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本物の聖女は妹だったらしいので

作者: にゃみ3
掲載日:2026/06/19


「フェリーチェ・エルディアナ。お前との婚約を解消する!」



 声高らかに宣言された言葉に、私は眉をひそめた。


 王国の第一王子イーサン・ロスマン。

 彼は、私の婚約者だ。


 正式に婚姻の取り決めがされているわけではないが、聖女は代々次期国王と結婚している。

 だから私も、その習わし通り、そうなるものだと信じて疑わなかった。


 それなのに、これは一体どういうこと?


 学園から聖女の勤めを果たすために戻ってみれば、突然王宮に呼び出され、婚約の解消を言い渡されるとは……。



「お姉様、どうやら私が本物の聖女だったようです」



 イーサン王子の隣に立つ、明るい茶髪の髪を持つ少女が口を開く。



「……それはどういう意味? ちゃんと説明して。ジゼル」



 私にジゼルと呼ばれた、まだ十六歳の少女は何かを堪えるように下唇を噛む。

 すると、ジゼルの肩を抱いたイーサンが庇うように話し始めた。



「説明するも何も、真の聖女はお前ではなく、このジゼル嬢だったということだ」


「私は何も自ら聖女であると名乗ったわけではありません。王子も知ってのとおり、聖女は代々神の力を与えられる存在です。そして聖女が死ぬ時、次に生まれる聖女の信託を受ける。その信託によって私が聖女であることは明確に示されています。それなのに、私が偽物ですって?」



 前聖女は亡くなる寸前、まだ幼かったエルディアナ公爵家の子息に言った。


『次の聖女は、其方の娘である』


 それから長い月日が経ち、誰もが聖女の誕生を心待ちにしていた。

 いつしかエルディアナ家に生まれる娘を。次期聖女を。

 そんな民の切望の中で生まれたのが私だった。


 私は間違いなくエルディアナ公爵家の娘だ。

 たった一人の、遺言通りの唯一の後継。



「お父様の娘は、あなた一人ではありません」



 胸に手を置いて、ジゼルはそう強く言い放った。



「私もエルディアナ公爵の娘だということを、どうか忘れないでください」



 ジゼル・エルディアナ。

 確かに彼女はエルディアナ家の姓を持ち、戸籍上私の妹だ。

 だけど、この子にはエルディアナの血は一滴たりとも入っていない。



「私ではなく、あなたこそが神託にあったエルディアナの娘であり、真の聖女だと?」


「そのとおりです、フェリーチェお姉様」



 私を見つめる目が、あれほど臆病だった義妹の鋭い睨みに思わず笑みが零れる。



「しばらく会わないうちに、随分と変わってしまったようね。ジゼル?」




 私が十三歳の誕生日を迎えたばかりの頃。父が再婚した。


 私の母は、私を産んですぐに産褥熱で死んでしまったから、新たな母親ができるということにそこまで抵抗はなかった。


 しかし、問題は相手の身分だった。


 彼女は踊り子だった。

 高貴な身分である公爵の父と、平民の出である継母の結婚。


 公爵家の娘として、ただ一人の後継として、王国唯一の聖女として。


 高貴な血が身体に流れる私は、平民に対して愛を持って接しなければならないが、その穢れた身分と公平になることはないと徹底的に教育されてきた。


 当主である父の意向に逆らうとは思わなかったが、家臣や周りの貴族たちと同じように、私もそれなりの抵抗があった。


『新たな公爵夫人が踊り子だと? 公爵は気でも触れたというのか!』


 神殿側と私を取り合う立場にいた王室は、この異質な結婚を承諾した。


 公爵夫人となった平民の女に対する憤りを、みんなはその娘に当て始めた。


 当然、今は亡き侯爵令嬢だった母の子である私に対してではない。

 継母の連れ子である、私よりも三つ下の子。ジゼルに対してだ。


『忌々しい、平民の娘がよくも平然と屋敷を出歩けるわね……。この屋敷に足を踏み入れることすら不敬だというのに』


『茶色の髪も緑の瞳も、フェリーチェお嬢様の淡いピンク色の髪と輝く水色の瞳と比べてみなさいよ。なんて穢らわしいのかしら』


『公爵様は、あの売春婦が前公爵夫人によく似ているから傍に置いているのでしょう? 初めから愛なんてないのよ。それなのに、あの平民の娘は恥ずかしげもなく公爵様の気を惹こうと必死なのが笑えるわね。自分が本当の娘になったつもりなのかしら』


 高貴なる血がすべてとされる世界で、平民の血しか持ち合わせないジゼルは、貴族たちだけでなく、使用人たちからも蔑ろにされていた。


 公爵家に仕える使用人たちのほとんどが貴族の家の出だということも大きかったのだろう。


 傲慢に鼻を高くする継母と違って、ジゼルは内気な性格の子だった。

 私の後ろをついては、いつも怯えたように体を震わせていた。


 メイドたちも、私の前ではジゼルを虐めることはできなかったからだ。


 私は常にジゼルと共にいた。


 初めはあまり関わり合いたくないと思っていたものの、いざ、私しか頼りがいないのだと縋られると、その手を振り払うことはできなかった。


 けれど、それも私が十五歳の誕生日を迎え、魔法学園入学を目前に控えるまでのことだった。



「いや、行かないで、姉さま! 学園になんて行かないで、ずっと私と一緒にいてよ!」


「分かってちょうだい、いつまでも一緒にはいられないのよ。私にも自分の人生があり、あなたにも自分の人生があるのだから」


「姉さま、わからないわ、私バカだから……姉さまがいてくれないと、私……。私には姉さましかいないの。姉さまが居なくなれば、きっと、みんな私をいじめる!」


「人前で涙を見せてはダメだって、何度も教えたでしょう」



 ジゼルの淡い水色の瞳に溜まった大粒の涙を拭ってやると、何度も繰り返し頭を撫でる。

 それでも赤子のように泣きじゃくる子に、私は小さく溜息をつく。


 ここまでくると、この子の機嫌を直す方法はアレしかない。


 私は、両手を合わせて目を閉じた。

 そしてそのまま神聖力を込め、この世でただ一人、私にしか扱うことのできない光魔法を発動させる。


 すると、ふわりと黄色い花が現れる。

 夏に咲く花。季節的には、咲くにはまだ早い。

 花を咲かせる魔法に、聖女の光魔法を込めて作り上げる、この世で私だけができる技。


 ジゼルの大好きな夏の花を咲かせた私は、幼い妹を宥めるように優しい声を出した。



「心を強く持つの。ジゼル、あなたも貴族の家の娘になった以上、耐えなければならないことがたくさんある。泣いていても、ただ踏みにじられるだけよ」



 花が好きで、母親が好きで、突然公爵家という大きな牢獄に送られてきたかと思えば、母親からは見捨てられ、血の繋がらない父親からは無いもののように扱われる。


 時折、屋敷に訪れる貴人たちからは醜悪なものを見るかのような眼差しを向けられ、使用人たちからはひどく蔑まれ、虐められる。


 そんな中で、ただ一人の義姉に縋ろうとする気持ちは理解できる。


 でもね、ジゼル。いつまでもそうしてはいられないの。

 あなたは私がいなくとも、一人で生きていけるようにならなくてはならない。



 ……私のあげた花に縋り付くよう抱きつき、今にも泣き出しそうな顔をしていた子が、どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 学園に行く前に最後に会った時は、私に行かないでくれと縋るような関係性だったはずだ。


 私は暫し頭を悩ませて、あの時の、ジゼルの不可解な発言を思い出す。


 神殿が聖女を所有物のように扱ってきたが、私は聖女である前に公爵家の娘。

 代々、家の子供達がそうしてきたように私は隣国の魔法学園に入学した。

 けれど、浄化の仕事として半年に一度は戻り、聖女の勤めを果たしていた。



「ジゼル? 驚いた、こんなに大きくなったのね」


「フェリーチェお姉様、ご無沙汰しております」



 王国に戻って聖女の務めを果たす時はあまりに忙しくて会うことはなかったが、一度だけ、あの子が私の元を訪ねてきたことがあった。



「突然私を訪ねてくるなんて驚いたわ。何かあったの?」


「少しお姉様とお話ししたくて。それに、聞きたいこともあったので……」


「私に聞きたいこと?」


「ねえお姉様、聖女には、高貴な血とか、そういうの、関係ないのですか?」


「まあ、確かにそうね。私のように貴族の家の出の者もいるけれど、歴代には平民の出の聖女も多くいるから。事実、前代の聖女さまは平民の出だったそうよ。……ところで、どうして急にそんなことを?」


「いえ、何でもありません。ちょっと気になっただけです。頑張ってくださいね、お姉様。私も私で、頑張りますから」



 今思うと、あの頑張るという言葉は、こういうことだったのだろうか。



「お姉様が王国を離れている間、この私が神聖力を使って国を浄化してきました。私に聖女の力が宿っている、これこそが真の証明というものです」



 ジゼルはそう言って空に手を掲げる。


 すると、そこから淡い光が放たれ、空から色鮮やかな花々が降り注ぐ。


 ライトグリーンの神聖なる光は、まさに聖女の力……に、見えるただの幻想魔法だ。


 けれど、光魔法ではないただの幻想魔法も、聖女でない人間にとっては違いが分かるものではない。


 そう簡単にできるものではない。私の神聖力を、光魔法を、誰よりも傍で見たからこそできること。


 そして度重なる努力があったはず。

 たくさん練習したのね、ジゼル。

 私に、聖女に成りすますために……。



「今では王国全体が、ジゼル嬢が真の聖女だと信じている。フェリーチェ、白状するなら今のうちだぞ。偽物の聖女として今まで民を誑かしてきた罪は重いが、お前は公爵家の娘であり、心優しいジゼル嬢は何の罪も負わさず許すと言っている」


「イーサン王子、分かってはいたけれど、あなたって相当な……いいえ、何でもないわ」



 聖女の神聖力をここで使ってもいいけれど、まだ王国での仕事が終わっていないし、無駄に力は使いたくない。


 それに、どうして臆病な妹がこんなことを仕出かしたのかも気になる。



「私は昔からお前の生意気な態度が気にくわなかったんだ。それに比べ、お前の平民の妹は、自分の身の丈をよく分かった利口な娘だ」



 平民という言葉に、ジゼルの顔が分かりやすく歪む。


 あの子は本当に分かっているのだろうか。

 平民の身分が唯一担保される聖女。その地獄は、ここからだということを。



「何を勘違いしているのか知らないけれど、エルディアナ公爵家の娘は私一人だけよ。それは、今も昔も変わりはしない」



 一瞬にして顔色が変わったジゼルは、泣きつくようにイーサン王子に縋りつく。



「王子様、お願いです! 早くあの人を私の目の前から消し去って!」


「ジゼル嬢? どうしたんだ、急に……」


「これ以上話をする必要もありません。この半年間で、私が聖女であるということは皆さんが分かってくださっています! それに、もうあんな人の顔は見たくない……」


「あ、ああ……ジゼル嬢の言うとおりだな。さっさと偽物の聖女を連れていけ!」



 イーサンの力強い一声に、背後に控える護衛兵が私に歩み寄る。



「し、失礼いたします……」



 彼らが私に触れようと腕を伸ばした瞬間、私はそれを弾く。


 手ではなく、神聖力で。



「気安く近寄らないで。私は公爵家の一人娘。あなたたちみたいな者が気安く触れて良い人間じゃない」



 目を大きく見開いたマヌケな二人を一瞥して、私は一歩足を進める。



「私は聖女ではなく、偽物だったのですね。それはそれは、大変失礼いたしました」



 私はドレスの裾を持ち上げて、丁寧に礼を執る。



「イーサン・ロスマン第一王子殿下。婚約の解消、喜んでお受けいたします」




・ ୨୧ ┈┈┈ ⋯ ┈┈┈ ୨୧ ・




「お帰りなさいませ、お嬢様!」



 公爵邸に戻ると、まるで救いを求めるかのように目を輝かせたメイドたちが私を出迎えた。



「ジゼルお嬢様がとんでもないことを言い出してから、私たちは大変困惑しているのです。フェリーチェお嬢様が偽物だなんて、そんなはずがありません。ですよね、お嬢様……?」



 本物の聖女が私でなく、ジゼルだったら。真っ先に困るのはこの子たちだろう。

 散々、ジゼルに冷たく当たってきたのだ。報復されるのが怖いのか……。



「私を信じてくれていたのね、嬉しいわ。でも、家に戻ったばかりでとても疲れているの。バカなこと言ってないで、飲み物でも持ってきてちょうだい」


「は、はい、お嬢様!」



 一瞬にして表情が明るくなったメイドが、駆け足で去っていく。私の周りを囲むメイドの声を聞き流して、自室へと向かった。


 それから私は、三日間ほど自室でのんびりと過ごした。


 もっとも、イーサン王子は私を自宅謹慎をさせたと思っているのだろうけれど。


 結局、私が行うために帰ってきた聖女の務めはジゼルが行っているらしい。

 光魔法を扱えない子が一体どうやって浄化を行なっているのやら。



「……騒がしいわね」



 自室のソファーに寝転がって本を読んでいると、メイドと甲高い口論が扉の向こうから聞こえてくる。


 両手で耳を押さえて乗り過ごそうと思った時だった。


 ドンっと勢いよく扉が開かれ、豪勢に着飾った女が乗り込んでくる。



「いい加減にしなさい、フェリーチェ!」



 私の母と同じく、太陽のように輝かしい金髪を持つ女。

 ただ、前公爵夫人と同じ髪を持っているというだけで、公爵夫人の座に就いた平民の踊り子。



「……セレリア、私に何か用ですか?」


「相変わらず私をバカにしているのね……。お母さまと呼べと、いつも言っているでしょう!」


「あなたは私の母ではなく、ジゼルの母でしょう? 今更何を」


「この、生意気なガキがよくも……!」


 

 セレリアは顔を真っ赤にしたまま、まくしたてるように話す。



「随分余裕気だけど、これからどうするつもりなの? お前ではなく、ジゼルが真の聖女だとなった以上、今までのようにはいかないはずよ」


「さすがは一介の踊り子が公爵夫人の座に就いただけのことはありますね」


「今更何を。文句でもあるっていうの? お前が、私に?」


「私は反対した覚えはありませんよ。病んだ父の心を癒すための人形を買ったようなものと思えば、安いものです」


「……お前は本当に酷い娘ね。いつまでこの家にいるつもりなの? さっさと学園に戻ったらどう?」


「お父様がそう言ったのですか? 私に早く出て行けと?」


「…………」


「そんなはずありませんよね。私は彼の血の繋がった唯一の後継者ですもの。私がどう振る舞おうが、あの人は何も言いませんよ。たとえ、私が聖女を辞めたとしても。継母と義妹を追い出したとしても」



 セレリアは赤く染まった下唇を噛むと、瞳に宿った憎悪を隠そうともせず、私を睨みつけた。



「これでも、お前には感謝しているのよ? 私たち母娘のために犠牲になってくれたのだから」



 歪な笑みが不愉快でたまらない。



「やっぱり、ジゼルを唆したのはあなただったのね」


「唆しただなんて。母として、娘の未来を案じるのは当然のことでしょう? だけど、お前は気味悪いくらいにジゼルを可愛がっていたじゃない」


「ああ、だからあの子を使ったと……」


「否定するの? 結局、お前はジゼルのために真実を表に出さなかった。賢い選択よ。お前にとっても悪いことじゃないでしょう? 今まで通り、学園で好き勝手やっていなさい。もうこの家に戻ってこなくたっていいわ」


「確かに、私にとっては魅力的な話でもあります。聖女の勤めを果たすためにこっちに戻ってくるのは、なかなかに面倒でもあったので。ですが、手品レベルの魔法しか扱えない子が聖女としての役目を果たせるとでも? 今は人々を欺けても、いざという時はどうするつもり? 凡人なら死ぬかもしれないのよ」



 死という言葉に顔色ひとつ変わらないところを見ると、そんなことは初めから心得ていたようだ。



「とにかく、お前も精々可愛い妹のために協力してやってちょうだい。聖なる娘の慈愛の心を信じているわ」




・ ୨୧ ┈┈┈ ⋯ ┈┈┈ ୨୧ ・




 せっかくの冬休みを満喫しようとしていたのに、数日も経たないうちに再び呼び出しを受けた。


 しかも、今度は神殿から。


 私が広間へ足を踏み入れると、そこには既に数名の貴族と見慣れた神官たちが集まっていた。


 私を呼びつけた張本人であるジゼルとイーサン王子。そしてセレリアの姿があった。



「フェリーチェ、お前に十分な時間は与えたはずだ。そろそろ、すべてを明かす気になっただろう。今ここで、神に贖罪したまえ!」



 勝ち誇ったように口角を吊り上げたイーサン王子が声を張り上げる。


 貴族たちは好奇心に満ちた眼差しで私を見つめ、神官たちは気まずそうに視線を逸らしながらも、どこか疑うような目を向けてくる。


 自信満々に私を見下ろすイーサン王子とセレリア。

 その隣で、ジゼルだけが複雑そうに唇を噛み締めていた。



「そうですね、私も知りたいです。本当にジゼルが聖女であるのかどうか。ですから、試してみましょう」



 その言葉に、ざわりと人々の顔色が変わる。

 肯定とも否定とも取れない返答に、誰もが戸惑っているようだった。


 私は、懐に隠してあった短剣を取り出すと、躊躇うことなく自身の左手へ突き立てた。


 どくどくと流れる血よりも、人々の視線が向かったのは黒魔法の証である靄だ。


 悲鳴にも似た声が上がる。

 しかし、人々の視線が向かったのは流れ出る血ではなかった。


 傷口から立ち昇る、黒い靄。

 それは黒魔法によって刻まれた傷の証だった。


 魔法が存在するこの世界で、聖女が特別視される理由はただ一つ。

 黒魔法による傷を癒せるのは、聖女のみが扱える光魔法だけだからだ。

 そして、その黒魔法が世に広がらないよう浄化を続けてきたのも、他ならぬ私だった。


 私が真の聖女であることは、誰よりも私自身が知っている。


 だから……。


 私は傷口を押さえながら、真っ直ぐにジゼルを見つめた。



「ほら、姉様を助けてちょうだい。このままでは私、死んでしまうわ」



 黒い靄を纏う腕を持ち上げ、私はジゼルへ向かって微笑みかける。


 その瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。


 青ざめた唇は小さく震え、眉間には深い皺が刻まれている。



「……冗談はやめて」


「冗談なはずないじゃない。たとえ私が聖女であっても、すぐに光魔法で治療を行わなければ死ぬわ。だから助けてよ、聖女様」



 ジゼルの肩が震える。動揺は誰の目にも明らかだった。

 それに気づいたセレリアが、慌てたように声を張り上げた。



「この期に及んで自虐行為に出るとは、なんて愚かな! 黒魔法の浄化はたとえ聖女であっても体に負荷がかかるものです。ジゼル、相手にすることないわ!」


「そうね、セレリアの言うとおりよ。だからあなたを頼っているんじゃない。ジゼル」


「所詮は義理の姉。あなたの敵となる人物よ! 愛しい娘、判断を誤ってはいけないわ!」



 セレリアの声が神殿中に響く。


 しかし、ジゼルは返事をしなかった。


 蒼白な顔にはじっとりと汗が滲み、視線は黒魔法に侵された私の腕へと釘付けになっている。


 その様子を見守っていた貴族たちも、次第にざわめき始めた。



「あれだけ肝の座った娘が偽物だというのは有り得るのか? フェリーチェ様が本物の聖女だったら、どうするのだ。このまま死なせてしまえば……」


「だったらどうしろっていうの? 本当にフェリーチェ様が真の聖女ならば、私たちはただでは済まない。それなら、このままジゼル様を祀り上げている方がよっぽどマシよ!」


「心配することはない。たとえ聖女が死んでも、また新たな聖女が生まれてくるのだからな」


「ですが、聖女の不在の間をまた埋めなければならないとなると、かなりの損害が生まれ……」



 耳に飛び込んでくる鬱陶しい言葉の数々を振り払うように、私は頭を左右に振る。


 貴族たちは私の生死など気にも留めず、それぞれの利益のために好き勝手なことを口にしている。


 呆れる気持ちすら湧いてこない。

 決して、今に始まったことではないのだから。


 神殿と王室の間で取り合われ、まるで物のように値踏みされる。

 あちらへ行け、こちらへ来い。

 聖女として何をするべきか、誰に従うべきか。


 もし私が公爵家の娘でなければ。公爵の一人娘でなければ。父が私を神殿へ差し出していたなら。


 きっと今頃、私はもっと不自由な人生を歩んでいただろう。


 ……私の責任でもある。


 あの子は誰よりも血筋や立場に囚われていた。

 だからこそ誤魔化さず、もっと早く教えるべきだったのだ。


 聖女とは特別な地位ではないことを。

 血や生まれに関係なく権力と名声を得られる一方で、その実、人々の期待と欲望に縛られる存在であることを。


 羨望を向けられながらも、自分の意思では生きられない。

 都合の良い駒として扱われる。


 一体、どこの誰が聖女になりたいと望むのか。



「や、やめて……」


「ジゼル嬢?」


「謝る、謝るから、やめて! 意地悪しないで、早く傷を治してよ!」


「ジゼル嬢、何を……聖女である君が謝ることは何も――」


「聖女じゃない! 嘘ついてたの!」



 イーサン王子の腕を振りほどいたジゼルは、彼やセレリアの制止にも耳を貸さず駆け出した。



「死んじゃ嫌……! 姉さま!」



 ジゼルは両手を伸ばすと、勢いよく私の胸に飛び込む。



「お願い、謝るから、早く治して……!」



 大きな瞳から絶え間なく涙が零れ落ちる。



「ずっと姉様と一緒にいたくてやったのに、姉さまが死んじゃったら意味ない……!」



 嗚咽混じりの声に、私は静かに息を吐くと、ジゼルの青白い頬に手を添える。


 涙で濡れた目元へ親指を伸ばし、幼い頃と同じように優しく擦る。



「……バカな私の妹」



 光魔法を発動させると、一瞬にして黒魔法の渦は消え去り、初めから何事もなかったかのように傷が塞がる。


 私はどうしてこんなことをしているのだろう?

 わざわざ自分を傷つけたりして。この子は私を陥れようとしたのに。

 ジゼルのことなんて見捨てればよかったものを。



 私が真の聖女であることを示すには、これだけで十分だった。

 余計な回り道などせず、自ら光魔法を使い、すべてを証明してしまえばよかった。

 それで終わる話だったのに。



 貴族の娘に生まれた以上、自分のことだけを考え、たとえ家族であろうと切り捨てるべきだ。


 血の繋がりもない義妹。

 それも、平民の娘なんて……。



「妹……?」



 ジゼルの丸い瞳が大きく見開かれる。



「そうよ、妹よ」



 どうして私は、こんな生意気な子供にここまで手を焼いているのだろう。

 人並みの愛情など持ち合わせていないはずの、この私が。


 まだ、たった十五歳の子供。

 あなたを唆した愚かな母親と、自分の味方となったバカな王子を押し除けてまで私の元に来たの? 自らが踏み潰そうとした姉の元に?



「五年前、お父様があなたを連れてきた時から、あなたは私の妹なの。たとえあなたの体に流れる血が高貴でなかろうと、どれだけ愚かなことをしようと、その事実は変わらない」



 ジゼルに向かって差し出すように手を掲げ、昔のように、あの頃のように、鮮やかな黄色い花を出す。



「泣いていても踏みにじられるだけだということをあなたに教えたのは……他でもない、私だったものね」



 夏にしか咲かない花。

 泣いてばかりいた少女を笑顔にしたくて生み出した魔法。

 神聖力と光魔法を重ね合わせて咲かせる花。



「やっぱり、姉さまのお花はとってもきれい……私が咲かせる偽物とは全く違う……」



 私の服にしがみつくように掴んでいたジゼルの手が離される。

 糸を切られた操り人形のように、だらりと崩れ落ちると、そのまま両手で顔を覆ってしまった。


 次の瞬間には、絶え間なく涙交じりの謝罪が繰り返される。


 そして両手で顔を覆うと、堰を切ったように謝罪の言葉を零し始めた。

 私はそんなジゼルを見下ろしたまま動かなかった。


 もし私たちが、どこにでもいる普通の姉妹だったなら。


 聖女などではなく。貴族でもなく。大人たちの思惑に振り回されることもなかったなら。


 許してあげる、と言って、優しく抱きしめてあげられたのだろうか。


 ……ああ、神よ。



「これでお分かりいただけたでしょう。本物の聖女がどっちであるのか」


「も、もちろんです、聖女様! 私どもは初めからフェリーチェ様を信じておりました!」


「そうですとも! 平民の娘の言葉など、最初から信用しておりませんでした!」


「なっ……あんたたち、よくもそんなことが言えるわね……!」


「黙れ! 踊り子風情が! 身の程を知れ!」


「なんて無礼な! 私は公爵夫人よ!」


「お前が公爵夫人でいられるのも、すべて聖女様あってのことだ! それにも関わらず、なんという不敬を働いたのだ!」



 貴族と平民。高貴な血と汚れた血。


 敬愛なる私の神様。

 貴族たちは、みんな揃って平民が汚れた存在だと言います。

 私も幼い頃は、大人たちに教えられたとおり、それを信じて疑いませんでした。


 だったら、高貴と言われる貴族たちはどうなのでしょう?

 自らは清く正しく美しく生きてきたと、胸を張って言えるのでしょうか。


 私は時々、自分が本当に聖女なのかと悩むことがあります。

 聖女は神の化身の存在だと言いますが、私にはあなた様の考えることがちっともわからないのです。


 私には、この国の民を愛おしいと思うこともできなければ、悪に手を染めた妹を救ってあげることもできません。


 私にできることといえば、この、愚かな妹の涙を拭ってやることくらい……。



「……本当に愚かなのは、私の方かしら」



 私は小さく息を吐き、背筋を伸ばした。


 そして見慣れた顔の従者へ視線を向ける。

 呼ばれた男は気まずそうに目を伏せながら歩み寄り、私の前で片膝を突いた。



「お呼びでしょうか、聖女様」


「どうやら、母と妹には時間が必要みたい」


「……聖女様のおっしゃる通りでございます」



 従者は立ち上がると、イーサン王子の背後に控えていた騎士たちを鋭く睨みつけた。



「そこで何をぼさっと立っている! それでも騎士なのか! すぐに奴らを捕らえよ!」



 その一声で、慌てて動き出した騎士がセレリアの手首を掴み上げる。



「何をするのよ! 私はあの子の母親よ! 血は繋がっていなくとも、私は確かに……!」



 最後まで足掻こうとするセレリアと、俯いたまま何も口にしないジゼルを一瞥し、私は冷酷に告げた。



「罪人を牢へ閉じ込めておきなさい」




・ ୨୧ ┈┈┈ ⋯ ┈┈┈ ୨୧ ・



『この度の騒動については、私も大いに憤っておる。実に申し訳ない、聖女殿。私が病に伏せている間に、第一王子が独断で起こした件で其方には苦労をかけた』


 数時間前に国王から聞かされた長い謝罪の言葉を思い返し、私は深く息を吐いた。


 第一王子が、独断で……ね。


 結局のところ、王室も神殿も心のどこかでは期待していたのだ。

 もし真の聖女がジゼルであれば、と。


 公爵家という強大な後ろ盾を持たない平民の娘。

 王室にも神殿にも逆らえない従順な聖女。


  これまでの聖女たちにしてきたように、首輪をつけ、都合よく飼い慣らすことのできる存在を求めた。


 ただ、それが思い通りに進まなかっただけ。

 そしてイーサン王子は、その欲望を最も分かりやすい形で表に出してしまった。


 現在、神殿は王室の失態だと責め立て、王室はイーサン王子へ責任を押し付けようとしている。


 なんとも見苦しい責任のなすり合いだ。


 そのうえ、イーサン王子との婚約が難しいのであれば、まだ十歳になったばかりの第二王子との婚約はどうか、とまで提案してきた。


 なんとか私を引き留めようと必死のようだ。


 ただでさえ、私は公爵家の一人娘であり、現在は隣国の魔法学校へ留学している。


 学園へ戻ってしまえば、そう簡単に手出しはできない。


 だからこそ王室も神殿も、私がこの国を離れる前になんとか機嫌を取ろうと躍起になっていた。



「……ジゼル」



 部屋の窓から、体格の良い騎士二人に拘束されたまま歩くジゼルの姿を暫く眺め、やがてその姿が見えなくなると私はカーテンを閉めた。



「フェリーチェ」



 その時、背後から名前を呼ばれ、私は急いで振り返る。



「エヴァン!」


 そこに立っていたのは、柔らかな銀髪を持つ青年だった。

 アストレア王国第一王子、エヴァン・アストレア。

 私が通う魔法学園のある隣国の王子であり、四年来の友人でもある。


 整った容姿に穏やかな微笑み。

 黙って立っているだけでも絵になる人物だが、その気取らない性格の為か、不思議と威圧感はなかった。


 聖女しか扱うことのできない光魔法の存在を妬み、羨み、あるいは利用しようとして近づいてくる人間は数え切れないほどいた。


 けれど、エヴァンだけは違った。

 彼は私を聖女としてではなく、一人の人間として扱ってくれる。

 王族らしからぬその気安さに、私はいつの間にか心を許していた。



「せっかくのお忍び旅行の中、突然呼び出してごめんなさい。そしてありがとう。あの子のこと……」


「俺は構わないが、お前はそれでよかったのか? 一歩間違えていれば、彼女にすべてを奪われていたんだぞ」


「あなたの言いたいことは理に適っているわ。だけど、私だって血の通った人間なの。一度は妹として可愛がっていた子に無残な死に方はしてほしくないのよ」


「妹……ね」


「そうよ。許されない罪を犯したとしても妹であることに変わりはない。この世でただ一人、私だけはあの子の味方でいないと」



 私の機嫌を取るために、聖女として王室と神殿を欺いたジゼルの罪は重い。


 だから私は友人であり、隣国の次期国王であるエヴァンに頼み、あの子をアストレア王国の田舎で平民として暮らさせてはもらえないかと頼んだ。


 そして彼は、私の望みなら、とそれを叶えてくれた。


 先ほどジゼルが連れられた騎士二人は、アストレア王国からエヴァンに呼ばれて参じた者たち。


 監視付きの生活になるとはいえ、牢獄で朽ちるよりはずっと良い。


 もちろん、セレリアは別だ。

 あの母親まで一緒にすれば、また同じことを繰り返すだろう。

 だから彼女は王室と神殿の裁きを受けることになる。


 なんにせよ、お父様がこの件を機にセレリアと離婚を決断してくれたのは幸いだった。


 私の母を亡くしたことで精神を病んでしまった人。

 少しでもその心が癒やされるならと亡き母によく似た金髪を持つセレリアを置いたものの、結局その傷が癒えることはなかった。


 哀れであり、恥じるべき父だ。

 二人の娘、二人の妻、どちらも守れない男なんて。



「そもそも、あの子には平民としての暮らしが合っていたのよ。純粋無垢な少女が闇深い貴族社会にくるべきではなかった。あの子もまた、被害者みたいなものだわ」



 豪華なドレスに身を包んだ母親に手を引かれながら、公爵邸の門をくぐった日のジゼルを思い出す。


 怯えたように肩を縮こませ、見知らぬ屋敷を見上げていた小さな少女。


 当時の私は、あの母娘の存在が不快で仕方なかった。

 母の代わりになろうとする女も。その娘も。何もかもが気に入らなかった。


 だけど、もしも私とジゼルの立場が逆だったなら、と考えると恐ろしくてたまらなくなる時がある。


 平民の娘として突然公爵家へ迎え入れられたのが私だったなら。

 あの子と同じように、自分の居場所を求めて足掻いていたのではないだろうか。


 向かいのソファでは、エヴァンが私の紅茶を勝手に飲みながら窓の外を眺めていた。


 まったく、この男は。

 ここが他国の公爵令嬢の私室だという自覚があるのだろうか。

 そんなことを考えていた、その時だった。



「お嬢様、よろしいでしょうか?」


「……どうしたの? 今少し手が離せないから、後にして欲しいのだけど」



 扉の向こうから聞こえる聞き慣れたメイドの声に、私はエヴァンへ視線を向ける。


 そして手を振って「隠れて」と指示を出した。


 余計な面倒事を避けるため、彼が現在公爵邸に滞在していることは私以外知らない。


 エヴァンはあからさまに嫌そうな顔をしたものの、素直に魔法を発動させた。



「お嬢様、それが……」


「おい! フェリーチェ、開けろ。私だ!」


「……は?」



 メイドの声に続いて放たれた腹立たしい声に思わず声が漏れる。

 その声の主は、間違いなくイーサン王子のものだった。


 どうして彼がここにいるのだろう。

 というより、どうして公爵邸の奥まで入り込めているのだろう。

 いや、王族である以上、メイドが止められるはずもないか……。


 私は頭痛を覚えながら扉へ向かった。



「一体どういうことです? イーサン王子。何の便りもなく訪ねてくるなんて……」


「フェリーチェ! お前がどうにかしろ!!」



 扉を開いた途端に叫ばれ、あまりの煩さに両耳を押さえる。



「……とにかく中へ。あなたはもう下がっていいから」



 怯えた様子でこちらを見ているメイドへ声をかける。

 彼女はほっとしたように頭を下げ、その場を離れていった。


 私は再びイーサン王子へ視線を向ける。


 今すぐ追い返したいが、この男の性格を考えれば一度追い返したところで諦めるはずがない。むしろ明日も明後日も押しかけてくるだろう。



「客人としてのもてなしは期待しないでください。突然の訪問でしたので」


 私はソファを勧めることもなく告げる。



「それで、一体何のご用です?」


「お前のせいで散々な目にあった!」



 開口一番、イーサン王子は怒鳴った。



「初めから自分が聖女であることを証明すればよかったものを! お前が無駄に隠し立てをしたせいで――いや、そもそもの話だ!」



 興奮した様子で私を指差す。



「隣国の魔法学園へ入学したこと自体があり得ないのだ! 聖女という身でありながら! 王室の飼い犬である聖女の分際で!」



 捲し立てるように叫ばれ、頭がぐるぐると回る。

 とにかく、この男は私を侮辱したくてたまらないらしい。


 ……どうしてこいつが、私にそんなことを?


 今までは婚約者だから、と散々言われっぱなしでも許容してきた。

 だけど今では私たちは何の関係もない。


 私はこめかみを押さえながら、顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけるイーサン王子を見据えた。



「だったら、あんたは? あんたは何なのよ? 私は国の飼い犬である聖女で、あんたは何? 簡単に替えの利く、頭の中がお花畑の王子様ってところ?」


「お前……!」



 まさか、私が言い返してくるとは思っていなかったのか、イーサン王子は怒りに任せて一歩踏み出すと、私に掴み掛かろうと手を伸ばしてきた。


 もし触れたなら、遠慮なく吹き飛ばしてやる。


 私は即座に魔法を発動できるよう身構えた。

 だが、イーサン王子が私に触れることはなかった。



「こいつにぴったりの異名だな」



 何もなかった空間が揺らぎ、その中から愉快そうな笑い声と共にエヴァンが姿を現す。



「なんだ貴様は! なぜ、フェリーチェの自室に……がっ!」



 イーサン王子の声が途中で途切れる。


 エヴァンは手にしていたティーカップを躊躇なくイーサン王子の頭へ叩きつけたからだった。


 しかもかなり本気で。


 さらに追い打ちをかけるように睡眠魔法を発動させられ、イーサン王子は白目を剥き、その場に崩れ落ちた。



「ちょっと、隠れていてって言ったじゃない!」


「安心しろ。あとで記憶をいじっておくから」



 眠らせて記憶を消すくらいなら、最初からティーカップで殴る必要はあったのだろうか。


 そんな疑問が喉元まで込み上げたが、どうせ聞いてもろくな答えは返ってこない。



「この情けないのが、お前の言ってた婚約者ってやつだったのか? ただの雑魚じゃないか。王子のくせに、魔法もろくに扱えないとは」



 床に転がるイーサン王子を見下ろしながら、エヴァンが呆れたように言う。



「我が国では魔法はそれほど主流じゃないから仕方ないわ」


「ロスマン王国は神だの聖女だの、そんなんにばかり頼りっぱなしでどうするんだか……」


「とにかく、適当に記憶を弄って庭園にでも捨てておきましょ。都合の悪いのはあっちなんだから騒いでこないはずよ」



 私の言葉に納得したように頷いたエヴァンは、すぐに指を弾く。


 すると床に転がっていたイーサン王子の身体が消える。


 ……さすがは魔法学首席。

 彼が本気で悪巧みをしたら、一体どうなってしまうのだろう。



「冬休みが終わる前に、どうにかしないと。代々聖女が王族と結婚してきたからって、何だって私があんな奴と……」


「にしても、どうして聖女が王子と結婚しなければならないなんて伝統があるんだ?」


「今までの聖女は平民の出ばかりだったからよ。聖女が平民の身分なんてありえないから、王子と結婚させて、王族の仲間入りさせようって魂胆よ。私が公爵家の娘でなければ、学園に通う自由なんてなく、今頃イーサンと結婚させられていたはず。全く、どうしたものか……」


「だったら、俺と結婚する?」


「……え?」



 あまりにも突拍子もない言葉に、私は思わず目を見開いた。


 エヴァンはいつになく真面目な表情で続ける。



「他国の聖女が別国の王子と結婚する話は前例がないかもしれない。だが、同盟を結ぶことを理由にすればおかしくはないだろ? 今までのように半年に一度祖国へ戻って勤めを果たせば、誰も文句は言えないはずだ」



 そこまで言い終えると、エヴァンは気まずそうに頬を掻いた。



「なんて、流石に冗談――」


「エヴァン。それははっきり言ってアリよ」


「……フェリーチェ?」


「イーサンが王になれば、この国に未来はないし、弟みたいに思ってきた第二王子と結婚とかありえない。あなたなら結婚相手にも申し分ない。面倒な王室側と神殿側も黙らすことができる!」



 そう言いながら、私はエヴァンの両手をぎゅっと握り締めた。

 これでもかというほど瞳を輝かせながら彼を見つめる。

 そして首を軽く傾げ、にっこりと微笑んだ。



「ね、私を妃にする気はある?」



 エヴァンは驚いたように目を見開いたまま固まっていた。

 やがて観念したように大きくため息をつく。その顔には呆れたような笑みが浮かんでいた。


 そして彼は、いつものように悪戯っぽく口角を上げる。



「喜んで。俺の聖女様」



フェリーチェの性格がお気に入りです͈ᴖ ̫ᴖ ͈


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隣国でなら王子妃と宮廷道化師的な立場としてなら妹との再会もワンチャン? 平民の感性と貴族常識習得するガッツって道化師として必須技能だよな。
これだけ平民を蔑む国で聖女だからと王族と婚姻を結ばされた彼女達は酷い扱いをされてきたのでは。 先代も早死にしたのも酷使されたからかもしれない。 次の聖女が高貴な貴族だと解った時は嬉しかったかもしれない…
フェリーチェの精神はだいぶ人間くさいけど行いは聖女だよな。 平民で生まれてた聖女が貴族に生まれたのは、平民だからと良い様に扱っていた聖女の扱いに対する神の憤りの表れじゃないかな。ちょうどイーサンみた…
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