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17.選ばれた人間

 (受刑者・里中蛍)

 

 『ですが、あなたの意志は既に操られているのかもしれないのですよ?』

 『くどいです。いい加減にしないと、あなたが通信して来たという事実を、ナノネット“黄泉の国”に伝えますよ? どれだけ頼まれても、ボクはここに来た経緯を説明するつもりはありません』

 『そうですか… では、仕方ありません』

 ――プッ

 その意識の通信が終わった後で、ボクは自分がヘマをやった事に気が付いた。冷静に考えれば、あんな対応をしたら、ボクの殺人に何かあるだろうと紺野さん達が疑うのは目に見えている。突然の出来事に、少々興奮し過ぎてしまったようだ。

 いや、違うか。

 紺野さんは言っていた。ボクがナノネット“黄泉の国”に操られているかもしれない、と。そして、その所為で罠に嵌り、猿ヶ淵刑務所に入所したのかもしれない、と。ボクの怒りに火を点けたのは、多分その台詞だったのじゃないかと思う。

 ……冗談じゃない。妹を殺された事に対するボクの怒りは本物だ。緒義理を殺す、というボクの意志だって。だからこそ、人生を犠牲にまでして、ボクはこの猿ヶ淵刑務所に乗り込んだんだ。……だけど。

 気が付くと、目の前で計器が点滅していた。いけない忘れていた。ボクは仕事の最中だったんだ。考え事なんかしていたら、刑務官に罰せられてしまう。

 しかし、作業に戻ろうとしたボクは、再び考え事をし始めてしまった。どうしても、何かが引っ掛かるんだ。その何かが気になって仕方ない。

 ……だけど、この研究の仕事を行い始めてから何か変だ。何故か、緒義理に対する殺意が薄くなってしまったように感じる。否、殺意の感情自体は自分の中に渦巻いている。だけどその吐き出し場所が……。

 ボクは何か自分が重要な事を見落としているような気になっていた。もう一度、紺野さんの言葉を反芻してみる。

 ナノネット“黄泉の国”は人心を操作する。

 そして、そこでハッとなった。もし、仮に緒義理がナノネット“黄泉の国”に操られていたとしたらどうだろう? そして、その上で妹を殺したのだとしたら?

 ボクの敵は緒義理ではない事になる。

 ボクが黄泉の国に操られているなんて事は有り得ない。今までの生涯で、ボクは刑務所に関わるようなことはしていないし、ここに見学に来た時だって、予防用カプセルを飲んでいたのだから。ボクの感情は本物だ。だから殺意だって本物だ。しかし、緒義理への関心が薄れているのもまた事実だ。それは緒義理が本当の敵ではないとボクが気付いているからじゃないだろうか? もちろん、無自覚の内に。

 更に考えてみた。

 目の前の、ボクが欲しいと申請を出した機器は、ナノネット“黄泉の国”の存在を調べる事ができる。しかも、かなり詳細に。つまり、ボクにとって武器になる。そんな物の使用が、何故認められたのだろう?

 誰かボクに協力をしようとしている人間がいるのか? いや、人間とは限らないけど……。

 真夜中になると真っ暗闇の中に現れる声だけのあの男の存在。

 或いは、

 “ボクが罠に嵌められた”、なんて考えられないけれど、ボクがここにいる何者かに歓迎されたという事は有り得るかもしれない。

 “ようこそ、あなたの入所を、お待ちしておりました………”

 ここに入った日に、刑務官の一人から言われた言葉だ。それ以外にも、妙な事がたくさんあった。それになんだかボクは優遇されていたような気もする。そういった一連の出来事の諸々は、もしかしたら、“それ”と関係しているのかもしれない。

 ボクに何かを求めている存在がいるんだ。恐らく、この刑務所の中に。

 調べてみる価値はありそうだった。

 さし当たっては、あの真夜中に現れる謎の男だ。あの男に、コンタクトを取ってみるべきだろう。

 もしかしたら、あの男が、ボクが本当に殺すべき相手を教えてくれるかもしれない。

 

 真夜中。

 独房の中で横になっていると、何者かの気配が突然に現れたのに気が付いた。仕事で疲れていたボクは、眠りそうになるのをなんとか堪えて起きていたんだ。ずっと注意していたはずなのに、その気配がいつ部屋に現れたのかは全く分からなかった。やはり、怪しい。正体はナノネットとしか考えられない。

 「おい。あんた、いるんだろう?」

 気配に向かって、ボクはそう話しかけた。もしかしたら、心の中で念じるだけで充分だったかもしれない、とそう思いつつ。

 一呼吸の間の後で返事があった。

 ノッソリとした感覚。

 『ふふふ…… 珍しいな。あんたの方から話しかけてくるなんて』

 余裕たっぷりの口調が、なんだか鼻についたがそれでもボクは話を続けた。

 「いい加減、本当の事を言ったらどうなんだ? あんたは、人間じゃないのだろう? この刑務所に巣くっているナノネットの内の核の一つなんだ」

 少しだけまた間があった。けど、やがて男の声はこう答えてきた。

 『勿体ぶっても仕方ないな。そうだよ。オレはナノネットの核の一つだ』

 「どうして、今まで黙っていたんだ?」

 『あんたの準備が整うまで待っていたんだよ』

 「準備?」

 『まぁ、色々だ。あんたの気分だとか、あんたの周りの状況だとか。いきなりオレがナノネットである事を明かしたら、あんたは恐らく必要以上に警戒するだろう。自分の敵だと思うかもしれない。そうじゃない事を証明するのは、しばらく何もしないでいるのが一番だと思ったんだよ。

 それにしても、オレがここのナノネット“黄泉の国”の核の一つだとよく分かったな。何故、核がいくつもあると考えたんだ?』

 ボクはそう言われると悪い気はしなかった。それで、こう答えた。

 「あんたは、まるで、隠れるように密かにコンタクトを取ってきただろう? もしも、核が一つしかなかったのなら、そんな事をする必要は全くない。それでナノネット“黄泉の国”は複数の核から成っているのじゃないかと考えたんだ。しかも、他と競合関係にあるのじゃないか、とね」

 男はそれを聞くと『ほほぅ』と言った。

 『流石、選ばれた人間だ。大した洞察力だよ。オレがナノネットだという事までは誰でも気付くと思うけどな』

 選ばれた人間?

 その言葉を聞いて、ボクは止まった。一体、何の事だ? そこで気を引き締める。

 いい気になってしまったけど、まだこの男を信用するべきじゃない。協力関係になろうとしているのならいいけど、もしかしたら一方的に利用する気でいるのかもしれない。ボクを騙そうとしているのかも。

 ところが、そうボクが思うと、男はこんな事を言ったのだった。

 『おっと警戒するなよ。オレがあんたに本当の事を話すまでに期間を置いた意味がないじゃないか。安心しなよ。騙そうなんて思っていないから。あなたの目的は分かっているんだから。あなたは本当の敵が知りたいのでしょう?

 オレは…(ボクは)、あなたと利害関係が一致するから、こうして話しかけているんだよ』

 そう言葉を発する内、何だかノイズのようなものが走り、男の存在がぶれるのをボクは感じた。まるで、男は他の何かに変わってしまったかのようだった。

 なんだ?

 男は説明をした。

 『驚かなくてもいい。ボクの存在はナノネット。上辺だけの印象ならいくらでも変えられる。さっきまでは、刑務所にいそうな粗野な男を演じていただけ。あなたが必要以上に不審に思わないようにね。もうその必要がないから、話し易いタイプに変えたんだ』

 ナノネットだと分かっていたけれど、そうしてその証拠を明確に見せ付けられると、少し緊張した。それに、男のこの印象からは何か妙なものを感じる。それが何かは分からなかったけれど。

 ボクはどうしてなのか、何処か懐かしいような感覚を覚えていた。

 『利害関係の一致だって?

 ちゃんと説明してもらわないと、分からないな』

 その感覚に、親しみに近いような感覚を味わいながらも、ボクはできるだけ毅然とした口調でそう言った。自分の言葉が、何か変な風に響いたのを感じつつ。

 男は答えた。

 『あなたの目的は、あなたの可愛い妹を殺した存在に復讐をする事。もちろん、本当の意味で殺した存在に。

 そしてそのあなたの敵は、ボクにとっても敵なんだよ。ボクもその存在が邪魔なんだ。だから、あなたに協力して欲しい』

 ボクはそれを聞くと、唾を呑み込みつつこう言った。

 『その敵とは?』

 一呼吸の間の後で、男…… いや、ナノネットの核は言った。

 『ここの支配者。ナノネット“黄泉の国”を生み出した存在』

 ナノネット“黄泉の国”を生み出した存在?

 『ちょっと待ってくれ。ここのナノネットは自然発生したものじゃないのか?』

 『誰がそんな事を言ったのだい?』

 『いや、確かにそうだけど…』

 自然界に存在するナノネットは、自然に発生するのが常だ。それが頭にあったから、恐らくボクはそう思い込んでいたのだろう。

 『その男の名は、“小村独歩”。この猿ヶ淵刑務所において、最高の地位を持った受刑者。そして、ナノネット専門家』

 最高の地位を持った受刑者?

 『受刑者が、最高の地位を持っているだって? そんな事、可能なのか?』

 『普通なら無理だよ。でも、ナノネットを駆使すれば可能だ。そして、だからこそ小村独歩は、ボクらの敵なんじゃないか。妹の仇を討ちたいのだろう? 緒義理の心に影響を与えて、君の妹を殺したのは、小村独歩だ。

 この男に近付いて、そして殺すんだ。頭をかち割ってやるんだよ。あなたになら、それができる。大丈夫。ボクらもついているし。あなたは、その為に選ばれた人間だ。あなたが彼を殺せば、彼の奴隷になった数知れない存在を救う事ができるんだ。その為には、まずは、居場所を突き止めなくちゃいけない。実はあいつが何処にいるのか、ボクらには分からないんだ。

 君には、まずそれをやってもらう事になるよ。場所さえ分かれば、後はボクらがなんとかしよう』

 そうして、ナノネットとの会合は終わった。『あまり長く話し合っていると、本体の方に気が付かれる』と、そう言うとヤツは煙のように掻き消えてしまったんだ。ボクは狐に化かされたような気分になっていた。

 ボクが選ばれた人間?

 その後で、そのふざけた台詞を思う。

 まるで魔王を倒しにいく宿命を背負った勇者のようじゃないか。この黄泉の国を支配する王を倒す。自分の恨みを晴らすのと、奴隷になった人々を解放する為に。でも、少なからず疑問に思いもした。どうして、それがボクじゃなければいけないのだろう? どこかの下手なシナリオみたいに、予言されていた伝説の勇者が現れた、という訳でもなさそうだ。ただ、なんとなく予想がつかないでもなかった。ここはナノネットによって支配されている。しかも、相手はナノネット専門家だ。つまりは、ここの王を倒すには、ナノネットに対する専門的な知識が必要だったのだろう。

 

 次の日、作業中、ボクにかなりの自由時間が当てられていた。ボクは自分の好きなように作業ができる訳だ。もちろん、その意図は簡単に分かった。好きなだけ、ナノネット“黄泉の国”を調べろ、という事だろう。

 調べながら色々と考えた。自身を納得させる為に。どうして、ボクが選ばれたのかという事について。

 単にナノネットの知識があるだけなら、他の誰でも良いのじゃないだろうか。そんな人間はたくさんいる。でも、そういった技術者が彼らの協力者になるとは限らないか。つまり、利害が一致していて更に、技術や知識も必要だった訳か。確かに、それなら数が少なそうだった。それは、ボクに接触してきたナノネットが言っていた事でもあった。利害の一致。だからこそ、ボクらは協力者になれるのだと。

 でも。何かおかしい。ボクは完全には納得ができないでいた。ただし、それでも調査はし続けたけど。

 殺す。

 妹を殺した相手を殺す。

 その言葉を繰り返すだけで、作業には簡単に集中ができた。

 そして……。

 ナノネットの分布と、信号の伝達を入念に調べ上げていく内、その一つの大きな流れが刑務所の救護施設に入っているのを見つけたんだ。

 小村独歩。

 ナノネット専門家で、地位も高いはずのその男を、ボクはここで一度も見た事がなかった。救護施設内にいるのなら、それにも納得がいくかもしれない。もっとも、受刑者の制限された行動範囲なら、見た事がないのも不思議ではないかもしれないが。それに、そもそも見ていたとしても、それが小村という男だとボクに分かるはずはない。

 しかし、それでもボクの直感は小村がここにいると告げていた。

 ここにいるのか?

 取り敢えず、真夜中の現れるあのナノネットに報告してみる価値はありそうだった。ここにいるかもしれない、と。

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