオレのせいになんだよ。おまえのせいじゃねーの?」
「ちょ、バカ言わないでよ。そんなわけないじゃない」
「じゃ、頭打ったせいだろ。きおくそーしつらしいし。それでおかしくなったんじゃね?」
うん。エリク。
だいたい合ってる。
「でも、だからっておかしいわよ。ダットよ。あのダットがよ。あんなしゃべり方するなんて絶対に変」
「あー、まぁそうかもだけどよ。前に父ちゃんがきおくそーしつでせーかく変わったりすることもあるって言ってたぞ」
「でも変でしょ。あんな別人みたいなしゃべり方っ。どう考えたってダットじゃないわ」
そこまで話をして、視線だけ二つ、僕の方に向けられる。
とりあえず、いろいろと言いたいことも聞きたいこともいろいろあるだろうし、聞こえないように話してるつもりかもだけど。
「二人とも」
声をかけたらびくっ、と二人が肩を震わせた。
ゆっくりと二つの顔が同時に僕の方を向く。
……ホント変なところで気が合うよねこの二人。
「全部、聞こえてる」
「え」
「あ」
なんとも間抜けな顔で固まる二人。
これはこれで面白いけど、このままだと話にならない。
「聞きたいことがあるなら聞いて。答えるから」
「ご、ごめんなさい」
「ごめん」
こういうところは子どもらしく素直なんだか……ら。
……あれ?
僕も子どものはずなのに地味に心が痛い。
「……と、ともかく二人とも僕が記憶喪失になったっていうことは知ってるんだよね」
「それは聞いたわ」
「記憶が戻ったことは?」
「あー、そっちはさっきおばさんからきいたような……」
ような、ってエリク……相変わらず記憶力弱いね。
ライナが横目で睨んでるよ。
気付いてないけど。
「……それだけわかってたらいいよ。僕がこうなったの、記憶喪失のせいだから」
喧嘩まで発展しなかったことにほっとして、僕は続きを話す。
「記憶をなくす前の僕っていつもぼーっとしてたでしょ。あれね。頭のなかにもやがかかってる状態だったんだ。なんていうか……ここにいていいのかな、っていうのがいつも頭の隅にあって、どうして自分はここにいるんだろう、って思ってた」
「……どうして?」
「なんでかな。ちがう場所に行きたかったのかも」
前世の記憶がそうさせてたわけだけど。
さすがにこのあたりは話せない。
単純なエリクは受け入れてもライナは頭で考えるタイプだから厳しいだろうし。
不自然でない程度に話をつなげればなんとかなるかな。
これも間違いじゃない。
「ときどき遠くをみてたのはそのせい?」
「うん。近くを見ることができていなかった、ってことなんだけど」
家族や友だちがいるのにちがう場所に行きたいなんて、普通とは言えない。
だからみんなに心配かけていたわけで……
これ、いま考えたら謝っても謝りきれないくらいのことしてるね。
「ごめんね。二人にそれ、謝らないと。友だちなのに、こんなのおかしいよね」
「あー、べつにオレはきにしてねーよ」
「……あ、あたしも、それは別に」
そう言ってもらえると気持ちも少し楽になる。
「二人ともありがとう。これも頭を打って記憶をなくしたおかげかな。あれからずっと頭のなかにあったもやもやもなくなったんだ。記憶がもどってもそれは変わらないし、いまなら僕の居場所はここだってはっきり言える」
あの頭を強打する事件が起きなければ……
きっと生きているあいだずっとあの前世の光景を追いかけ続けてたはず。
「だからちょっと痛いけど、頭を打ってよかったかな」
「いや、きおくそーしつでほーたいまくのはヤバいだろ」
「……あたしもそう思うわ」
二人が言うのは正論だけど、僕にとってこれも結構切実な問題なのに。
「でも、やっぱりダット、別人みたいだわ」
ここにももう一つ問題が。
「そんなにちがう……かな」
たしかに以前の僕よりも精神年齢はたいぶ上がってしまったものの、基本は記憶が戻る前のダット・クリークスのはず。
「ちがうわよ。いまのダットのしゃべり方っておとなみたいだし、変だわ」
「そーか?」
「そうよ」
「べつに気にならねーけどなぁ」
「あんたはそうかもしれないけど、他の人が見てもそう思うわよ」
二人の視線が集中して僕に向けられる。
ただ、これに関して言えることも少なくて、年齢に見合わないしゃべり方なのはわかっていても。
「そう言われても気がついたらこうだったから……」
としか言いようがない。
「……あやしいわ」
ライナが真っ直ぐ疑惑の眼を僕に向ける。
こういう部分の敏感さはこの世界で生きていくには重要な危機管理能力として役立つもので、決して悪いことではないのにも関わらず、この状況ではあまりうれしくない。
「ちゃんと先生に調べてもらった方がいいと思うの。それかおじさんならいろんなところに行ってるし、こういうのにも詳しいでしょ。だから――」
「ちょ、ちょっと待って!」
話がどんどん大事になってる。
変に話を広げて自警団まで巻き込んだりしたら、最悪町にいられなくなるかもしれない。
それはもっとも避けたいことだ。
「大丈夫だよ。先生にも診てもらったし、お父さんともちゃんと話して納得してもらってるから」
「だけどこんなことふつうじゃないでしょ」
「ライナ!」
言い募ろうとしたライナをエリクが止める。
「おまえ、なんでそんな突っかかってんだよ。おじさんだってだいじょーぶだっつったんだろ。だったら別にいーじゃん」
「でもっ」
「ダットがダットなのは変わんねーよ」
「……っ」
エリクのその一言は僕にとってはうれしいことでも、それを納得いかない顔で聞いたライナは「もういい」とそっぽを向いた。
そのあとは僕を見ては目を逸らし、会話にもあまり加わらず。
おかげで追い出されるような騒ぎはなかったわけだけど。
面倒なことになりそうな予感に、僕はこっそりため息をついた。
2016.7/3 改稿
2016.7/10 改稿